ギルド登録 ~定番ドヤ顔イベント前編~
マーガレットがギルドに在籍することになった初日。
私はふと生暖かい目で登録の様子を観察していた。
よくある素質や魔力を判定する定番イベントもあったが、マーガレットはもちろん異世界転生主人公みたいな大騒動となった。
計測する度に数値が振り切れるのだ。
そりゃ元からダンジョン最奥に行けるほどのレベルだったところに、大量の能力向上ドラゴン料理を食べたのだ。人間としては規格外の強さになっていたのだから当然か。
今や彼女は期待のニュールーキー。
そしてあの性格だ。力の制御さえできるようになれば、うまくやっていけるだろう。
それはギルドマスターのナタリーも同意見なようで、安堵の笑みを浮かべている。
ちなみに。
仕事に集中したがっていたナタリーは今、マーガレットに付き添いで、冒険者について詳しい説明をしている。
権利や義務。階級やクエスト依頼、そして違約金のことなど。色々だ。
明らかな特別扱いだが、あの紹介状にあの魔力判定数値。
文句を言うモノはそう多くなさそうだ。
ま、私には関係ないし。
そういう面倒な話は二人に任せることにして、獣人の姿でギルド内を散歩しているのだが。
こういう場所は、ちょっとだけ興味深かったりもする。
思えば私はまともに人間の魔術やスキルの事を理解していない。
習得している魔術の殆どは異界召喚で取り寄せた異界魔術の独学か、魔王様と当時の大魔族に教えて貰った魔族の魔術。出会った人間は、たいていが英雄級の実力の持ち主で参考にならない。
だから。
こうして、並の冒険者達の知識を目の当たりにするのは初めてだったのだ。
ふむ。
図書館巡りってのも悪くないかもしれない。
図書館に入り、本を閲覧しようとしたのだが。
「ちょっとお待ちなさい! 駄目ですよそこの猫獣人さん! ここはギルド登録者しか閲覧できないスペースなんですから!」
止められてしまった。
人間よりもかなり小柄な獣人、兎人族である。
ちょっと背の高いウサギさんが二本足で立っている。そんな姿を想像して貰えばいいだろうか。魔王軍には従わず、人間と共生する道を選んだ穏やかな種族である。
一部の人間から熱狂的なアイドル扱いされている種族らしいが、なんかその辺をつつくと闇っぽいからあまり触れないでおこう。
図書館となっているここの管理者なのだろう。
……。
ウサギのパイが食べたくなってしまったけど、これ、口にだしたら絶対にダメなヤツだよね。
そんな私をウサギ目がじぃぃぃぃと眺めてくる。
「猫獣人さん。いま、ラピットパイが食べたいとか思ったでしょ」
「そんなことはないさ」
猫科の動物の本能を嗅ぎ分けやがったか。
それに、ウサギのパイだし。ラピットパイとは思ってないしい。
まあ、口にはしなかったからセーフである。
「ところで、ここの本を読みたいのだけれど。マスターの知り合いでも、駄目かい?」
「駄目です! 例外は認められていませんので!」
「悪用したりなんてしないんだけどなあ」
駄目と言われると見たくなる。
禁止されているとやりたくなる。
これは猫的好奇心を大きく擽ってしまう事案だ。
さほど興味もなかったのだが、もはや読むこと自体が目的となっていた。
小声でこっそりとウサギの耳を揺らした。
「閲覧にお金がかかるなら、払うよ?」
「そういう問題じゃなくてですねえ。ここの本は冒険者ギルド在籍の魔術師が記した魔導書も多いんですよ。魔術師って変わり者が多いですしね、時には仲間のプライベートな愚痴とか情報とかも走り書きしてありますし……そういうのを勝手に部外者にみせてしまうのは……不味いと思いませんか?」
「なるほど、それもそうか」
どうやら閲覧にもランク制限があり、ある程度の階級にならないと全ての書物を読めないようであるが。
ふと私は思いついた。
どうせ暇なのだ。
「じゃあ君、ちょっと付き合ってくれないかな。今からギルドに登録してこようと思うんだけど。どうだろうか?」
「はぁ……身の程知らずの猫獣人さんでちね。いいでちか? わたしがここの司書、管理人になれているのは優秀だからなのでちよ、そんなてきとうな動機で冒険者登録しようだなんて、やめておいた方が良いでちよ」
「でち?」
「あ、い、いまのは忘れてください! ちょっと油断すると、田舎の語尾がでちゃうんです!」
「ふーん、かわいいんだから語尾はそのままでいいのに」
素直に言ったのだが。
なぜか司書ウサギは耳の内側をぼふんと赤く染め、毛を逆立てて怒り出し。
「かかかか、かわいいなんて! レディに向かって気安くそんなこと言うもんじゃないでちよ!」
司書の扱う強制退出魔術で、私は追い出されてしまった。
レジストしてやっても良かったのだが、まあそれも可哀そうだったのでやめていた。
ただ、再び。私のネコしっぽが床の埃でちょっぴり汚れてしまったのが気になる。
私って冒険者ギルドと相性が悪いのだろうか。
……。
右見て、左見て……。
人目がなかったので。
『ぶにゃん!』
ポンと猫の姿に戻り。
図書館の扉に猫のお手々を、乗っけて。
バリバリバリバリバリ!
追い出されたのはそれはそれでムカツクので、爪を研いでやるのだ!
木くずが積みあがっていく。
ギルドの冒険者がなんだあの猫はと不思議そうに見ているが、気にせずに。
バリョバリョバリョバリョバリョ!
ぐにゃっはっは!
せいぜい悔しがって掃除をするがいい、ウサギ司書よ! 我を追い出した罰じゃあ!
さて、私は新しくできた目標に胸をちょっとだけ躍らせる。
とりあえず、冒険者になってドヤ顔をしてやらないと気が済まない!
まあようするに。
暇なのだ。
◇
ギルド内の食堂。夕張亭二号店。蒸かしたオイモさんの香りが鼻腔を擽る、ちょうどお昼の時間。
西帝国領内ということもあるからか。ここはあの元人間だったダークエルフのギルドマスターが、レシピを提供しているチェーン店らしい。なんだかんだでちゃんと生きる道を歩いているのだと思うと、少し、ほっとしてしまう。
なかなか儲かっていそうだ。
……。
今度また、遊びに行くかな。
ともあれ。
山盛りマッシュポテトを積み上げた私は、マーガレットとナタリーに、ちょっとギルドに入りたいと今回の経緯を説明したのだが。
二人は、え? と眉を顰めて困惑していた。
顔を見合わせて、んー……と唸っている。
「おや、どうしたんだい。二人ともそんな顔をして」
不思議に思い、ポテトにばっさばっさと粉チーズを塗しながら私が言うと。
マーガレットの方が、ポテトにケチャップをごってりと塗りながら答えた。
「いや、だってケトス様。それ……絶対なんか大暴走事件がおこるきっかけですよ」
「人を暴走魔道具みたいな扱いにしないでおくれ」
つい恨みがましく答えてしまう。
ナタリーも同意見なのか、しとやかに頬に手を当てて。
「ケトス様には申し訳ありませんが、わたくしもそう思いますわ。長い事ギルドマスターをしておりますけど、大抵、こういうパターンは、ええ……ふふ、なぜでしょうかねえ。悪い事ばかりが起きるんですよね、国同士の戦争が起こったり、最終的に魔竜みたいな黒幕が現れて暴れそうですし、まさか世界を滅ぼしかけたりはしないでしょうけれど」
まあ、それはさすがにありませんわね。
と、ナタリーは冗談めかして微笑んだ。
それは全部、つい最近、もう既にやったとは言えないよなあ……。
魔竜も暴れたし、以前には世界も滅ぼしかけたし。
マーガレットは何かを勘付いたのかジト目でこちらを見ているが、まあ気にしない。
「そうですわ! 図書館の本が読みたいのでしたら、司書ウサギさんにわたくしの方から閲覧の許可を特別に出しておきます。それで穏便に解決しませんか?」
それが手っ取り早いのだが。
私は静かに首を横に振っていた。
真摯な眼差しというヤツで、ギルドマスター・ナタリーを見る。
「確かに私は偉い大魔帝だけどさ、ルールを破るのはあまり好きじゃないんだ。ちゃんとギルドに登録して、一からランクアップして、実力で閲覧しないとね」
むろん、口から出まかせである。
あのウサギ司書にドヤ顔で最高ランクの冒険者証を見せつけたいのである。それは肉食獣の本能か、どうも草食系の亜人種を見ると突っつきたくなっちゃうんだよね。
ついつい尻尾が好奇心で膨らんでしまう。
そんな私を見て、マーガレットは納得顔で苦笑を漏らす。
「その悪戯を企む猫みたいな顔。あーなるほど、そういうことっすか」
「なにがそういうことなのですか?」
きょとんとした表情で問い返すナタリー。
「ケトスさま。たぶん人間の冒険者ごっこがしたいんっすよ。おまえこんなに強かったのか! とか、Bランクのお前がSランクのオレに勝てるわけないだろって生意気にいってくるやつをぶっ飛ばす、よくある人気の伝承冒険譚のアレっすね」
「まあ、そういうことでしたの。ケトスさまったら、案外に殿方なのですね」
それも確かにある。
私は微笑む彼らをちらり。
マーガレットとナタリーはもう完全に打ち解けているようである。
少し心配していたが。
くすくすとほほ笑むナタリーの顔には、作ったものではない笑顔がはっきりと浮かんでいる。
温かい空気。
平穏な日常。
私は――たぶん、微笑んでいたのだと思う。
少し照れくさいので、ちょっと横を向いてしまった。
正午の光が、私のネコ耳をほんわかと照らす。
尻尾がびたーんびたーんと木製の温かい椅子を叩く。
人の目がなかったら、たぶん私はポンと猫の姿に戻って日向ぼっこをしていただろう。
「それじゃあ食事が済んだら登録よろしく頼むよ。ナタリーくん」
「はい、ではまず登録の間で計測をしましょう。もっとも、ケトス様なら測らなくても問題ないとは思いますが、まあ一応、規則ですので」
ナタリーは遠からず、消えてしまう。
バンシーとしての生が途絶え、消滅してしまう。
だから、その前に。
こういう何気ない生活を最後の思い出にしてやりたいのだ。
まあ、余計なおせっかいなのかもしれないが。
私も楽しんで、彼女も楽しめるのなら問題ないだろう。
私と出逢わなかったら、彼女は消滅の危機になどなっていなかったのだから。少し、責任を感じているのである。
良い事なのか、悪い事なのか。
私には分からなかった。
最近、魔王様ならどうしていたのだろうと思う機会が増えていた。
答えのない選択肢だ。
人に触れて、人間だった頃の残滓が表面に浮かんできているのだろうか。
分からない。
分からなかったが。
それはそれとして、やはり。
ぶにゃんと猫口がつり上がる。
にゃふふふふ!
これからは我のターン!
人間どもよ、この我の魔力に恐れ慄き平伏すがよい!
ぐにゃふふ、ぐにゃーっはっはっは!
別に。鑑定機が割れるとか、とんでもない数値を弾きだす! とかそういうイベントをやりたいわけではないのだ!




