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図書館ダンジョン ~魔猫のギルド内散歩~


 私の目の前にいたのは、白衣姿のギルド研究員さん。

 もしここをダンジョン化したことを咎められたら、ちょっとまずいかもしれない。


 さて。

 逃走するべきかどうか、私はぶにゃんと猫毛を膨らませてしぺしぺしぺ。

 ついつい毛繕いをしてしまう。

 こうしていた方が考え事をしやすいんだよね。


 私に目線を合わせ屈んだ彼女は、私をじっと眺めて。

 ポンと閃いたように手を叩く。


「思い出しました! あなた、マーガレットさんの使い魔の子ですね。なんか初日に追い出してしまってうんたらかんたら、騒ぎになったっていう」

『ああ、そうさ。紹介状があるのに追い出された可哀そうな魔猫さ』


 モフモフが際立つように胸を張り。

 にゃふんと頷く。

 なんか都合よく誤解してくれたから、使い魔ってことでいいか!

 後でマーガレットがダンジョン化図書館について聞かれるかもしれないけど、あの子なら絶対うまいこと流れを運んでくれるし。

 うん。

 あのウサギ司書が私捕獲のクエストを発行した後だったら、ちょっとだけ不味かったけど。


「やっぱり使い魔だったんですねえ。この探査魔術、古代始祖魔術師や魔女さんたちが扱うオールドマジックに近かったですからもしかしたらと思ったのですが、これ独学ですか」


『独学とはちょっと違うかな、私には師匠がいたからね』

「へえ、よっぽど凄い方だったんでしょうね! 一切の無駄がない、これほど理論武装された魔法陣を組み立てるなんて――英雄級、いや、それ以上の使い手だったのではないですか!?」


 魔王様を褒めながら、白衣の娘は興味津々に魔法陣をなぞる。

 よし。

 この娘は大変すばらしい人間だ。

 人間のくせによくわかっている。


『ああ、とても尊敬しているよ。素晴らしい御方だ』


 心からの微笑みが浮かんでいた。

 魔王様を褒められて嬉しかったのだ。


「……と、ごめんなさい! 自分、ネコさんの邪魔をしてしまったみたいですね。あーもう、どうも魔術の事になると周りが見えなくなってしまって。すみません!」

『魔術への探求、魔術的好奇心での暴走は何も恥じる事じゃないさ』


 魔王様も私も、その根本は似ていた。

 好きな事にのめり込む、犯罪や道徳に背いていないのならそれは悪い事ではない筈だ。私も、魔王様と二人でよく新しい魔術について語ったりもしたのだ。


「あなたは魔術バカだって笑ったりしないんですね」

『にゃふふふ、私も魔術の研究に夢中になって怒られたりした記憶があるからね』

「あ、猫さんもそうなんですか! いやあ、やっぱりそうなっちゃいますよねえ!」


 同類なのか。

 二人は大きな声を上げて笑っていた。


「もしかして! 猫さんもギルドの壁をぶっ壊したり、天井に穴をあけちゃったりするんです?」

『したした。もうしょっちゅうだねえ。ちょっと天に穴をあけて世界を壊しかけたりもしたし。あの時は部下たちを驚かせようとしたんだけど、いやあ、懐かしい』

「はは、大袈裟ですねえ! 天井に穴が空いたくらいじゃ世界は壊れませんよお!」


 実は、魔王様も前に何度かやらかしていたらしいが。

 その辺りの事を詳しく聞こうとするとなぜか目線を逸らして、無かったことにしちゃうんだよね。どんなことをやらかしてたんだろ……。

 ともあれ。

 彼女は私に親近感が湧いたのか、好意的な笑顔で提案した。


「それで――その探査魔術で何をお探しなんですか? もし見つからないのなら自分、ここの本は把握しているのでご案内できますよ」


『にゃふふふ、ありがとう。でも、特定の本を探しているわけじゃないんだ。この施設の中で一番魔力の込められた書を探そうと思ってね』

「あー、なるほど、それでこの魔術構成なんですね……。勉強になります。えーと、自分もめっちゃ興味あるんでついていってもいいですか? こんなレア魔術、見る機会なんてめったにないですし!」


 まあ暇だし、いいか。

 魔王様を褒めてくれた、いい人間だし。

 マーガレットとナタリーが帰ってくるまではやることもないしね。あの二人の力なら万が一なにかあったとしても心配ないだろうし。

 いやあ、本当になにも起こらず無事に済んでよかった。

 私はモフモフ猫毛を靡かせて、もっきゅもっきゅと歩き出す。


『ついてきたいならまあご自由に。じゃあ行こうか』


 肉球を翳すと、カボチャ灯篭から生み出された光の道しるべが行く先を示し。

 私と白衣の研究員さんはその道筋を辿った。


 ◇


 探査魔術に従い移動していたのだが。

 私のネコ耳はちょっと気まずくピコピコ動いてしまう。

 周囲に広がる猫パラダイスを見て、更に目線が泳いでしまった。

 なんか。

 うん。

 図書館の空間が歪んで、明らかに異常に広がってるんだよね……。

 ふと、白衣の研究員さんが周囲をキョロキョロとしながら怪訝そうな顔をする。


「あれえ、おかしいですねえ。自分この図書館に詳しいんですけど――なんか広くなって複雑になっているような気が……疲れでも溜まってるんですかねえ」

『気……気のせいじゃないかな』


「そんなはずはないのですが……というか、何か魔力を持った猫が大量に湧いてきているような」


 んーむ。

 このままだと、図書館内の空間が膨張して巨大迷宮化するかもしれないな。

 私、これでも世界から大物認定されてる大魔帝だし。

 さすがとしか言いようがないね、うん。

 私はただ大魔帝の魔力で爪とぎをしただけなのだが――。

 やっぱりこの世界そのものがダンジョンを生み出してるって噂、本当なのかもしれない。

 そのうちこの街の観光名物ダンジョンになったりしたら笑えるのだが。

 あ……!

 新しく商売人の猫魔獣が湧いて、チクワの天ぷらの屋台を出し始めてる!


 トテトテトテと店までダッシュし。

 こっそりと購入。

 ダンジョン内に出現する露店って、結構おいしいモノ売ってるんだよねえ~。たまに伝説の武具や秘薬も販売してるから、人間たちは必死で探しているらしいけど。

 にゃはははは、人間って鈍いからなかなか見つけられないみたいだね。


「あそこに猫が店番している屋台が見える気が……自分、本格的にヤバくなっちゃったんでしょうか」

『まあいいじゃないか、それよりそろそろ着くみたいだよ』

「あ、本当ですね! このネコの石像を曲がったところに反応が……石像? なんで図書館に、石像?」


 さすがに誤魔化しようがないし、明日にはダンジョン化したことバレるな、きっと。

 怒られる前に逃げる準備しとかないと。

 まあ、ともあれ。

 本棚と本棚を抜けて――目的地にたどり着く。

 が。


『……あれ……行き止まりだな』

「変ですねえ、この魔術論理ならちゃんと道を示すはずですが」


 悩み首を傾げる私と彼女。

 そんな私達に。

 ぴょこんとしたウサギ耳が目に入る。


「これたぶん地下を示しているでちね。というか、そこの猫魔獣さん! 今、この図書館は危険でち! 異常な魔力数値が検知されて空間変異が起こっているんでちから、部外者は入っちゃダメでちよ!」

『おや、司書ウサギ君』


「あぁあぁぁああ!? その太々しい魔力と外見! あなたが、わたちの縄張りに変な結界を張った黒猫さんでちね! とうとう見つけたでちよ! って――あれ……あなた……どこかで見た記憶が」


『へぇ、私を知っているのかい?』

「あなた……もちかして!」


 あ、私があの猫獣人だってバレたのか、これ。

 一瞬、大魔帝だってバレたのかと思ったじゃないか。

 白衣のギルド研究員さんがウサギ司書さんの頭を撫でながら言う。


「あー、この猫さんはマーガレットさんの使い魔なので。問題ありませんよ」

「まあ、そういうことにしておいてあげるでち」


 頭を撫でられたウサギは耳をぴょんぴょんさせながら、フンと鼻を鳴らす。

 白衣の研究員さんは、ウサギ司書の語尾に違和感があるのか。でち? と不思議そうにしているが、まあつっこまないで上げている所を見ると空気は読めるらしい。

 無理してでち語を封印することをやめたのだろうか。


「研究員さん、あんまりわたちの頭を撫でるのはやめてくだちい。獣じゃなくて獣人なんでちから、恥ずかちいでち!」

「あー、ごめんなさい! かわいいから、ついついね」


 ほう!

 そうか、かわいいとナデナデしてしまうのか!

 仕方のない奴だ。

 私は研究員さんの前にドテりと座り込み。

 ぶにゃんと猫耳モファモファな頭を差し出して見せる。


『ほれ、どうした? 我を撫でても良いのだぞ?』

「え、いいんですか?」

『疾く撫でよ、この我をナデナデできるのだ。心して撫でよ!』


 くわぁっと目を開いて言ってやった。

 この娘は知らないだろうが、私は大魔帝ケトスなのである。

 一般人がおいそれと撫でていいレベルの存在ではないのだから、これは大変名誉な事なのだ。


 それじゃあ失礼しますと。

 研究員さんの手が私の頭を撫でる。

 魔王様のことをちょっと思い出していたから……まあ、悪くはない心地だ。


 これはだ。

 べ、別に撫でられたくてやってるんじゃなくてだね。この娘がナデナデしたいみたいだから私が犠牲になっているだけに過ぎないのである。

 うん。


「黒猫さん、もちかちて……わたちに嫉妬しまちた?」

『くはははは! 我がそんな嫉妬などする筈なかろう! 言い掛かりはすのだな!』


「ぐにゃぐにゃゴロゴロ回って喜んでるくせに、よくそんなこと言えまちね。恥ずかしくないんでちか?」


 はっ……! ついお腹まで出してゴロゴロ言ってしまっていた。

 ともあれ、こんなことをしている場合じゃないか。

 私はよいしょと身体を戻し。


『さて、探索の続きといきたいところだが……』


 ジト目のウサギに構わず、顎に肉球を当て呟いた。


『んー、どうしようか。さすがにギルマスの許可なく床板を剥がすのはまずいよね』

「いえ、剥がちましょう。正直、わたちの縄張りにこんな謎の空間があるのは困りますし。なにより気色悪いでち」


『まあ、そういうことなら。ちょっと離れていてくれ――我、混沌を操りし魔猫の君主』


 名乗り上げの短文詠唱で魔術を構築し……肉球の先から魔力を流す。

 八重の魔法陣が爪の先に展開する。


 空気が――変わった。



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