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193.問いかけ




 ハイトさんが目を伏せると、肌に長い睫毛の影が落ちた。


「貴様には話してもいいだろう。奴の内にたゆたう魔力は万物神から直接与えられたものだ。故に、あのような紫水晶のごとき美しい瞳をしている」

「やっぱり、そうなんですね」


 リーベさまの瞳。

 まるで宝石のような眩い光を放っていた。あんなに澄んで輝いている瞳の色は初めて見た。


 この世界では瞳の色と体内の魔力が繋がっている。

 たとえばわたしは赤茶色の瞳。だから、火魔法が使える。

 ただ純度はそこまで高くないので魔法科には進学できなかった。


 例外はランさんだろう。

 深紅の瞳は深すぎて底はかえって濁っているのか、魔力がないと言われて育ってきたという。

 しかし、それはハイトさんにより否定された。ランさんの魔力は強大すぎて、意識下に封印されている、らしい。


「あの、ハイトさん」


 今なら。

 もしかして、今なら答えてくれるのでは?


「ずっと不思議に思っていたんですが」


 鼓動が速く大きくなって自分の耳に響く。

 落ち着かせるために、膝の上で拳を強く握りしめた。


「ハイトさんも魔法を使うときは、万物神の力を行使するんですか?」


 するとハイトさんは顔を上げてわたしをじっと見つめてきた。

 玉虫色の瞳。

 魔法を行使するときは、銀色に輝くハイトさんの冷たい双眸。


「どうしてなんですか? だって……」

「この世界のすべてが、あれから生み出されたものなのだ」


 たしかに、学校でも、親からも、そう習ってきた。


 この世界のすべては万物神によって創造されたものである。


 一方で、魔王はかつて世界を滅ぼそうとした。

 その企みが破れて神殿に封印されたという。

 ということは、万物神とは違う、別の根源があるのではとずっと思ってきた。


 それでも【透明な音色の洞窟】で知った【基幹魔法】と【付帯魔法】の話から、なんとなく予想はしていた。

 だけどこうしてはっきりと言葉にされると、受け取ることができない。


 唐突にもたらされた世界の秘密のひとつ。

 万物神に仇なす存在であるはずの魔王の力の正体。


「ま、待ってください。万物神が、わざわざ自分の敵を創り出したっていうことなんですか……!?」

「人間の言葉で説明するのなら、そうだろうな」


 わたしの驚きに、ハイトさんは冷静だ。

 ぬるくなっているだろうコーヒーを一口飲むと、フォークで切り分けたシュトレンを口に運んだ。


「この世界に万物神の干渉していない事象は存在しない。人間どもはすぐに善悪で分けたがるが、万物神にとってそれは二元論ではないということだ」


 食べろ、と目で促されたので、動揺しつつも皿の上のシュトレンに手を伸ばす。

 あぁ……。程よく熟成されていて、こんなときでもしみじみと美味しい。


「……?」


 もぐもぐと口を動かしていると視線を感じた。

 作業台を挟んで、気怠そうに頬杖をついてわたしの食べる様子を眺めるハイトさん。


「な、なんですか」

「人間というのは正義か悪かをすぐに判別したがる。それは短い一生を、生き急ごうとする故なのか?」

「う、うーん……」


 哲学的な問いかけだ。

 しかも、それは最近までずっと悪だと思っていた魔王からもたらされている。


「まず、正義は人間を助けてくれて、悪は人間に害をなすものだっていう考えがあります。わたしもそう教えられました。万物神や、勇者は正義で、魔王や魔物は悪だと」

「ふむ。教育というのは正当な洗脳方法だからな」

「言い方が引っかかりますが、まぁそうともいえますね」


 一歩引いて考えられるのは、わたしが転生者だからかもしれない。

 勇者や魔王は前世には存在しなかったものだから。

 それでいうと……戦争のような人間同士の争いは、どちらが正義でどちらが悪なのかは、ついた側によるから複雑な話になってくるけれど。それは一旦置いておいて。


「あと、ハイトさんにとって人間の一生は短いかもしれませんが、わたしたちにとって一生は短くもあり長くもありますよ。だから生き急いでいるのではなくて、がんばって日々生きているんです」


 前世の記憶があるからこそ、後悔のないように毎日全力で。

 わたしのモットーだ。


「貴様らしい答えだ」


 ふっ、とハイトさんの表情が和らぐ。


「これがわたしですからね。だけど、万物神もひどくありません? 自らで創りだした魔王で人間を滅ぼそうとして、それを人間が止めて、封印させて……だなんて」


 ランさんはともかく、トゥルペが耳にしたら不敬だと失神されそうな発言を口にする。


「そういうものだ」

「そういう、ものなんですか? なんだかなー」


 まだ納得いかなくて、頬を膨らませてみせた。


 ふわ。


 くしゃ。


「……?」


 不意に髪の毛になにかが触れて顔を上げて、……絶句。


「!!??」


 ハイトさんが腕を伸ばして、左手で、わたしの髪を。

 ぎこちなく、撫でている、とは?


 ???


 ばっ。状況を理解して思わず身を反らす。


「ハハハ、ハイトさん!? わたしのことをもふもふだと勘違いしてませんか!?」


 手を持て余したハイトさんは不満そうだが、わたしは猫でも犬でもない。

 いや、そもそもハイトさんは猫派では?

 いや、そうじゃなくて。そうじゃなくてー!!


 ぜーはーぜーはー。


「何故息切れしている? コーヒーでも飲んで落ち着け」

「……ソウデスネー」


 コーヒーはすっかり冷めてしまっている。

 しかし、最近のわたしはハイトさんに小動物とでも認識されているのではないだろうか。

 まったくもって、不本意である。


「ぬるいな。淹れ直そう」


 ハイトさんが空になったコーヒーカップを調理台に置いて、立ちあがった。

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