196.年末年始のお誘い
「葛湯だ!!!!!」
帰宅して2階に上がり真っ先におまけを開けると、中には小分けになった葛湯の素が入っていた。
早速マグカップに入れるとほのかに生姜の香りがする。
いやいやいやいや……?
葛粉こそ希少品ではないだろうか。さらりとおまけで渡してくださったことが恐れ多い。
これは、おせちを作りに行くときに何かしらの手土産が必要なのでは。
うん、そうしよう。
こぽこぽ……。
湯が沸いてきたので、マグカップに注ぐ。
すぐにティースプーンでぐるぐるとかき混ぜると、とろりとした葛湯ができあがった。
半透明で艶々の表面に、照明が反射してきらきらしている。
「いただきます」
とろりとした葛と、ぴりっとした生姜の風味が冷えた体に染み渡る……。
ダイニングが暖まるよりも先に、体がぽかぽかと温まってくる。
それにしても、青空カフェが無事に終わってから色々ありすぎて目まぐるしかった。
両親が遊びに来てくれたっていうのもあるけれど、それ以上に色々とあった。
オルドヌングの一族の話。
魔王と万物神の関係。
わたしみたいな一般人が聞いていいのか、冷静になってみると悩ましいことばかりだ。
せめて年末年始は穏やかに過ごしたい。
年末は教会へ行って、星札の焚き上げを見て。
年始は万物神の誕生祭を盛大にお祝いして。
ハイトさんとシュバルツは一緒に行ってくれるかな?
いつの間にかハイトさんたちと一緒に行動するのが前提になっているのも不思議な話だけど。
ふと、視線がキッチンスペースの隅にずれる。
乾燥中のウェルカムボードが視界に入った。〈ようこそ〉と書かれた、試作品。あと1回ニスを上塗りしたら、店頭に見本として並べる予定だ。
やりたいことはどんどん出てくる。
この調子で、春のブロートフェストも成功させたいな。
「目指すは、春のブロートフェスト、最優秀賞!」
えい、えい、おー!
*
*
*
「うんうん、いい感じ」
【一番星】の扉を開けると、だいたい腰くらいの高さの、丸くて小さなテーブルがある。
そこにウェルカムボードを飾って〈オリジナル注文承ります〉と書き添えた。
「完成したのか」
「あっ、おはようございますハイトさん」
「わたくしもおりますよ」
ハイトさんの後ろからシュバルツもひょこっと姿を現す。
「なるほど、艶を出して完成なのですか」
「うーん、正しくは中までしっかりと乾燥させて腐らないようにして、外側はニスを塗って傷まないようにしている、ですかね」
食べられないパンには興味のないはずのシュバルツも、ほぅ、と小さく感心しているようだ。
「ところでハイトさん。年末年始なのですが、夏と一緒でお店は長いお休みを取ります」
「うむ。そう言っていたな」
「わたしは、今年最終日は教会に行って、星札の焚き上げを見て、そのまま年始を迎えて万物神の誕生を祝うっていうこの国定番の年末年始の過ごし方を予定しています。ハイトさんたちはいかがでしょうか?」
「断る理由はない」
「そう言ってくださると思ってました」
すると、ハイトさんは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「神官が真面目に働いているのを監視してやらぬとな」
「なんという皮肉。ってあんまりランさんをからかっちゃだめですよ……?」
そもそもランさんがこの街に来たのはハイトさんを監視するためである。
まぁ、冗談のひとつも言えるようになったというのはいいことかな?
「からかってはおらぬ。ただ、いけすかないだけだ」
「うーん。第一印象から特に変化していない。しかも多分ランさんも同じこと考えてる」
ハイトさんを見上げると、不意に玉虫色の瞳と視線が合った。
ふっと笑みが零れる。
「魔王が万物神の誕生を祝うっていうのも不思議な話ですが、収穫祭とはまた違った雰囲気で楽しい年越しなんですよ。きっと、ハイトさんも楽しめると思います」
「美味しい物は! ありますか!!」
シュバルツが勢いよく右手を挙げた。
「ありますよー。シュバルツも楽しい年越しにしましょうね」
「はい! 美味しい物のあるところ、このシュバルツ全力で楽しみます!!」
「そうですね! さぁ、今日も仕込みを始めましょうか」
「うむ」
また明日から、営業日が始まる。
今日はどんどんパンを売るための大事な仕込み日だ。
「今日のまかないは何ですか? 今からわくわくしております」
「昨日いただいたおでんがまだ少しあるので、是非とも召し上がってください。ぽかぽか温まりますよ」
「おでん! 何だかわかりませんが、楽しみです!!!」
近づいていく第八章、完結です。
読んでくださったすべての方に感謝します。
ブックマーク、評価、誤字報告などありがとうございます。
また、
活動報告にてファンアートやSSなどを載せております。
合わせてお楽しみいただければ幸いです。
本文も今話で50万字に到達いたしました。
明日からも毎日更新してまいりますので、
引き続き宜しくお願いいたします。




