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【SIDE:ジャハル】~ 会議後、それぞれの道 ~ 【SIDE:ケトス】


 ◆◆【SIDE:ジャハル】◆◆



 会議は終わった。

 亜人類を取り込み勢力を増している人間国家プロイセンについては、現状維持の方向で話はついた。

 相手が襲い掛かってこない限りは不干渉。

 魔王の基本方針をそのまま引き継いだ形だ。


 そう。

 無事、会議は終わったのだ。

 なのに。

 誰も何も言えずにいた。


 大魔帝ケトス。

 殺戮の魔猫の実力はいまもなお健在。

 いや、以前よりもさらに力をつけたように古参幹部達には思えていたのだろうか。


 ジャハルの視線に映る彼らは皆、己が得意とする武器を見つめている。全員が全員、歴史に名を残すほどの英雄。その獲物もまた名声に伴った伝説級の武器だ。

 それでも届かない。

 あの圧倒的な魔には近づけない。けれど、次に会う時までには――この差を縮める。


 そんな力への執念が聞こえてきそうな程の覇気だった。


 皆が黙る中。

 ジャハルは誰もいない玉座に目をやった。

 そこにあの黒猫の姿はない。

 道化を演じ、油断を誘うようにグースカピースカいびきを掻いて寝ていた筈なのに。

 ジャハルの膝にもいない。

 おそらく。退出する姿を見た者はいないだろう。

 最高位の魔族が揃っているのに、誰も、視界にいれることさえできなかったのだ。

 会議終了の合図の直後。

 あの圧倒的なプレッシャーは音もなく、闇の霧の中に消えていたのである。


 大魔帝はこの大魔族の監視の中、いとも容易く空間を渡り去ったのだ。

 それがどれほどに難しい事か。

 実力のある幹部達だからこそ実感しているのだろう。


 死地から生還した戦士のような妙に高揚した気分だった。

 ジャハルもまた、そのうちの一人。

 身の昂りは魔力となって暴れている。

 興奮の余波でいつのまにか手の中に浮かんでいた焔を握り潰し、瞳にも焔を宿す。


 ジャハルは揺らぐ炎の瞳を閉じ、決意した。


 ――もっと強くならねえと。まずは、修行だ。目指す先は、まだまだ遠い。けれど――せめて手の先が届くほどの距離に、近づきてえ。


 呼吸を整え、新たな決意を胸に抱いた炎帝に向かい一人の異形な悪魔が近づいてくる。

 身なりの整った黒服の紳士。

 気品あるヤギの顔立ちをした貴族悪魔サバスだ。


「炎帝ジャハルさん、でしたね。今日はあなたのおかげで助かりました。魔族を代表してお礼申し上げます」

「アンタは……いえ、あなたは確か――悪魔界代表の英雄サバス様だったよな」

「ふふ、敬語は結構ですよ、我々は共に魔王様のために動く同胞なのですから」


 最強の悪魔。あの大魔帝ケトスの執事を務める男が差し出す手を、炎帝ジャハルは強く握り返した。

 心は既に、共に死線を超えた仲間。

 戦友だ。

 古参幹部達もジャハルの勇気を讃えている様子だ。

 ジャハルは闇の恐怖から逃げずに、大魔帝ケトスについて聞くことにした。きっとサバスもそれを望んでいるのだと感じたからだ。


「あの異常な魔は、一体なんなんだ」

「ケトスさま……のことですよね」

「他にはいねえだろうよ」

「魔王様の愛猫。魔王軍最強の魔族。伝説の大魔獣。皆殺しの魔猫。色々と名はありますが、我ら魔族の中でもっとも力ある存在。おそらく、魔王様が眠る今この世界でもっとも強き存在でしょう」


 紳士的な男サバスの漏らす言葉には諦めにも似た畏怖の色が込められている。


「最強を謳われるアンタでも、勝てないのか?」


 絞り出したようなジャハルの問いに、サバスはゆったりと瞳を閉じる。


「あの方を倒そうなどとは思わないことです」

「気分を悪くしねえで貰いたいんだが。もし、もしもの話だ。ここにいるオレ達全員が協力したとしたら――あの魔に勝てるかどうか、アンタはどう思う」


 魔族とあの魔猫との戦い。

 あって欲しくはない、けれどありえないことではないのだとジャハルは感じていた。


「百年前の戦争終結後。世界に散ったかつての大魔族。ケトス様と共に魔王様に愛されたあの方々の御力を借りれば――、一度だけ。たった一度だけならば勝てるでしょう。もっとも、それだけでは何の意味もないのですがね」

「どういうことだ」

「リポップという現象はご存知でしょうか?」

「ああ、ダンジョンを守るために魂を契約した低級魔獣が殺されても蘇り、何度でも侵入者に襲い掛かる現象……で、あってるよな」


 なぜ今そんなことを。

 そう言いたげなジャハルの眉間の皺を見つめ、サバスは静かに口だけを動かした。


「あの方は一度倒されてもすぐにこの魔王城に復活なさいます」


 この悪魔は何を言っている、ジャハルは思わず叫んでいた。


「そんなバカな! リポップつーのは、弱い魔獣にしか効果のないダンジョン儀式。あれほどに強大な魔にできるわけが――……っ」


 できるわけがない。

 そんな常識があの強大な憎悪の塊に通じるだろうか。

 ジャハルの頬を伝う濃い汗を眺め、サバスは頷いた。


「ええ、できるのですよ」

「そんな……バカな……」

「あの方は魔族であっても、種族はあくまでも下級魔獣の猫魔獣。猫魔獣のままにあの強さに成長した化け物に過ぎないのです。だから、あの方は倒されても一日に千回までなら体力魔力全てが回復した状態で復活なさる。実際、勇者を噛み殺した際にも、あの方は何百回と殺され、その度に蘇った。魔王様を守るために戦い続けた――何度も何度も死に……それでも襲い掛かり、執念の末、勇者にトドメをさしたのですから」


 ――……一度倒しただけでは意味がない、だと。あれが何度も蘇るだと。


 信じられない。

 乾いた笑いを噛み殺したジャハルはどさりと椅子に座り込んで、顔の前で手を組んだ。


「どうしてただの猫魔獣があんな……途方もない強さに」

「理由は様々にございます。あの方の才能、努力、底知れぬ憎悪。死んでリポップする度に憎悪と共に成長もした。あの方の魔性、強さの根源は憎悪です。魔王様がお眠りになっている、それも大きいのでしょう。ただ、本当にあの方は元は神でも魔でも霊獣でもない、ただの猫魔獣だったのですよ。わたしもまだあの方がただの猫魔獣だった頃に魔術を教えた経験がありますから、知っています。そして――あの方がどれほどに死に物狂いで魔王様のために尽くしていたかも。それになによりもっとも大きいのは」


 一度ことばを切り、サバスは遠くを見つめた。


「魔王様……ケトスさまを超溺愛なさっていましたからねぇ……。きゃわいいぃねこちゃんでしゅねぇ、もっとつよくなりましょうねぇえええ、とかいって、ええ、もう、めっちゃ甘やかしまくって当時の大魔族全員で育成しまくりましたから……たぶんなんでもできますよ、ケトス様」


 犯人は魔王かい。


 そうつっこみたくなったジャハルだったが、どこでケトスが聞いてるかも分からないのでぐっと我慢をした。


「ともあれ、あなたは幸いにもケトス様に気に入られた。これは大変珍しい事なのです。あなたは誇っていい。必ずや魔族史に名を残すことになるでしょう。あなたの言葉ならある程度は話を聞いてくれるでしょうし、これから期待しておりますよ」


 最強の悪魔サバスは真剣な時のケトスを彷彿とさせる穏やかさでそう言って。

 ふぅと息を吐く。

 喉に重い塊が引っかかっている、そんな表情だった。重要ななにかを堪えているのか。

 ジャハルは、息を呑んだ。

 おそらく、彼は今から大切な話をするのだろう。

 覚悟決めたジャハルが、目の前の悪魔に目をやる。


 次の瞬間――。


「ていうか、マジで、自分一人で対応するの無理だし、ほんとおおおおおおおおおおおおおに、期待していますからね!」


 わんわんと泣き出す勢いで縋ったのだった。


「なななな、なんだてめえ! 急に、縋りついて泣くんじゃない! あんた、最強の悪魔だろうが!」

「だって、だってええ。最強だからってみんなわたしにケトス様の仲介をさせるんですよぉぉ、もう、わたし、泣きたくて泣きたくてぇぇぇぇ」

「てめえは地獄の帝王の末裔なんだろうが! つまり皇族中の皇族。悪魔たちの憧れの存在なんだから、もっとシャキッとしやがれ!」


「あれほど強大な魔の前では生まれなんて関係ないんですぅ。仲間ができたら絶対に引きずり込むって決めてたんですう! とにかく、目を離さないようにしないと、なにをやらかすか……心配で心配で。ね、お願いですから協力してください! うまくいったら地獄の領地ぐらいぽんぽん上げちゃいますからぁ!」


 色々と溜め込んでいたんだなあと同情するジャハルであったが。

 内心では、かなり危ない橋を渡っているのだと実感し、緊張していた。

 泣きじゃくるサバスのせいでコミカルになっているが、実際、世界はいつ終わってもおかしくない状況に陥っているのである。


 ズビズビズビビビビビ!


「最強がネコちゃんハンカチで鼻をかむな!」

「ああ、失礼。ネコちゃんが鼻水で汚れたら可哀そうですもんね」


 こいつ、実はけっこう猫好きなのかとジャハルはジト目で最強を見つめた。

 こほんと咳払いし、ジャハルは話の続きをする。


「まあ真面目な話、魔王様が眠る今。もし魔王様のために人間と手を組む道をケトスさまが選んだら……ちょっとまずいかもしれねえな」

「ええ、そうですね。ただ、あの方は人間をとても恨んでいます。まずないとは思いますが、もし本格的に人間サイドにつかれてしまっては魔族は終わりでしょう」


 最強がそう断言するからにはそうなのだろう。

 ジャハルはガシガシと頭を掻きながら口をへの字に曲げた。


「ったく、あのデブ猫。勝手にどっかにいなくならねえだろうな。あんなのが猫みたいに好き勝手に散歩したら世界がヤバイぞ、わりとマジで」


「だからわたしと一緒に、あの方を監視してくださいね! ね? ね? おねがいですからああぁぁぁぁ!」

「だぁあああああああああああ! 分かったから、最強がいちいちメーメー泣くんじゃねえ! あと、変な所さわるんじゃねえ!」


 案外にかわいらしい最強の悪魔に泣きつかれながらも、ジャハルは覚悟を決めていた。

 自分のためにも、魔族のためにも監視は必要だ。


 そして、おそらくこの世界のためにも。

 絶対に、あの魔から目を離してはいけない。

 と。



 ◆◆【SIDE:ケトス】◆◆



 さて。

「どこに雲隠れしようか」


 もっきゅもっきゅと肉球を舐めながらページをめくり、私はワンコたちが用意した資料に目を通していた。


 あのあと。

 会議をうっかり邪魔してしまった先ほどの失敗を思い出した私は、


「にゃにゃにゃにゃにゃにゃ」


 と、蹴鞠を追いかけ回しながら反省。


 ラストダンジョンの最奥、魔王様から与えられた自室。

 会議が終わった直後に即、私は空間を破り脱走した。転移と呼ばれる瞬間移動の魔術なのだがこれを使う魔族はあまりいない。私のように小さな体ならともかく、巨体の多い魔族にとっては魔力を無駄に使ってしまうために避けられているのかもしれない。


 ともあれ。

 にゃああああああああああああああああああ。

 やってしまった。


 公用語を介さない魔力を通しての会話はどうも苦手で、たまにああして魔力に思考を支配されてしまうのである。百年前のイキっていた自分を思い出して転げまわりたくなってしまうのだ。


 まあ魔力会話は強引に捻じ曲げない限りあまり嘘を付けない。言葉の意味自体は本音なのだからとりあえず問題はないのだが。


 しかし。

 冷静になってみると。

 あのオークには悪い事をした。

 他の幹部の手前、反撃できなかったのだろう。


 うーむ、あとで仕返しとかされないだろうか。まあされたとしても返り討ちにするだけなのだが。


 反撃しておもわず喰っちゃいそうなんだよね。豚族って。


 それに。

 やはり偉大なる魔王様を侮辱したアイツが悪いんだし問題ない。


 フツフツフツと怒りがこみ上げてくる。

 ジャハルには止められたが。いっそ滅ぼしてやればよかっただろうか。


 気が付いたら。

 城全体が揺れていた。


 おっと、魔力が漏れちゃった……か。反省したばかりなのに。


『なんだ……敵襲か!』

『ええーい、会議をききつけた何者かが攻めてきたというのか』

『くくくく! まさか魔王城に攻め込んでくる愚か者がまだおったとはのう』


 なんか遠くで悲鳴が聞こえているが。


「……」


 ま、私ネコだし。

 深く考えなくてもいいか。

 でもなんか絶対に言われるだろうし。


 だから人間国家へのスパイとして潜入するという名目で、しばらく雲隠れしようと企んでいる。

 そうと決まれば早速行動と、


「名物料理は……と。にくまんはないし、唐揚げもない……駄目だなあ人間、はやく現代文明においつけばいいのに」


 こうして観光地を探しているのだ。


 行く場所は――。

 しばらく考え、私はニヒヒヒと髯を揺らす。


 頭に浮かんだのは、私の直属部隊ワンワンズが山積みにしていた資料にあった一枚。全国うまいもの巡り! そこに描かれたヤキトリのイラスト!

 ヤキトリがこの世界に存在するのか!

 私はむふふ、と肉球で鼻を擦る。


「人間国家プロイセン……か。なーんかどっかで最近、耳にした気がするけど、まあいってみれば分かるか」


 そう。

 これは仕事だ!

 人間国家を調査する!


 ペンのキャップをぎゅっと回し。

 きゅっきゅっきゅ。


 ちょっと人間のくにであそんでくるので。さがさないでください。けとす。


 そう猫の手で書置きを残した私は空間を渡り、旅に出た。


 ちょっとだけだし。

 勝手に出ていくなと言われてたけど、ちょっとだから問題なし!

 そうだ!

 だって私は猫だもの!


 久々のお散歩じゃあああああああああああ!






 第一章、

 チュートリアル、大魔帝ケトスの生態 ~完~

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