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急襲、魔王城 ~強敵も味方になればケッコウ可愛い~前編


 魔王城が襲われた。

 私の眷属で、現在魔王城の上空を警備している黒マナティはたしかにそういった。


『何事だケトスよ。余には魔王城が襲われたと聞こえたが!』


 なにやら鶏の声がするが、その前に。

 私は自分の思考の中に落ちていく。

 ふむ。

 私は少し動揺していた。


 魔力を帯びた猫毛が、ぶわっと広がっている。

 まるで威嚇をするかのように、膨らんでいるのだ。

 そんなモッファモッファと荒ぶる私のネコ毛をつつきながら。

 ニワトリ卿ことロックウェル卿もまた、荒ぶった仕草で私を啄む。


『おいこら、無視とはなんだ、無視とは! 余は偉大なるロックウェル卿ぞ! 余の舞を見よ! これですぐに心も落ち着くはずだ! どうだ、この素晴らしき鳥の舞!』

『いたたたた、痛いって! 麗しき私のモフ毛を啄まないでくれ!』


 私の周囲を駆けて回って、コケーコケー騒いでいる。

 さきほどからずっと声をかけてくれていたらしい。

 が。

 バサっと翼を広げて、私の目の前で舞われても――正直、反応に困る。


 まあ、この舞には戦意を失わせ精神を安定させる、リラックスっぽい魔術効果があるようだが。

 こいつ、ダンサーや吟遊詩人系の支援職が扱う補助スキルも使えるのか。


 私は魔術による支援が得意だが、そういう精神に作用する芸事系の支援スキルはあまり得意じゃないからちょっと感心してしまう。

 ニワトリのくせに、結構なまいきである。

 ともあれ。

 彼の支援スキルのおかげでちょっぴり心は落ち着いた。


 まあ、それでもやはりどこかが変であるが。

 尻尾がびたーんびたーんと不機嫌に、落ち着かないように荒ぶり続けている。

 私の周囲には虚無の魔力がベッコンベッコン、結構無作為に暴れ始めている。

 ふむ。

 これ、動揺してるね? 私。


 それにだ。

 わちゃわちゃわちゃと、動物園で檻の中をうろつくクマのように意味もなく歩いてしまう。


 戸惑って歩く姿までかわいいだなんて、私ってやっぱり素敵ニャンコなのは間違いないね……。

 ……。

 にゃああああああああああああああああ!

 魔王城が、我が家が!


『どどどど、どうしよう、どうしよう、どうしよう。どうしよう! ねえ、ロックウェル卿! ま、魔王城って鍵かかってたよね!』


『落ち着くのだケトスよ。鍵というか、大魔帝であるおぬしが張る強固な結界、そして我ら元大魔帝があの城を離れる前にそれぞれが結界を張ったからな。我らは皆、各地に散り――魔王様をお守りする結界を破るにはどこにいるかもしらぬ我らを全て滅する必要がある。案ずる必要はないだろう』

『そそそそ、そうなんだけど。魔王城が百年ぶりに襲われただなんて! ゆ、勇者がまたでたのかな!? 人類、とっとと滅亡させなかった私のせいなのかな!?』


 もう一度、ロックウェル卿が精神鎮静の舞いを踊る。

 はっ……!

 れ、れいせいになった!


 私って、案外ふいの事件に弱いのかもしれない。

 頭の中には破壊の衝動がふつふつと浮かび始めているが。

 ちょっと深呼吸。

 よし、落ち着いた。

 にゃふふふ、前回の事件でちょっと暴走を抑えるコツを掴んだのである!


『くはははは! まさかこの我がこのようなことでど、どどどどど、動揺するはずないのじゃ!』


 ともあれ、私はいつもの口調で答えていた。

 全盛期の大魔帝モードじゃないので、たぶんもう動揺もしていない。

 はずだ。


『ケトスよ、おまえ、相当動揺しておるな?』

『失礼なやつだね君は。この私が、ど、動揺なんてするはずないじゃないか! 魔王様は大丈夫、大丈夫。うん。だって私の結界は破られていないし……うん』


 言いながら私は黒マナティの身体を探り、様子をチェックする。

 怪我はない。むしろ撫でられて喜んでいる。

 ちょっと安心である。


『この眷族、怪我をしておるのか?』


『いや、大丈夫さ。傷一つついていない。まあこの子に傷をつけるなんてとんでもないレベルの存在にしかできないだろうから、過度な心配はしていなかったんだけどね!』

『それで、なんと? 余にも状況を聞かせよ! 気になって落ち着かんわい!』


 騒ぎ立てるニワトリ。

 肉球で押しかえす私。

 まあ詳しく聞いてみないとわからないが。

 バサー! バッサバッサ、バサー!

 翼がヒゲを擽って、地味にうざい。


『舞うなっての! 羽が刺さるだろ! もう、ちょっと待っててよロックウェル卿。今、詳しく黒マナティに聞いてみるから。えーと……それで、どういう状況になっているんだい? 加勢が必要ならすぐに戻るけど』


 問われた黒マナティはモキュモキュと得意げに口を動かして私に伝える。

 ……。

 もう、全部やっつけたらしい。


『ふーむ、なるほど。なるほど。あー、そういうわけか。完全に理解したよ』


 状況説明に、腕を組んだ私はネコ耳をぶにゃんと蠢かす。

 モフモフ尻尾もぶなーんと揺れる。

 しぺしぺしぺ。

 精神を落ち着けるために毛繕い。


『たいしたことじゃなかった。杞憂だったよ――はぁ、驚いた驚いた。もし魔王様になにかあったら、あやうく世界を滅ぼしちゃうところだったよ! にゃははは! ロックウェル卿もあわてんぼうだなあ!』

『コ、コケ! よ、余を投げるでないと――……、まえに……もぉ、言った……』


 嬉しさでついつい。

 ロックウェル卿の身体を持ち上げバンザーイ!

 あ! 勢いよく打ち上げ過ぎちゃったかも。


 遥か上空にロックウェル卿の姿が見える。

 空から翼を使い降りてきた彼は私の頭上に着地。


『早く状況説明をせよ!』

『あたたたた! だーかーらー! 私の愛らしい毛を引っ張らないでくれよ! おーい! 黒マナティ二号三号――! 説明したいから、ちょっと新しい仲間を連れてこっちにきてくれるかなあ!』


 私の呼び声に、モッキュー! と、了解の声が返ってくる。

 西帝国の中庭。

 今、私たちがいる場所の空が昏い嘆きの瘴気で包まれていく。


 メキリ、メギギギキキキィィィ!


『空間を割って――集団転移だと! ただならぬ邪気と嘆きだが、な、なにごとだ!』

『大丈夫、大丈夫。この子たちも眷族、私の新しい仲間なんだ……お、きたきた! おーい、君達。こっちだよ!』


 空を割って仰々しい嘶きと共に降りてきたのは、黒マナティの大軍。

 中庭に広がるのは昏き憎悪の死霊の群れである。もっとも、見た目はかわいい黒マナティであるが。

 その数は十や二十を超えている。


 賢者や給仕たちは私との付き合いもそこそこになってきたからか、動揺はしているがちゃんと意識が働いているようである。

 精神汚染を防げているところを見ると、なかなか高レベルなようだ。


『これで全員かな?』


 問うと、本体である黒マナティクイーンがモッキュと軍人のような敬礼をしてみせる。

 続いてマナティクローン達も敬礼してみせる。

 なかなかノリノリのようだ。

 けっこう、かわいい。


『ケトスよ、なんだこの膨大な憎悪の魔力を滾らせる極悪な死霊軍団は』


『さっき言ったじゃないか。私の眷属なんだけど――なんか魔王城を襲ってきた敵を全部返り討ちにして、一人残らず、同類化の呪いで黒マナティ化して仲間にしちゃったみたいかな。そのせいでちょっとした軍隊になっちゃったみたいだね?』

『いや、おまえ。みたいだね……っと、軽く言うておるが。これ、容易く世界を滅ぼせるほどの大戦力ではないか』


『まあー、そうかもね。やろうと思えば、明日にでもいけそうかな。報復ついでに、やっちゃっとく?』


 しばし、沈黙。

 なぜかロックウェル卿と賢者は目線を合わせて――、なにやら瞳で会話をする。

 なんだろう。

 ニワトリの方が前に出て、私に問う。


『報復の話はともかく、襲ってきた相手の捕虜とかはおらんのか?』

『うん。ぜーんぶ、汚染して仲間にしちゃったみたい。これ、どこの勢力が襲ってきたのかって分からないよね?』


 私はぶにゃんとネコ顔で問う。

 そう。

 敵軍はもはやとっくに返り討ちにして、こっちの被害は皆無だったのだ。


『まあ、直接状況を見た方が早いよね。今、魔術で映してあげるよ』


 私は猫目石の魔杖を取り出し、過去視の魔術を展開した。

 なんか。

 ロックウェル卿が過去視の魔術の危険性に気付いて、これ、禁術にせんと不味いだろと言葉を漏らしたが――まあ、便利なんだからいいじゃないか。



 ◇



 彼らの説明によると、こうである。

 魔王軍の主要メンバーは石化解除の真っ最中。

 なにやら敵が迫ってきているのは分かっていたが、どこからどうみてもただの弱小人間軍。


 新入りである黒マナティの様子見も兼ね、彼らに迎撃を頼んだらしいのだが……。

 まあ、それがいけなかったのかもしれない。


 行軍してきた相手を発見した黒マナティはそりゃもう大はしゃぎ、なにしろ、初仕事なのだ。

 タッチした相手を自分と同じ異形の死霊に変える呪いで、まず先頭の一人を黒マナティ化。

 黒マナティ化した敵が、更に敵をタッチで黒マナティ化。

 黒マナティ化した敵がさらに……さらに……と。

 後は、タッチタッチタッチ。

 襲ってきた軍隊を全部自分の同類にしてしまったらしい。


 ちなみにこの黒マナティ化の呪いだが。

 結構極悪で。

 同類化した者は己を失いこの世界から消えるらしい。んで、黒マナティの本体と意識を共有し、黒マナティとして新たな意識を得るそうだ。

 黒マナティクローンとして黒マナティと同一個体になるのである。

 苔や菌で相手の細胞を作り変え自分と同じ存在に変え眷族化する、植物系最上級魔族の極悪技と性質が似ているかもしれない。


 つまり、敵をぜーんぶマナティ化させてしまったので、どこの誰が襲ってきたのか、まったく分からないのである。

 名乗りを上げてくる前に急襲しちゃったらしいし。

 と。

 私は説明を終えて。過去視の映像をストップさせた。


 ◇


『――というわけなんだけど、まあ敵意と殺意があったみたいだから問題ないよね。魔王城を襲ってきた命知らず乙ってことで、はい解決!』


 全員の無事を確認し。よっし。

 私は勝利を祝って、ニャッハー! と勝どきをあげた。


『いやあ君達、実際けっこうヤバイ強さだね。魔王様を守る手段が増えるのは実に素晴らしい、うんうん! お疲れ様だね~、初仕事ごくろうさま! 今日から新しくマナティ化した君たちも、私の大事な仲間だ!』


 彼等も褒められて嬉しいのか、モッキュモッキュと宙を舞う。

 暗闇の水族館みたいでなかなか綺麗である。


 そんな微笑ましい場面なのに。


 何故か黒マナティ以外の人間と鶏が、ものすごい顔をして私を見る。

 あれ?

 ちょっと映像が衝撃的だったのかな。

 まあ、問答無用な精神汚染と肉体汚染で一網打尽だったし。

 ……。

 怪獣映画かホラー映画のバッドエンドっぽかった気もしなくはない。


 知らん顔をした私はトテトテトテとテーブルに乗って。

 唐揚げをバクバクむしゃむしゃ。

 食事を再開した私に。

 黒マナティが敵から奪った保存食を私に差し出してきた。

 おう、乾燥芋に。定番の奇跡の干し林檎じゃないか!

 たぶん、攻め入ってきた軍の備蓄食だろう。


『くれるのかい?』


 モケケモケケ! 彼らは一斉に頷く。

 こうして声を上げているとちょっとイルカとかシャチっぽくも見えてきたな。


『いいこだね~、いやあ優秀な仲間ができて私、鼻が高いよ!』


 黒マナティの頭を順番に撫でで、いい子いい子。

 にゃははと笑う。

 モッキュモッキュと黒マナティもご満悦。

 そんな私と黒マナティの仲良しな戯れを見ながら、なぜか翼で頭を抱えていたロックウェル卿が真面目な顔をしてこちらを見る。


『ケトスよ、少しいいか。真面目な話があるのだが』


 なんだろう。

 最強軍団の誕生で、私的には超うれしいのだが。

 実際、今回の強襲も無事に済んだし。

 魔王城は何の被害もなく守られたんだし。安全安心が保証されたのだ。


 何がまずいんだろう?


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鶏さんの石化のほうがまだマシじゃないか…?
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