革命と狂王 ~弟子のふり見て、我がふり直せ!~その2
地下監獄を駆ける暗い道。
先陣を切るのは皇族の声。
カリスマを発揮する猫神の神子たる皇子が、あふれ出る敵を警戒し朗々と宣言していたのだ。
「戦えない者は、騎士団の後ろへ――!」
我が愛弟子のダビデ君である。
敵は黒山羊の形状をした異様な兜をかぶった、二足歩行の人型魔物。
魔王軍や他の世界に類似する魔物を見たことはない。
おそらく、ブラックマリアの眷属だろう。
大魔帝たる素敵もふもふニャンコな私は常々思う。
王族たち、さあ。
王宮とか城の地下にモンスター飼い過ぎじゃない?
地下迷宮っぽくなっていたダンジョン、これで何回目ってレベルだし。
そもそも地下に監獄を作るってなに?
座敷牢のように、外にはだしたくない闇を覆う的な?
まあ悪さをするのなら地下に掘り進むのが、人間の本能なのかもしれないが。
人の心理の単純さに呆れつつ。
私は戦場に目をやった。
宣託の間へと向かう地下監獄。
ネズミさえ寄らぬ瘴気の道、その広さは……。
狭い。
ぶぅっとネコの鼻頭を尖らせる私はこう思った。
これ。
私に不利じゃない? と。
あまりにも攻撃が強力過ぎる私が、ちょっと力加減を間違えたら。
上の王宮ごとやっちゃうよね?
『てなわけで――! さあ行くのだ、わが眷属となった人間たちよ!』
「誰がてめえの眷属だっ、ボケ!」
叫んだヨナタン君が、私の授けた猫髯の弓を引き絞り。
シャァァァァァァァァ!
迫りくる魔物に向かい、ネコの威嚇音に似た瞬速の矢を放つ!
射貫かれ消滅する敵の光が――ヨナタン君のワイルドな顔立ちを、闇の中で浮かびあがらせる。
ちなみに、私の授けた弓がただの弓の筈もない。
実はこれ、生え変わりで抜けた私のネコ髯から生み出した神器なのである!
ネコの偉大なる髯は、生え変わるときにツンと抜けて先が尖っててちょっと痛いのだ!
続いてダビデ君が錫杖をシャンと鳴らし……。
多重結界の中に、魔力を縮退していき……。
『って! ストップ、ダビデ君は他のモノの補助に集中しておくれ!』
「か、構いませんが――なぜですか!?」
広範囲に影響する核熱術式を発動させようとしていた歩く地雷原こと、ダビデ君。
我が愛弟子は私の指示にちゃんと従い詠唱をキャンセル。
あ、あぶねえ。
『君はどうやら私と似て、力の調整が苦手なようだからね。ここでそんな魔術をぶっ放したら、上から王宮が降ってきて、私と君以外は全滅さ』
「? ですから、低級の魔術で様子見をしようと――」
うわ、なんか耳が痛い。
これ、悪気なく言ってるけど――自分ならば低級魔術でも城を破壊しちゃいます発言だし。
私も結構、こういう悪いところがあるからなあ。
事情を知っているヨナタン君が、リーダーの顔で唸る。
「歌姫シェイバ! 俺を中心に守りの歌を! いけるな!?」
「構わなくてよ――!」
支援職であるぷっくら歌姫のシェイバさんも戦闘に参加中。
歌の範囲を拡大するべくダビデ君が、腕を翳す。
音声魔術拡大の強化術式を展開し、次元を裂くほどの……。
おい。
『って! ダビデ君、ストップ! 歌唱系強化スキルは強化し過ぎると反響するんだ、狭い空間を破滅させる恐れがある!』
「そ、そうなのですか――っ?」
術式を解除し、ダビデ君は魔術構成を切り替える。
今度は騎士団の剣を魔法剣化、つまり強化魔術を付与するつもりなのだろう。
全ての物体を耐性関係なく切り裂き、虚無の刃へと化す支援魔術を……。
って、おい!
毛を逆立て、ぶにゃにゃにゃ!
肉球から魔法陣を飛ばし魔術式に介入、カタタタタタ!
キャンセル! キャンセル! 全キャンセル!
『それもストップ! ストップ、ストォォォオォォォォップ! そんなに強化しちゃったら、剣の一振りで敵ごと大陸が真っ二つになっちゃうだろう!?』
「え、ええ。ですから師匠のように、一度真っ二つにさせて緊急修理を行えばいいのではないかと……ダメでしたか?」
だあぁぁああああああああぁぁぁぁぁ!
我が弟子が強すぎる!
こういう狭くて周囲が崩れる恐れがある場所だと、使いにくい!
今まで私が似たような状態で、どれだけ周囲に迷惑をかけていたのかよく理解できてしまう。
こっちがコント状態になってる中。
ダダダダダっと前かがみで走り、ネコのヒゲの弓をシューン!
「てめえら、本当に似た者師弟だな!?」
ちゃんと常識の範囲で強いヨナタン君が、代わりに先陣を切り。
シャシャシャ!
次々と影の魔力を纏わせた弓の一撃を放つ。
続いて目視できる音の魔術を放ち、歌姫が両手を広げる。
「ここはあたくし達にお任せ下さいまし」
「そういうこった!」
歌姫シェイバの豊満で反響する声音が、暗き監獄ダンジョンに響き渡る。
うおおぉぉぉぉおっと。
適度に強化された騎士団が弓砲台となっているヨナタン皇子を守りつつ、我らは敵を薙ぎ払い進む!
く……っ!
わ、私だって! ダビデ君の暴走を止める役じゃなかったら。
ちゃんと手加減して攻撃できたんだからねっ!
何度かこういうダンジョンでも無双したのにぃぃっぃぃ!
「すみません師匠、わたしのせいで」
『いや、うん……まあ、君にちゃんと手加減を教えることを失念していた、私のせいでもある。後で覚えようね』
私を腕に抱き、進軍する列の後ろに並ぶダビデ君。
まあこれで、彼もようやく自覚したはず。
自分がちょっと領域外の成長を遂げているってことは、理解してくれたかな。
「しかし、皆さんは凄いですね。あれほどに力を抑え戦うことができるとは――まだまだわたしの未熟さを実感してしまいます」
『君をみていると、なんつーか……本当に昔の私を見ているみたいで、ムズムズしてしまうよ』
色々と冒険を果たし。
うん、私も成長したんだろうなあ。
まあダビデ君の、この辺のズレが嫌味にならないように、後で指導するとして。
私は敵対する連中を観察した。
鑑定の魔眼を発動――!
黒山羊聖母の眷属であることは間違いないだろう。
皇帝サウルに貸し出されていたのか。
それとも、黒聖母が干渉している影響で自然発生しているのかは分からないが。
山羊の兜を装備して列となっている姿は、まさに邪教徒。
サバトの黒山羊を崇拝する騎士団にも見える。
人の魂と形を模倣して作られた魔物といった印象だ。
しかし、その元となる核が存在しているようだ。
これは……。
瞳を細めた私は、この魔物の性質を読み取り。
『全員、下がっていておくれ。試してみたいことがある。ヨナタン皇子、敵の影を全部射貫いてくれ!』
加護を与えていなかったら無茶ぶりだっただろう。
けれど脳筋皇子は――ギギギッ。
ネコ髯を引き絞り、狭い通路で雨のような矢を器用に放つ。
「何だか知らねえがっ、これでいいのか!」
『上出来さ!』
影を射抜いて貰った部分を干渉の起点とし。
私は赤い瞳を、ギラ!
相手の正体はつかめていた、ならば、周囲を壊さずに対処すればいいだけ!
手加減が得意な神父モードにチェンジ!
ざざざ、ざぁああああああああぁぁぁ!
周囲の味方からの視線を集めつつ、私は床に足をつけ。
かつん!
闇の霧から再臨し、告げた。
『我はケトス、大魔帝ケトス! 理を捻じ曲げられ具現化したモノよ、元の形に戻るがいい!』
敵の影から、核となっている部分を引き出し――存在に干渉!
にぃっと口の端だけを吊り上げ。
纏った赤い魔力を抑えつつ、黒衣を狭い通路で靡かせる。
『魔力遮断魔術:怠惰を誘う黒猫の惰眠』
長い声をしたネコのあくびが、だらしなく周囲を包んでいた。
効果は魔力の遮断である。
私も周囲の魔力を食べることで魔力封印をすることができるが、これは猫のあくびで魔力を妨害する静かなる攻撃。
つまり! 周囲を壊さないのである!
弱点はただ一つ。
はたから見ると、ただネコのあくびが聞こえているだけにしか見えないことである!
私の神父モードを知っているヨナタン君が、耳を塞ぎながら私に言う。
「おい、黒猫の旦那! なんだ、このだるいだけの声は!」
『まあ、見ていれば分かるさ。相手は魔法生物、ようするに魔術によって生み出された存在のようだからね。ほら、だんだんと魔術の理が崩れ始めて、消えていくのが見えるだろう』
告げた言葉が合図となったように、山羊の兜を装備した異形たちが消えていく。
目が合ったので、歌姫シェイバに紳士の微笑を送ってやりつつ。
締めに、私は聖書を片手に、影の聖歌隊を顕現させた。
ネコの影が、教会のミサを彷彿とさせる動きを見せ。
それぞれがしっぽをくるりと回転させる。
そして私は――告げた。
『繰り返し、反響せよ――』
宣託の間に向かう通路に、清廉なる音が反響する。
影の聖歌隊が、黒猫の惰眠を繰り返し詠唱させているのだ。
パタンと聖書を畳み、私はドヤらないことでドヤをしてみせる。
今のは歌唱スキルの一種。
魔術効果の改変だった。
何度も最初から反復させ、効果を繰り返し発揮する自動魔術へと、魔術式を変換したのである。
むろん、歌姫がメンバーにいるので自慢である!
歌姫シェイバが、私の望む反応を示し。
ごくりと汗を滴らせる。
「魔術を何度も自動詠唱させる、スキルですわね……まさか、本当に使える者がいるだなんて」
「すげえのか?」
脳筋殿下、ヨナタン皇子の反応に歌姫は告げる。
「味方が使った魔術を、何度も自動で効果発動させる支援の奥義。それは支援職としては最上位に位置する、最終目標となる極みのスキルにございますわ」
「それであんたは使えるのかいって、聞くのは意地悪だわな」
歌姫は苦笑しながら、私をじっと眺めていた。
ぽりぽりと銀髪を掻き、ヨナタン君が次々と消えていく敵に目をやる。
よーし、敵は殲滅!
これで一直線で宣託の間へと行けるだろう。
『さて、先を急ごう』
「ええ、もしこれが兄上が呼び出したのではない魔物なら、兄上も危険な状態になっているかもしれません」
こんな時でも兄を案じるか。
ダビデ君は本当にお人よしである。
まあ、そういう部分も嫌いじゃないけどね。
山羊頭の敵たちが消えた通路には、それぞれ一枚のページが舞っていた。
ダビデ皇子が敵の核だったソレを拾い上げる。
「これが、敵、だったのですか?」
「なんだこりゃ、どっかで見たことのある絵だが――これは……子供用の童話か」
そう、敵の正体は絵本の一ページ。
それは子供に悪いことをしたらいけませんと教育するための、ちょっと怖い本。
怖い悪魔について書かれた、童話だったのである。
『道徳を育てるための、子どもをわざと怖がらせるための教育的な本だね。夜中に外に出てはいけませんと教えるためにお化けの物語を書いて脅かしたり、悪いことをすると夜中にお化けが出てきて、悪い子を食べちゃいますよ。なーんていう、微笑ましい童話さ』
油絵にも似たお化けの中に、それはいた。
山羊の顔をした、悪い子供を攫ってしまう魔物である。
ページを眺めるダビデ君が思い出したように言う。
「これは、ヨナタン。もしかして君の母上が描かれた、絵本ではないですか」
「マジか? いや、確かにガキの頃にこんな絵本を見たことがあったが……ありゃあ母上が描いた絵本、だったってことか。意味が分かんねえんだが、なんでそんなモンが、敵になってるんだよ」
それはおそらく。
病に伏せた母親が子供のために残した童話。
息子であるヨナタンくんが生きるための、教訓になるための教育童話。
きっと。
死んだ母親は一生懸命、自分の思いを残したのだろう。
死ぬことで残してしまう皇子が、心配で堪らなかったのだろう。
夜は外に出てはいけません。
火に近づいてはいけません。
海に近づいてはいけません。
山は危険だから、近づいてはいけません。
大森林についても、怖いモノとして書かれている。
子供の成長を願った魂の童話を眺めながら、私は言った。
『魔術の一種だね……童話要素を具現化させる特殊な魔術。アリスマジックというものが存在するんだが……おそらくこれらの敵は、童話魔術で生み出されたものだろう』
道を進みながら解説する私に、ヨナタンくんが眉を顰める。
「童話魔術? 聞いたことがねえ魔術だな」
『まあ、外の世界の魔術だからね』
答える私は、そのまま足早に宣託の間へ向かう。
嫌な予感がする。
とても不安な直感がある。
敵が強いからではない。
私の勘が鋭すぎるからである。
ダビデ君が言う。
「師匠? どうかなさったのですか」
『いや、考えすぎてしまう私の悪い癖がでているのかもしれない』
私の直感は、よくあたる。
それは占いの様に、未来視の様に。
くだらない事や、明るい直感なら別にいいのだ。
けれど、悪い予感も当たってしまう。
きっと、魔王陛下もロックウェル卿もいつも、こんな気分でいたのだろう。
先頭を進む私に続く人間たちが、混乱し始めている。
『焦ったのが悪かったかな。すまない、不安にさせているようだね』
「それはいいがよ、まじでどうしたんだ」
ヨナタンくんが歩む私の背をまっすぐに見つめている。
私は考えた。
もし、ダビデ君が失脚すれば――いなくなれば誰が得をしただろう。
それはもちろん、現皇帝のサウルだ。
ダビデ君は本当に人がいい。
十五年前。魔物たちに襲われていた危機が去った後ならば、ダビデ君を王へと推す声は次第に上がり始めるだろうと予想はできる。
兄のサウルは優秀だが、残酷だ。
戦火の時代ならば彼が王であることを望む声が強いだろうが……。
おそらく、最終的にはダビデ君が王へとなっていたのだと、私は思う。
既に殺されている先代王も、平和となった後はダビデ君を王へと推したのではないだろうか。
つまり、現皇帝サウルが王になるならば。
戦いの時代を終えた後も王で居続けるためには、ダビデ君も父親も邪魔だったのだ。
だから二人とも、消されてしまった。
結果として、皇帝はサウルとなった。
けれどだ。
今の皇帝サウルは本当に幸せだっただろうか?
神の奴隷となり、神の指示なしでは動けなくなり。
今もこうして、宣託の間に引きこもっている。
何かに怯えるように、ずっと顔を引きつらせていた。
私の考えが正しいのなら、サウルは幸せではない。
叶うならば、もう皇帝の座を明け渡したいと、そう願っていたのではないだろうか?
しかし、そうなるとダビデ君の帰還は彼にとっては朗報。
喜んで王の座をダビデ君に明け渡すこともできたはず、けれどしなかった。
刺客を送り続け、神の導きに従いローカスターを使役していた。
その悪行も、既に皆が知っている。
つまり。
これはサウルが得をするための流れではない。
民も家臣もバカじゃない。
もはやダビデ皇子を殺したところで、皇帝の座に座り続けることは不可能だ。
そしてなにより、ダビデ皇子は死んでいない。
もし、サウルがこの討伐で滅ぼされたら――。
ダビデ君が王になる可能性は高い。
しかしだ、ここでダビデ君の人の好さがでてきてしまう。
きっと、我が弟子はこう言うだろう。
わたしよりも、神に狂わされてしまった兄上、実の父を苦渋の決断により討ち取ったヨナタンこそが。次の皇帝にふさわしいのではないか――と。
そう。
つまり、全てがヨナタン皇子が皇帝になる道へと続いていた。
私も、ヨナタン君が死なないように、加護を授けてしまっていた。
この王国の物語はサウルが悪役となり、滅ぼされる物語ではない。
悪帝サウルの息子。
ヨナタン皇子が、皇帝になるための物語だったのではないだろうか。
この私すらも、その歯車に巻き込んでいたのだとしたら――。
私は道を進む。
進む。
進む。
そして宣託の間の扉を、皆に相談せずに破壊した。
中には――二人の人物がいた。
一人は、皇帝サウル。
やせ細り、狂気に染まった哀れな神の奴隷だ。
もはやそこに王者の威厳も、人間としての覇気もない。
そしてもう一人。
美しく気品に満ちた銀髪褐色肌の女性がいた。
受ける印象は、幽霊貴婦人。
「あら……どうして? 黒マリア様が授けてくださった預言では、わたくしが隠れた後に、扉が開かれるはずでしたのに……」
浮世離れしたその女性の細い手には、魔導書ともいえる童話が握られていた。
そう。
彼女こそが、おそらくこの事件のすべての黒幕。
青年の声が、漏れる。
「母様……?」
「ああ、ヨナタン。来てしまったのね、どうしましょう……すべて、あなたのために母さん、頑張っていたのよ? もう少しだったのに、あとちょっとで、ハッピーエンドだったのに……どうしてこんなに早く来てしまったの?」
現在の第一王位継承者、ヨナタンの死んだ母親が。
そこにいた。
女のその細い肢体には、邪悪なる聖母の影が纏わりついていた。




