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106.石畳の街




「ぬぅ……」


 宿のベッドで寝返りを打つ。

 小さな窓から差しこむ朝の光。てのひらを額に翳しながら目を細めた。


「もうちょっとだけ……むにゃ……」


 ベージュのやわらかな掛け布団を頭から被り直す。ほんの少し肌寒い朝には、じんわりと温かくて心地よい。

 なにせ一昨日と昨日は早朝から活動していたのである。今日くらい惰眠をむさぼったっていいはずだ。


 ところが。


 どんどんどん! どんどんどん!


 まるで借金の取り立てのごとく、扉が激しく強く叩かれた。


「えっ!? な、なにっ!?」


 どんどんどん! どんどんどん!


 慌てて上半身を起こす。容赦なく扉は叩かれ続けている。


「テルー! 起きなさい!」


 がくっ。

 ……この、声は。

 食いしん坊の魔王の従者、シュバルツの声だ。

 こんな朝から何事か。無理やり扉をぶち破ってこないあたり、緊急事態ではなさそうだけど……。

 扉を開けるためにのろのろと立ちあがった。


「……待ってくださいね。今開けます」


 内側に扉を引く。

 やはり真正面に立っていたのはシュバルツ。黒いふりふりワンピース姿で見上げてきた。


「どうしたんですか、シュバルツ。他のお客さんの迷惑ですよ」

「どうしたもこうしたもありません。わたくしに美味しい物を食べさせなさい!」


 再び、がくっ。

 そんな理由で朝からたたき起こしにきたんですか……。


 廊下の壁にはハイトさんが両腕を組んでもたれかかっていた。

 今日は白いシャツに、センタープレスの入ったダークグレーのパンツ。先の尖ったぴかぴかの革靴。


 ……はっ。

 唐突に頭が目覚める。わたしってばパジャマのまま出てしまった。今さらだけど、ちょっと恥ずかしい。


「待っててくださいね。今着替えますからっ」

「早くするのですよ!」


 いきなり現れて急かすとは、無茶がある。これ以上文句を返される前に扉を閉めた。

 はぁ。とりあえず……ふたりの現れた場所が廊下でよかった……。だってこの部屋のなかに出現して布団をひっぺがすことだってできなくもないよね。


「……」


 それでも。

 ふたりが王都に現れてくれてほっとしたのは事実である。

 そしてちょっとだけうれしくなっている自分がいる。

 数日ぶりだというのに、なんだかもっと会っていないような気がした。


 着替えたワンピースは、夏に好評だった裾に花の刺繍入りの、紅いワンピース。その上から生成り色のカーディガンを羽織る。

 クリスタルのペンダントも首から掛けた。

 歩きやすいように、靴は赤色のスニーカーにする。


「お待たせしました」

「待ちくたびれてお腹と背中がくっつきそうです」

「すみません。で、美味しい物が食べたいんでしたね?」


 こくこくとシュバルツが首を縦に振る。

 うーん。こんな朝から開いているお店といえば、職人工房が集まっている東地区の喫茶店だろうか。


「ちょっと歩くけどいいですか? おすすめのお店があります」


 陽が昇り終わったくらいの早朝も早朝。

 空の色はまだ薄く夜を残していて、空気は静かに澄んでいる。

 カーディガンを羽織ってきて正解だった。


「ふわぁ〜」


 思わずあくびが出てしまう。

 石畳の街を行き交う人はまばら。結局今日もそんな早朝から活動してしまっている。


 初めてツィトローネに来たときは石畳の道にびっくりして、不規則に埋め込まれた石が面白くってひたすら歩き回った。たとえば似た色の石だけ踏むとか、だんだん濃い色の石を踏むとか、ルールを自分に課して歩くのが好きだった。

 ところがキルシェ島みたいによくも悪くもほとんど舗装されていない地面で育ってきた身にとって、足への負担はそれなりにあったようだった。慣れるまで、夜になると足の裏や膝がよく痛くなっていたものだ。


 歩くことに慣れてきたら、今度は数少ない休日に散策をするようになった。

 さすがに北地区へは行けなかったものの、東地区はわりと庶民っぽい雰囲気があって気に入っていた。

 今向かっているのは、そんなときに見つけた特別なお店。


「おすすめとは、どんなお店なんですか?」

「朝に飲み物を頼むと、面白いサービスがついてくるんです」


 前世でいうところの『モーニングサービス』。

 職人さんたちは朝が早い。打ち合わせに使ったり、一仕事終えた後の食事のために、東地区の喫茶店はほとんどが早朝から立派なモーニングサービスを提供している。

 コーヒー1杯の値段で、トーストとゆで卵とサラダがついてくるのは当たり前。

 そこにヨーグルトとか、シフォンケーキとか、他にも考えられないようなものがサービスされてしまうのだ。

 2年前に行ったお店では、朝から立派なグラタンとパスタが出てきてびっくりしたことがある。


「ここです」


 歩いているうちに街はすっかり完璧な朝。

 目的のお店は他と同じく、白い箱のような外観をしている。ツィトローネでは景観を損ねないようにこの外観をベースにしなければならないと決まっているらしく、泊まっている宿も同じ形をしている。

 目的の喫茶店は、個性を出すために入り口の扉にカップの形をした飾りがつり下げられていた。


「いらっしゃいませ! 空いているお席へどうぞ!」


 店内に入ると、もう既にお客さんで賑わっていた。

 熟練の職人さんたちだ。

 あぁ、この雰囲気がなんだか懐かしい。全然変わっていないなー。


 ちょうど空いていた隅っこのテーブル席に、ハイトさんとシュバルツと向かい合って座る。


 飲み物のメニューは1枚の紙だけ。

 コーヒーはただのコーヒーだし、紅茶は紅茶のみだ。レイさんと行ったティーサロンとはまったく違う。


「何にしますか?」

「ホットコーヒー」

「わたくしはオレンジジュースにします」

「わたしはアイスティーで。早速注文しちゃいましょう」


 そしてすぐに飲み物が運ばれてきた。

 同時に、大皿に大量に盛りつけられた、パンの山も。

 山としか形容できないそれは、小さなものはそのまま、大きなパンはカットされたものが、味も種類も区別されずにとにかくごちゃごちゃっと積まれているように見える。


「!?」


 シュバルツが目をまるくする。


「いつの間にこんな盛り合わせまで頼んでいたのですか?」

「いえ、これはこのお店のサービスです。朝にドリンクを頼むと、パンが食べ放題なんです」

「食べ! 放! 題っ!?」

「もしも皿が空っぽになったらお代わりもできますからね」


 そう、この喫茶店のモーニングサービスはパンを好きなだけ食べられるというもの。

 盛りつけは大雑把に見えても、味はそこそこに美味しいのだ。


 これならシュバルツの胃も満足してくれるんじゃないかな!?


「さぁ、どんどん食べちゃってください!」

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