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面喰い令嬢の結婚

 私は数人の侍女と護衛を連れて馬車で五日もかけて帝都に到着した。我が国の田園地帯を一日もかからず通り抜け、帝国に入っていくつもの立派な街を通り抜けながら四日以上だ。


 さすが大帝国と言うだけあって、その街の一つ一つが我が国の王都に匹敵する。帝都に近付くごとにどんどん立派になる街並みに気圧されながら、私はもうすぐ逢える婚姻相手に思いを馳せた。


 国を出て五日目の夕方、私達は灰色の要塞めいた石造りの帝城に迎え入れられた。巨大な跳ね橋を動かすギギギギという音に私の鼓動が重なる。いよいよ皇帝陛下に逢えるのだ。


 先触れを出していたのもあり、そこにはたくさんの使用人達が控えていて、私達を丁重に迎え入れてくれた。しかし、皇帝陛下とのお目通りは叶わなかった。

 そして翌日の夜には、荷解きすら終わりきっていないのに、家から連れてきた者はすべて帰路に立たされた。一人残された私は帝国の侍女をつけられ、陛下の侍従だという男から結婚式が明日執り行われることを知らされた。


 自国(こちら)は一年以上婚約期間を取るのが普通なので、急すぎないかとは思ったが、帝国側(あちら)がやると言うならやるしかない。


 朝早くから全身を磨かれ、帝国の流行の最先端だというドレスを身にまとう。膝のあたりまで身体のラインがはっきりわかる細身のドレスは自国では見たこともない。上品で美しい光沢のドレスには繊細な刺繍が施され、流れるようなドレープが膝下から長くひいた裾まで美しいラインを描いている。


 髪をゆい、化粧を施し、一つずつ宝飾品をつけられていく。そのどれもが最高の宝石をあしらった美しいものだ。私は身支度を手伝ってくれている三人の侍女達に話しかけた。


「皇帝陛下はどのような方なのでしょう」


 到着後二日近く経とうというのに、従者を通して挙式の連絡を受けたきり。遠目にお姿を拝見することも叶わず、国で父から聞いた僅かな話以外は皇帝陛下のことを私は何も知らない。


 国力の差が天と地ほどあるとは言え、強引に迎えておいて顔すら見せないとは。大国の皇帝らしく、傲慢な方なのかしら。


「まぁ!」


 侍女の一人が頬を染め、侍女長らしい年嵩の侍女が微笑ましいものを見るような顔でこちらを見た。


「陛下は、お忙しい方なのでごく僅かな者しかそのお姿を拝見することも叶いません。ですが、これらのドレスや宝飾品は陛下自ら妃殿下のためにお選びになられたと伺っております」


「こちらの深い蒼は陛下の瞳の色だとか。妃殿下は陛下に溺愛されていると評判なのですよ」


 侍女長が丁寧に説明してくれる言葉に、もの静かな印象の侍女が補足してくれる。

 きゃーと、年若い侍女が歓声を上げ、侍女長に咎められた。私はもう自分では見られない位置の宝石の色を思い出そうと努める。金髪碧眼とは言っても、陛下の瞳の色は夢の天使様のような澄んだ水色ではないのね。


 すべての宝飾品を身に着け終えると、最後に厚手のヴェールをかぶせられた。その縁は凝ったデザインのレース編みで飾られ、ヴェールのそこここに貴石があしらわれている。

 このヴェールが花嫁のことを守ってくれるのだと、ヴェールを垂らしながら侍女長が言った。ヴェールが厚すぎて、明るい場所でも薄ぼんやりとしか前が見えない。


 すべての支度が整うと、侍女長に手を取られ、侍女に露払いをされながら聖堂を目指した。聖堂とは初代皇帝陛下の御力が込められたこの国で一番堅牢ともいえる建物で、その美しい白亜の外観はうちに秘めた魔力により建国当時から汚されることも壊されることもないという。その不変性から婚姻の儀は聖堂で行われることが習わしとなっているらしい。


 居城を出た私は分厚いヴェールで周りが見えないことを残念に思った。城の敷地内にあるという聖堂は恐らくとても美しいに違いない。私は儀礼用に特別に長い裾や重いヴェールに注意を払いながら、聖堂までの石畳を歩いた。


 聖堂の入り口につくと、皇帝陛下はすでに中で待っているので、ここからは私一人でと待機していた侍従から説明を受けた。儀礼的な段取りは朝からの身支度の合間に教わっている。



  *  *  *



 侍従が開けた扉をくぐると、聖堂の中は真っ暗に近いほど暗かった。重いヴェールのせいで周りがほとんど見えないが、足元にはキラキラと細かな光の粒でできた幻想的な道が続いていた。

 ふかふかとした絨毯の感触がなければ、私は銀河を渡っていると錯覚したかもしれない。


 私が歩くたびに足元の星が瞬く。高鳴る胸を落ち着けながら私は厳かな気持ちで足を進めた。周りに参列者の気配はなく、静まりかえった聖堂の中聴こえるのは衣擦れの音と自分の鼓動だけ。


 足元の光がいっそう強く瞬いたことで私は聖堂の中央に来たことを悟った。

 

「俺は貴方を一生愛すると誓おう、貴方はどうだ」


 正面から低く男らしい声がする。ヴェールの先を伺うが距離があって全く見えない。


「誓います」

「では目を」


 目をつぶって待つと目の前のヴェールが動く気配がした。式中、誓いのキスの前に夫の顔を見てはいけない。これは事前に重ね重ね言われていたことだ。


 私は緊張で目を硬く瞑った。すると柔らかい感触が唇にあたり、その瞬間右手首が熱くなった。同時にあたりがぱっと明るくなるのがまぶた越しにわかった。


 ――魔法の力は契約に縛られる。強い魔力を持つ陛下との婚姻は、私を護り、ときに縛る契約にもなるらしい。


 すっと離れていく唇と恐らく安堵のため息。儀式は無事に成立した。

 やっと、やっと陛下のお顔が拝見できる。はやる気持ちを抑えて、私はゆっくり目を開いた。


 そして……、初めて皇帝陛下の姿を見た私は叫び出すことも叶わず、その場で失神したのだった。

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