破壊神の弟子 ~大魔帝を焼く太陽~
影使いである私の影を聖剣で貫き止めるのは、太陽のような微笑みだった。
女子高生勇者。
大魔帝ケトスこと私の愛弟子。
いつでも明るいヒナタくん。
想定よりも遥かに成長していた彼女に、私は後れを取っていた。
床に縫い付けられていた私は、世界を睨み呪わぬように伸ばした前髪の隙間から――赤い瞳で天を仰ぐ。
結界と少女が見える。
戒められる中で、吐息で黒髪を揺らしながら私は言った。
『三十秒だ、どうにかそのまま私を押さえておくれ』
「任せなさい! あたしを誰だと思っているの!」
ダンジョンの最奥。
雪の結晶が煌めく中。
魔力の輝きを受ける少女の微笑みは、まるで太陽のようだった。
「日向撫子! 大魔帝ケトス! 破壊神であるあんたの弟子なんですからね!」
ビシっと私を指さし……そのまま私の鼻をネコの鼻を押すように。
……。
『って! 聖剣を手放したら駄目だろう!』
「大丈夫よ! 全部計算通りなんだから!」
告げてヒナタ君は影を貫く聖剣を維持したまま、魔導書をバサササササ!
夢世界の文字が、魔導書から浮かび上がる。
この世界は彼女の夢、だからこそ私も知らぬ魔術を行使できるのか。
少女は私と影を地に押さえつけたまま、詠唱する。
その時だった。
荒れ狂う私の魔力が、より一層大きく暴れ始めた。
指で空に文字を書く手記詠唱に切り替え、少女は影を伸ばす。
影使いの技だ。
私も多用する眷属の使役である。
「時間稼ぎを頼んだわよ、ケトスっちのお友達コンビ!」
モキュモキュモキュ!
くぉおぉぉぉぉぉぉ!
ヒナタ君の影から飛び出て来た黒マナティーと栄光の手が、私の身を押さえつける。
暴走する魔力を逆算し、魔術式で食い止めているのだ。
魔術式の演算に使用しているのは――栄光の手が願いを叶える力。
しかし、これでは呪縛が甘い。
『この子達だけでは三十秒は、もたない! もしこれが奥の手だったのなら……っ』
「大丈夫だって言ってるのに、はぁ……ケトスっちって意外に過保護よねぇ」
呆れたように言うモノの、彼女の顔はまんざらでもない。
その顔が、まっすぐに私を見つめている。
ヒマワリのような大輪を想わせる少女の笑みが、私を包んでいたのだ。
「あたしね、まだ自分が子供だと思ってる。きっと本当にまだ子供なんでしょうね。成長したって言っても、く、くやしいけど、胸だってまだそれなり程度だし――」
脳筋ヨナタン皇子に揶揄られたことを気にするように。
すぅっと成長途中の胸に指を当て、ヒナタ君は告げる。
「はっきりと聞くわ! あ、あんた! 大きい胸と小さい胸なら、どっちがいいの! 今ならっ、今なら成長期だしっ、魔術でなんとか間に合うと思うのよ! どっちにもできる筈なのっ!」
『こ、こんな時に……どうしたんだい?』
「あのねえ、美少女が真剣に語ってる時に邪魔するのはどうなのよ!?」
し、真剣!?
世界存続をかける規模の戦いなのに、ヒナタ君は変わらないまま。
私をまっすぐに瞳に入れている。
垂れた黒い髪が、さぁぁぁぁぁぁっと魔の風で揺れる中。
「だぁああああああぁぁぁ! 鈍いわね! あたしもあんたが好きなのっ、そういう意味で、好きってこと! なんで分からないの!?」
そういう意味って。
人間形態の私はそこまで朴念仁ではない、だから意味は分かるが。
分かるが――。
「砂漠女帝のカトリーヌさんと相談して、はっきりと確信したのよ。やっぱり恋だって。夢から起きた時にもついでに、みんなと相談した。ジャハルさんともちゃんと話して……魔王陛下の力も借りて、ラヴィッシュさんとも直接会ったわ」
『ラヴィッシュくん、彼女とも会ったのか――』
混乱する私を見て、ヒナタ君は言う。
「ええ、会ったわ。いい人ね、あの人。いや、まああった時はもうネコだったけど……それでね、だから、その、許可も一応貰ってるわ。彼女はネコ状態の貴方が一番好き、それに外の世界にいけるのは百年後だから、もし本当にあなたの事が好きならば――構わないわって、すんごい正妻顔で言われちゃったんですから、ネ、ネコだったけど」
思考が追い付かない中。
太陽の様に明るい少女の顔が近づいていた。
呪縛陣がバチリと鳴っている。
少女の、いや、ヒナタ君の長い髪が――私の聖職者のストラに被さっていた。
互いの髪が、絡み合う。
冷たい雪のダンジョンの筈なのに、唇が温かくなっていた。
雪の結晶に、瞳を閉じた二人の姿が映っていた。
彼女の心が――伝わっていた。
私の人間としての心臓と心が――わずかに揺れた。
黒い髪が離れていく。
「あたし、あなたが、好きよ。――別にいますぐどうこうって話じゃないけど、一応、あなたが好きだってことは、覚えておいて頂戴」
『君は私を知らないから、そう言っているのかもしれない――ネコではない私は……』
とても邪悪な――。
言いかけた。
その言葉を遮り、少女はニヒヒヒ。
「バカね! 乙女の愛を甘く見るんじゃないわよ!」
その笑顔は、まるで希望。
あの日、子どもたち――教え子たちと共に見た太陽よりも明るかった。
まっすぐに、私の心を貫いていた。
呆然とする私を見て、少女は告げる。
「よーし、これで三十秒! でも、今のケトスっちは本当に驚いてせっかく時間を稼いであげたのに、力の制御をサボってたみたいだし? そんなわけで――今よ、クティーラさん!」
手記詠唱による魔術が、魔導書から発動!
砂漠の国の守りについていたクティーラさん、落胤の姫が召喚される。
刹那――!
打ち合わせ済みだったのか。
タコ貴婦人はパラソルを回転させ――ぱららららら!
「クトゥルフ魔術、《邪神顕現降臨譚》――発動させていただきますわ!」
パラソルから生まれた超特大のザクロの実が、破裂し。
バジャァアアァァァッァ!
邪悪で計り知れない程に強力な魔力反応が生まれる、これは――。
感じ慣れた魔力の香りに、思わず私の口は動いていた。
『ホワイトハウルにロックウェル卿!? どうして、この夢世界に――』
って、クティーラさんは邪神を産む能力者。
その力を活用していたのか。
ここまでの流れが全て、ヒナタ君の計算通りだとすると。
我が友を見ていると、暴走する魔力も徐々に収まっていく。
シベリアンハスキーのような神狼が、モフ毛をふふーん!
ニワトリさんそのものなロックウェル卿が、もこもこ羽毛をぶわぶわ~!
『ぐはははははは! まったく、ケトスよ――やはりおぬしには監視者が必要、我らがおらぬと駄目だのう~♪』
『クワワワワワワ! 然り! さて、青二才どもはネコ一匹取り押さえるのに苦労しているようだが、笑止! 余らにかかれば、この通りである!』
告げた二柱が、とてとてとて♪
わんこ肉球と鳥足で、雪の道を進む。
そのまま私の暴走する魔力をくちばしと咢で、がぶり♪
『くわわわわ! 魔力うまし! 魔力うまし!』
『まったく、魔力など喰ってしまえば解決だというのに、これだから脆弱なるものどもは困るのう!』
二柱は、いつもの様子で大笑い。
ギャグみたいな解決方法だが。
実際に私の暴走は止まっていた。
ま、この二柱ならそうなるわな……。
さすがにこの二柱同時の結界なら、私も身動きが取れない状態にある。
私の負け。
完敗だった。
時間稼ぎの方法が、その、あれだ、乙女の口づけというのは――とても夢物語っぽいが。
勝利を掴んだ弟子。
黒髪を靡かせる少女を見上げ、私は言う。
『弟子の成長は嬉しい筈なのに、完全にしてやられたね――師である魔術師の私としては、ちょっと複雑な心境だよ』
「言ったでしょう? あの時、糸目君の修行に魔王陛下の力を借りたって。陛下にはここまで見えていたのかもしれないわね、あたしが強くなっていたのもあの人の修行の成果。魔王さんの助言で修行してたんですもの、その修行メニューにあたしの修行が含まれていたって、不思議じゃない。そうは思わない?」
なるほど――。
魔王陛下と相談できる環境にあったのだ。
ならば、色々と動くことも可能だったのだろう。
魔王様は未来視の力が弱まっていると言っていたが、ロックウェル卿はいまだ健在。
私と離れている間に、彼女は彼女でずっと動いていた。
そういうことかな。
『なるほど、じゃあ私はずっと、君と魔王様の掌の上で動いていたって所か』
悔しいが、魔王様がかかわっているなら仕方ないよね!
暴走も終わり、姿をネコの姿に――ポン!
おお! ちゃんと戻れた!
『くははははははは! 大魔帝ケトス! 華麗に復活~!』
ビシ! ズバ!
にょきーん!
ポーズをとって伸ばす後ろネコ足も、とっても輝いているね?
今度こそ、ちゃんと私のネコ鼻をつんつんし。
いつもの口調でヒナタ君は言う。
「で? 暴走ニャンコ、魔力の制御はどうなのよ?」
『人間形態の私も落ち着いているから問題ない。ありがとう、君たちのおかげだよ』
言って、私は肉球を鳴らす。
戦闘の余波で乱れていた空間が一瞬にして元に戻る。
力を使っても、暴走している気配は皆無。
戦いの終わりを察した脳筋皇子ヨナタン君が、ドヤ顔のワンコとニワトリを見て。
首の後ろを押さえながら眉を顰める。
「で? なんだ、このもふもふアニマルどもは……」
「あたしの師匠で、ケトスっちの友達で――簡単にいえば同類よ。あぁ……言っておくけど、絶対に怒らせないでね? 色んな意味で、同類だからね?」
ヒナタ君の警告に、ヨナタン皇子が顔を引きつらせる中。
ホワイトハウルが静かに瞳を細めていた。
司書ウサギはいまだに異世界図書館を顕現したままなのだが、それは仕方がない事だろう。
とはいっても、前とは違う。
ホワイトハウルとロックウェル卿を警戒しているのではない。
ウサギの視線は、二柱の聖母に移っていた。
「それで、どうするでちか――今回の騒動の犯人たちは」
ガルルルルゥゥっと、ものすっごい怖いしわを刻み。
ホワイトハウルが結構本気のうなりを上げる。
『案ずるな――首刎ねウサギよ、二柱のマリアは逃がさぬよう我が睨んでおく――汝は少し休め。ずっと気を張っていたのであろう?』
「助かるでち――」
一旦、ヒナタくんが夢から覚めた時に既に彼らは彼らで相談していたのだろう。
険悪だった仲も、そこまで悪い印象ではなくなっている。
そのまま私に使用していた結界を操作し、ホワイトハウルが聖母を睨み――。
『逃げられるとは思うなよ――古き神の母よ』
黒山羊がモコモコに膨らんだ毛を輝かせ。
ふふっと邪悪な笑みを浮かべる。
「くふふ……あら怖い。でもね――アタシは暴走する大魔帝ケトスと闘う前、協力と引き換えに契約をした。言っておくけれど、魔導契約があるから襲えないわよ?」
「そーよそーよ!」
コミカルな白はともかく、黒はまだ邪悪な百合魔法陣を抱えている。
ホワイトハウルが最終警告なのだろう。
主神としての声で――大地を揺らす。
『なれど、逃がさぬ事は可能であるからな。警告だ、あまり我を怒らせるな』
おお! さすがはワンコ!
こういう時はかなり頼もしい!
逃げるようならそのまま噛み殺す。
とはいっても封印だろうが――。
その本気を察したのだろう、黒いマリアは闇のドレスを鎮め――ふぅと息を漏らす。
その視線は孫であるヒナタ君に向いている。
「まあいいわ。アタシの目的の半分は叶ったようなものですもの」
「て、そういえば、おばあちゃ……じゃなかった、この山羊たちの目的って結局なんだったの? 皆に聞いても言葉を濁されて、誰も教えてくれないのよね」
答えを求めるように私を見るヒナタ君。
さきほどのアレは、まあ……告白みたいなものだったので。
さすがの私も、彼女の気持ちに気づいていたが――。
ダビデ君も糸目君もなんとも言えない表情をしている。
魔王様の手が回っていたのだろう、クティーラさんも計画を聞いていたようだが、パラソルをくるくると回すのみ。
黒マナティーと栄光の手は、ヒナタ君の影から私の影へと戻ってスヤァァァ。
ヒナタ君が露骨に眉を顰め。
「ちょっとなによ? この空気は。え? なに? あたし以外はみんな、知ってたり気付いていたりしてるの?」
こ、これ……私の口から言うべきなのかな。
で、でも……まさか私とヒナタ君をくっつけて、子供を作らせることが目的――だなんて、言えないよね?
そんな中――。
脳筋皇子ヨナタン君が言う。
「そりゃあおめえ、たぶんだが、おまえさんに行動させること。つまりだ、黒猫の旦那へ告白させるってことじゃねえのか?」
「は? どういうこと!?」
「お、俺を睨まれても困るって! ――黒騎士ミシェルは俺の部下でもあるからな、その行動は筒抜けだったし。だから聞いちまってるんだが……その黒いのも、この白いのも、なんかおまえさんと黒猫の旦那の子供をだな――」
全部ではないが、ヨナタン君はヒナタ君に彼らの計画を説明する。
ああ、脳筋皇子のくせに情報収集はできていた。
既に聖母の計画にも気づいていた……あるいは、情報としては入手していたのか。
意外にやり手でやんの、脳筋のくせに。
言われたヒナタ君が、かぁぁぁぁぁっと耳まで顔を赤くして。
師匠たちを睨む。
「ちょ、子どもとか!? どういうことよ!」
『余を睨んでも無駄である』
『我を睨んでも知らん』
当然、魔王様経由でロックウェル卿もホワイトハウルもメシア子供計画を知っていたのだろう。
まあ、魔王様ではなくロックウェル卿の方が先に見ていたという可能性もあるか。
ともあれ、少女はゴゴゴゴゴっと背後にメギドの聖炎を浮かべ。
「あんたたち! 知ってたわね!」
般若モードのヒナタ君に怯まず。
グハグハくわわわわ!
二柱は、邪悪なるアニマルスマイル。
『ケトスの子を育て、我の弟子として修行をつける。グハハハハハハ! それも悪くない、悪くないぞ!』
『ケトスの子を育み、余の後継者、すなわち! 最強の観測者として養育する。クワワワワワッワ! そんな未来も悪くないやもしれぬ!』
なにやら勝手に妄想を始めているが……。
ともあれだ。
とてもカオスな状況となりつつも、戦いは終わった。
私にとっては久々の敗北だったが。
まあ――この敗北感は悪くない。
そこまで悔しくは、ないかもね?




