初クエストとお留守番 ~出現! 魔猫ダンジョン~
クエスト登録を済ませたメイド次女マーガレットが、ギルドの冒険仲間と共に旅立ったのは早朝の事。
ギルド食堂の朝の仕込みが始まるより前の時間だった。
この街に来る前。
気ままでグルメな私との旅路で手に入れた魔槍を手に、彼女はにっこり微笑んでいた。
私もついていこうかと思ったのだが――。
それじゃあ成長できないからとのマーガレットの意向もあり、ギルド内でお留守番である。
魔物が出現する山脈。
その麓の密集林に生えている高級薬草を取りに行くという、まあ定番のお使いクエストなのだが――最初ならば丁度いい筈だ。
しかし、である。
なんで人間って薬草採取とかをクエストにしたがるんだろうね。
適度な魔力操作で庭に栽培するか、魔力植木鉢で育てりゃいいのに。
人間じゃ難しいのかな?
まあ、ともあれ。
新人がいるということでギルドマスターのナタリーも同行している。おそらく彼女の最後の仕事になるだろう。その後のギルドマスターが誰になるのかは知らないが、何人か候補はいるらしい。
彼らを見送った後、私はにゃふんと猫口をつり上げる。
無論、行く場所は図書館。
例のウサギ司書に自慢をしに行くのである。
モッフモッフに膨らんだ尻尾をうねらせて、獣人姿になり、爪研ぎでバリバリになったその扉を開けた。
「ん……?」
私は長くスマァァァァットな足をちょっと戻し、ギルド図書館の扉をちらり。
あれ?
なんか思ったよりも存分に爪研ぎをしたせいか、歴史を感じさせる扉が、かなりボッロボロになっている。
向こう側が透けてるし……。
しかも……あれ、これって……。
私は猫目を細めて、じぃぃぃぃっと図書館を眺める。
結構本気で爪とぎをしたせいか、私の魔力でダンジョン化しかけてるな、ここ。
そりゃまあ、爪とぎにはマーキング。
つまり縄張りを主張する意味もある。
大魔帝の縄張りともなれば、世界から難関ダンジョンと認識されても仕方ないのだろう。
ギルド図書館がダンジョン化しちゃったら……どうなるんだろ。
よく見ると……本棚の上。
部屋の隅っこ。
朝の陽ざしが入り込んでポカポカなテーブルの上。
各所に、いつの間にか私の眷属である猫が数匹忍び込んでいる。
ぶにゃ~んと涎を垂らし、腹を掻いて猫寝をしているが……。
これ……一見するとただのネコだけど、たぶん高レベルモンスターの混沌たる猫獣の暗殺者だよね。
外見はかわいいニャンコである。
毛の色も毛の質も個体によって様々。
大人しい性格で、人懐っこく、敵対行動をされなければ普通の猫と変わらない。とってもプリティな種族で、魔族の中でも結構人気の高いハイランク猫魔獣なのだが……。
そう、敵対行動をしなければ何の問題もないのだ。
……。
まあ一度敵と認識すると、これが面倒で……。
四重の魔法陣ぐらい軽く使いこなし、群れを組んで延々と影から襲ってくる――厄介なダンジョンモンスターなのである。
もし、猫がちょっと苦手な人間が乱暴に追い出そうなんてしてしまったら……。
たぶん、血みどろのスプラッターショーの開始である。
こんな高レベルモンスターが自然に入り込んでくるとは思えないし、たぶんダンジョン化の影響でポップしたんだよねえ……これ。
どうしよ……。
おそらく私の魔力でダンジョン化した影響は続く。
これからずっと猫系魔獣が無限にポップし、図書館を縄張りに街を徘徊し続けると予想されるのだが。
もう手遅れだが。
この街、そのうち猫魔獣で溢れてしまうんじゃないだろうか。
ちょっとだけ、肉球に汗が滴る。
そして大魔帝として、私の出した結論は――。
まあ気にしない!
大魔帝を追い出した罰なのじゃ!
である。
ともあれ。
私はキョロキョロと周囲を探る。
目当てのウサギ司書を見つけてドヤろうとしたその時。
向こうの方から私を見つけて、ピョンピョン跳ねて飛んできた。
「あ、昨日の猫獣人さん! ちょっとお聞きちたいんでちが、この辺りで黒くて太々しい猫さんを見まちぇんでちたか?」
「ふぇ? し、知らないよ?」
「そうでちか……猫獣人さんを追い出した直後に、出現したらちいんですが……入れ違ったんでちかねえ。あの黒猫さん、わたちの縄張りであるギルド図書館に、なにか猫を召喚する強力な結界を張ったらちくて困ってるんでちよねえ。もし見かけたら、問答無用で掴まえてきて欲しいんでちが――」
んーむ、このウサギ司書。
黒猫モードの私を捜索するクエストを作っていやがる。
報酬もそれなりに良いでやんの。
「それより君。ちょっとこれを見てくれないかな?」
高ランク冒険者の証である金のプレートを見せつけて、ドヤァ!
ウサギ司書はそれを目にするとフサフサな耳をぴょこんと跳ねさせ。
叫んだ。
「なななな、なんでちか、これは!」
「昨日あの後にギルド登録をしてね、結果がこれさ」
「イ、インチキじゃないでちよね? 肉食系の獣人の方ってどうも信用できないんでちよね」
おい。
私はまあ魔族だから仕方ないけど、本物の肉食系獣人にとっては……なんかすっげえ失礼なことを言ってるし。
素直なのは草食系獣人の習性なのかもしれないが。
「へえ、疑うんだ。君のギルドのマスターはそういうことをする性格には見えないけれどね」
「言われてみれば、そうでちね。たしかに冒険者証作成スキルはインチキできませんち。金プレートで作成されたということはそれなりの経験が御有りなのでちょう。わかりまちた、しかたありません。どうぞ自由に閲覧なさってくださいまち」
ぴょんぴょんと跳ねて奥に行ってしまった。
んーむ、簡単に目標を達してしまった。
さすが大魔帝の私、すばらしい!
……。
どうせならもっと突っかかってきてくれたら面白かったのだが、あのウサギ司書はただ規則を遵守するタイプなだけだったのだろう。
もはや私への興味は欠片もなさそうである。
さて、どうしよう。
私も興味を失ってしまった。
ポンと姿を猫へと戻し、しぺしぺしぺ。
無事にマーガレットが戻ってきたら私もここを発つのだ、もう正体が猫だと知られても問題ないだろう。
なんか今回は平和に終わりそうで安心していた。
いつもはなんだかんだで私がきっかけで大事件が起こるし。そういう懸念も実はちょっとあったのだが、何事もなさそうである。
思い当たる事件の片りんはない。
私がここに来てからした事は、ナタリーの呪縛を解いたぐらいだし。
たまには、こういう平穏だっていいじゃないか。
くわぁぁぁぁっと欠伸をしながら体を伸ばし、後ろ脚と肉球をぐにぐに。
せっかく本もあるんだし、何か読むか。
日向ぼっこしながら、ぐでぐでと本を読むのも悪くないよね。
仕方ないので何か適当に本でも読んで時間を潰すと決めた私は、探査魔術を発動させた。この図書館の中で一番魔力の高い書をサーチしているのだ。
魔術で作られたカボチャ型の灯篭サーチライトが私の頭上で輝きだす。
カボチャの外見は私の趣味である。
元々は、魔王様とハロウィンでもやろうかと古代遺跡の探索用に作った魔術だから仕方がないよね。
魔王様……か。
私のネコしっぽが、ちょっとだけ下がってしまった。
懐かしく温かい記憶を思い出し、ちょっと胸がしゅんとしてしまったのだ。
魔王様……ハロウィンを知ってたって事はやっぱり……転生者だったのかな。
……。
というか。
ダンジョンでしか効果のない探査魔術が発動してるって事は、やっぱりここ、もう完全にダンジョン化してるんだね。
街の中にダンジョンがあると……まずいのかな?
高ランク猫魔獣だけじゃなくそのうち勝手に宝箱とか湧きだすだろうし、どうなんだろ。
まあ、いっか。
大魔帝たる私を魔術で追い出したウサギが悪いんだし。
私、ちょっとしか悪くないし。
うん。
そんないつもの責任転嫁でニャハハハと笑う私のネコ耳を、女性の大きな声が揺らした。
「お、おお!? なななな、なんですか、そのレアな魔術は! 自分、はじめてみたのですが!」
昨日私の魔力測定をしてくれた、白衣姿のギルド研究員さんである。
なななな、を繰り返しているところを見ると。
ウサギも人間も驚いた時の反応って結構似ているようだ。
魔術と魔道具にしか興味がないと言っていたが、逆に言えば魔術と魔道具には大変興味があるのだろうか。
黒猫が図書館で魔術を発動させていることに関して、特に疑問を抱いていないようである。
『なにって、探査魔術だよ。ダンジョンとかで君達だって使うだろ』
「そりゃ使いますけれど――それほど洗練された魔法陣に魔術理論、初めて目にしましたよ! うわあ、マジですか。これ。すっごい精密」
失礼しますと、私の頭上に浮かぶ魔法陣とカボチャ灯篭を眺め。
感嘆とした息を漏らしている。
上から見て、下から見て、横から覗いて更に驚愕。
これは――にゃふふ、自慢ポイントだにゃ!
昨日はなんかすっごい中途半端に自慢ポイントが終わってしまったが、今日こそはドヤれるだろうか。
『うにゃははは! まあ我にかかればこの程度の魔術、大したことはないのさ』
「というか、今さらですがあなた。猫なのになんで人間の公用語を話しているんです?」
あ……、そういえば。
最近普通に猫のまま話す機会が増えているから忘れてたけど、普通の猫は喋れないんだっけ。
もうこれ、誤魔化せないよね。




