最終ダンジョン突入! ~大魔帝と愉快な仲間たち!~その1
雪に覆われた大森林を進むのは、大魔帝ケトスと愉快な仲間たち。
我らが探るのは黒山羊聖母の隠れ家。
山の奥地――不自然な魔力をたどった先にそのダンジョンの入り口は存在した。
地図にはない場所。
本来ならありえない空間が、雪山の中に隠されていたのだ。
アンデッド系の魔物が守るこの場所を、言葉で表現するのなら――。
死者の渓谷。
だろうか。
ともあれ、死者の見張りなど一撃で浄化するに限る!
『くははははははは! 我を見よ!』
ペカーっと美しい聖光を発射。
アンデッドの群れは、肉球を掲げた私の光に導かれ浄化していく。
さて、これで問題なし!
モコモコな防寒着を着込んでいた私は、黒きモフ毛に雪の結晶を浮かべ。
へぷし!
あんまんの断面図みたいな入り口にネコ目を向け。
『まさか、私の放った吹雪が魔力を持った結界になって、いまだにこの地を山羊包囲の結界にしてたとはねえ……』
「いや、本当。ふつう……隠れていた場所をケトスっちの永久猛吹雪が襲うだなんて、相手だって思わないわよねえ……」
と、続けてマフラーで口元までほんわか温めているヒナタ君。
その耳は寒さでちょっと赤くなっていた。
ちなみに――。
既に私達は動いている、ダンジョン突入前の準備中なのである!
入り口を封印する傘地蔵たちの横。
白山羊の憑依を受け継いだ脳筋皇子ヨナタン君と、砂漠の国からの出向者、武骨戦士君がダンジョン攻略に必要な荷物をまとめている。
白山羊を頭につけたヨナタン君が、銀の髪を雪色の中で輝かせ、ぼそり。
「ようするに、だ。その黒山羊野郎がずっと隠れ家にしていた秘密の場所を、偶然、黒猫の旦那の暴走魔術が直撃したわけだろ? どんな確率だよ、そりゃ」
「ケトスさんの幸運値補正は凄まじいでありますからね。幸運を引き寄せるのもまた力の一つ。相手にとっても、基本的に敵にしたくはない存在となっているでしょうね」
と、今度は大きな荷物を背に乗せて、よっと立ち上がる武骨戦士君。
残りのメンバーのダビデ君はマッピング用の魔導地図を確認していた。
ウサギ司書も周囲を見渡し、アンデッドを浄化しながら。
でちちちち。
ぼやくように言う。
「百年前の大戦時でも、大魔帝しゃんの豪運は有名でちたからねえ……まったく、失敗すらも巡り廻ってメリットに変える能力なんて、チートでちね。他にも罪の意識を抱いた瞬間に即死させてくる鬼畜オオカミとか、存在を感知した瞬間に永続状態異常を付与してくる極悪ニワトリ、なんてのもいたんでちよ? はぁ、こんな連中と戦わされていたあたち達って、すんごい可哀そうだったのではないでちか?」
おそらく、ホワイトハウルとロックウェル卿の事だろう。
まあ私が言うのもなんだけど、あの二人もだいぶチートだからね。
ふふーんとドヤ顔をする私に、ウサギさんが言う。
「けっして、褒めてないでちよ?」
『いやいやいや、畏怖が心地いいっていうか? トモダチを褒めてもらえるのは、やっぱり悪い気分じゃないよね~♪』
首周りの自慢なモフモフを見せつける形で、ドヤァァァァ!
可愛い私を背後から抱き上げ、ヒナタ君が言う。
「まあいいじゃない! こっちはラスボスが仲間にいるようなもんなんだから! こっちが有利! 今はあたしたちの仲間なんだから、問題ないでしょウサギちゃん!」
「はぁぁぁ……地球の勇者は、あたちの知る勇者よりも能天気なのでちね」
かつての勇者を尊敬するウサギさんの愚痴に、ヒナタ君は興味津々。
私の頭に顎を乗せながら、ん? っと問いかける。
「お母さんの事でしょう? 昔ってどんな感じだったの?」
「どうって……そうでちね」
司書ウサギが言葉を探すように考えている。
まあ、勇者の運命に縛られて殺戮マシーンみたいになってたから、言いにくいよね。
前のウサギさんなら、言葉を選ばずにいたのだろうが。
司書ウサギは片方の耳をぴょこんと跳ねさせ。
ヒナタ君をまっすぐに見つめて、口をクチクチ。
「少なくとも、あたちは尊敬していまちた。あの方がいなくなった後も、ずっと……ずっと。世界を守ろうと誓うぐらいには、大好きでちたよ」
「そっか。うん……なんか聞きにくい事を聞いちゃったみたいでごめんね」
司書ウサギくんにとっては、ヒナタ君は恩人の娘さん。
私が魔王陛下の娘さんである彼女を守っていたのと同じ感情を、ウサギさんも抱いているのだろうか。
脳筋皇子ヨナタンくんの肩に憑依している白山羊がこっちを見て。
ヤギ目を細め、メメメメッメ!
心を覗く、ヤギズアイを発動!
「おんやぁ? 大魔帝さまったら、何を言っているのかしらぁ? あんたがヒナタちゃんを守っていたのは、それだけが理由じゃないでしょう? ん? ん? そうでしょう? そうだって言いなさいよ~!」
当然、私は無視をする。
銀髪の上で、蹄をペンペンさせている白山羊にヨナタン君の瞳が尖る。
「だぁぁああぁぁ! うるせえよ、この糞女神! おい、てめえ! 暴れないっていうから憑依させてやってるのに、勝手にでてくるんじゃねえよ!」
「ちょ! 止めなさいよ脳筋! あんた! あたしの加護がなかったら、このメンバーについていけるレベルじゃないんですからね! どうしても一緒に行きたいみたいだったから力を貸してやってるのよ!? もっと崇め奉りなさい! たーてーまーつりー! 奉りよ!」
憑依するモノとされるモノで器用に喧嘩する中。
司書ウサギが私に目線をよこし。
「大魔帝しゃん……、この色々と駄目そうな女神、本当に信用していいんでちか?」
『詳しくは言えないけど……まあ、彼女の目的ははっきりとしている。いざとなったらヒナタ君を優先して、自らの身を犠牲にしてでも守ってくれるだろうからね。そういう意味でも保険をかけておきたいのさ。今回の敵は手段を選ばない外道だ――何をしてくるか分からない不気味さもある、対処するための手札は多い方がいいだろう?』
「ならいいでちけど――」
へん……っと明らかに小ばかにしたウサギ顔で、彼女は吐息で雪を散らす。
「どうして古き神とか強力な神性って、こういうのしかいないんでちか、ねえ……?」
『なんでだろうね――たぶん、力が強い影響で相手に合わせる必要がないから、こう、我が強くなるんだろうけど。迷惑な連中、ばっかりだよね……』
ジト目でつぶやく私に、なぜかウサギさんは呆れ顔である。
直後に、まあいいでちけど……っと言葉を漏らし。
「分かったでちよ。あんたしゃんが信用しているのなら、あたちも信用しておきまち」
『おや、私が信じるなら信じてくれるだなんて、ずいぶんと私への評価が上がっているじゃないか。もしかして、デレたかい?』
にょほほほほっと肉球を口に当てからかう私。
とっても邪悪キャットだね?
しかし、司書ウサギは存外にまじめな顔で、口をクチクチさせ。
「悔しいでちけどね。それだけ感謝しているってことでちよ」
言って、ピョンピョンと跳ねて彼女はダンジョンの入り口を覗き込んでいた。
なんつーか。
言い返してくるかと思ったから、テンポがずれてしまったのである。
私を抱き上げていたヒナタ君が、ニヒィっと微笑み。
「今のはケトスっちの負けねえ♪」
『べ、別に勝負なんてしてなかったし?』
まあ、たしかに。
ここで大人の対応を見せたあっちの勝ちだっていうのは、間違いないか。
準備はこの後、十分ぐらいで完了。
私達はダンジョンに突入した。
◇
ダンジョン外が死者の渓谷ならば――。
突入したダンジョン内部を言葉で表すなら、悪夢ダンジョン。
だろうか。
トンネルを掘り進めるように山奥へと続いている空間には、様々なフロアが広がっていた。
――が!
せっかく用意していたダンジョンも、大魔帝による猛吹雪で侵食されているのだろう。
雪の匂いが私のネコ鼻を揺する。
罠と思われる魔力分解ハンマーが、ギギギギっと凍てつき固まっていた。
壁には氷漬けになった、異形なる魔物で溢れている。
中には神話の二大巨獣、レヴィアタンやベヒーモスを模した神性生物までいるのだが。
カッチコチだねえ。
いやあ……これ、私が敵だったらブちぎれてただろうな。
照明の魔術を維持しながら先頭を進む私は、鑑定の魔眼を発動。
雪の結晶が反射する中。
暗闇の中で赤い瞳が、カカカっと浮かんでいるようにみえるだろう。
赤い光で淡く照らされた丸いネコの口が蠢く。
『おそらく、ここは――ヒナタ君がかつて見た強敵やら、戦争現場やら……そういった負の部分を取り込んだダンジョンだろうね。前に見た異世界と似たような場所もあるし――』
「うげぇ……趣味悪いわねえ……頭の中を覗かれてるみたいで、あんまりいい気持ちじゃないっつーの」
ちなみに攻略メンバーは先ほどいた面子。
美しき私とヒナタ君と司書ウサギくん。
ダビデ君に武骨戦士君。
そして、白山羊を憑依させたヨナタン皇子である。
凍り付いた悪夢の中を進みながら会話をしているのだが。
ふとヨナタン君が神器、猫髯の弓を握りながら眉を顰める。
「ああん? 頭の中を覗かれてるみたいッて、なんの話だよ……?」
「そのまんまの意味だけど?」
きょとんと応じるヒナタ君が、聖剣を虹色に輝かせビビビビ!
敵が湧いた瞬間に即殺する。
錫杖の杖を装備したダビデ皇子が、続いて――かしゃん!
大量発生した黒山羊頭の騎士たちを浄化の光で消し去って。
「ああ、ヨナタン。君は知らなかったのですね、この方こそが夢見る乙女。神話に伝わるあの、この世界を夢見続けてるという女神様、ご本人ですよ?」
「はぁぁぁあぁぁ!?」
ああ、そういや誰も説明してなかったのか。
同情するように頬を掻く武骨戦士君が見守る中。
「ちょ、おま! はぁぁぁぁ!? マジであの伝説の女神なのか!? こんなちんちくりんが!?」
「は!? なにがちんちくりんよ!」
「だって、てめえ! 子供だろう!」
まあ女子高生なら、まだ子供と言える年齢ではある。
「そ、そりゃあ子供かもしれないけど! って、あんた、どこ見て子どもって言った!?」
「て、てめえの胸なんて見てねえっての!」
わなななななっと顔を赤くして、ヒナタ君がガルルルル。
般若の面モードになりつつも、周囲の敵を私の伝授した影魔術で捕縛。
捕縛した敵を、ウサギ司書がカチカチ山を使用した童話魔術で焼き払う。
敵にしてみれば、いきなり喧嘩をしながらも無双を繰り広げる軍団なわけだが。
……。
まあ、賑やかなのも楽しいから、いっか。
しかし冷静な私は、悪夢の道に落ちている敵をじっと観察する。
こいつらは……闇落ちお兄さんとの楽園での戦いにも出てきた神話の魔物にみえる。
賢人の顔で観察する私にダビデ君が言う。
「この異形な存在をご存じなのですか……?」
『こいつらは外の世界の神話から生み出された存在だね。おそらく童話魔術に似た効果の魔術を、なんらかの神話の書に使っているんじゃないかな――』
私は敵の死体をさらにチェック。
その根源を辿る。
魔術式を読み解き、DNAよりも複雑な構成を把握して――。
『見えてきた。えーと書物の名は、完全攻略マニュアル?』
うにゅっと眉間に深いネコ皺が刻まれる。
『って!? これ、ゲームの攻略本じゃないか!』
「攻略本? いきなりなにいってるのよ、ケトスっち」
ヨナタン皇子に、天罰!
重力魔術による圧迫で説教をしながらヒナタ君が言う。
応じる私は、すんごい微妙な顔をして。
『相手が使っているダンジョンの元になっている魔導書が、攻略本なんだよ。あの黒山羊、ゲームの攻略本を現実にあるモノと世界に認識させて、無理やりに魔物や迷宮を召喚しているようだね』
「うへぇ……攻略本って、めちゃくちゃ厄介じゃない」
詳しい情報まで載せている攻略本を想像してみてほしい。
ゲーム内の事ならば、そこからどんな情報でも取り出して、具現化できるとどうなるだろうか?
ゲームにもよるが……すんごい厄介だとは、理解していただけると思う。
現代知識のある私とヒナタ君は、げんなりと嫌な顔をするが。
他のメンバーは困惑中。
剣の一閃で敵陣を裂きながら、シャープな印象になった武骨戦士君が猫しっぽを揺らす。
「どういうことなのでありますか?」
「えーと、あたしたちの世界にね? ゲームっていう仮想世界を作り出して、その中で遊ぶ道具があるんだけど……それの攻略方法を記した書なのよ。当然、その仮想世界の中の情報を完全に網羅してるわけだから。抜き出せる情報も要素も山ほどあるってわけ」
まだいまいち他のものがピンと来ていないようなので、私が話を引き継ぐ。
『仮想世界だから、神話の武器も魔物もなんでも作りたい放題って事が大きいのさ。その中で――世界最強なモンスターっていう設定の魔物がいたら、その魔物についても詳細に記されているってわけだね。たとえばだけど、もしこの世界についての攻略本だったとしたら、ヨナタンくんやダビデくんを無限に召喚できてしまうってわけだ。まあもちろん、コピーで本物じゃないけれど』
童話魔術の使い手である司書ウサギが、心底嫌そうな顔をして。
ぼそり。
「つまり、あくまでも概念としてでちが……最強の魔物を簡単に呼び出せる童話書を、相手が使っているってことでちね。あたちの童話魔術を安売りしないで欲しいでち!」
騒ぐウサギさんがモフ毛を輝かせたその直後。
悪夢ダンジョンの奥で、がたりと大きな揺れが発生した。
ダビデ君が結界を張りつつ、キリ。
遠くを見る魔術、千里眼を発動させる。
「どうやら、強敵を召喚しているといった感じですね」
「まあいいじゃねえか、ようするにぶっ飛ばしちまえば問題ねえってことだろう!」
告げてヨナタンくんは、ヒナタ君のお説教空間から脱出。
白山羊の加護を受けた肉体を光らせ、銀の髪を逆立てる。
格好よく決めたはずだったのだが。
司書ウサギが、ひょこひょこと跳ねて、皇子の顔をじぃぃぃぃぃ。
童話図書館を顕現させながら、こてんとサイコパス顔で首をかしげる。
「あんたしゃんが一番弱いのに、なんでそんなに偉そうなんでちか?」
「だぁぁぁ! こいつっ、言いにくいことを平然と言いやがって。本当に黒猫の旦那とそっくりだなっ!」
やっぱりこの鬼畜ウサギ。
だいぶ丸くなったとはいえ、根底は変わってないでやんの……。
なんか巻き込まれて、こっちも文句を言われた気もするが。
ともあれだ。
発生している魔術式は――。
童話魔術のモノだった。
攻略本より生まれる未知の敵が、大量に生まれ始めていた。




