急襲、魔王城 ~強敵も味方になればケッコウ可愛い~後編
唐揚げ試食会場となっていた暴君ピサロ宮殿の中庭。
仲良く新しい仲間と戯れる私こと、愛らしい魔猫ケトス。
褒められて喜ぶ、黒マナティ。
ちょっと冷えてきたところも、これまたうまい唐揚げを齧りながら時間を過ごす。
そんな微笑ましい場面なのだが――。
ロックウェル卿がすっごい怖い目でこちらを見ている。
なにやらちょっと怒っているようだ。
『なんだい、怖い顔をして。この子たちがもってきた備蓄食が欲しいなら後でわけてあげるけど』
『そういう話ではないわ!』
クワックワ、と鳥の咳ばらいをし。
真剣な時の魔王様みたいな顔を作って、彼はくちばしを光らせる。
『余は前から言おうと思っていたのだが。魔猫よ、お前は少し常識という言葉を学んだ方が良いと余は思うぞ?』
『どうしたんだい、急に。話がぜーんぜん見えないんだけど』
あっれー……なんか、目が笑ってないし……マジなんですけど。
そこに座れ、と。
ベシベシ翼で床を叩くロックウェル卿。
なんか、お説教の様である。
『余が言っておるのはそこの凶悪無比な眷族、お前が新しく仲間とした、怨嗟と憎悪の勇者死霊群のことだ』
ぶにゃ~んと私は猫頭にハテナを浮かべる。
それがこの子たちの正式な種族名なのだろうか。
『ブ、ブレイヴ・ソウル?』
聞き返したのがまずかったのか。
ロックウェル卿は鋭い鳥目を紅く光らせ、クワッと翼を広げ威嚇し始めた。
あ、ヤバイ。
これ、ガチの説教がはじまるいつものヤツだ。
『ケトスよ! どうして貴様はいつもそんなにテキトーなのだ! 魔術の名も正式な名を覚えようともせずに、いつもテキトーな名をつけおって! 自分が使っている眷族の正式な名前ぐらいなぜ憶えんのか!』
『えー、正式な名前なんてどうだっていいだろう。私にとってこの子はかわいい、黒マナティなんだし』
羽毛がだんだんと膨らんできている。
これ、けっこうマジで怒ってるな。
『よもや、きさま! それがどれほど危険な存在なのか知らずに使役しているのではあるまいな!』
『いやいやいや、ちゃんと知っているよ。召喚されし勇者的なアレだろ』
『そうか、知っているのならば話が早い。なればこそ、余が懸念していることも理解できるな?』
はて、何が問題なのだろう。
というか、このニワトリ。
この子たちが異世界から召喚された勇者の魂のなれのはて、だってどこで知ったんだろ。
どうもこいつ、私の知らない情報源があるみたいなんだよなあ……。
魔族でも神でも勇者でもない横のつながりでもあるのだろうか。
ともあれ、私は彼が何をいいたいのかちゃんと分かっている。
つまり。
『この黒マナティは超強くて超かわいい、ってことだろう!』
ドヤァと私が猫笑いをすると。
黒マナティもドヤァと胸を張る。
うん、私。
ちゃんと分かってて、超偉いね?
更に私は――猫毛を膨らませニヤリ。自信満々に答えていた。
『そしてこの愛らしい子を使役する私も、とってもかわいくて強いってことさ!』
ビシっとポーズをとって言い切ってやったのである。
我ながら素晴らしき回答で末恐ろしい。
完璧さを証明するように、後ろで黒マナティ達が盛大な拍手を贈ってくれている。
ケートース、様! ケートース、様!
そんな嘶きが聞こえてくるようだ。
声援に応えて、私は頭上で猫手をフリフリ。
ぴょこぴょこぴょこと肉球を披露する。
パチパチパチパチパチ!
モキュキュモキュキュ!
黒マナティ軍団が更なる拍手で私をはやし立てた。
完璧な回答なのに。
頭に怒りマークなんて浮かべつつも、ひと呼吸を置いたロックウェル卿が唸る。
深呼吸をした後に、彼は努めて冷静に言った。
『魔王城が襲われ狼狽しているのはわかる。そしてこの黒マナティを気に入っているのも、気に入られ崇拝されているのも理解ができた。しかしケトスよ、少し頭を冷やせ』
『私が可愛いのは間違いないんだけどなあ……魔王様もそう言ってたし。私、超冷静なんだけどなあ』
あ、ブチって音がした。
なぜかロックウェル卿は――クワクワクワ、クワーッワッワ! と羽と脚を広げて騒ぎ出した。
『凶悪無比な眷族を使役することの危険性をすこしは考えろと言っておるのだ!』
『だって魔王様を守る手段が増えるのは喜ばしい事だろう? 何が問題なんだい?』
私はきょとんと首を傾げる。
黒マナティも私の真似をして顔のない貌を傾げる。
『世界のバランスをこわしかねないほど強力な死霊を、よりにもよって世界最恐クラスのお前が操っておるのだ――人間も神も、まだ新たに発生していないとはいえ勇者も心穏やかではいられなくなるであろう』
『えー、だってこの子たちも世界の狭間で、ずぅぅっぅっと眠ってるなんてかわいそうじゃん』
ずっと眠っている。
その事が魔王様と重なったのだろう、ロックウェル卿の顔もちょっぴり同情的になる。
チャンスとばかりに私はつづけた。
『どうせ暇そうなんだし、せっかくだったら私と一緒に魔王様を守ってくれないかなって説得したんだよ。本人たちも喜んでついてきてくれたし、問題ないよ』
ねえ?
と、黒マナティ達に聞く。
彼らはモキュキュモキュキュと嬉しそうに声を上げている。
イエーイ! とハイタッチ。
そんな私達を眺め、はぁ……と鳥の息を吐き。
『余は心配であるぞ。普段のお主は魔族の中でも一番の穏健派で常識的ではあったが――魔王様に関することとなると途端にリミッターを完全に飛ばしてしまうからのう……。その辺りの心配をためていた魔王様に、くれぐれも魔猫を頼むと言われておるのだ、もう少し、なんとかならんか?』
『ま、まあ……ちょっと反省してるけど』
まあ、魔王様の事になると暴走しがちな私を心配してくれているみたいではあるが。
魔王様も卿の言葉には耳を傾けておけと、言ってたし……。
『ごめん、気を付けるよ』
私は猫耳を下げて、くすんと泣きまねをする。
反省してまーす……と、しゅんと頭を下げる。
むろん、泣いたフリである。
にゃふふふふ! 私は知っている!
実はこいつ――かわいい猫にちょっと弱いのである。
『ま――まあよいわ。黒マナティの眷属化についての議論は今度にしよう。それよりも今は魔王城がなぜ襲われたのか、だ』
『ロックウェル卿はなにか心当たりあるかい?』
『いや――なにしろ余は、基本的にお前と共にしか行動せんからな』
彼はしばし、真剣な表情で考え込んで。
『とりあえず同族化の呪いを解き、魔王城を襲った事情を彼等に聞こうではないか。黒マナティに命令し、増えた個体を連れてまいれ。襲った本人に聞いた方が早いだろう』
『え?』
ふぇ? の、のろいを解く?
呪いを解くって言われても……あれ。
どうすればいいんだろ……。
モッファ、ブッファー! 私はビクリと猫毛を逆立てた。
『どうしたのだ?』
『え、あー……うん。この唐揚げは塩味もおいしいなぁ……って、うん。超、おいしいね?』
やっば、そういえば考えてなかった。
ついさっき。
強力な眷族を従える事への懸念を伝えられたばかりなのに、解けないとバレたらかなり不味い。
実際、今回も問答無用で同族眷族化してしまったのだ。
もし交渉や戦後処理の時に、元に戻して欲しいと言われてしまったら……。
ちょっと、ヤバイかもしれない。
『魔猫よ……なぜ顔を逸らす?』
『え……? いや……いやいやだって……無理だよ? 私、黒マナティ化の呪い解除なんて研究してないし。解く気もないし……』
だんだん小声になっていく私の横顔に、ロックウェル卿の鶏ジト目が刺さる。
鋭く燃えあがる怒りの眼光――それはさながら恐竜の睨み。
しばらくして。
羽をバッサバッサと広げて飛びかかってきたニワトリ卿が、私の自慢の猫毛をクチバシで啄みながら喚き散らし始めた。
『くわ! くわく、くわぁ、このお調子ネコがぁぁぁあああ! 状態異常を扱う場合はそれを解除する方法も用意せよ! そう、魔王様に口を酸っぱく、何度も言われていたのを忘れたのか!?』
『にゃにゃにゃ! 魔王様の御言葉を忘れるわけないじゃないか。でも、これは全然はなしが別だね! だって、黒マナティ化した敵は味方になるんだよ。魔王軍の味方だよ? 治しちゃったら魔王様の戦力が減っちゃうじゃないか!』
これは譲れないと私もニャーニャー唸る。
魔王城が襲われた今こそ、戦力は必要だと主張する私。
常識を覚えろと騒ぐニワトリ。
傍から見ていると鶏とネコのじゃれつき合いだろうが、実際は大魔帝クラスの力ある魔獣の、魔力と魔術を用いた討論なのだ。
人間たちを傷つけないように結界を張っているけれど、漏れた力は天を割る勢いで跳ねまわっている。
それでも逸れた破壊のエネルギーは黒マナティが吸収し、ボール代わりにして遊んでいる。
彼らは私の意図を組んで、人間たちを守ったのだろう。
……。
テレパシーで――人間たちは我らが守るので、どうぞご存分にと声が届く。
実に気が利く子たちだ。
……。
あれ、これこの子たちが人間を守ってなかったら被害が出てたんじゃ……。
『ストップ、ロックウェル卿。ちょっと力が溢れだしてる』
『む? きさま、また強くなったのか……以前はこの結界で完全に防いでいたはずだが』
『にゃははは! ごめんねー、この子たちとの戦いの最中に嘆きの魔性であるバンシー・クイーンの力を吸収してね。嘆き属性の魔力も使えるようになってるんだよ』
卿は、肩を落とし――呆れた眼差しをこちらに向ける。
『もしや……世界最高クラスの不死者。あの嘆き死霊の女王種のことか?』
『うん、消滅するっていうから、それも嫌だったし。キャンセルするために、盗んで貰っちゃったんだよ』
悪意があったわけじゃないと彼も理解したのだろう。
しかしジト目が私の顔に突き刺さっている。
『なあ――ケトスよ、ほんとうになにをやっとるんだ。世界でも征服するつもりなのか? まあ、もし本当にその気ならば余も全力で手伝うが――おぬし……女王種の力を取り込んだら、ますます手が付けられなくなっておるだろう……急に更なる力を吸収したのだ、魔力の暴走とかは大丈夫なのか?』
『んー、今のところは暴走してないけど……』
ロックウェル卿も私も、周囲に目をやり。
ふと、偉い私は魔王様の御言葉を思い出していた。
おまえら、ガチの喧嘩はやめろよ――と。あの優しい魔王様がちょっぴり額に青筋を立てて言っていた記憶が蘇ったのだ。
まだ被害はないが。
このまま続けるのはまずいと悟る。
人間たちにごめんねーと伝えると。
賢者が顎に手を当て、なんのなんのと微笑んだ。
その後ろにはいつのまにかちょっとした人の群れ、彼の弟子達も観戦にきていたのだ。
それにしても――私は賢者の爺様をちらり。
私と卿の繰り出す魔術を食い入るような目で、喜びながら見ているが。
常識人だが――この人もけっこう、アレなのかもしれない。
この状況で動揺していないって、精神とか神経とかが図太いってレベルを超えていると他人事ながらに思ってしまう。
まあ、それくらいでないと、皇帝陛下のお付きなど勤まらないのかもしれないが。
後ろの弟子たちも……これ、魔術マニアだな。
恐れるどころか、私達の魔術を見て興奮しながら喜んでるし。
そういや能力増強効果のあるドラゴン料理も食べてるんだっけ、ここの人達。
ふと賢い私は思い至る。
この人たち。私という絶対的な存在がいるから平気だったけど、もしかしたら力に溺れて暴走していた可能性もあったのかもね。
魔術マニアってけっこうそういう所あるし。
……。
私は違うけれどね?
よくあるのだ。急に力をつけた人間が、国とかを乗っ取って革命を起こしたりするパターンって。
ま、大魔帝クラスの力を見た後なら人間という種族の器の限界、魔力的観点から見た場合の矮小さを実感しているだろうし。逆にまっとうな生き方をする可能性が高いから安心か。
絶対に敵わない、やっべぇのを知っているからこそ、武力による暴走などしないということだ。
どんなに人間相手に無双し、暴虐を働いたとしても。なんか機嫌を損ねた私やロックウェル卿が本気で干渉したら、簡単に崩れちゃうわけだしね。
案外。
前の事件に私が介入したことがきっかけで世界大戦争を事前に防いでいたり。世界平和に繋がっていたなんて可能性も――まあそれはさすがに言い過ぎの冗談か。
奇跡や未来を良い方向に導くことのできる神が介入していたとしたら、あり得ない話でもないけどね。
ともあれ。
今の問題は目の前のコレか。
ニワトリ卿がこちらを挑戦的な瞳でニヤリ。
『ケトスよ、ここはひとつ召喚対決でもせんか?』
『へえ、いいねえ。構わないよ』
その提案に、私も乗ってニヤリと魔族の笑みを浮かべた。
魔王様に愛されしネコと、駄ニワトリとの戦いが――いま、始まろうとしていた。




