178.デザートはフォレノワール
ダークチェリーと、チョコレートを薄く削った飾りがふんだんに載せられている大きな丸いケーキ。外側は生クリームに覆われているけれど、カットすると現れたのはココアスポンジだ。
ほのかにキルシュ酒の爽やかな風味がする。
「フォレノワールという」
デュンさんが切り分けながらケーキの名前を教えてくれる。
「ありがとうございます」
1カットがなかなかの大きさだ。た、食べられるかな……?
青空カフェは盛況のうちに幕を閉じた。
すべて撤収した後にドンナー邸でささやかなパーティが開かれているのが、今である。
ザルツ様も誘ったけれどすぐ王都に戻らなければならないらしく断られてしまった。
いろいろとお話を聞きたかったから残念だけどしかたない。そもそも王宮の料理人が王都以外のパン屋のイベントに来ることがすごいのだ。
「飲め」
ハイトさんが全員にコーヒーを振る舞ってくれる。
はぁ……香りがいい。
一口飲むと、雑味のないすっきりとした味わい。
上達したなぁ……。
ハイトさんの成長にしみじみとしてしまう。
途中ではどうなることかと思ったけれど、やればできる魔王だもんね。ってなんだやればできる魔王って。
「我が君に不可能なことはございませんよ」
隣に座るシュバルツが頬に生クリームをべったりとつけながらつっこんでくる。説得力は、ない。
「ふん」
コーヒーを配り終えたハイトさんがシュバルツの隣に戻ってきた。
「いや、でも、ほんと美味しいコーヒーを淹れられるようになりましたよね。桃のパンも今度の営業日から新発売ですし、最近のハイトさんの活躍にはめざましいものがあります」
「ちょっとテルー!? ハイトさまのパンが新発売ってどういうことかしら?!」
おぉっと。うるさい声が向かいから飛んできたぞ?
「リーリエが提案してくれた通り、【一番星】の新作はハイトさんのレシピですよ。その節はありがとうございました。ということで買いにきてください」
「そこは試食しませんかと問うてもいいだろうに」
「そう、それくらいいだろうに」
デュンさんとラングさんもなんだか残念そうにしてくれた。
なんだかんだハイトさんと仲良くしたいらしい。
「いやいや。おふたりも、今度こそ、ふつうにいらしてくださいよー」
なにせ唯一の来店が黒ずくめの不審者として、だったのだ。
春頃のことなのになんだか懐かしく感じてしまう。リーリエも含めて、まさかこうやって一緒に仕事をすることになるなんて。
ハイトさんのコーヒーと同じく、感慨にふけりながらフォレノワールをフォークですくって口に運んだ。
シロップ漬けのダークチェリーが弾ける。
チョコレートの飾り、コポーも滑らかに溶けていく。
キルシュ酒でしっとりしたココアスポンジは濃厚。あ、中にもダークチェリーが入っている。すごく贅沢なチョコレートケーキだ。
甘すぎず、くどすぎない。
あくまでも主役はダークチェリーで、爽やかさもある。
満腹だから入らないと思っていたけれど、これはすいすい食べられちゃうな……。
「うへぇ……」
奇声がしたので隣を見ると、シュバルツがとろんとした瞳でフォレノワールを頬張っていた。
「シュバルツ嬢! お代わりもあるぞ!」
「そう! お代わりはいかがかな!」
「あああ……いただきましょう……このシュバルツ、せっかくのお誘いを無碍に断る訳にはいきません……」
どこからどうつっこんでいいのか分からない会話と絵面だ。
これは、ハイトさんに近づくにはまずシュバルツからっていう政治的判断かな?
なお、ハイトさんはもちろん会話に入ることなくしれっとコーヒーを飲んでいる。
さらに五代目もずっとにこにこしていた。
青空カフェを評価してくれたからだろう。
準備は大変だったけれど、いい1日だったな。
それに次の大きな予定もできた。
——春のブロートフェスト。
審査員は国民。
店舗スペースはテーブル1台。
どんなパンを、どんな価格で、どれだけ販売してもいいのだという。
評価基準は、売上金額と満足度の2つ。
今度こそ……最優秀賞を獲得してみせる!!
「……ルー? テルー? またひとりの世界に入っていらっしゃる?」
「あっ。はい。ただいま帰りました」
リーリエとハイトさんが呆れたように溜息をついた。
「まぁまぁ。今さらですよ」
「自分で言うのはやめてちょうだい。お父様からも言ってやってちょうだい!」
「シュテルンさん。これからも宜しく頼みますね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「ちょっと!!」
残念ながら五代目はわたしには甘いのだ。
というか、リーリエを奮い立たせた人間だから、かな?
きっと五代目はわたし以上にリーリエに期待していると思いますよ。そう言ったら怒られるだろうけど。




