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159.魔王のコーヒー




 最近、陽が沈むのが早くなってきたような気がする。

 空気も日増しに冷たくなっていて、少し外に出ただけで指先が冷えてしまう。

 まだ吐く息は白くならないものの季節はあっという間に移り変わっていくのだろう。


 エアトベーレで二番目に大きな商店街。

 道路に面した壁は白く塗られた煉瓦造りで、外から店内がよく見えるように大きなガラス窓をはめこんである、わたしのお店【一番星】。

 鍵を差しこんで扉を開ける。


「ただいまー」


 誰もいないのは分かっていても、つい声を出してしまうわたしである。

 そして、呼べば現れるのも知っているということで。


「シュバルツ、ハイトさん。エクレアを食べませんかー?」

「エクレアエクレアエクレア!」


 ツインテールを揺らしながら、瞳を輝かせたシュバルツ出現。


「神官の誘いを素直に受けるあたり、貴様は警戒心が足りないのではないか?」

「ランさんだっていつも何かを企んでいる訳じゃありませんよ」


 いや、その言い方もひどいかもしれないけれど。


「神官さまのお仕事は年末年始が繁忙期ですから。美味しいお店でリラックスしたかったみたいです」

「ふん」

「エクレアー!」

「一緒にシュトレンも食べますか?」

「ふんぬー! 食べますともっ」

「いただこう」

「では、せっかくですし2階へどうぞ」


 厨房で立ったまま食べるには惜しいエクレアなので、ふたりを居住スペースに案内する。


「座っててください。飲み物は【若草堂】のたんぽぽコーヒーでいいですかね」

「余が淹れよう」

「えっ、あっ、はい?」


 ハイトさんがすっとキッチンに立つ。


「我が君! それならわたくしめが!」

「いや、いい。そのまま座っていろ」

「かしこまりました。我が君のコーヒーを口に出来るとはこの上ない喜びでございます」


 魔王と従者のやりとりが済んだところで、ハイトさんはわたしを見た。


「貴様はエクレアとシュトレンを用意するがいい」

「は、はい」


 まさかハイトさんがコーヒーを淹れてくれるとは。いや、粉末タイプだから熱湯を注ぐだけではあるんだけど。

 両手を石鹸でよーく洗ったハイトさんは、ケトルに水を入れて沸かしはじめてくれた。

 お言葉に甘えて、わたしはシュトレンを薄くスライスする。


 たっぷりとフルーツやナッツの詰まった、中央に栗の渋皮煮が入っているシュトレン。熟成されて食べ頃になっている。

 内側からはアルコールをたっぷり含んだドライフルーツと、ローストしたナッツと、スパイス。

 外側からは澄ましバターと、たっぷりのグラニュー糖と粉糖。

 美味しくないはずのない発酵菓子である。

 エクレアと一緒にシュトレンのカットを添えた皿。

 バランスは悪いけれどデザートプレートっぽくて、これはこれでいいな。


 ぼこぼこ……。


 ケトルの注ぎ口から湯気が出てくる。

 ハイトさんは火を止めると、慣れた手つきでマグカップに熱湯を注いだ。


「運べばいいか」

「はい、すみません」


 どうしたんだろう? 今日のハイトさんはやたらとサービス精神が旺盛だ。


「ありがとうございます、我が君!!」


 シュバルツが直立不動で叫ぶ。声が大きい。


「座って飲むがいい」

「かしこまりました。美味しいです!! 流石我が君」


 うん、熱湯を注いだだけではあるけれど、従者にとってそこは問題ではないんだろう。


「我が君のコーヒーに合わせるエクレアよ、光栄に思いなさい。艶々のチョコレートがかかった、いかにもクリームがたっぷり詰まっていそうなエクレアですね! エクレアに似つかわしくない、どっしりしとしたエクレア!」

「う、うーん? そうですね?」


 まさかのエクレアに話しかけるパターンとはいえ、シュバルツはいつも通り、食欲が旺盛である。安心安心ー。

 ハイトさんが席についたので、わたしも向かいに座る。


「ハイトさんのコーヒーが飲めるなんて思いませんでした」

「【若草堂】の六代目に言われたのだ。飲み物を入れられるようになってくれるといい、と」

「えっ? いつの間に」


 全然知らなかった。立っているだけでいいんじゃなかったのか?


「正直なところ、魔法でぱぱっとやっちゃうこともできるのでは。いやわたしがそんなこと言っちゃだめなんですが」


 ところがハイトさんは厭そうな感じではなく、個人的な感想としてはむしろ楽しそうにしている様子で続けた。


「余も、できることが増えたら面白いと思ったのでな。そのうち粉末ではなくて正しいコーヒーの淹れ方を学んでみたい。コーヒーだけではなく紅茶も」

「へぇー……」


 封印済みの魔王殿に新たな野望ができていたとはつゆ知らず。

 いや、でも楽しいかもしれない。


「わたしもプロじゃないので教えたりはできませんが、コーヒーってお湯の注ぎ方に工夫が要るみたいですよ。昔通っていた喫茶店では、マスターがその日の感情がコーヒーの味に反映するから難しいって言ってました。いらいらしてると注ぎ方も雑になるから、バレちゃうんだそうです。その点ではハイトさんって感情の起伏が少なめだから、一定の味に仕上がりそうですね」

「そうだな」


 ハイトさんがシュトレンを一口食べて、飲み込んでから言った。


「……付き合っては、くれぬか」

「へ??」

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