エピローグ:黙示録の神父ルート ~笑顔~
ここはまだ健在のダンジョン領域日本。
アポを取ってやってきたのは三毛猫陛下の家。
ご両親に挨拶するには、手土産が必要!
ということで、私はいつものモフ毛をふわふわに膨らませ。
キリリ!
背広代わりの最高級猫毛を輝かせて、肉球でチャイムをタッチ!
『私です、大魔帝ケトスでーす! おーい! 我が宿敵! いるんだろー! 寒いから早く開けておくれ~! 勝手に入っちゃってもいいんですけど~!』
「キミは相変わらずだねえ、我が宿敵」
言って、かつての勇者がドアフォンで告げて。
カチャン♪
玄関を開けてくれたので、私は構わず転移を開始。
『我が行く道を! 塞ぐものは何もなし!』
「いや、鍵を開けたんだから――転移じゃなくて玄関から入ってくればいいじゃないか。キミねえ、そういうところは直さないと、ボクはいいけど、あの人に目をつけられるかもしれないよ?」
言いながらも家庭的な笑みを浮かべているのは、一人の聖剣使いの女性。
パンツルックの似合う女獅子風の主婦。
三毛猫陛下の奥さんで、私の元宿敵――。
かつて勇者と呼ばれていた、ヒナタ君のお母さんである。
そう。
我が宿敵に会いに来ていたのだ。
『あれ? 三毛猫陛下はどうしたんだい?』
「ふふ、あのヒトさ。キミとあったらダメって言えないから、逃げているのさ。まあ、一応用事があるっていうのも本当だけれどね。とりあえず座りなよ、ドーナツを揚げて待っていたんだ。食べるだろう?」
『そりゃあもちろんさ!』
ぴょんと椅子に乗って、私は肉球をパチン!
異世界ハチミツたっぷりのティーセットを顕現させる。
キッチンから顔を出し、鼻先をわずかに揺らし宿敵は言った。
「気が利くじゃないか、このはちみつは本当に美味しいからね。ボクは好きだよ」
『魔帝クラスの魔公が生み出しているハチミツだからねえ』
おそらく魔力回復効果を味として認識し、美味と感じているのだろう。
『手土産に瓶ケース単位で持ってきたけど、いるかい?』
「おや、ワイロかい?」
『まあそのようなものだね。っと、じゃあちょっと人間形態の私に変わろうか――今日、用があるのはこっちの私だからね』
告げて変身しようとする私だったが。
その直前。
「ちょっと待ってくれ、ボクは魔猫のキミに聞きたいことがある」
『ん? そりゃ構わないけど』
「なあ前から聞きたかったんだが――結局、キミのその三つの魂と心っていうのはどういう状態になっているのさ。ボクにはさっぱり分からない。魔猫のキミは魔性化したきっかけのネコを愛し。魔族、バケモノとしての君は同じ魔族の精霊国の王を伴侶とした。そして、最後に人間のキミは、よりにもよってボクの娘とそういう関係になろうとしている」
まあ、まだヒナタくんが卒業していないし。
人間の私もはっきりとしていないので、伴侶となっているわけではないが。
「結局のところ、キミたちはなんなんだい?」
『私は私。大魔帝ケトスさ。それぞれが大魔帝ケトスであり、全員合わせても大魔帝ケトス。そうだね――状態で説明するとなると――』
言って私はティーカップに注いだ紅茶に、肉球を伸ばし。
ハチミツと、角砂糖を落とし。
くーるくる♪
『これは紅茶とハチミツと角砂糖が入った液体だ。互いに混ざり合って境なんてみても分からないだろう? これを私達に置き換えてもらえばいいかな。私はベースとなっている紅茶、メインの心と魂と肉体だね。けれど、既に紅茶の構造にハチミツも角砂糖も含まれている……ハチミツと角砂糖、どっちがどっちかは別にどうでもいいけど――まあ言いたいことをちょっとは分かってくれるだろう?』
我が宿敵は揚げたてのドーナツの皿をことりと置いて。
紅茶を啜って、苦笑を漏らす。
「それで、紅茶のキミの見解では人間のキミはあの子を愛してくれそうなのかい?」
『さあ、どうだろうね』
他人事みたいに言って、私は紅茶をズズズ。
ドーナツにも手を伸ばし、ちっぺちっぺと砂糖を舐めてみる。
うん、おいしそうである!
「ボクとしては、ネコのキミとあの子がくっついてくれても良かったんだが」
『私の思考は猫そのもの。いくら可愛くても人間とどうこうとはならないさ』
至極まっとうな意見を述べたのだが。
なぜだろうか。
口元に握った拳を当てて、我が宿敵はこほんと咳払い。
『ああ、そういえば、キミは三毛猫陛下と結婚したんだったね』
「そういうケースもあるってことさ。まあ、キミには魂の伴侶がいたんだ、ちょっと残念だけど仕方がないだろう。さて、それじゃあ悪いけど」
言葉の途中で、頷き。
私は、ざざ、ざぁああああああぁぁぁぁぁ!
姿を黙示録の神父へと変貌させる。
『というわけだよ、我が宿敵。もしかしたら私はキミの娘と将来を共にするかもしれない』
黒衣の神父モードで私はかつての勇者に宣言していた。
説明話術スキル。
かくかくしかじかも発動している。
「話は分かっている。高校を卒業すればあの子ももう一人前だろうからね。そこから先はボクの娘とキミの問題だ。こちらから止めたり進めたりすることはないよ」
『おや、随分と話が分かるじゃないか。君、ヒナタくん……あの子の事を娘として、とても愛しているんだろう?』
本当に、あの勇者が家族を愛している。
それがとても不思議で仕方がない。
きっと、司書ウサギも驚いていただろう。
それほどに、運命に全てを狂わされていた当時の勇者は荒んでいた。
もはや勇者の呪縛も消えているのだろう。
我が宿敵は不敵に笑い、顔の前で指を組んで――。
「だから信頼できる相手に任せているんじゃないか。ボクも旦那も、キミには助けられたからね――信用はしているってことさ。これでもね」
『それはどうも――』
なんつーか。
殺しあった仲の私達がこういう話をしていると。
すごい違和感がでてしまう。
我が宿敵が、からかうように前のめりになり。
「で、実際どうなんだい? あの子はもう心を決めたら一直線だからわかりやすいけど。キミはどうなのかな? 愛や恋といった感情が浮かんでいるのかどうか、それがボクは知りたいね」
そうニヤニヤしている宿敵の顔は実に愉快そうである。
本当に、変わったのだろう。
『逆に聞かせて貰えないかな――』
「なにをだい」
『私が言うのもアレだが、当時の君は心を死なせた殺戮マシーンといってもいい存在だっただろう? それがどうして、その、なんだ――三毛猫陛下とあそこまでラブラブになれたんだい?』
話を振られて色々と当時を思い出したのだろう。
ぼんと顔を赤くし。
はははは……っと誤魔化すように宿敵は言う。
「ま、まあ――そうだね、大事なのは互いにちゃんと話し合う事かな?」
『ふむ……なんか普通のアドバイスで面白くないね』
「は? キミねえ、自分が聞いたんだろう! それに、当り前だろう!? ボクたちは普通の夫婦になろうって、そう努力をしていたんだから」
三毛猫陛下と殺戮マシーンだった勇者の思い出、か。
ちょっと見てみたい気もするが――。
私は同類に相談するような口調で、かつて空虚だった敵対者に問いかける。
『私はね――少し不安なのさ。私は魔猫の私とも、魔の側面としての私とも違って――転生前の空虚だった男の魂を引き継いでいる。素直になり、心を育てて――心から喜んで伴侶を得た存在とは違う。いまだに、心というものを理解できていないんだ』
ふぅん、と真剣な顔をして。
我が宿敵は腕を組み。
「ボクはその病の名を知っているよ。それって、中二病っていうんだろう?」
むろん、私はジト目で言う。
『その突っ込みは、君の仲間である司書ウサギがとっくにやっているさ』
「分かっている、冗談さ」
悪びれる様子もなく、我が宿敵はケラケラと笑っていやがるのだが。
こいつ、殴ったろうか。
いや、ヒナタ君の母親だし陛下の奥さんだからそんなことはしないけど……っ。
話を促すように。
紅茶を啜って、我が宿敵が目線をよこしてくる。
仕方なく、私は語りだす。
『私はね――もう既に、君の娘を大事だとは思っている。愛らしいとも思っている、守ってやりたいとも思っているのだろうね。けれどやはり、私にはいまいち……愛や恋という感情を理解できていない』
「ボクも、昔はそうだったよ――」
ようやく、真面目な口調で我が宿敵が言う。
「けれどこうして、家族ごっこができている。いいじゃないか、最初が真似事でも――きっといつかは本物になる。ボクみたいにね」
きっと。
我が宿敵も初めは苦労したのだろう。
苦悩もしたのだろう。
『そう、だろうか。私も君みたいになれるだろうか』
「あの子の性格だ。きっとキミが諦めてもあの子が諦めないよ。予言する、キミは絶対にあの子を愛するさ。だってボクの自慢の娘だからね」
ふふんと母の顔で、宿敵が言う。
私は言う。
『そう――だね……。この数年間、私は多くの冒険を得て様々な人間の心に触れた。その時に何度も猫の手を伸ばし、肉球で掴もうとしていたんだ。かつて失ってしまった人間の心に触れ、それを美しいものと認識した――けれど、絶対に取り返すことのできない、二度と握ることのできない感情だと、そう思っていた』
けれど違った――。
そう、紅茶を揺らし囁いて。
掌の中のティーカップを優しく抱くように――握り。
『あれは失ってしまったモノを美しいと思っていたんじゃない。最初から持っていなかったからこそ、憧れていた。ずっと、この手に掴みたい感情だったんじゃないか。そう、今となっては思っているのさ』
掴もうとしても……無駄。
雫も、破片も――肉球の隙間からこぼれてしまう。
私には愛という感情を掴むことができない。
そう思っていた。
それなのに、今。
目を瞑ると君がいる。
明るいヒマワリのような笑顔が、私の心を焼いていた。
ケトスっち!
そう、微笑む君がいた。
日向ナデシコ。
いつか――私にも、心を掴むことができるのだろうか。
思わず伸ばしかけた手は、人間の手だった。
君の母が、私に言う。
「我が宿敵、娘を頼むよ」
『まだ気が早いよ。私は教え子に手を出す気はない、このダンジョン領域日本を解除し、そして彼女が普通の高校を卒業してからの話さ』
もうちょっと、具体的に今後の話をしたかったのだが。
三毛猫魔王様が逃げているので、仕方がない。
きっと、うにゅっと眉間にシワを寄せて。
我が娘はまだ渡せんのだっ。
そう、ネコ毛を膨らませているだろう。
だから。
この件の話は、今日はおしまい。
私は神父モードのままドーナツに手を伸ばし。
ふと思い出したように聞く。
『そういえば大魔王ケトスはどこにいってるんだい? 黒ニワトリも黒ワンコもいないようだけど』
我が宿敵もまた、思い出したように微笑んで。
「えーと、ラヴィッシュちゃんだっけ? 魔猫のあんたが選んだ焦げパン色の君」
『ああ、彼女がどうかしたのかい?』
我が宿敵が指を鳴らす。
魔術式を浮かべてみせ、私に提示してみせたのだ。
多次元宇宙理論の魔術式だが――。
「あの子は第三世界、つまり大魔帝世界の猫の魂をドリームランド……えーと、ボクはまだ把握していないが夢世界の性質を利用した裏技で、転生させたんだろう? 形や経緯はどうあれ、本来なら蘇生不可能な弱い魂を、転生という形で蘇生ができたということだ。なら――」
『なるほど、第二世界のあの子、大魔王ケトスが路地裏で出逢ったあの子もまた、同じく特殊な空間を用いれば転生が可能なのではないか――そう考えたわけだね』
我が宿敵は満足げに頷き。
「そういうことさ。今、ウチの居候アニマルどもが魔術式を色々と研究していてね、その実験で留守にしているってことだよ」
大魔王もまた、心を追っているのかもしれない。
まあたしかに。
もう一人の自分ともいえる私が伴侶を得ているのだ、きっと自分も。
そう思ったとしても不思議ではない。
『分かったよ。そうだね――それはとてもいいことだ。後で私が持つドリームランドの知識を提供すると大魔王ケトスに伝えておいておくれ。まあ、彼なら自力で何とかするかもしれないが、愛する者の魂を再生させる儀式魔術だ。失敗のリスクは減らせるほうがいいだろう』
「悪いけど、頼んだよ」
居候となっている大魔王ケトスはもうすっかり、家族になっているのだろう。
我が宿敵ともうまくやっているようである。
『なあ我が宿敵』
「なんだい、ボクの宿敵」
かつての敵に、私は言う。
『どうしたら、今の君みたいに――私も幸せそうになれるのだろうか』
真剣な問いだったのだが。
目の前の幸せ者は、ふははははっと大笑い。
「なんだい、それ。ふふ、まあなんだい。こういっちゃなんだが、そういう風に前向きになれているなら大丈夫さ。きっと、キミも幸せになれるよ。あの殺戮マシーンのボクが幸せになれたくらいだからね」
『そういうものかな』
「ああ、そういうもんだよ。ボクの愛娘を信じていれば、大丈夫さ」
随分とまあ、優しそうな笑みである。
「さて、どうせだったらあの子に会っていきなよ。たぶんもうそろそろ帰ってくるだろうさ」
どうしようかと考える、その直前。
ヒナタ君の母は、思考の隙間を狙うように、ニヤリ。
「今晩はカレーでも作るからさ。食べていきなよ」
『しかたないね――是非、待たせてもらうよ』
……。
なんか、うまく誘導された気もするが。
まあ、歓迎されているという事だろう。
「決まりだね」
君の母が、勝ち誇った顔で私の前で笑っている。
私は君の帰りを待つ。
せっかくきたのだ、会っていった方がいいだろう。
別にカレーの誘惑に負けたわけではない。
君とあったら何を話そう。
何を語ったら君はもっと笑ってくれるのだろうか。
いざ考えると浮かばない。
けれど。
言葉や話題を探すこの難しさを――。
きっと、今の私は少し楽しんでいるのだと――そう思う。
《終》
《次回》
最終回。
活動報告にてお知らさせていただいた通り、
殺戮の魔猫は次回の更新で完結となります。
長い作品となりましたが、お付き合いいただきありがとうございました。
◇これからの更新予定について。
明日の更新(完結)後(18:20分前後予定)に、
次の世代(ケトスにゃんのお子さん)を主人公としたローファンタジーの連載を開始いたします。
邪悪なネコたちや、
現代日本に突如顕現した謎の大魔帝も登場する予定ですので、
もし引き続きお付き合いいただけるという方は、こちらもチェックしていただければ幸いです。
※詳細や、投降後のURL等は明日の更新にてお知らせさせていただきます。




