グルメ魔獣の防衛術 ~天裂く飴玉とネコ引っかき~
昏き天に魔力の渦が胎動している。
黒マナティ達の顔なき眼光が、ぎしりと煌めく。
仕掛けてきたか!
ジジジキィィィィイイィィィィイイイイン!
カウンター魔術――受けた力を利用し溜め込んだ高出力の魔力が、閃光となって地上に向かい振り注ぐ。
それはさながら魔力レーザーの雨。
が。
尻尾をボフっと膨らませた私が十重の魔法陣に全て吸い込んで、
『くははははは! その程度の魔力、全て包んで飴玉に変換してくれるわ!』
魔杖を翳して、くるりと回す。
キュキュキュキュン!
高密度の魔力はそれだけで様々な奇跡や力を行使する材料となる。だから私は相手の魔力そのものを魔法陣に取り込んで、飴玉転換の錬金術用の魔力として横取り使用したのだ。
魔猫の繊細な窃盗スキルが活きたわけである。
エルミガルドに降り注ぐのは、包み紙で覆われた飴玉。
無論、私は飴の雨を全て暗黒空間に吸い込んで。
ニヤリ。
これぞ一石二鳥。
飴玉回収に気を奪われていた私の耳を、声が揺らす。
街の彼方の空を指さし、人間の戦士が叫んだ。
「グルメ魔獣さん! 向こうにまだ変換しきれていない魔力が、落ちてきます!」
『おや、本当だ――あの辺りは、ステーキ店が並んでる名所じゃないか! ちょちょいのちょい! っと』
空に向かって一閃。
ネコの鉤爪でバリッと裂く。
刹那――。
ゴジジジジジイジ……ィィィン!
空間がねじれて黒マナティの魔力カウンター波が抉れて、消える。
飴玉に変換できなかったのがちょっぴり心残りだが、まあ仕方がない。
「す、すげえ!」
「さすが噂のグルメ魔獣! 美味しい食べ物がある街は優先して守るって噂、本当だったのね!」
「なるほどのぅ……あの暴君、皇帝ピサロが急にグルメ産業に力を入れ始めた裏には……ひひっ、こういう意図があったわけじゃな」
色々と言われているが……んーむ。
皇帝ピサロくん。
まさか本当に――私がグルメな場所を守ろうとする傾向を掴んで、帝国グルメ化計画なんて進めているんじゃないだろうか。
なんだかんだで有能そうな皇帝だったし、本当にそうなのかもしれない。
ともあれ。
私は降り続ける黒マナティのカウンター攻撃を、飴玉変換魔術とネコひっかきで防ぎ続ける。
人間たちは大喜びで私を讃えるが。
それを目にしたウサギ司書がドン引きしながら耳を下げる。
「うっわ……、あらゆる空間を切り裂く魔獣の絶爪に……相手のカウンター魔力を更にカウンターで錬金術の魔力に転換でちか……」
何故かウサギは面白くなさそうに、私を睨んでいる。
『なんだい、その貌は』
「いえ、まあ……理論上は可能でちが……これまた、常識外すぎまちね」
『今回は敵も常識外なんだ、仕方ないだろう』
ふむ、なんだろうか。
このウサギからはこちらを妙に窺う、変な気配を感じるのだが。
飴玉の包みを剥ぎながら、口に含んで私は言う。
『それに――助かったんだからいいじゃないか』
「それはそうでちが、結局防いだだけで倒せてませんち。どうちたもんでちかねえ……というか、ネコさん、ガリガリ飴玉を噛み砕くのやめてくれまちぇんか」
『そんなこと言われても、急いで食べないと第二波がくるし。たぶんあれ、もうこっちを完全に敵と認識しているからね――カウンターだけじゃなくて攻撃もしてくるよ』
飴玉を口の中で転がす私の言葉に、ギルドの冒険者と衛兵が呻きを上げる。
そうなのである。
相手の攻撃を防ぐことはできても根本的な解決にはなっていないのだ。
『下手に私が攻撃をすると私でも変換できない程のカウンターになるし……ナタリー君なら、何か知っているかもしれないが――彼女はまだ戻らないのかい?』
「この規模の魔力が天空を渦巻いていまちからねえ。おそらく騒ぎを察知ちて、そろそろ戻ってくるとは思うのでちが」
『ふむ……まあ防ぐだけなら問題ないし』
とりあえず攻撃はせずに防衛だけに徹しようと提案しようとした。
その時。
向こうの山から膨大な魔力の反応が生まれ始める。
「あれは――なんでちかね」
『もしかして……マーガレットくんの魔力かな』
ふと私は考える。
街の上空に浮かぶ謎の異形の群れ。街に向かって放たれた攻撃的な魔力の一閃。
それを遠くから目撃したら。
私なら、まあとりあえず最大出力で遠距離攻撃をしかける。
ジトジトと肉球に汗がにじむ。
『ねえ、もしかしてあれってさ』
「わたちなら、まあ遠くから魔術をぶっぱなちまちね。近づきたくないですち」
ウサギ司書も動揺したように目を泳がす。
うん、同じ結論になるよね。
隣の山。その麓の空に、人間の限界を超えた六重の魔法陣が展開され。
ズドォォォオオオオオオオォォン!
爆音とともに。
高出力の魔力波が黒マナティに向かって放たれた。
その一撃はすぐに吸収されて。
山の空に向かい、倍増された威力の魔力波がカウンターで放出された。
◇
転移して回収したマーガレット一行は事情を聞き。
怪訝な表情で空を見上げていた。
ギルドマスター・ナタリーがおっとりと、黒マナティを赤い細目で追いながら呟いた。
「あらあら、まあまあ。そんなことになっていたのですね。わたくし、気付きませんで支援魔術でマーガレットさんの魔術を強化をしてしまいましたわ」
「えええええぇぇぇ! そんな状態になってたなんて聞いてないっすよ!」
彼女たちは無傷である。
幸いにもあの異世界からの闖入者たちの知能は低いのか、空から攻撃されたと判断し、何もない空に向かいカウンターを放ってくれたのだ。
ようするに、ちょっとおバカなのである。
そのおかげで全員が無事だったのだが。
んーむ、さすがに怖かったぞ……。
思わず私はふぅと、安堵の息を漏らしていた。
『まあ、君達が無事でよかったよ。それでクエストは達成できたのかい?』
「はいっす。まあそれどころじゃないみたいですけれど――」
何故か話を逸らす様に慌てるマーガレット。
私はゆったりと瞳を閉じていた。
『いや、クエストを達成できたのは良い事だ。おめでとう、これで君も一人前の冒険者だね』
マーガレットは、あははと笑いながら、どうもっすと……更に目線まで逸らして、首を掻く。首に滴るのは、ちょっとのジト汗。
ん?
妙な間がある。
なんだろう。
何かあったのだろうか。
問おうとした私よりも先に、彼女は真剣な表情で空の敵を見上げ呟いた。
「それで、なんかあのカウンターしてくるアレはケトス様でもどうにもならないんっすか?」
しばし考え私は返した。
『いや、本気を出せば存在を消すことぐらいはできるだろうけど』
「せっかくのドヤ顔ポイントなのに、どうしたんすか? いつもなら、にゃほほほ! こんな人魚もどき、我の手にかかれば朝食のパンに塗るバターよりも薄いわ! とかいって、即殺しそうなのに」
声真似、けっこううまいでやんの……。
『んー、相手の性質が厄介だからね。カウンター系の攻撃には気を付けろっていつも魔王様に注意されてたし……でも、あの防御じゃ手加減するってわけにもいかないし。ついうっかりやり過ぎて闘争心とか狩猟本能に火がついちゃうと、また大陸を壊しちゃいそうで――ね』
「強いってのも厄介なんスねえ」
悩む私。
なるほどと力強く頷くマーガレット。
なんか。妙に物分かりが良いな。
あー……。
そういうことか。
彼女から漂うこの違和感の正体、分かってしまったぞ。
たぶん彼女も、力の制御をしくじって既に何かやらかしたのだろう。
互いに目を見て、うんと納得。
妙な団結感が生まれている。
そんな二人を眺めながら、ギルドマスター・ナタリーが申し訳なさそうに声を上げた。
「マーガレットさんももうちょっと……力を制御する気になってくれるとありがたいのですが。それよりも、あのぅ……ケトスさま。いま、『また』って仰いませんでした? もしかして以前にも大陸を……やっちゃってます?」
あ……。
つい口を滑らせちゃったけど。
まだヤンチャだった頃。人間に召喚されて旧ガラリア魔導帝国を滅ぼして砂漠大陸に特大クレーターを作ったの、私だったりするんだよね。
現在はそこに水が溜まってでっかいオアシスになってるけど……。
『今はそんなことを話している場合じゃない』
「ですよねえ! いやあさすがケトスさま、今何が一番大事なのかちゃんと分かってるんっすね!」
ウサギ司書が超すっごい顔をして私とマーガレットを睨んでいるが。
気にしない。
ウサギがなにやら文句を叫ぶ気配を察し、私は先んじて声を上げた。
『ナタリーくん、何かあの異界魔獣だか死霊だかについて知っていることはないかい? 君のお父さんは何かを知っていたみたいだけど』
「父がですか?」
文句を中断されるも、しぶしぶ――ウサギ司書が例の警告書をナタリーに手渡す。
魔術で書を浮かべたナタリーがそれを目にし。
おっとりと閉じていた瞳を見開いた。
「これは――! なるほど……わたくしにしか読めない部分もありますわね。封印が解かれていきますわ……カリュストーンの血に反応しているのでしょうね」
間違いなく、父の書ですと彼女は本を読みながら口元に手を当てる。
彼女にはその文字が普通に読めたのだろう。
すっごい乱文の丸文字だったが――それに、彼女にしか読めない部分もあったのか。
そこに何かヒントがあれば……。
しかしである。
これで、完全に話はうやむやになっていた!
よーし、誤魔化せた!
こっそりニャヒヒと笑う私の横。
何故かマーガレットもガッツポーズを取っている。
しっかし、この娘。
今回のクエストでなにやらかしたんだろ……。
高級薬草を取ってくるだけの、初心者用定番クエストの筈だったが。
ま、そんなことよりナタリーの話を待つしかないか。
ナタリーは震えながらその本を読み進め――やがて静かに、瞳を伏して。
本を閉じた。
嘆くように。
か細い声で――彼女はぽつりと……切なそうに空気を揺らした。
「お父様……」
その声には、人間としての様々な感情が詰まっているのだろう。
きっと、色々な想いが――……。
私は――そう感じて。
モフモフな猫耳をピクリと動かした。




