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167.青いハーブティーと新作の提案




 テーブルの上に置かれたハーブティーは、濃い青色。

 ガラス製のティーカップのなかは透きとおっていて、まるで海のなかを覗いているような気分になる。


 目を丸くしたリーリエは、そのままいろんな角度からティーカップを凝視した。


「なるほど。これはたしかに面白いですわ」


 【若草堂】との打ち合わせで今回わたしが持ちこんだのは、バタフライピーというハーブだ。


 珍しい、青色のハーブティー。

 実はツィトローネでハイトさんたちとモーニングを食べて、一緒に買い物をしたときに試しに購入していた。

 すっかり忘れていたのだけど、整理整頓をしていたら棚の奥から見つかって、青空カフェで使えないかと思って持ってきてみたのだ。


「これにレモン果汁を入れると、色が変わります」


 ぽたた。


「まぁ!」


 ティーカップのなかは一気に上品な紫色へと変わる。さっきは海だと思ったけれど、今度は空の色が昼から夜へ移り変わるような鮮やかな変化だ。

 目で楽しめるハーブティー。さて、お味のほどは?


「「……」」


「味は……レモンティーにした方が美味しいですわね」

「そうですね。というかストレートだとあんまり美味しくないですね……」

「砂糖を花や蝶の型で押し固めて、それを浮かべてもいいかしら?」

「あっ、いいですねいいですね! さすがリーリエさん!」


 どうやら採用してもらえそうだ。紹介してよかったー!


「ふん、当然ですわ。あたくしを誰だと思っているんですの」


 リーリエが頬を赤らめる。褒められて照れくさいのだろう。

 それを隠すようにほかほかと湯気を立てる蒸しパンを手に取った。


 今日のわたしはバタフライピーと一緒に、せいろも持ちこんで蒸しパンをつくっていたのだ。


「この、蒸しパンというのもなかなかですわ。これはコラボメニューに決定しましょう」

「ありがとうございます。あともう1種類、果物を使ったパンも作りたいと思ってます」

「期待してますわ」


 【若草堂】の厨房の片隅で作業させてもらうことにも大分慣れてきた。

 チーフふたりの作業は見ているだけで勉強になるし、五代目の誘いを受けてよかったと思う。

 今日もデュンさんとラングさんは作業台で手早くバゲットを仕込んでいた。その他のスタッフも熟練していて、彼らのおかげで【若草堂】は老舗の人気パン屋なんだということがよーく分かる。


「やけに真剣に眺めているわね?」

「なにかヒントになるものはないかと思いまして。果物のパンもいろいろと試作してはいるんですがなかなかピンとこなくって。【一番星】自体の新作もストップしちゃってるんですよねー。スランプですかね」

「それくらいでスランプだなんて笑わせないでくださる?」

「ぬっ」


 リーリエが紫色に澄んだハーブティーを口にする。


「だいたい、【一番星】はあなたひとりではないでしょう? ハイトさまが修行中だというのなら、新作を任せてみてもいいのではないかしら?」

「……へ?」


 あまりにも唐突すぎて、ぽかんと口が開いてしまった。

 ハイトさんにパンを一から作ってもらう、だって?


「いつかはハイトさまだって独立されるのでしょう。でしたら、その日のために雇用主としてはきちんと修業させてあげるべきよ」

「あー……あぁー……」

「なにかしら?」


 そんなことまったく考えもしなかったけれど。

 たしかに、それは名案だ!


「そうしてみます! ありがとうございます、リーリエさん!」

「ちょっと、近寄らないでくださる? 勢いがすごくて気持ち悪いですわ」

「えぇー」


 思いっきり睨まれたのでわざとらしいくらいに肩をすくめてみせた。

 トゥルペはリーリエの話ばかりするから云々言っていたけれど、絶対に我々は良好な関係ではないと思う。


「とにもかくにも、青空カフェは店頭で告知を始めたところお客さまの反応がとてもいいんですの。楽しみにしているというお声をたくさんいただきますの。……必ず、成功させますわ」


 なんだかんだあるもののリーリエも仕事に対しては真剣だし熱意がある。

 だから、わたしたちは、友人ではなくてライバルだ。

 そういう意味では、良好なライバルといっていいのかな?


「なにを笑っているんですの?」

「いえ。がんばりましょうね、リーリエさん」



 だっだっだっ。


 店が見えてきたら、思わず走り出していた。

 久しぶりの全力疾走!


 だって、早くハイトさんに言いたい!


 ばーんっ!


「ということで、ハイトさんには【一番星】の新作をお願いしようと思うんです!」


 【一番星】へ戻って開口一番で告げると、店番をしていたハイトさんとシュバルツが呆気にとられた表情になる。


「……は?」

「ということで、とは?」


 ふたりが怪訝そうにわたしを見てくる。


「コーヒーと同じです。お客さまに、美味しいって喜んでもらえるようなパンを考えてほしいんです。営業時間中に奥で試作してもらってかまいません。どうでしょうか?」

「……余が、か?」


 突然のことに、珍しくハイトさんはびっくりしているようだ。

 だけどわたしは勢いのまま、立て板に水のごとく一気にまくしたてる。


「そうです。ハイトさんが、です。ハイトさんのパンを、【一番星】で売ります!」

「……」

「そんな堅苦しく考えなくてもいいんですよ。誰に、どんな風に食べてもらいたいか想像するんです。たとえば朝ご飯にちょっと贅沢な気分で、とか、おやつの時間に甘いものを、とか」


 ショーケース越しにハイトさんを見上げる。


「……分かった。やってみよう」

「やったー! 楽しみにしていますね!!」


 言わせてしまった感は否めないけれど、ハイトさんがどんなパンを作るのかわくわくするっ。

 リーリエもいいことを言ってくれたよ。ありがとうリーリエ!

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