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128.勝手に背負う

(今回はヴィアベル視点です)



 ……あれはたしか義務教育修了間際だったから、14、15歳くらいのときだったと思う。

 そんなこともできないのかと言ったら、振り向いた少女から返ってきたのは烈火のごとき視線と感情だった。


 ——それすらも可愛くて。

 好きだと、思ってしまった。


 今にして思えば、既に末期症状が出ていたのかもしれない。


 放課後の学校。

 廊下を歩いていたら、魔法実習室の窓から同級生の姿が見えた。

 わざと乱暴に扉を開けて中に入る。


 【魔力測定球マーギッシェクーゲル】。


 教室に並んでいる胴くらいの大きさの透明なガラスのような球体。

 内側に自らの魔力を溜め、満たすことができたら、魔法科への進学が許可される。


 その中のひとつに向けて、必死に力を込めていたのだ。

 茶色のくるくるっとしたくせ毛を揺らして。

 赤茶色の瞳に、強い光を宿らせて。

 シュテルン・アハト・クーヘン。魔法科進学を目指している同級生の少女。


 【魔力測定球】には、彼女の瞳に近い色の赤がたゆたっている。液体にも気体にも見える、きれいな色。

 ただ、量としては半分くらいだろうか。合格には程遠い。


「おれは一発でできたぞ。さんざん偉そうな口を叩いておきながら、魔法科へ入学できないなんて無様だな」


 せっかく久しぶりに話しかけることができたというのに。

 違うんだ。したいのは罵倒じゃなく、応援なのに。

 いつも感情とは裏腹のことばかり言ってしまう。

 失態を取り返そうと言葉を探しているうちに、シュテルンが声を荒げた。


「うるさいわね。言われなくたって、無様なことくらい分かってる!」


 そしてシュテルンは再びおれに背を向けた。

 球体に両の掌を当てて、何度も呪文を詠唱している。


 やばい。

 今、半泣きじゃなかったか?


 どうしよう。

 どうすれば、彼女を慰め……いや、違う。励ますことができるのか。


 子どもの多くない小さな島では、同じ学年の子どもたちは全員が幼なじみとなる。

 おれとシュテルンも例に漏れず幼なじみで、ほんとうに幼い頃はお互いに冒険者に――勇者になることを夢見て語り合う仲だった。


 ——どんな冒険者になりたい?

 ——世界を脅かす魔物を倒したい。人々の平和な生活を守りたい。

 ——そして、勇者の称号を得るんだ。


 お互い目を輝かせてそんな会話ばかりしていた。

 冒険者になりたいと願う真っ直ぐな瞳を好きになるのは自然なことで、必然だったと思う。

 おれは、シュテルンと一緒に世界を旅する未来を信じて疑わなかった。


 それがいつしか、性差による成長の違いで。

 最初に背を抜かされたときについた悪態のせいで。

 筋力が彼女を上回ったときに、してしまった取っ組み合いのせいで。

 おれたちの関係には決定的な亀裂が入ってしまった。


 基本的なスタンスは、無視。

 お互いがお互いの存在を認識しないようにしていた。ひるがえれば、おれとしてはめちゃくちゃシュテルンのことを意識して、認識しないように努めていた訳だが。


 もどかしい。彼女の背中を見つめて、頑張れと念じることしかできない。


 一緒に魔法科に進学しようぜ。

 そうしたら、また、昔みたいに楽しく張り合えるようになると思うんだ。



「……夢か」


 いつの間にか微睡まどろんでしまっていたらしい。

 髪の毛を留めていた棒が床に落ちてしまっている。ゆっくりと屈んで拾い上げると、くるくるっと髪の毛をまとめて解けないように棒を差し直した。


 結局テルーは9割くらいまで【魔力測定球マーギッシェクーゲル】に魔力を溜めることができるようになった。しかし、あと一歩届かず全教師に諭されるかたちで魔法科への進学を諦めた。

 彼女は一足早く進学を決めていた自分のことは完全に避けるようになった。

 話しかけても二度と振り返ってくれることはなかった。


 他の同級生から、彼女が故郷を離れて王都でパン屋に弟子入りしたと聞かされた。

 同じ地にいるのに。会いたいのに。会う権利も資格もおれにはなかった。


 だけど。


 夏に、帰省したとき。


〈久しぶり。それと、おめでとう〉


 大人の女性になっていたもののほんの少し昔の面影を残して、シュテルンは笑ってくれた。

 うれしくて叫び出したくなるのをぐっと堪えた。


 時が解決してくれるとはよく言ったもので、こうしてまた話せるようになるとは!


 ところが彼女の周りには2人も男性がいた。

 焦って、早まってプロポーズしてしまったことに後悔はしていない。


 先日はついに2人で食事することだってできた。とっておきの店を紹介して、喜んでもらえて。どれだけうれしかったことか……。


「……」


 天井を見つめながら、そのときの会話を思い出す。


〈実は魔法についても興味があって調べてたんだ。実は【透明な音色の洞窟】へ遊びに行ったときにいろいろとあって、知っちゃったんだよね。基幹魔法の存在を〉


 真剣な表情で基幹魔法について尋ねてくるなんて、やっぱり心のどこかで冒険者のことを諦めきれていないのかもしれない。

 今でも心の一部を占めるのは、正義の味方になりたいと強く語っていた幼い頃の眩しい笑顔だ。


 がたり。


 物音がして振り向くと、ルームメイトのオルドがこちらを見ていた。


「シャワー室、空きましたよ」

「あぁ」


 のろのろと立ち上がる。


「そうだ、オルド。この前のことだけど……やっぱりああいうのはよくないと思う」


 ずるずると指摘するタイミングを逃していたけれど、話しておかなければ。


「守るべき人間、なら、ちゃんと話を聞くようにするべきだ」

「何の話でしょう?」


 しかしどうしようもないことに、皮肉でもなく、理解できないのだ、この男は。

 分かっていたものの言わずにはいられなかった。


「……あぁ」


 なんとか思い当たる節を見つけてくれたのは奇跡としか言いようがない。


「些末な話を持ち出すとは、よほど入れ込んでいるのですか?」

「そういうことじゃなくて、」


 オルドがおれの言葉を遮り、珍しく声を荒らげた


「私は失敗できないのです。祖父と父がついぞ叶えられなかった、勇者の称号を獲得すること。それが私の存在意義であり使命。一般人に心を砕いていては、達成できない……それが祖父と父から〈学んだ〉ことです」


 知っているからこそ何も言えなかった。

 ビアエアンストの家系は、建国以来、冒険者を――名だたる勇者たちを輩出してきた。一つ目巨人を、ドラゴンを倒し、王国を守ってきた。

 ところがここ数代は冴えるような活躍がなく、魔王討伐にいたっては貢献すらできなかった。

 だからこそオルドにかかる期待は大きい。


「ではこちらから質問をしましょう。もしもあなたの周りの人間が、悪となったとして……あなたは、倒すことができますか?」


 突然何を言い出すのか。

 だけど、オルドがその問いかけをしてくる理由も知っている。

 祖父と父から学んだという彼の根底・・


 だからこそ、少しだけむきになってしまう。

 勿論そんなことはありえないという前提はある。

 この回答は、万が一のときのもの、だ。


「倒すよ。それが、魔法科に進学した者の責務だ」


 勝手に背負っているから。

 冒険者になりたいという夢を諦めた、赤茶色の瞳の、同級生のことを。

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