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ネコ魔帝VSニワトリ卿 ~もう一つの未来~


 黒マナティ達が、私とロックウェル卿の小競り合いで生まれた破壊ボールを転がす中。

 大魔帝たる私。

 そして、ニワトリ卿たるロックウェル卿はビシビシビシと睨み合う。


『勝負は以前と同じで構わないかな? どちらの方が可愛くて強い召喚獣を呼び出せるか。実際に戦わせはしないけれど、それでどうだい』

『クワックワックワ! 良かろう! 召喚がお前だけの得意技ではないと目にもの見せてくれるわ!』


 私と彼は同時に詠唱を開始する。

 身振り手振りを交えた、本格的な召喚魔術だ。

 ウニャ! くけー!

 ビシ、バシ!

 肉球と翼が複雑怪奇な魔術印を空に刻んでいく。


 実は私と彼は魔王軍時代。

 互いに直接衝突することを避け、こうして決着をつけたことがあったのだ。


 まあ、たとえば魔王様に関することで意見が衝突して――本気の私と本気の彼が、殺し合いとして戦えば自慢や自惚れではなく私が勝つのだが。

 今回はそういう話じゃないしね。


 戦いではなく、ちゃんとした試合という形でも優劣をつけてくれるのじゃ!

 にゃはっははははああああああぁぁぁ!


 広がる膨大な魔法陣。

 幾重にも刻まれる呪印と魔術文字。

 最高峰の召喚魔術に目を輝かせ唸り、拍手する賢者と弟子。それ以外の人間が、目を点にしながら呆然と眺める中。

 私は――勝利を確信していた。


 今から呼び出す魔獣こそが、この世で一番であると知っていたからだ。

 ぐにゃははははは! 愚かなり、ニワトリ卿よ!

 この勝負、貰った!


『いでよ、異界より招かれし最恐最悪の魔獣よ!』


 二人の口から、同時に――世界の法則を乱す詠唱が紡がれた。

 今この時。

 世界に――最恐の魔獣が召喚される!


 バチバチバチと天が曇り。

 魔性の霧が発生する中。

 召喚獣が発したものだろう。凛とした、素晴らしき美声が鳴り響く。


『我を召喚するとは――ほう、くはははは! さてはおぬし、天才であるな!』


 ロックウェル卿の生み出した召喚陣から飛びでてきたのは――麗しく華麗で、毛並みもすばらしい黒猫。

 猫魔獣ケトス。

 そう、私である!

 そんなドヤ顔な私の横で。

 大魔帝である私の生み出した召喚陣から並々ならぬ力を持った魔獣が顕現する。


『クワーックワクワ! 余を召喚するとは、さてはおぬし、天才であろう!』


 魔鶏の嘶きと共に現れたのは――、ふわふわな羽毛で膨らんだニワトリ。

 神鶏ロックウェル卿。

 ……。

 そう、ロックウェル卿本人である。

 二人は互いに顔を見て。


『この勝負、我・余の勝ちだ!』


 同時に勝利宣言。

 まあようするに、互いに互いを召喚して仲直り。

 そういう儀式なのだ。

 少なくとも、両者ともに相手を呼べるほどの力と関係性があると認識できるのである。

 魔王様が考え出した仲直りの方法で。

 私と卿には暗黙の了解があったが。

 もしかしたら人間たちはちょっと困っているかもしれない。


 私は人間たちに目をやる。

 賢者の弟子たちが立ち上がり、


「なんと素晴らしき短文詠唱。一切の無駄のない魔術構成理論。これが世界のいただきにある魔導の極み!」

「我らもいつか、あの場所へ! 素晴らしき、魔導の道! 魔術こそがこの世界の理だ!」

「モキュモキュモキュ!」


 そんな言葉と、拍手喝采である。

 その横で黒マナティも拍手で私とニワトリ卿を讃えている。

 届くのは、狂気さえ孕んだ声。

 私の獣毛と卿のモフモフ羽毛を、涙まじりの声が揺らす。


 ……あれ?

 ――なんかこの人たちって……もしかして。


 我らを讃える彼らを、私は魔力を込めた猫目でじとーっと見る。

 未来予知の応用で、私と出逢わなかった場合の未来を観測しているのだが――。

 うわ……。

 この人たち……黒マナティも含めて。

 私と出逢ってなかったら――暴走して世界をやってたっぽい?

 世界征服とか、世界滅亡的な意味で……。

 この黒マナティ達も、いつかは自力でナタリーくんの血脈結界を破って、暴れ出してたんだろうし。


 もしかして。

 いや、おそらく。あくまでも偶然だが……。


 私って結果的に何度もこの世界を救っているんじゃなかろうか。


 実際、この西帝国も私が介入してなかったら教会に乗っ取られて、悪の道まっしぐらだったし。

 ジト目で天を仰いで、私はニャハハハ!

 愚かなる神よ!

 一応私も神属性が付き始めてるし。本当に、そのうち信仰度が逆転しちゃうぞ!

 いや、まじめにちょっと困るのだ。

 わりかしマジで。

 主神になるなんて絶対嫌だし。もうちょい、頑張れよ神。


 ともあれ。

 私とニワトリ卿はちょっと冷静になり。

 お互いに離れて、笑い合う。


『君の懸念も分かったよ、頭のどこかで覚えておくさ。悪かった』

『余の方も少々強く言い過ぎた、すまぬ』


 この弟子たちを見て、ちょっと理解できそうになってしまった自分が悲しい。

 まあ暴走って、自分じゃ分からないしね。

 もしかしたら私もロックウェル卿に出会っていなかったら、魔王城を襲われたショックで暴走し、このまま世界を壊していたのかもしれないが。

 ともあれ。


 ちょっと照れ臭いが――私は横を向きながら、ぼそっと呟いた。


『あー、そのなんだ。ロックウェル卿……心配してくれてありがとうね』

『そうか――よい。では余が黒マナティ化の呪いを解く。しばし待っておれ』

『えー、いいじゃん。解かなくても。黒マナティ、かわいいし……。もっと増やすつもりなんだけど』


 ロックウェル卿はニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。


『いーや、従ってもらうぞ。今回の勝負は余の勝ちであるかな』

『え、引き分けだろう?』

『今のそなたは余の知らぬ場所でなにやらレベルアップしているらしいからな。可愛さはともかく、強さで言うのならばより強力な魔獣を呼び出した余の勝ちではないか?』


 う、こいつ。

 なんかうまい手を使ってきやがった。


『魔王城を襲った理由を把握する必要があろう。とりあえず一人でいいから元に戻すぞ』

『えー、でも……』

『また説教されたいわけではあるまい?』


 なんか。

 唐揚げ欲しさに魔王城を石化ミュージアムに変えた鶏に説教されるのは、すっごい違和感あるんですけど。

 まあ、私も元大魔帝連中だとけっこう気楽に発言とか行動しちゃうから、少しだけ周囲が見えていないのかもしれないが。

 ちょっと思考の海に沈みそうになった私のニャンコ鼻が、むずむずと疼く。


『へっくち!』


 魔力のこもった、くしゃみをしてしまった。

 漏れた魔力は黒マナティがキャッチしてくれたから被害はないが、これも人間に直撃してたらちょっと危なかったな。

 なんだろう。

 身体がちょっと火照っている。なんか……熱っぽいのだ。

 まさか大魔帝が風邪を引くとは思えないし……なんだか、猫毛がモファモファ熱くなっていく。

 頭が、プスプス……変なのだ。


『どうしたのだ、ケトス。召喚酔いで具合でも悪くなったか?』

『いや――大丈夫。分かったけど……ちょっと考えさせてよ』


 考え事をする私は、増えた黒マナティの上に乗って、ぶにゃ~んと手足としっぽを垂らす。

 敵としてだと厄介だったけど。眷族化して仲間にしてみるとこれがなかなか。ほどよくヒンヤリしてて、憎悪と嘆きの魔力もけっこう心地良い。

 あー、これなら火照った身体にちょうどいいや。


 やっぱりかわいいな! 黒マナティ!

 彼等の上で、破壊エネルギーのボールを動画サイトのプリティ猫みたいに手足で転がしながら――ふと私は考える。


 もしかして。

 今の私ってけっこう、はしゃいでいるのだろうか?

 まあ、私を説教してくれていたのは魔王様ぐらいで。

 今だと、本当に私を気に掛けてくれるジャハルくんぐらいしか説教をしてくれないし。


 こうしてロックウェル卿に心配されて説教されるのは……悪い気分じゃないのかな。

 んーむ。

 こいつなら多少わがままを言っても対等に返してくるし。

 小競り合い程度の戦いになってしまっても私とこいつなら、ある程度本気を出しても問題ないし。実際、さっきも大丈夫だったし。


 少し甘えてしまっているのだろうか。


 にゃんだかんだと、色々と考えてしまう。

 魔王様がお眠りになってから、なんだかんだで緊張が続いてたしなあ。

 もし私が倒れても、本気を出したこのニワトリならまあなんとかしてくれそうな気もするし。

 魔王様……か。

 早く、起きてくれればいいのに……。

 ちょっと、しゅんとしてしまう。


 そんな私を慰めるかのように、黒マナティが唐揚げを運んできてくれる。

 やっぱり優しくて、優秀な眷族だ。

 このまま大量に仲間を増やして、大マナティ軍団を作ったら……にゃは!

 ニャハハハハハ!

 と、悪い顔をしていたせいか、ロックウェル卿の視線が私のニヤケ顔を睨んでいる。


『ケトスよ? その貌はなんであるか』

『……君って、真面目な時は本当に勘が鋭いよね』


 個人的には、もっともっと増やして魔王様の警備を完璧にしたいのだが――ロックウェル卿の視線がけっこうマジになってきたから、やめておくか。

 渋々、降りて。

 私は猫口を尖らせた。


『分かったよ、分かった。私じゃ治せないから、君に頼むよ』

『うむ、素直で結構。コケッコー』


 ん?

 なんかくっそ寒い気配がしたが、気のせいか。

 やはり、なんか頭が燃えるようにボーボーしている。

 鼻がムズムズして――。


『へっくち!』

『やはり風邪ではないか、魔猫よ――なんなら余がついでにそなたの風邪も治してやろうか?』


 笑いながら彼は亜空間を生み出し。

 魔王様からの贈り物である神話級の武器、世界蛇の宝杖を取り出す。


 後ろで見ていた人間たちは目玉が飛び出そうなくらいに驚いて、ミドガルズ・ステッキと賢者を中心に声を震わせているが――まあ、魔王様からの贈り物なのだ、きっと超絶レアだったのだろう。

 たぶん。

 私が賜った猫目石の魔杖もかなりのレアものらしいし。

 ともあれ。


『では、余が解除するからな。と――その前に、少し姿を変えるぞ』


 言って、魔性の霧を発生させる。

 闇のモヤモヤが、彼の全身を包んでいく。


 はて……この演出、どっかで見たことがあるのだが。

 どこだっけなあ……。

 モヤモヤな霧が晴れるとそこに現れたのは――王者の風格ある鳥の翼持つ男。


『者どもよ、心して聞け! 我こそが魔帝ロック。我こそが魔王様に愛されし闘鶏。偉大なる御方より名を授かりし元大魔帝、神鶏ロックウェル卿である!』


 皇族を想わせる煌びやかな儀礼服に、鶏の尾長を彷彿とさせるマフラーを巻いた、表情を感じさせない冷たい顔立ちの男である。

 同じ人型フォームでも、私の方が超かっこういいし。

 うん。


『うっわ、懐かしい! 君の人型変身魔術を見たのはいつぶりかな』


『状態解除魔術を扱うならばこのフォームの方がやりやすいのでな。鶏状態だと、数歩歩くだけで目的を忘れるのだ、仕方あるまい!』

『いや、威張られても反応に困るんだけど……』


 世界蛇の宝杖を傾け、ビシっと偉そうに胸を張っているが……。

 自慢げにいう内容ではないわな。

 無駄に端整なニワトリ卿の頬を肉球でつっつく。


『成功したら褒めてあげるから、はやくやっておくれよ』

『ふむ、余への敬いが足りぬがまあ良かろう。憎悪と嘆きに侵されその身を奪われた者よ――余はロックウェル卿。汝の存在を取り戻す者也……』


 賢者の瞳が歓喜に揺れた。

 ま、魔術を嗜む者だったら、並外れた治療魔術から生まれる十重の魔法陣に興味あるわな。

 宝杖から魔力の輝きが生まれる。

 淡いオーブ状の魔力の粒が宙に浮かび始める。


 ロックウェル卿の羽が中庭に舞い――。

 光と羽に覆われた黒マナティの姿が、徐々に人の形へと戻っていく。

 成功のようだ。


『へえ、本当に戻しちゃった。凄いね。さすがは魔王様から直接回復系統の魔術を教わった神鶏。いやあ、凄い。さすが魔王様。こんな鶏にも大魔術を教えることができるなんて、天才だね』

『そうであろう、そうであろう。余はすごいのである! クワーックワクワ!』


 ふふふ。

 こっそり魔王様の方を褒めたのだが、気付いてないぞこの鳥頭め。

 しかし。

 目の前に横たわる人間をチラリ。

 剣闘士姿のまだ若い男性なのだが、はてさて。


『誰なんだろ、これ』

『さあのう、余に聞かれても。人間の顔の区別などつかんし』


 呆れてため息をつく私の後ろで、賢者がこほんと咳払い。


「ケトスさま、ロックウェル卿さま。発言をお許しいただけますかな?」

『ああ、私達魔族は人間たちの事情にあまり詳しくないからね。何か知っているのならぜひ聞きたい』


 私は振り返り、猫耳をぶにゃん。

 賢者が横たわる剣闘士を魔術で調査しながら――言う。


「洗脳魔術の波動を感じます。数件しか報告は上がっておりませんが……これは――おそらく。遥か南西大陸にある氷雪国家、シグルデンの奴隷兵でございますな」


 私とロックウェル卿は目を見合わせる。

 奴隷兵か。

 なにやら、きな臭い話になってきたぞ。


 それにしても……。

 あれ、やっぱり……変だ。

 猫頭で考えるとても賢い私の思考が、ぐるんぐるんと回っている。

 ぷすぷすぷす、頭が熱い。


 本当に、風邪でも引いてしまったのだろうか?


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