ギルド登録 ~定番ドヤ顔イベント後編~
マーガレットが基礎能力を鑑定したように、私も鑑定の間に足を運んでいた。
触ると職業適性を鑑定してくれる魔道具や、魔力容量を数値化してくれる魔道具や、習得適性のある魔術属性を色で示してくれるアレのある部屋である。
なんか全部、真ガラリア産の魔道具っぽいのだが。
あの国、本当にいま儲かってるんだなあ。
なにげに金と権力で暴走する前に釘を刺していたのは大正解だったかもしれない。聖職者たちが金と権力で狂ってしまったように、あの国だって狂ってしまっていた可能性もあったのだ。
偉い、さすが大魔帝の私。
事前にそれを防止するなど、さすがとしかいいようがない!
うん。
そんな私を見て、マーガレットがちくり。
「なに一人でドヤ顔してポーズとってるんっすか?」
「準備運動さ」
「猫の状態ならいいですけど、その状態でそれは――ちょっとやめた方が良いっすよ。まあ、趣味なら無理には止めませんけど。じゃ、あたしは向こうで見てますから」
「分かったよ。忠告ありがとう」
ともあれ、今のこの場にはそれなりの数の人がいた。
あのマーガレットの連れ。
と、いうことで既に何人かギャラリーが集まっているのである。
私は、既にギルド仲間と談笑しているマーガレットをちらり。
というか、やっぱりこの元メイド次女。
コミュ力半端ねーでやんの。
「どうしたんすか、ケトス様」
「いや、君は力の制御さえできるようになれば、何の問題もなさそうだと思っただけだよ。安心したのさ」
自分でも驚くぐらい穏やかな声が出ていた。
瞳を伏して――。
つい、心からの微笑も零していたのだと思う。
なぜかこの場にいる女性陣の数人が、頬を赤くして下を向いてしまう。
あー、そういえば私。獣人モードだとけっこう素敵ダンティな美貌おじ様だから、人間のメスにとってはそれなりに蠱惑的に見えるのか。
魔猫の特性で、誘惑は得意だしね。
マーガレットも、あははと頬を掻きながらもちょっぴり赤くなっている。
「褒めてくれるなんて、優しいっすねえ。でも、あんまその顔をしない方が良いっすよ。ここの誰かを落とすつもりだったら構いませんけどねえ」
「悪かった。気を付けるよ」
今度は意識して微笑してやると。
キュンと響く胸の音があちこちから届いてくる。
そんな女性陣の横で、いつものようにオスどもが、ぐぬぬと悔しがっている。
ぐにゃはははああぁあ! やっぱり人間はちょろい!
人間のオスどもよ、ざまあみろ!
この世全ての女性は、いついかなる時でも、私という恐怖の存在に独占されかかっているとしれ!
ぐにゃーっはっはっは!
と、さすがに注目を集めている状態でポーズをとるのはやめておこう。
さて。
遊んでいる場合じゃない。
これからは私のドヤ顔タイムだ。
私ほどの魔力があれば、おそらく計測器はとんでもない反応をする筈。
横目でちらり。
周囲を見る目線の先にあるのは、更に集まってくる人間の群れ。
やはりあの紹介状を持っていたというのも大きいか。どんなものかと様子を見に来ているのだ。
猫毛がうずうずとする。
自慢したくてドヤァドヤァと猫耳が跳ねる。
しかしあくまでも私は、紳士でダンディな美貌猫獣人を演じる。
「検査はここでいいのかい?」
「はい、しょうしょう……おまちくださいねえ」
と、計測員が魔道具の調整をしている。
白衣を着こんだギルド研究員さんである。研究員とは、魔術に関する知識をギルドメンバーに教えサポートするベテラン冒険者らしいのだが。
正直、どういうことをやっているかはあまり知らない。
「えーと、ケトスさん、ですか。うわぁ、めっちゃヤバイ紹介状だらけですね。どこかの貴族様なんですか?」
「違うけれど、まあちょっとだけ縁があってね」
自慢してやろうと思ったのだが。
「あ、身の上話とかは大丈夫ですよ。自分、魔術と魔道具にしか興味ありませんので。じゃ、まあ魔法陣を展開してからこの子に軽く触れて魔力を流してくださいねえ。なんか、あなたは特別な存在みたいですし、計測器が壊れちゃうかもとマスターから事前に言われてますから。破壊してもお気になさらず」
「ありがとう。それじゃあやるね」
やはり、落ち着いた大人の声をだしてやる。
魔術と魔道具にしか興味がないと言っていたくせに。
ギルド白衣の研究員さんが耳まで赤く染め、唇をきゅっと結んで横を向いた。
「は、はやくやってください。こっちも忙しいんですから!」
ちょろいなあ、人間。
ふむ。
もしまた人間との戦争にでもなったら、人間のメスを全部魅了して――種族を絶ってやるという手もあるのか……。
なんかマーガレットの呆れたジト目がまたまた突き刺さっている気もするけど、まあとりあえず気付かないフリをしよう。
にゃふふふふ、ここでドカーンとなって私の比類なき魔力に人間どもが恐れをなすのだ。そして自然な流れで、ドヤァ。
よし、これがベストだろう。
まあ人間が普通に出せる限界ラインの五重ぐらいの魔法陣にしておくか。
これぞ常識勉強の成果である。
「我はケトス。魔術を扱いし獣の亜人なり」
ブォォォォン。
私の周囲に洗練された五重の魔法陣が浮かび上がる。
「五重の魔法陣!」
「マジか、初めて見たぜ」
「なんて綺麗で無駄のない魔法陣。これは間違いなく英雄級の使い手……」
そうだ、もっと褒め称えるのじゃ!
我はえらーい、魔族ぞ!
魔王様の、愛猫ぞ!
耳がぴくぴくしてしまうが。
紳士な微笑を崩さず、にやり。
「そ、それじゃあケトスさん。お願いします」
「さて――」
どんな数値が出るか、ちょっと楽しみである。
まあ壊れちゃうんだろうけど。
私がクリスタルに手を触れようとすると。
「あれ……?」
ササッと魔道具が、私の手から逃げ出す。
わきゅわきゅと手だけを空で動かしてしまう。おかしいな。
もう一度手を伸ばすと。
また、ササっと魔道具が逃げ出す。
命なきクリスタルのはずなのに、なぜかジト汗を垂らしている。
魔道具はそのまま白く輝きだし。
ズチャ。
ズザザザザザアアアアアアアアア!
足をはやして、逃げて行った。
鑑定魔道具のくせに、付喪神の様に魂を獲得して逃げやがったのだ。
白衣の研究員さんが口を大きく開けて驚愕する。
「これは……魔道具の精霊化、現象!? うそ、こんなの初めて見ましたよ!?」
いや、そりゃ壊されたくないならそうするしかないのだろうが。
周囲はあまりの展開に、すげぇ……と息を呑んでいる。
……。
え、なにこれ。
なんか。
想像してたドヤポイントと違うんだけど。
もっと格好いいのを想定してたんですけど。
「さすがはマーガレットさんのお連れさんだぜ!」
「まあマーガレットさんには劣るようですが、認めるしかないのでしょうね」
「わたしぃ、この人なら顔もいいし、なんだっていいかなあ?」
取り残された私は目を点にして、測定係の白衣研究員さんに目をやる。
お姉さんも困った様子でギルドマスター・ナタリーに目をやり。
「え、えーとマスター、どうしましょうか。こんなの初めてで……今まで計測器を破壊するとか、理解不能な数値を示すことはあったのですが……まさか何の前触れもなく魂を獲得して、全力で逃げ出すなんて……前代未聞過ぎて」
「ま、まあわたくしはこの方の魔術を見たことがありますから。合格ということで」
うぉぉぉぉおおおおおおおお!
と、歓声は上がるが。
こんなの!
私が期待していたドヤイベントじゃないぞ!
◇
その夜、ギルドに在籍する冒険者宿舎の一室。
私に用意されたひろーい部屋。
マーガレットからナタリーの様子を聞き、ちょっと安心して、ついでに夜食のお菓子をバリバリ貪っていたのだが。
ふと、ティーカップの紅茶を淹れながら元メイドは言った。
「まだ拗ねてるんっすか、ケトス様」
『だって、なんか思ってたのと違うし』
尻尾がびにょーん、びにょーんと椅子から垂れてしまう。
「まあ確かに地味でしたけど。魔道具が壊れるより、命を得て逃げ出す方がよっぽどすごいと思いますけどねえ」
『地味って言わないでおくれ。私、大魔帝なのに……すんごい地味だった』
胸がしゅんしゅん、してしまうのである。
魔王様のペットなのに、地味って。
まあ、五重の魔法陣程度でとりあえず皆は驚愕してくれたが。
もっとこう、英雄譚に登場するヒーロー的なちやほやを期待していたと力説しようと思った。
その時。
扉をたたく音がした。
「あの、ケトス様。少し宜しいでしょうか。お話があるのですが、中に入っても?」
ギルドマスターのナタリーの声である。
どうしたのだろうか。
私は猫のまま身体を持ち上げ、答えた。
『ああ、大丈夫だよ』
「それでは、失礼させていただきます」
微笑みを浮かべたナタリーが、私とマーガレットにおしとやかな礼を見せてくる。
嘆き死霊の性質か、夜になるとその身体が少しだけ魔力を帯びて揺らいでいた。存在が不安定になりつつもあるのだろう。
こんな時間に何の用だろうか。
その指先は微かに震えている。緊張や恐怖とは違う感情だ。驚きや疑問、そういう気配か。
重要な話なのは確かだろうが。
マーガレットも何か察したのか、私に目配せをし。
「それじゃあ、ケトスさまナタリーさん。あたしはこれで失礼させていただきますね。明日はクエストをしようとおもってるんで、早く寝ますから」
『頑張ってくれたまえよ』
「どうもっす――それではお休みなさいませ」
んーむ、本当に空気の読める子過ぎる。
きっと長女と三女の間で色々と気を遣っていたのだろう。
出ていく彼女の背を眺め、ナタリーはくすりと微笑んだ。
「本当に、あの子は良い娘ですわね。もうギルドのみんなと打ち解けていますし。力の制御の方は……まあもう少しで及第点、といったところでしょうか。本当に、ケトスさまのことが大好きなんでしょうね。あなたのお話ばかりでしたわよ」
『それを聞いて安心したよ。それで……君はどうしたのかな? こんな時間に淑女が用もなく訊ねてくるとは思えないけれど』
「あ、そうでしたわ。わたくしったらいつも話がそれてしまって――ケトス様のギルド冒険者証を作成したのですが……その」
言いにくそうに彼女は金のプレートを差し出す。
『ああ、これか……』
ギルドマスターの扱う基本スキル。冒険者登録を希望してきた相手の基本情報を魔術文字としてプレートに刻む、自動筆記能力である。
そこに書かれていた情報が問題だったのだろう。
本名:消失。通り名:大魔帝ケトス。種族:猫魔獣、魔族。
そして、元人間。
その他には職業が無数に刻まれている。魔王様を守るため、五百年の間に私が習得した技術は、こんな薄いプレートには入りきらなかったのだろう。
少しだけ、誇らしく思えていた。
しかし、彼女が聞きたいのはそこではないだろう。
私の瞳を眺め、彼女は言った。
「ケトス様、あなたも元は……人間、だったのですか?」
きっと。
彼女も元は人間。その親近感が、彼女の足をここに運んだのだろう。
月さえも寝てしまった暗い夜の中。
猫目を赤く灯らせ。
私は――言った。
『ああ、そうさ。私も君と同じさ――昔、人間だったんだよ』
つい最近も友に同じ似た言葉を贈った。
本当に近頃、人間について考える機会が増えている。
その実感が――私の心を揺らしていた。




