短編 ~聖夜の後始末~
焼き芋映像呪い事件を解決した翌日。
ダンジョン領域日本の夕方。
私、大魔帝ケトスは寒空の下で肉球をトテトテトテと進ませていた。
寒さに応じてモフ度が増す、猫毛はまるで綿あめ状態。
寒波の影響か、いやあ、本当に寒いねえ。
いっそ大爆炎とかの魔術で周囲を温めてあげたいけど……ねえ?
一回本当にやろうとして滅茶苦茶怒られたから、できないし。
ともあれだ!
聖夜が終わった町は年末年始に向けて静かな空気を保っている。
クリスマス飾りを外す人たちは、そのまま正月飾りを取り付けようとしているのか。
平和な世界が広がっていた。
しかし――。
その平和の裏で、捨てられてしまう命も多く存在する。
我らはその命を救いたい――。
ザザザ、ザァアアアアアアアアアァァッァ!
そう。
私とは別の黄昏の闇から顕現したのは、邪悪なるトサカを輝かせる白い羽毛。
先を見通す世界の監視者。
その名は――神鶏ロックウェル卿。
モコモコ防寒着に身を包んだ卿が、闇夜に落ちていく黄昏を背景に。
赤き瞳をぎしりと引き締める。
『ケトスよ――そなたの戦果はどうであるか?』
『くは、くははははははは! 愚問だね! 私の手にかかれば、悲しき彼らの回収など容易い。朝のコーヒーに入れるガムシロップよりあまあまで、楽勝なのである!』
無論、私の仕事に抜かりはない。
ドヤる私の頭上に一陣の風が吹く。
神雷と共に、アスファルトを焼いて顕現したのは――シベリアンハスキーの影。
神たる獣は焦げた大地をワンコ肉球で直し、にひぃっと鼻を膨らませていたのだ。
次代の主神、白銀の魔狼ホワイトハウルである。
『グハハハハハハハ! おぬしらも報われぬ魂たちの回収が済んだようだな!』
『くわっくわ、くわわわ! 当然である!』
『くはははははっは! 我ら三獣神! 世界平和のために貢献しようではないか!』
我らのアイテム収納亜空間にあるのは、売れ残りの冷凍ケーキ!
そう!
このまま駄目になってしまう、可哀そうなケーキたちに手を差し伸べていたのだ!
そのままホワイトハウルが口元をぺちゃぺちゃしながら。
クリームの香りを漏らしつつ。
『半額ケーキ! なんと甘美で麗しき名よ!』
『って! ホワイトハウル! 君、先にちょっと食べちゃったね! 全国各地の売れ残りケーキを買い占めて、みんなで食べるって約束だっただろう!』
唸る私の猫髯につく白きクリームの破片を見て。
くちばしの隙間からスポンジケーキの破片を、ぽろぽろさせながら。
ロックウェル卿がくわふっふ!
『どーせおぬしらが摘まみ食いする姿が見えていたからな。余も先に少々喰らってやったぞ?』
『ったく、どうして君たちはそうなんだろうねえ……』
『いや、魔猫よ。そなたも同類であろうに』
鼻をスピスピさせているホワイトハウルのつっこみを無視し、私は賢人の顔で考える。
さて、ケーキの回収は終わった。
あとは資源を大切にするという尊き考えのもと。
どんちゃん騒ぎをするだけなのだが。
『ねえねえ、どこで食べようか? さすがにここでってわけにはいかないし』
『くわっくぅ……素直に魔王様のところで良いのではないか?』
と――冷たい木枯らしに対抗するべく。
核熱弾道多段魔術式を発動しようとしながらロックウェル卿。
全てをキャンセルしながらホワイトハウルが、眉を下げる。
『無理であるな。陛下は今、我が主の大いなる光らと会食中。レイヴァン神や白き聖母、大いなる導きやクトゥルフ=コラジンら。他にもおるが、まあなんだ――存命の古き神たちで集まり会議を行っておるからのう』
『って、君だって古き神の一柱なのに。参加しなくてよかったのかい?』
私の言葉に露骨に眉を顰め。
がるるるるっと眉間に邪悪な皺を刻み、ワンコが言う。
『我が行けば必ずや聖母と喧嘩になるからな。さすがに陛下とレイヴァンめの兄弟神がいる前で、母親をかみ殺すわけには……いかぬだろう?』
『えーと……前から聞こうと思ってたんだけど、あの白山羊と昔になにかあったのかい?』
問いかけには応じず、ホワイトハウルは頬を大きく膨らませたまま。
『まあよいではないか。今宵はそなたらと半額ケーキ祭りをしたかったのだ、こちらを優先させた我の気持ち、よもや分からぬわけではあるまい?』
『古き神共がなにを会議しているかは知らぬが、ケトスよ! もし敵対することがあったら余はそなたについてやる! 安堵するがいい!』
ビシ! ズバっと卿が舞う!
そんな未来はないだろうに。
まあ味方をしてくれるっていってくれているのだ、それはありがたいけどね。
『んー……異世界帰還者の学校も外からの教員や関係者が増えてて、さすがに私達三柱同時で占拠するのはまずいだろうし』
『ガルゥゥゥゥ。そうじゃのう。おう! ならば! キリン信仰の巫女のところはどうだ? あやつはそなたに恩義があるだろうからな、喜んで迎え入れてくれようぞ!』
案を出してくれるホワイトハウルには悪いが。
私は頬毛を揺らしながら首も振る。
『あそこは神社も兼ねているから無理さ。新年のイベント時期だし、今って一番準備で忙しいだろうからね。挨拶する程度ならいいだろうけど、邪魔するのは相手に悪いだろう』
ちゃんと礼儀を考える私。
とっても優等生だね?
しかし、場所を決めないといけないのは事実。
ここは急に押しかけても問題ない場所がいいのだが――。
ふと思いついたその瞬間。
私の目の前の魔狼も、邪悪なるニワトリさんも赤き瞳をギラーン!
『そうだのう、ならばあそこでいいのではないか?』
『ふむ、であるな!』
『そうだねえ! じゃあさっそく転移!』
私達は緊急転移を開始した。
◇
転移した先はダンジョン領域日本での拠点としてもよく使っていた場所。
金木白狼くんの社長室!
『くはははははははは! この部屋は、我ら三獣神が占拠した! ……って、あれ? 真っ暗だね』
『うむ、まあ場所を借りるなら留守でもよいであろう。ほれ、ケトスよ、明かりをつけよ。救世主ならば光あれとか、そういうのは得意であろう?』
『いや、微妙にセンシティブな発言な気もするけど、まあいいや――』
私は肉球の先から魔力を浮かべ。
そして、ネコ目をぶにゃっと広げていた。
真っ暗だった社長室に明かりがつくと、そこには人間の影が複数。
女子高生勇者のヒナタくんが、ニヒヒヒっと隠遁の魔術を解除して。
ビシっと私を指さし、ドヤ顔をしているのである。
「やっぱりここにきたわね、ケトスっちと邪悪な仲間たち!」
『なんだい、みんな揃って――私達を待ち伏せしていたってことかい?』
状況を察した私が、穏やかな声で言う。
ここにいたのは――。
メルティ・リターナーズの立花兄弟やキリン信仰の方々。
恐怖の大王だったり、ハチワレネコのホープくんだったり。
シャンパンやクラッカーを片手に、関係者の多くが、ヒナタ君の存在隠しの魔術を受けて待機していたのだ。
部屋の主である金木社長さんが、涼しげな顔のまま言う。
「呪い事件で動いていたあなたがたはクリスマスケーキを堪能できていませんでしたからね。半額ケーキを買い占め、迷惑を掛けない場所に転移することは計算済み」
「ふふふふ。なので、ここで待っていたのですよ」
と、キリンの巫女阿賀差スミレくんが巫女服ではなく洋服で微笑んでいる。
他にもメンバーが揃っているのだが。
ホワイトハウルが面白がりながら、口元を緩めている。
『どうやらケトスよ、そなたの行動は筒抜けだったようだな』
『いや、たぶん君たちの行動も読まれてたって事だよ……? まあいいや、えーと半額ケーキパーティーなんだけどいいのかい?』
私の言葉に皆は笑顔で答えてくれた。
資源を無駄にしないため!
世界平和のために半額ケーキ買い占め、なんて言っていたけど。
この光景を見ていると、うーみゅ……。
『本当に世界が平和になったように思えてしまうのであるな』
『ロックウェル卿……私の心の中の言葉を取らないで欲しいんだけど?』
『クワックワ! すまぬな! まあよいではないか! 皆で楽しむに越したことはないであろう!』
言って、既にロックウェル卿はケーキバイキングの準備を始めていた。
……。
このサプライズの犯人はこいつか。
まあ、皆とも話がしたいし構わないけど。
ふと、私は集まっている皆の顔をまじまじと眺めていた。
私の周りは、いつのまにかとても明るい空間となっている。
きっと――。
これだけ集まってくれたのも、私の人徳のおかげ。
たまにはこうしてのんびりするのも、悪くないよね!
というわけで!
バターや生クリーム、イチゴの香りにネコ鼻を膨らませ――。
私達は聖夜の延長戦を実行したのだった!
幕間短編
~聖夜の後始末~《おわり》




