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【番外編】護衛侍女の憂鬱

完結作品にも関わらずたくさんのブックマークや評価をありがとうございます。

おかげさまでたくさんの方に読んでいただくことができました。

御礼を伝えたいと思い、番外編を追加することにしました。


帝国でのフェリーチェの侍女(結婚式の準備の中ぐらいの歳の侍女)の話で幼い皇帝や二人の今後にも少し触れています。


お楽しみいただければ嬉しいです。

 私はノーラ。薄汚い孤児だったが、今は帝城で侍女として暮らしている。もっとも、この城の侍女達は貴族や特別裕福な商家の娘ばかりだから、心情としては紛れ込んでいるに近いのだけど。


 私が五歳の頃だった。稼業が立ち行かなくなって、親が失踪。一人残された私は、冷たい大家にあっという間に路上に叩き出された。当時は常に周辺諸国と戦争をしていたはずだから、上がり続ける税が払えなくなったのかもしれない。そんなことも当時は何もわからなかった。


 最初は知り合いの家を訪ねれば、僅かばかりの食べ物を分けてもらえたけれど、そのうち誰も私を相手にしなくなっていった。だんだん痩せて骨が浮き出ると、冷たい路上から立ち上がる力さえなくなった。


 ――苦しいな。どうせなら楽に天国へ行きたい。


 人通りの少ない通りで無気力に丸くなっていると、不思議な光とともに丸々と太った身なりの良い少年が目の前に現れた。


「生きているのか?」


 少年(デブ)は私に声をかけた。もはや元々の知り合いでさえ、私に声をかけることはないというのに。


「生きるために何でもする覚悟があるなら助けてやる」


 その言葉に、一も二もなく私はすがった。


 少年に連れて行かれた教会――両親がいたときには寄付もしていたし、助けてほしいと懇願して早々に断られていた――で普通の食事が受け入れられる程度まで身体が回復すると、私は乗ったこともない個人用の馬車に押し込められた。


 着いたのはとある貴族の館で、同じような境遇の孤児が集められてさまざまなことを学んでいた。その内容は幅広く、戦う術や礼儀作法、裁縫、調理技術、庭作業、それに革や金属の加工のような職人の仕事の基礎にまで及んだ。

 集められた孤児は大抵何か一分野を学ぶと、それを活かせるような家の徒弟になったり下働きになったりして社会に戻るようになっていた。


 そこで初めてあの少年(デブ)が第二皇子なのだと知った。名前を教えてもらえなかったので、それまではデブと呼んでいた。

 心優しい第二皇子は皇帝である父親の政策で路頭に迷う子供たちに心を痛め、飢える孤児を集めては社会に戻れるよう手助けをしているらしい。


 将来的に極一部の才能のある者だけが、第二皇子のそばで皇子のために働けるのだと聞いていた。最低限として戦う技術は必須で、さらに他の何かに秀でている者だけの狭き門だ。

 私は恩を返したかった。幸い器用な質らしく、雑用の仕事は得意だったし、そこそこ戦うこともできた。


「あんた、口を開くとボロ出るから、殿下のとこで働きたいなら黙っていたほうが良いよ」


 うっかり皇子のことをデブと言ったのを聞き咎めた孤児仲間に言われた。皇子のことは尊敬もしているし、蔑む意図もない。だけど、無意識に出る言葉遣いはなかなか直せなかった。


 そういう自分もなかなかに口が悪いが、彼女はそれは見事に地と外面を使い分けていた。元々の可愛らしい顔に加えて礼儀作法は完璧。外面だけ見るとどう見てもどこかのお嬢様だ。ただし、手先は不器用で下働きの仕事は難しい。


 同室で過ごす私達は適性こそ異なったが、案外気があったのだ。彼女の言うことは尤もだ。私は仕事中、口をきかないように気をつけるようになった。



 無事努力が実を結び、念願かなった私は、同室の彼女と一緒に帝城に呼ばれた。

 再会した第二皇子は、幼い頃よりさらに太っていたし、声も低く変わっていたけれど、弱い者を守ろうとする優しさは変わっていないと感じた。


 第二皇子の諜報員になった私達は、侍女として働きながら、きな臭い噂や怪しげな人物を探る日々を送った。武術に優れる私達なら少々危ない現場にも立ち入ることができる。


 やっと皇子の役に立てたというのに私は憂鬱だった。

 陰で皇子の悪口を聞き、ときに裏切り者を探す。城の中は皇子の敵ばかりだった。信頼した者から裏切られる優しい皇子を想うと、自分が役立てていると無邪気に喜ぶことができなかった。


 そのうち、ともに過ごした彼女は皇子の密命を受けて、帝国を出て旅立った。それから一年としばらくして第二皇子は兄を押しのけて帝位についた。


 あいかわらず皇帝陛下には敵が多かった。甘い汁を吸い慣れた先帝派は陛下の即位後も皇兄を推しており、陛下を邪魔に思っていた。正面切って暗殺者に狙われたり、裏から陥れようと画策されたりすることも珍しくない。



 ある日、陛下は私を呼び出すと、自分の唯一の妃となる女性の侍女兼護衛となって欲しいと切り出した。小国の王太子の婚約者だったけれど、自分が請い願って婚姻を結ぶ相手だと。


 そんな女性は陛下の弱点にしかならない。 

 わかってはいたけれど、私は嬉しかった。陛下にも人間らしい一面があって、その大切な彼女を守るのに私を頼ってくれたのだ。


 ――必ずお護りしよう。恩を返すのはきっと今だ。


 私は強い決意で、陛下に頭を垂れた。




「妃殿下は陛下に溺愛されていると評判なのですよ」


 結婚式準備で、普段は無口な私の言葉に後輩が歓声をあげる。ギリギリまで出自を隠された花嫁への陛下の執着は城内でも話題になっていた。

 それに私は陛下が妃殿下を唯一として大切に思っていることを知っている。少しでも陛下の気持ちが伝わってほしい。



 私の願いも虚しく、結婚式で妃殿下は倒れ、目覚めてからも顔色が悪かった。疲れからかと思ったが、初夜のための豪奢な肌着を身にまとう妃殿下の顔は暗く、その失望は傍目にもはっきりとわかった。大国の皇帝であっても、唯一と望んだ愛は獲られないのだと悟り、悲しくてたまらなかった。


 しかし、未遂に終わった初夜のあと、妃殿下はずいぶんと陛下に好意的になった。皇帝陛下の食事や普段の様子が気になるらしい。

 良くも悪くも貴族令嬢らしい方なのかと思っていたが、ほんの少しと外出を強請るさまは親しみやすく愛らしい。


 お二人を応援したい私としては否やはない。内心喜んで連れて行った騎士隊の訓練所での陛下の様子に妃殿下はかなり驚いたようだった。

 陛下は数多の騎士たち相手の乱取りで一人圧勝していた。


 陛下にだって事情があるのだ。やっとのことで手に入れた新妻に指一本触れられないのだ。いろいろ溜まるものもあるだろう。私は連れてきてしまったことを後悔した。


「訓練場での陛下の破壊神ぶりに妃殿下はドン引きしていました」


 正直に報告した私に、陛下はうなだれていた。



 次の日、陛下と妃殿下の初めての食事会を終え、自室に戻った妃殿下は初めて城にお迎えしたときの様にきらきらした瞳で頬を染めていた。

 私は浮かれた。皇帝陛下には幸せになってもらいたい。


「皇帝陛下にお手紙を差し上げたいの。何か特別なものはないかしら」


 妃殿下の願いに応え、ついそばを離れたのがいけなかった。用事をこなす僅かな間に妃殿下はいなくなっていた。


 すぐに執務室にいた陛下に知らせると、他の侍女を部屋に待機させ、私室と聖堂以外の場所を探すように指示を受けた。

 その時、執務室のドアが乱暴に叩かれた。


「報告します! 城下に巨大なドラゴン襲来。人的被害はまだありませんが時間の問題かと思われます」


 陛下は騎士隊を派遣するように指示を出すと、まっすぐ聖堂へと走り去って行った。

 私は歯噛みすると妃殿下を探すため駆け出した。



  *  *  *



 妃殿下は無事陛下に救い出され、城下のドラゴンも陛下が見事に討伐した。ついでに陛下は美男子(イケメン)になり、二人の距離も近づいた。厄介だった先帝派は、皇兄の生涯幽閉が決まったことでおとなしくなり城に平和が訪れた。


 これまでの憂鬱はほぼなくなったと言っていい。


 それでも私は憂鬱だ。その原因が二つ。


 一つは妃殿下の出身国に派遣された元同室の娘。何でも貴族令嬢を装って入った学園で妃殿下に心酔したらしく、情報をよこせとうるさい。


『王太子をうまいこと調教して更生させたら、妃殿下が里帰りしてくれるかだけでも教えて』


 国家機密だと断った返事がこれだ。彼女は何を目指す気なのだろう。



 もう一つは陛下と妃殿下だ。


「フェリーチェ……。今日こそ陛下ではなく、名前で呼んでくれ」

「え、えっと……。あっ、あらノーラ! 陛下はもうお仕事の時間ではなかったかしら」


 じっとりと私を睨む陛下。やめてください。男の嫉妬は見苦しいですよ。

 この二人、もう夫婦なはずなのにやたらと初心なのだ。


「皇帝陛下のお顔を前にするとどうしても呼べなくて……」


 いつもは毅然としている妃殿下がもじもじと恥じらいながら私に語る。それをこっそり陛下に報告すると私はまたじっとりとした目で睨まれるのだ。


 困った。憂鬱だ。無意識に唇の端が上がる。本当にうちの妃殿下は可愛(てんし)すぎる。

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