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泥棒猫の恩返し ~焼きベーコンはカリカリぐらいが丁度いい~前編


「おかあさん、ただいまー! 今帰ったわよー!」


 いつものように買い物から帰ってきた少女。

 明日、十一歳の誕生日を迎える彼女の名はサリア。母と二人で森の中の家で暮らす、薬草栽培を生業としている女の子である。


 薬草の売上で買いためた食料品の袋は大きいが、それは母が育てた薬草がよく売れたということで――サリアの頬は少しだけ緩んでいる。

 これで今年の冬も越せるだろう。

 父がいない今、母を守ってやれるのは自分だけなのだ――と、少女は大人びた表情で倉庫の鍵を開ける。


 いつもと同じように買った荷物をまとめ。

 いつものように種類別に荷をわけようと倉庫に足を運んだのだが。


 そこには、いつもと違うナニかがいた。


 倉庫に侵入していたのは太々しく昼寝をする一匹の黒い獣。

 黒猫である。

 見慣れない猫を見つけ、少女は年相応に頬を赤くしながら嬉しそうに言った。


「ねー、お母さん! 倉庫に猫ちゃんがいるわ!」

「あら――いつのまに入ったのかしら、迷子かしらねえ?」


 少女の母は寝室から顔だけを出して、倉庫ではしゃぐ娘にくすりと微笑む。

 娘は母を振り返り、めいいっぱいの笑顔を見せる。


 母ももう一度笑い返してくれた。

 その頬はすこし、やつれているが。

 昨日よりは、元気そうだ。


 母の無事を確認し、サリアはほっと胸をなでおろしていた。

 そう。

 彼女の母は重い病を患っていたのだ。


 サリアは少しだけ、胸をぎゅっと握った。

 先日のことを思い出していたのだ。

 高いお金を用意して神父様に、母を見て貰ったのである。


 ようやく貯めたお金だった。

 けれど神父様は、もう必要以上のお金は受け取ってはいないのだよと、やんわりとお金を断り、優しく微笑んでくれたが――。

 母の病に関しては……その神父様の力ではどうしようもできなかったらしい。


 何度も頭を下げられた。

 こんな山の奥。森の家にまできてくれた優しい神父さんに逆に申し訳なくなってしまったぐらいだった。

 サリアは悟ったのだ。

 こんなに優しい神父様が治せないのなら、きっと――母の病は治らないのだろうと。


 だから精一杯。

 サリアは少女のような声を出して母に向かって明るい言葉を上げた。


「きっと神様がわたしのおたんじょうびに猫ちゃんを運んでくれたのよ!」


「ふふふ、それはよかったわね。あー、そうそう。お母さんね、あなたの誕生日に一日早いけれどケーキを焼いておいたの。置いてあるから後で食べて頂戴ね」

「はーい、ありがとう」


 嬉しそうに答える親子の会話。

 静かで質素な暮らしの中にある、小さな幸福。


 少女はケーキを楽しみにしていたのだが。

 突如。

 黒猫がビクリと背を跳ねさせ。


 しまったぁぁあああああああ!?

 みたいな顔をして跳ね起き、クリームのついた肉球をしぺしぺしぺ。


 濃厚なバターの香りが倉庫に充満している。

 それをジト目で見ていた少女サリアは、黒猫の毛繕いを眺め。


 じとぉぉぉおっと呟く。


「猫ちゃん……、わたしのケーキ食べちゃったのね?」

『ぶにゃん……』


 黒猫は人間の言葉が分かるかのように、床に頭をつけて謝っている様だった。

 まさか言葉が通じている筈はないが。

 少女ははぁと息を吐き、大人びた表情で諦めを告げた。


「ふふ、まあ仕方ないわね。いいわ、そのかわり、ちょっとくらい抱っこさせなさいよね」


 腕に抱えた大きな紙袋を下ろし。

 少女は黒い猫を抱っこした。

 猫を抱くのは初めてだ。

 温かいし、なによりかわいい。


『ぶにゃん♪』

「はいはい、かわいいかわいい。もう、そんなに可愛いんじゃ、怒れないじゃない」


 まあ、こういう誕生日もいいか。

 と。

 太々しい貌の猫を撫でながら、少女サリアは諦めの吐息を漏らした。



 ◇



 その夜、サリアは夢を見た。

 ケーキを食べてしまったあの黒猫の夢だった。


 夢の中は暗く、どこまでも暗黒が続いている。

 ここはどこなのだろうか。

 少女は闇の中を歩く。

 そんなサリアの目線に、太々しい黒猫が映った。


 黒猫はトテトテトテと少女サリアに近づくと、偉そうに一言。


『これ、そこの娘よ』

「んー、なあに猫ちゃん……なんで人間の言葉をしゃべってるの?」


 目を擦って、少女サリアはふぁぁぁっと大きな欠伸をする。

 夢の中なのに、眠い。


「あー、これ。夢かあ……」


 少女はちょっとだけ不思議に思った。


『これはそう、夢なのである』


「そっかー、夢かあ。夢ならケーキとかプリンとかいっぱいでてこないかしら」

『ふむ。まあよかろう』


 夢の中。

 杖を振った黒猫が、お菓子の家を呼び出した。

 壁はチョコレートとクッキー。家の中にはもっといっぱいのお菓子が詰まっている。

 少女は思った。

 夢は便利でいいわよねえ、と。


『ほれ、どうした。おまえのために出してやったのだ。早く入らんかい』

「はいはい、今行くから急かさないでよ」


 猫はトテトテトテと肉球歩きでお菓子の家に入る。

 少女もつられてその後に続く。

 そして。

 お菓子の家の中に広がる世界に、思わず手を叩いて声を上げていた。


 一面に広がるのは、お菓子の山。

 見たこともない美味しそうなモノばかり。


「まあ、すごいわ! 猫ちゃん、魔法使いさんなのね!」


『にゃほほほ! そうであるぞ、えらーい、大魔導士なのだ。ほれ、誕生日なのだろう。好きなだけ食べるがよい』

「お肉も食べたいなあ、なんて言ったら贅沢よね」


『まあ私が君のケーキを食べてしまったのが悪いんだし、欲しいのなら出してあげるよ』


 ファンシーなテーブルの上。

 サリアの前にじゅーし~な鉄板焼きステーキが現れた。


「すごいわ、すごいわ! 猫ちゃん、なんだってできるのね!」

『まあ……大抵のことはできるけどね』


 サリアはくりくりとした愛らしい眼をきょとん、とさせる。

 黒猫が、どこか寂しそうな笑みを浮かべていたからだ。

 サリアは猫の頭をぎゅっと抱き寄せて、


「猫ちゃん、どうしてそんなお顔をしているの?」


 優しく、頭を撫でてやった。

 嬉しそうに、猫はその手を受け入れて――瞳を静かに閉じる。


『ちょっとご主人様を思い出していたんだよ』


 夢だから、ちょっとだけ本音を言ってもいいだろう。


「えー、猫ちゃんにはもうご主人様がいるのー!? わたしの家で飼ってあげようと思ってたのに!」

『にゃふふふ、残念であるが、我はマオ……ご主人様以外には従わないのじゃ!』


 ぐにゃははは!

 猫は嬉しそうに、誇らしげに猫毛を膨らませていた。


「いいなー、あなたのご主人様が羨ましいなー! 猫ちゃんみたいな素敵な魔法使いなニャンニャンを飼えるなんて、きっとこの国一番の幸せ者ね!」


 少女の言葉に。

 猫は目を輝かせて全身の毛をぶるりと震わせた。


『気に入った! 気に入ったぞ、人間の娘よ! そうだな、何か願いを言ってごらんよ。私にできることなら、一つだけ、なんだって叶えてあげるよ!』


 猫は杖を空に浮かべてドヤ顔をしている。


 少女サリアは考えた。

 これはきっといい夢だ。

 夢の中ならばこの黒猫はなんでも願いを叶えてくれる。

 そう。

 なんでも……。


 願いはいっぱいある。

 かわいいお洋服だって着てみたい。お城の舞踏会だってみてみたい。

 年相応な夢のような夢が、いっぱいあるのだ。

 けれど。

 本当に願っているのは。


 サリアは口を開いたまましばらく固まって――。

 くりくりとした目を、少しだけ下げた。


 そして。

 首を横に振った。


『ん? 願い事がないのかい?』


「ううん、あるわ。一番大切な願い事」

『どうせ夢なんだから、言ってごらんよ』


「夢だからよ」


 少女は少しだけ大人びた顔をしてお菓子の家から外を見た。

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