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174.あの一番星

(今回はフランメ視点です)




《《《物語の時間軸は、少し前に遡る》》》




 今晩は旬の食材をふんだんに使った質の高いディナー。

 実に、つつがない食事会だった。


 レストランの外に出ると、テルーが深く頭を下げた。

 丁寧なお辞儀から頭を上げて申し訳なさそうに僕たちを見てくる。


「今日はご馳走になってしまってすみません。このお礼は何らかの形でお返ししますので」

「気にしなくていいんだよ。ズィーガーさんはお金を使う人じゃないからありあまっているんだ。だから、こういうときは、ありがとうございますっていうのが正解さ」


 とは言え気にするのが彼女だろうとは思いつつ軽くウィンクしてみせる。

 ある程度納得してくれたのか、テルーはズィーガーさんへ視線を移した。


「ズィーガーさま。今日はほんとうにありがとうございました。またお会いできるのを楽しみにしています」


 突然の訪問だったというのにそうやって言えるとは。

 彼女の礼儀正しさに、自然と顔が綻んでいた。


 赤茶色の瞳と視線が合う。


「おやすみ、テルー」

「はい。ズィーガーさまもランさんも、おやすみなさい。気をつけて」


 これ以上名残惜しくなってはいけないので、その場を後にする。


 教会に戻る帰り道。

 空の色は深く濃く、星が瞬いている。

 どことなく空気も冬のものに変わってきた。


 王都ツィトローネよりエアトベーレの方が寒いと聞いている。

 自分にとっては生まれてからずっと暮らしてきた都市を離れて初めての冬。

 寒い季節は嫌いだ。

 しかし、それほど憂鬱ではなかった。


「テルーはどうでしたか?」


 隣を歩く、祖父の仲間に尋ねる。

 壮年の男性は静かに頷いた。


「彼女のおかげで、僕は楽しく過ごせていますよ」


 それならよかった、と声が聞こえてくるような気がした。

 寡黙すぎるこの人とは幼い頃からの知り合いで、言葉を発さなくてもニュアンスで会話が成立する。どうやら彼の周りは昔からそうやってコミュニケーションを取っているらしい。


「今度、彼女はよその店を手伝って1日限定のカフェを開くそうです。面白いのは、かつて彼女をさらった相手だということ。敵に対して塩を送る、という表現は違うかもしれませんが、彼女らしい話です。それに」


 言葉を区切る。


「魔王もスタッフとして店に立つそうです。ふふ。これは見ものだと思います。レイ嬢を誘ったので、共に冷やかしに行ってこようと思います」


 人間世界に溶け込もうとしている、かつての世界の脅威。

 滑稽なことだと思うものの、それは紛れもない事実で。


 ——その存在を見届けるのが、そもそもこの街へ来た己の役目だった。


 不意にズィーガーさんが立ち止まる。

 少し遅れて自分も立ち止まり振り返った。


 闇のなか、紺碧色の瞳が光を湛えていた。そこで初めて、彼の言いたいことに気づく。


「ああ、なるほど。ユヴェーレンさんではなくあなたがわざわざエアトベーレに来た理由は、〈僕と話す為〉だったんですね」


 腑に落ちなかったけれどようやく理解した。

 何故、寡黙な彼がここまで来たのか。


 ——彼でなければ託せないことがあったのだ。


「祖父に、僕はもう大丈夫だと伝えてください。堕ちたりはしないと」


 絶望というのは遠浅の海のようだ。

 屑になっても棄てられない希望を抱えていては足を取られた瞬間に溺れていくのみ。


 ただ、今の自分の頭上には……一番星が輝いているから。


 迷わないと、自信をもって言えるだろう。


「調べているのは……そのことではありません。きっと祖父は王立図書館へ通っていることを知り、僕を止めようとしたのでしょう?」


 ズィーガーさんが首肯する。


 祖父がここまでの展開を読んでいたとしたら、と考えなくもない一方で。

 もしそうだとしても他の選択肢を取りたくはなかった。


「だとしたら、教えてもらえませんか。かつて死闘を繰り広げた貴方なら知っている筈」


 魔王との闘いは、魔王信仰との闘いでもあったのだ。

 勇者パーティの辿ってきた道のりを知る。

 これは今の僕にとって、最重要課題。


「ヴァイセベルト教のことを」

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