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荒ぶる魔猫 ~ニャンコは緊急事態に弱い~前編


 氷雪国家シグルデン。

 雪と氷っぽい通り名をもつように、一年中、魔力で生み出される猛吹雪に覆われた雪と氷の国である。


 その吹雪はまだ神と魔が争っていた時代に生み出された秘宝、吹雪の宝珠から生み出されていると伝えられているがその真偽のほどは定かではない。

 まあ力持つ吹雪が魔力結界となり、あの国を守っているのは確からしいが。


 正直。

 私はあの国についてはあまり詳しくないのである。

 理由は簡単。

 長く生きる私であるが、あそこに行ったことがないのだ。


 だって、寒いの嫌いだし。

 モフモフ猫毛が雪の泥でべちゃべちゃしそうだし。雪の中を歩くのなんて嫌だし。

 猫的思考では、あの国に関する優先度はかなり低い。


 スパイワンワンズも遠く離れた大陸ということで、配置はしていないし。

 そもそもあの土地って、人間の王が支配しているのか獣人や亜人類が支配しているのか。それすらも分かってないんだよね。


 ふむ。

 それにしても――。

 なんか、やっぱり頭がプスプスするな。

 長時間使っている電子機器が熱でポカポカしてしまうような感覚が、続いているのである。

 考え事にはやっぱりカロリーを摂らないとね。


 魔力で浮かせたじゅーし~唐揚げをバリバリ。

 うっまうっまと齧りながら、人間の賢者に向かい私は言う。


『なんでそんなクッソ寒いド田舎の国家が、奴隷兵なんて使って魔王城に攻め込んできたんだろ。賢者さん、なにか知ってるかな?』

「はて――あの国はご存知の通り魔力持つ吹雪で守られておりますからな。ほぼすべての国や大陸と国交は断絶状態。先代の皇帝陛下が使節団を伴った使者を送ったことがありましたが――すでに洗脳魔術を受けており……まともな状態では帰って来ませんでしたので」


 なるほど、だからシグルデンの洗脳魔術だと知っていたのか。

 報告にあった数件のうちの一つ。

 口には出していないが、賢者の老いた瞳には僅かな後悔が滲んでいる。

 使者は洗脳され刺客として故郷に戻された、ということだろう。

 様々な経験を感じさせる賢者は私に目をやって、


「まだわたくしが賢者と呼ばれる前の時代――昔の話でございますよ」


 そう、寂しそうにつぶやいた。

 おそらく……知り合いだったのだろう。

 そしてその刺客の息の根を止め、休ませてやったのは……。

 こういう時の人間は、酷く遠い目をしているので……なんとなく分かってしまう。あえてそれには触れずに私はつづけた。


『ふむ、なるほどねえ。人間の間でも友好的じゃないのか。あそこってどの種族が治めてるか、とかも……分からない感じかな』


「ええ、そういった情報も向こうの国は意図的に隠しておりますな。あまりにも情報が遮断されているので、魔族の方が治めているという話もありましたが」

『いや、魔族ならどんなに遠くても魔王様の眷属だからね。魔術の波動で私には分かるし、違うのは確かだ』


「ならばやはり、分からぬとしか答えは出ませんな。ただ――おそらくは人間の王が治めているではないか、わたくしはそう判断しております」


 ふむ。

 同意見ではあるが。


『根拠とかあるかい? 私も後で魔王城に帰ってその辺を皆に報告しないといけないんだけど。参考にさせて貰いたいし』


「思慮深いエルフやドワーフなどの亜人種の王でしたら魔族の方の城など攻めるはずがありません、敵う筈がありませんからな。また勘の鋭い獣人種でしたら、本能的に魔族との争いを避けるでしょう。残るは不死者や人ならざるモノですが、そういった方々が魔族とわざわざ敵対するとは思えません。とすると――残るのはやはり、人間かと。わたくしはそう判断いたしますのじゃ」


 この賢者の爺さん。

 実はなかなか優秀で、伊達に長生きしていないからか人間同士の世情にかなり詳しいのだが――その彼が知らないということは本当に情報がないのだろう。

 できたら名物料理とかも知りたかったのだが。


 シグルデンか……。

 吹雪のバリアーに守られているので攻め込まれる心配が少ない、その反面。

 吹雪のバリアーのせいで国境を超える事が困難で、他国を攻めることもできないと聞いたことがある。

 そんな国がなぜ魔王城を……。

 今の魔族は攻撃さえ仕掛けなければ、安易に人間を襲ったりしないと知っているだろうに。


 私は一緒に悩む賢者とその弟子たちをチラリ。

 そう考えると、こうやってグルメでご機嫌を取ってくる帝国は分かりやすくていいよね。少なくとも敵対はしたくないって、意思表示をしてくれているわけだし。

 ……って。

 なんか弟子の何人かが黒マナティと意気投合して、うちの子に魔術を教えてるけど……大丈夫かな……。

 黒マナティは黒マナティで人間に嘆きの呪術を伝授してるし。


 仲がいいのは大変結構だが。

 たぶんこれ。

 他の人間や国からしたらすっごい怖いだろうね。

 ま、世界を呪うことしかできなかったこの子たちが、人間と普通に交流できているのは微笑ましい事か。


 ちょっとニッコリしてしまった私に、賢者もまた瞳を細めて感慨深く言う。


「世界を嫌っていた弟子達が……これほどに生き生きとしているとは、時代の流れというモノはわからないものですなあ」


『世界を嫌うって……人間のこの子たちがかい?』

「人間は、時に――魔に生きる方々よりも人間に厳しい側面がありましょうからな。強い魔力をもって生まれた者は、とかく暴走もしやすい、異端として迫害される事もあるのですよ」


 んーむ。

 人それぞれ事情があるのだろう。


 人間は脆く弱い。私にとっては庭に歩くアリのような存在だ。

 非道な言い方かもしれないが、本当に……私にとってはムシケラのような存在なのだと感じている部分が確かにあるのだ。

 どう言い繕っても私は所詮、憎悪の魔性。

 悪逆と混沌に生きる魔なのだ。

 人の命を、軽く感じている部分を否定するつもりはない。

 けれど彼らも生きている。一人一人に、物語があるのだろう。


 やはり――安易に滅ぼしたりはしない方がいいのだろう、と。最近になって私はそう感じるようにもなっていた。

 元大魔帝のホワイトハウルも、私の変化が善きものであるようにと願っていたが。

 ちょっと私も成長したのだろうか。


「さて、それよりもシグルデンでしたな。陛下も昔、あの謎の国については気にかけておいででしたからな。お望みでしたら情報を集めさせますが」

『いや――まあ相手が分かったなら、それで十分かな。ありがとう、その気持ちだけ受け取っておくよ』


 言って。

 私は天に肉球を翳す。


「何をなさるおつもりで?」

『とりあえず――先制で脅しでもかけておこうかなって。やっぱり魔王様の城を狙うってのは許せないし。万が一にでも魔王様の結界が破られることはないけれど、舐められたら魔族として、ちょっとね』


 えらーい、私は成長をした。

 安易に滅ぼしたりはしないが、魔王城を狙ったのはそれはそれで重要な案件なのである。

 噛みついてくる毒アリが部屋に侵入してきたら、退治はするよね?

 うん。

 私、間違ってないね?


 遠距離攻撃魔術の準備をする私に、ロックウェル卿が一言。


『ケトスよ、ほどほどにするのだぞ』

『分かってるよ。君に注意されたばかりだからね。ほどほどに……っと』


 よーいしょ、よーいしょとネコのおててを伸ばし魔法陣を組む私に、ロックウェル卿が苦笑する。


『すまぬ、少々気にし過ぎたか――余は紅茶を楽しんでおるから、終わったら呼ぶのだぞ。おまえがおらんと、無差別に石化を撒く余は動けんからな』

『了解、了解。ちょっとまっててねー』


 ロックウェル卿が紅茶を嗜む中。

 十重の魔法陣を五つ。

 十字に並べて配置し、星の満ち欠けの角度を計算する。


 よし、こんなもんかな。

 ちょっと体調が悪いけど、まあこれくらいなら平気か。

 肉球で天を撫でるように、魔力を通して。


 ゴゴゴゴオオオォォォ!

 時空を荒らすほどの魔力波動が、私の周囲から発生する。

 あれ、なんだろう。なんか空が割れそうになっているが。

 ふむ、まあいっか。

 賢者が私の魔術に目を輝かせる横。


 大魔帝として魔王城を守るべく、私は詠唱を開始した。

 ピカ!


『我は大魔帝ケトス。この世界に招かれし混沌の君。憎悪と怨嗟の魔性也』


 ズズドン、ズゴゴゴゴゴズゴゴゴ!

 魔術の規模に応じて発生する魔力波動がますます広がっていく。


『天にあまねく星々よ。世界の理は今、ここに崩壊した。我こそが理。理こそが我。我は汝らの流れを乱し操りし者。我が魔力の奔流に従い――大いなるその……』

『ふむ、天体操作系の魔術か……余はこのスイートな紅茶でも呑んで観察させてもら――っ、……!』


 ブ、ビブゥゥゥゥウ!

 私の詠唱を聞いていたロックウェル卿が口に含んでいた紅茶を吹き出す。


『コ、コケッコ! コ、コココ、コカアアアア!?』


 何故か慌てて飛んできた。

 ぷぷぷ、クールを気取った人間貴族姿なのに、ジト汗ながしてやんの。

 しかしなんだろうか?

 人間モードのロックウェル卿が、私のネコ身体をにょきっと持ち上げ。

 ブシューン。

 詠唱キャンセルの魔術を放ってきた。


『うにゃ! な、なにするんだい! 詠唱が途切れちゃったじゃないか!』


『ケトス、きさま! 何をするつもりであるか!?』

『なにって、お眠りになられている魔王様の城を襲ったバカな国を、隕石群召喚魔術で、塵一つ残さない完全無比の虚無状態になるくらいの、ほどほどに滅ぼそうとしてるんだけど――魔術の構成を見れば分かるだろう? 何を慌てているんだい』


 彼の腕に脇腹から持ち上げられ、びにょ~んと脚としっぽが宙で揺れる。

 抱っこするならちゃんとした姿勢で抱っこして欲しいのだが。

 いや、こいつに抱っこされるのはそんなに嬉しくないけど。

 ……。

 あれ、なんか私の尻尾の毛が威嚇するみたいにボッファー! と広がっている。


 まるでキーボードを掃除する時のもふもふモップのようだ。

 毛もなんか逆立ってるし。

 まるで猫ちゃんの、超絶威嚇ほんき攻撃モードみたいである。


 ふと賢い私は考える。

 なぜ止められているのかと。

 魔王様の城が襲われたんだし。敵なんだし。ムカムカするし。

 それに賢者の爺さんの昔の知り合いの話を聞いて、なんか、超ムカっとしたし。

 そんな国、滅ぼしちゃってもいいかなぁ、とか思ってしまうし。

 思考回路がショート寸前で、猫頭がグワングワンと熱くなってきてしまう。


 それは五百年以上前、まだ人間だったころに風邪を引いたときのような火照りで――あれ?

 もしかして私。

 風邪とかじゃなくて、魔王城を襲われたショックで。

 今、暴走してる?


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