強襲、氷雪国家シグルデン ~大魔帝襲来~前編
氷雪の宝珠だか吹雪の宝珠だか知らないが、そんなバリアーは私やロックウェル卿にとってはあってないようなモノで。
一瞬の転移で、既にここは敵国のど真ん中。
吹雪渦巻く氷雪国家の、上空である。
一面に広がる銀世界……。
いや、雪しかねーな、ここ。
人の気配はないが……。
んーむ、さすがに城とかの場所は分からないしなあ。
『うー、やっぱり……想像していた通り、寒いね』
『んーむ、吹雪の一粒一粒に魔力が込められているようであるな。大魔帝クラスの余たちであるから寒いだけで済んでおるが、並以上の魔族でも氷結状態になっていたであろうな』
寒さで膨らむ猫シッポを振りながら唸る私に、ニワトリ卿が言う。
『ケトスよ、そなたも人間モードになっておけ』
『えー、なんでだい。こっちの元の姿の方が破壊のエネルギーを出しやすいんだけど』
ロックウェル卿のジト目が私のぶわっと膨らんだ猫毛に刺さる。
『だからに決まっておろう』
『大丈夫だって。それに猫モードの方が人間たちも話しやすいんじゃないかな? 明らかに凶悪な魔族男二人が並んで警告するのって、相手からすると怖くない?』
『ふむ、それもそうであるか。では余も麗しきニワトリに戻るとしよう』
ポンと、ロックウェル卿も元のニワトリに姿を戻す。
魔王様に愛されしニワトリとネコ。
本来なら完璧な結界で立ち入れない場所に、無理やり顕現する二体の大魔族。
氷雪国家シグルデンにとって、初めての緊急事態だろう。
なんか懐かしいなあ、こういうの。
この間も人間のマーガレットくんとニワトリ卿との三人で、霊峰に登って魔竜退治なんかもしたが――二人で人間の国に攻め込んでいくなんて、ずいぶん昔の記憶だしね。
ま、当時はそこまで仲良くはなかったが。
今はとりあえず……友人といってもいいのかな。どうなんだろ。
ホワイトハウルは単純だったし、わかりやすかったし……友達といってもいいかなって空気があったのだが。
……。
そういうのって、わざわざ言葉にしなくてもいいか。
感覚の問題だしね。
その辺の微妙な人間関係にはあえて触れず、私は銀世界の奥に目をやる。
『人の気配がする場所までいこっか』
『うむ、余は方向などという小さきことに興味はない。そなたについていくぞ』
『方向音痴……まだ治ってないんだね』
猛吹雪の空にふよふよと浮かぶネコとニワトリって、実際、結構へんな光景だろうが。
ともあれ。
私は猫目石の魔杖を取り出し。
バサっと紅蓮のマントを羽織り、王冠を被る。
大魔帝セット一式である。
あー、マントのぬくぬくが良い感じだ。
ニワトリ卿がじぃぃぃぃいっと私の姿を見る。
『余も、魔王様から賜った超カッコウイイ大魔帝セットでも装備するかの』
対抗するようにコケっと言って。
モコっと膨らむ羽毛の中から王冠とマント、そして世界蛇の宝杖を身に着け始める。
魔王様の趣味なのかもしれないが、マントから飛び出す鶏のモコモコ羽毛がちょっと可愛いかもしれない。
さすが魔王様。
こんなニワトリ卿ですら愛らしくしてしまうとは、実に偉大だ。
卿はすこしだけ真面目な顔で、私を心配そうに見る。
『頭の熱暴走は平気か?』
『ここ寒いからね、むしろ冷えてきたよ』
心配をかけているようだ。
まあたしかに、さきほどまでの私はいつ世界を破壊するかわからない感じだったし、仕方ないか。
私は感謝を示すようにちょっとだけネコ眉を下げた。
それで伝わったのだろう。
彼はそうかと安堵したように呟いた。
敵地の。
それもこんなに寒い猛吹雪なのに、ちょっとだけ。
本当にちょっとだけだが、心が温かくなった。
こういうのも、まあ……悪くないね。
実際、今の私はかなり平穏な思考になっている。
滅ぼすにしても大陸を壊さないように加減ができるだろう――。
と、思いたい。
だって私、基本頭脳がネコだしね……絶対とは言い切れないのがちょっと悲しい。
そんな私に目をやって、彼は言った。
『その……なんだ。超えらーい魔王様の眷属である余は思うのだが――』
『どうしたんだい、改まって』
『熱暴走しとらんようだったら、すこし唐揚げを召喚してはくれまいか? 羽毛に包んできたのは、全部食べてしまったのだが?』
『……えぇ、我慢してよ……ここ、猛吹雪だからなあ』
『そうか――ケトスであっても、無理であるか……余はしょぼんなのだ』
しょぼん、て。
ロックウェル卿は心底しょんぼりしてしまった。
それほどに唐揚げが気に入ってしまったらしい。鶏のくせに。
いじけて、鶏足をぶらーんぶらーんし始めた。
はぁ……と私はため息をつき。
『仕方ないね……今回だけだよ』
『できるのか!』
『そりゃ、私だからね!』
騒がれるのも面倒だから、私は猛吹雪の結界の中で複雑な構成の召喚魔術を展開する。
無数の魔力の粒が障害となり、唐揚げを召喚する座標を設定するのが本来なら困難なのである。
猛吹雪の結界も召喚の邪魔になるのだが――。
ま、私は大魔帝ケトスだからね。
これが、できちゃうんだよなあ。
ロックウェル卿の目の前に、唐揚げを包んだ紙袋が召喚される。
『くはははは! どうだ、我が召喚魔術の精度をみたか! あの宮殿から取り寄せたのである!』
『おー! そうかそうか! さすがは魔猫、余の友じゃ!』
ん?
いま、なんかさらっと友とか言ってた気もするが。
魔王様も、眷族同士が喧嘩したりするのは気にするだろうし……。
仕方ないから、友達って事にしてあげても……いや、んー、どうなんだろ。
猫と鶏って友達になれるのかな?
本能的には、トリって獲物だし……。
そんな私のネコ的葛藤をよそに。
唐揚げをむっしゃむっしゃと嘴で啄みながら、卿は歓喜に唸る。
『うむ、うむ。唐揚げじゃ! よし、ケトスよ! 今日からおぬしに、余の親友という光栄なる座に就く許可を与えようぞ!』
『え、いや……ともだちでいいや』
『クワーックワクワ! 遠慮せずともよい、この唐揚げにはそれだけの価値があるのだからな! ほれ、行くぞケトスよ! 人間たちに我らの力を見せつけてやらねばな!』
『ちょ、まってよロックウェル卿! 君、方向音痴なんだから私より先に飛んだら迷子になるだろう!』
私が取り寄せた唐揚げを貪りながら、卿はふよふよと猛吹雪の中を進んでいく。
私も後に続いたが――。
随分とやっすい親友だな、おい。
◇
あれからしばらく。
とりあえず、近場の村を探し飛んでいるのだが――。
んーむ、何の収穫もないな。
あるのは雪と、雪の中でも育つ背の高い樹々が少々。動物や魔物もいないし、生活や命を感じさせる香りがほとんどしないのだ。
『ねえ、この大陸。なんかすっごい寂れてない?』
『魔力ある吹雪に包まれて、守られるどころかそのまま動けず滅んでいる。なんてパターンではなかろうな』
『んー……でも軍隊を送ってきたのは確かみたいだしなあ』
一応、魔力反応のある場所に向かってはいるのだが。
どうしよう。
本当になんもないよ、この大陸。
環境に適応した魔物や動物が徘徊していても、おかしくない筈なのだが。
ただただ。
真っ白なのだ。
『これじゃあ名物料理とか、期待できそうにないね。飽きてきたし、もうちょっと探してなかったら大陸ごと石化封印して帰ろうか。攻めてきたこの国が悪いんだし、こっちが無理して寒い思いをすることもないよね』
『うむ、余も同感である――。ここ、想像以上に寒いぞ……魔猫よ』
『そだね』
ニワトリである彼も、やはりここは苦手なようだ。
羽毛をぶるりと震わせて、コケッコと白い息を吐いている。
しばらく私達はふよふよと空から地上を見て。
うん。
寒いし。
帰ろう。
後は、寒さが得意な魔王軍の誰かに丸投げ……任務を頼めばいいし。
さて。
ロックウェル卿に帰ろうと提案しようと振り向いた、その時。
彼は鳥顔をぐでーんと垂らし、心底疲れたようにつぶやいた。
『余は飽きた。もう滅ぼして帰るか』
『うん、私達。十分頑張ったよね』
大魔帝と元大魔帝。
二人の心は一致していた。
なんだかんだで、やっぱり似ているのだろう。
さっきまでの卿は、魔王様に私の事を頼まれていたからか、随分説教モードで頼りがいのあるようにみえたが。まあ本質的にはこんな感じなのである。
私もそうだが。
所詮は、根本が獣なのだ。
私は魔杖を翳し。
卿は瞳を輝かせる。
『悠久なる時を駆ける陽炎よ――我は汝の空蝉を照らす者』
『我が魔眼を照らす空蝉よ――悠久なる時を戻す陽炎よ』
石化の眼光に魔力を流し。
二人で複雑な魔術構成を作り上げる。
何もない大陸に、偉大なる魔族の詠唱が響く。
この魔術が完成すれば、魔力持つ吹雪の中の生物は全て石化する。計算通りだと百年の石化封印となるか。
ま、星々に潰され灰燼と化すよりはマシだろう。
魔王様の城を狙った罰だと思って、動けないまま百年がんばってくれ!
私の支援魔術でロックウェル卿の石化能力を倍増させて、大陸ごと石化させようとしたその時だった。
ん?
なんか私のネコ目センサーになにかが引っかかる。
遠くの方で、なにやら煙が上がっている様子が見えてしまった。
……。
あれ、たぶん。人間の街だよね……。
『ストップ、ロックウェル卿。あそこに見えるの、たぶん人間の住処だよ』
『……余には何も見えんが? 煙など、見えとらんぞ?』
卿はとぼけた顔をして、駅前にいるハトみたいに首をキョロキョロ。
こいつ……。
煙だって分かっているなら、見えてるだろ。
『君ねえ、さすがに見つけちゃったんだから仕方ないだろ。行って魔族の恐ろしさを教えてやらないと』
『そうは言ってものう……』
『私はこれでも一応魔王軍最高幹部なんだし。そういう適当なことすると怒られちゃうんだよ。ほら、グダグダいってないで行くよ』
彼の身体を後ろから持ちあげて、ふよふよと吹雪の中を飛んでいく。
ロックウェル卿はくわぁぁぁっと鳥のあくびをして、ウトウトしながら鳥足をぐでーんと伸ばしたままだ。
んーむ。
暴走が治ってきたせいか、完全に立場が戻ってしまった。
そもそもいつもはこんな感じで、私の方が卿の鶏頭を叱ってたんだよね。
ま、ちょっとの間だったけど誰かに自分の暴走を止めて貰うってのも、悪い気分じゃなかったか。
魔王城が襲われたからってかなり動揺してたし。
さすがに、こいつがそういう計算をしていたとは思えないが、一応感謝はしておくか。
◇
煙の上がっていた街はやはり人間の集落だった。
獣の毛皮を纏った、蛮族っぽい装束の人間たちがいる。家の作りは煉瓦でつくられたカマクラっぽい作りだが――一応魔力で冷気を処断する錬金術が使われているようである。
文化のある民族だと思っていいだろう。
とりあえず、猫的にはそろそろ家の中に入りたい。
超、寒いし。
人間たちを見下ろして。
『さて、それじゃあ人間たちに呼びかけるね』
こほんと、咳ばらいをし。
吹雪、降りしきる上空に私は十重の魔法陣を展開する。
『あ、あー。テステス、ただいま音声魔術のテスト中! ちゃんと声届いてるかな?』
『うむ、問題ないみたいだぞ。ほれ、人間どもが何事かと上を向き始めておる』
――あー、空飛ぶ猫ちゃんだー!
と指さす子供に肉球を振ってみる。
――なんだなんだ。
――ニワトリとネコ?
そんなざわめきが、私とロックウェル卿の獣毛を揺さぶる。
まあ、揺さぶっているのは猛吹雪だけど。
ともあれ。
よし、ここは威厳を見せなくては魔族の名が廃る。
私はいつもの黒いモヤモヤを空に発生させた。
今、この地。
氷雪国家シグルデンに――。
最恐の大魔帝がその比類なき力を揮う!




