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商業都市エルミガルドの秘密 ~タンスの誘惑~


「うそ……! なにこれ……マジですか!」


 八重の魔法陣に目を奪われ、研究員さんは驚愕していた。

 魔術波動に揺れる白衣の裾がちょっぴりせくしー。

 ジャレたくなってしまうが、我慢我慢。


「八重の魔法陣なんて、はじめてみましたよ! へえ、こういう風に連なるんだ。奥行きは威力で、円に書き込まれた魔術文字が範囲になるんですかね!」


 かなりドヤれる機会なのだが。

 構わず私は魔法陣を調整して――モフモフな尻尾をフリフリ。

 そんな私の背中をツンツンついて、白衣のギルド研究員さんが声を震わせる。


「ねえねえ猫さん、使い魔って話でしたけど――あなた何者なんです?」

『んー、使い魔だよぉ』

「いやいやいや。さすがにただの使い魔がこんな大魔術は……」


 使い魔なんだよなあ、これが。魔王様のだけど。


『まあ色々あるのさ。謎が多い猫って素敵だと……思うんだけど、っと、よしよし、こんなもんかな』


 自慢よりも何があるのかの好奇心の方が勝ってしまう。

 こういうのは探索みたいで猫的好奇心を大きくそそるのだ。

 ダンジョン猫が乗った本棚を全て魔術で静かに動かし。


『じゃあちょっと離れててね』


 肉球を鳴らすと――。

 かつお節みたいに床板が削られ、剥がれていく。


 剥がれる床に赤い目を光らせウサギ司書が呟いた。


「ん? なにか魔術の痕跡を感じまちねえ」

『ほんとだ、なんだろうこれ』


 床下から現れたのは――。

 人魚の形をした禍々しい紋章。

 なんだろう。

 少しだけ魔王様の魔術に似ている気がする。


「封印の……紋章? ですかね」

『んー……この下にやっぱり何かあるね。転移魔術で移動してもいいけれど、目測を誤って石の中に出ちゃったら困るし』


 私なら魔力で霊体化して脱出できるが、この二人はたぶん……壁に埋まったら即死だろうな。 

 仕方ない。

 この下にある謎空間に繋がるまで、床を壊すか。

 私は円を描くように紋章を肉球でなぞり――空間に穴を抉じ開ける。


 スポンジケーキに、縦方向からナイフを突き立てるイメージである。


「空間切断魔術? うそ……、それに抉った場所を錬金術で別素材に変換、これって精霊銀のミスリルじゃないですか……! ウサギさん、ほんとこのネコさん何者なんです?」

「さあ――わたちに聞かないでくだちい」


 にゃふふふ、君たちの前にいるのはおそらく最強の猫なのだ。

 まあ魔王様には勝てないからあくまでも猫の中では、だが。

 あ、ミスリルをダンジョン猫が盗んでいった――まあ、別にいいけど。いや、代金の代わりにチクワの天ぷらが置いてあるな……。


 チクワ天を猛スピードで回収した私は――。


 ドヤ顔を我慢しながら冷静に振り返る。

 静かにゆったりと。

 理知的な声を意識して問う。


『さあ、どうする二人とも。私はこのまま中を調べに行くけれど』


 ドヤァ、ドドドドドヤァ!

 ぶにゃははは! 見たか、このクールさを! ここはドヤ顔をしない方が逆にドヤポイントが高いのだ!

 ウサギ司書と白衣の研究員さんが顔を見合わせる。

 二人も好奇心に負けたのか、私についてくるようだった。


 よし。

 これで共犯だ。もしギルドマスター・ナタリーに怒られても雲隠れできる。

 ……。

 もっとも彼女は、マーガレットの初クエストを確認した後。ここに帰ってくる前に消滅しているという可能性もあるが。


『……』


 私は少し、考え込んでしまった。

 未練をなくし消える。それが……不死者の死だ。

 しかし、悪い事ではない。

 むしろ人間としての在り方としては正しい消え方なのであるが……。

 なぜだろうか。


 胸のどこかが……モヤモヤするのだ。


 魔族として合理的に考える私と、人間として感情に流されそうになる私がいる。

 ネコとしてドヤりたくなる私もかなり存在を主張しているし……。

 人間に触れ過ぎた私は今、不安定な存在になりつつあるのかもしれない。

 私は彼女に消えて欲しくないのだろうか?

 ……。

 チクワの天ぷらをむっしゃむっしゃしながら、私はちょっと憂いを帯びた表情を見せる。

 しぺしぺしぺと、濡らしたお手てで貌を洗う。

 ……うん、猫の思考になってるね、これ。

 まあ、深く気にしても仕方がないか。



 さて、何があるのか。

 私は好奇心で膨らんだ猫毛をもふぁもふぁさせながら、道を歩いた。



 ◇



 ギルド図書館の地下にあったのは小さな書庫だった。

 周囲を見渡し、猫モフ毛をもふぁもふぁ、させながら私は言った。


『どうやらどこかの屋敷の一室を空間ごと転移させて保存してあったみたいだね』


 たぶん……ダンジョン化した影響である。

 ギルド図書館の空間が異常膨張したことで、どこか魔術的に封印されていた空間と繋がったな、これ。

 ま、言わなきゃバレないか。

 赤絨毯に調度品。

 壁に掛けられているのは飾り用の剣か。まあただのモニュメントのようであるが。


 ウサギ司書が壁に刻まれた紋章を目にし、ウサギ目を細める。


「この紋章は、たぶんカリュストーン家の家紋でちね」


『カリュストーン家?』

「百年ほど前にここ一帯を統治していた領主でち。たしか――血脈が絶えて、別の領主が帝国から送られてきたと歴史には書かれていまちたが」


 百年前の領主。

 つまりナタリーの家の事か。

 その辺りの事情はギルドメンバーに伝えているのだろうか。まあ、私の口から言うべきことではないか。

 問題なのは、ナタリーはここの存在を知っていたのかどうかだが。


「ここ、すごいですよ! 見たこともない魔導書に魔道具がいっぱい! まさかギルドの地下にこんな空間が封印されていたなんて!」


 白衣の研究員さんは目を輝かせている。

 書物の背表紙を見る限り、死霊や異世界の魔物について研究していたようだが。


「猫さん、どうちますか?」

『んー、本当ならギルドマスターの許可を得たい所だけど。ちょっとくらいなら、調べてみてもいいよね。ちょっとだけだし、うん』


 好奇心には勝てそうにない。

 本棚は研究員さんが目を輝かせて漁ってるから――こっちかな。

 パカりとチェストを開いて、中をガサゴソ。

 とりあえず食料はなさそうだが。


『……ぶにゃ!』


 このチェスト、程よく狭くてめっちゃ中に入りたい。

 びにょーんと脚を伸ばし、中をじっと見る。

 ウズウズが我慢できずに中に入って、ぐるりと丸まる。


 あー、やっぱりイイ感じだ。ここ暗いし、狭いし、ダンボールっぽさがある。このまま寝ちゃおうかな……と目を閉じかけた時だった。

 ウサギ司書のジト目が私を睨んでいた。


「なにやってるでちか?」


『……いや、ほら。中に危険があったら困るし、チェックをね?』

「まあ、たしかに――危険があったらあぶないですちね」


 ウサギ司書も小柄な体をチェストの中に捻じ込んで、落ち着く。


「あー、いいでちね。ここ」

『だろう?』


「二人して、なにやってるんですか! こんなに素晴らしい魔道具に囲まれているのに、どうかしてるんじゃないですか!」


 ……。

 はっ……と、私とウサギ司書は目的を思い出して飛び跳ねる。


『なんて恐ろしい罠だったんだ。これは――誰しもが騙されるよ』

「ほんとでちねえ。きっとここを封印した人は天才でちね」


 私とウサギはいまだチェストに入ったまま頷き合う。


「そんなことより見てくださいよ、これ! たぶん猫さんの魔術に反応してたのはこの本ですよ!」

『へー、どれどれ。ちょっと拝見』


 魔力で身体を浮かせて、ふよふよ白衣娘の所まで飛んでいく。

 なにか二人が、無詠唱の飛行魔術! と驚いているが、さすが私なのでまあ気にはしない。いつものことである。


『これは――』

「な、何が書いてありましたか!?」


 興奮して白衣を揺らしまくる娘に向かい、私は言った。


『ごめん、読めないや』


 翻訳魔術を使うしかないと、魔杖を取り出そうとするが。

 その横でウサギ司書がウサギ目を尖らせ、口を上下させた。


「えーと、領主ロードカリュストーンさんの……日記、とは違いまちね。警告書、と訳すのが正しいかと思いまち」


『凄いね。君、翻訳魔術を使わなくても読めるのかい?』

「草食系亜人、特に兎人族は本の虫でちからね。この程度、当然でちよ!」


 ちょっと偉そうに胸を張るウサギ。

 彼女は鼻と口をクチクチ微動させながら読み始めた。


「少し、断片的でちが……まあ、読みまちね。この書を読めるということは、この地の封印が弱まっているという事だろう。願わくは、この警告の書が力ある心正しき存在の手に渡っていることを我は望む」


 なんか、いかにもな出だしである。

 翻訳の影響なのかすこし、たどたどしいが。


「ナタリア。我が娘。どう詫びたらいいかわからないが、本当にすまなかったと思っている。しかし、仕方のない事だったのだ。その身に宿る魔性に気付かず、ただ泣いているだけだと思っていたパパを許しておくれ」

『パパ……?』


 ウサギの獣目がだんだんとジト目になっていく。


「もう、娘ったらバンシーになってもチョウくわぁわいい~! なんかめっちゃ強くなってるしい! これ、絶対天下を取るね! うん、ワタシのかわいい娘だし間違いない。あ、そうそう。これを読んでいる者にオジサン、警告しとくからね♪ もし娘がぁ、この世界に未練をなくしてえ。消え去りそうになった時に、この地に封じてある全ての邪悪なる魂が蘇るようになってるから気を付けて!」


 えぇ……なんかめんどくさいこと言い始めてる。

 これ翻訳ミスとかじゃなくて、たぶんマジでこんな感じに書いてあるぞ。


「娘がいなくなる世界なんて消えちゃえばいいと思うし、ずっと封印してるのも疲れちゃうから仕方ないよね! まあ魔術的な意味でえ、真面目な話をするとね?

 五百年ぐらい前に暴れていた異世界からの来訪者を、魔王の力を借りて封印したんだけどさ。カリュストーン家の血筋の魔力で封じている存在だから、たぶん娘の存在が消えると自動的に復活するんだよ、これが。もう、娘しか血族残っていないのにバンシーになっちゃったからね。可愛いからいいけど!

 いやぁ、まいったまいった。じゃあ、これを読めているということは娘の存在は消えそうって事だから、邪悪を倒すなり、娘の存在を維持できるようにするなりして頑張ってね!

 追伸、もし娘と出逢ったら伝えてね。あの魔剣士を戦地に送ったのはパパのせいじゃないよ、あの剣士が占いでラブの予感があるからって自分から行ったんだからね! 愛しているよ、パパより。と」


 ウサギ司書は警告書を読み終えると。

 フンヌ!

 と、床に叩きつけて、ぜぇぜぇと荒い息を漏らし始めた。その瞳はウサギの特性か、怒りで真っ赤に燃え上がっている。


「こんな腹の立つ丸文字、はじめて見まちたよ! しかも、なんでちか! このよみにくい乱文は!」


 あ、丸文字だったんだ……。

 間違いないかどうか魔杖を取り出し翻訳魔術をかけると……。


『あ、マジでそのまんま書いてあるし……えぇ、領主のくせしてなにやってるのこの人』

「えーと、ウサギ司書さんに猫さん。ナタリアってたぶんギルドマスターのナタリーさんのことですよね。彼女、種族がバンシーですし……既に百年以上も存在を維持してた筈なのに、突然消え去りそうだっていうのは一体、どういうことなんでしょう? それに、封印してある邪悪なる魂が蘇るって」


 と、疑問に唸るのは白衣の研究員さん。


 あれ……。

 これって。

 ふと賢い私は考える。

 ギルドマスター・ナタリーの生涯残り続けるはずだった未練を断ってしまった私のせいで、また事件が起きるんじゃ……。


 もしもだ。

 血による封印の関係で、嘆き死霊の女王(バンシー・クイーン)の彼女の力を頼りに意図してナタリーに事実が伏せられていたとしたら――。

 過去視の魔術で、本来なら見る事の出来ない場面を投影してしまった結果、彼女は満足して消滅。

 私のせいで封印が解かれるという可能性も――。

 かなり……ある。


 ダラダラダラと、汗がにじむ。


 いやいやいやいや。

 嘆き死霊(バンシー)である彼女の未練を断つ事自体は悪い事じゃないし、私のせいじゃないよね?


「そんなに肉球を汗でジトジトさせて、どうちたんでちか?」

『ふぇ? な、なんでもないよ?』


 どう誤魔化そうか、悩んでいると。

 天井がグラグラと揺れ、なにやら悲鳴と騒ぎが聞こえ始めた。


「な、なんでしょうか!?」

「これは、なにか上がおかしいでちね」


 二人は気付いていないが。

 私の魔力感知に、膨大な量の、歪んだ邪悪なる魂の波動が引っかかる。

 たぶん。

 上で。

 なんかやっばい邪悪な魂が暴れ始めてるな、これ。

 ……。

 にゃあああああああああああああ!


 にゃんで私が何か一つ行動すると、連鎖的に大事件が起こるんじゃ!

 平和に終わる筈だったのに!


 特に今回は可哀そうな女の子の願いを叶えたんだから。

 私から持ち掛けた話じゃなかったし。

 セーフだよね!


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