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革命と狂王 ~実は私、外なる神なんです!~その1



 神の言葉を待ち、宣託の間に引きこもった狂王帝サウル。

 ダビデ君の兄上。

 彼の皇帝は時折に顔を出しては、頭角を現しまくっている弟殿下の暗殺を命じて暗躍中。


 重臣たちもさすがに今の皇帝に思うところはあるようで。

 国を憂う者たち。

 狂王の下についていた臣下たちは、それぞれ重々しい顔で来賓室に訪れてきた。


 そして、皆が皆。

 ハッと息をのむ。

 そこで既に待っていた同僚たちに驚いているのではない。


 ネコちゃん用玉座の上で、ムフー!

 女中たちに足裏肉球マッサージを受ける私を見て。

 なんだ、この偉そうなネコは! と、驚愕を先に覗かせるのだ。


 既に大魔帝たる私のモフ毛に魅了された女性陣を侍らせる私。

 とっても王者だね?

 私への貢ぎ物で豪華絢爛となった部屋には、既にダビデ君もヨナタン皇子もいる。


 そして先に語った通り、重臣たちも揃い始めている。


『やあやあ、君もこの国の今後を憂い我が弟子、ダビデくんに相談しにきたのかな?』


 告げた私は、玉座の前に浮かべたテーブルにネコ手を伸ばし。

 ズビビビビビ♪

 優雅に紅茶を啜ってやる!


 今、扉を開け入室したのは女性貴族。

 年齢は――三十ぐらいだろうか。

 社交界を重んじる貴族の女性にしては、少々貫禄のある、様々なところが豊満な女性だった。


 貴族女性は私のモフ毛を眺め。

 侮蔑とは違う、呆れの表情を覗かせダビデ君に目をやる。


「ダビデ様、本当に……なんなのでしょうか? この図々しい黒猫は……。あたくし、貴族派閥の代表として、殿下と交渉に来たのですけれど……」

「あなたは歌姫バードシェイバですよね――こうして直接お会いするのはいつぶりでしょうか」


 どうやら昔の知り合いらしい。

 歌姫とは、まあ吟遊詩人の様に他者を強化して戦う補助系のスキルを得意とした職業だろう。

 ふくよかな頬に笑みを浮かべ、歌姫シェイバは貴族のドレスをそっとつまんで見せ。


「お久しゅうございます。あたくしはもう三十路ですのに、ダビデ様はあの頃と変わらぬまま。ああ、ではやはり……ダビデ殿下が神に認められ、楽園の扉を開かれたという噂は、本当だったのですわね」

「神に認められたかどうかは分かりませんが、はい、お恥ずかしながらわたしはまだあの日のまま――未熟なままに帰ってまいりました」


 未熟なままという言葉に、脳筋ヨナタンがブスっと大型犬顔を尖らせるが。

 まあこの際気にしない。


『再会を邪魔するようで悪いが、歌姫よ。君たちの派閥も私達と組むという事でいいんだね?』

「……」


 クッキーの食べかすを――拭き拭き♪

 丸い口と、おひげの汚れを清め、貫禄ある言葉を漏らす私。

 凛々しき魔猫を見て、歌姫シェイバは貴族女性特有の、きつい顔をして見せ。


「ダビデ殿下。あなたの変わりない優しき心には感服いたしますし、好感は持てますが。駄ネコを甘やかしすぎるのもどうかと思いますわよ?」


 駄猫という言葉に、空気が凍り付く。

 それもそのはず。

 国の重臣を含め、ここにいる全員は既に私の自己紹介を受けているのだ。


 ヨナタン皇子も筋骨隆々な体をビクっと震わせる中。

 ただ一人。

 変わらぬ微笑を浮かべ、ダビデ君が穏やかな言葉を歌姫に向ける。


「あまりこの方をからかわないで上げて下さい。紹介いたします、こちらは大魔帝ケトス様。わたしの師匠であり、恩人であり、そしてこの世界からすれば……外なる神と呼ばれるこの世ならざる一柱。とても偉大なる大神様なのです」


 ビキっと恰幅のいい肢体を揺らし。

 宝石に彩られた指で口元を押さえ――!

 歌姫シェイバは叫んでいた!


「外なる神ですって!?」


 おお! 心地よい畏怖!

 いやあここじゃあ大魔帝ケトスの名で、ドヤァァァァができないから。

 これに限るね!


 実は私、外なる神なんです!


 むふー!

 ネコの鼻がついつい膨らんでしまうのである。


 ヨナタン皇子が、大きな手で自らの顔をぺちんとし。

 苦言を混ぜた溜め息を、指の隙間から零す。


「黒猫の大将よ、まさか訪ねてくる貴族全員にこれをやるつもりじゃねえだろうな?」

『やるに決まってるだろう! せっかくのドヤチャンスを見逃すのはもったいないだろう?』

「んだよ、そのドヤチャンスってのは、外の言葉か?」


 ドヤチャンスが分からないとは――。

 ふむ……文化の違いかな。

 高尚なる考え過ぎて、脆弱なる人間では理解できないのだろう。


『まあそんな感じさ。さて、ミス・シェイバ。君もダビデ君の味方になってくれる、そういう事でいいのかな?』

「え、ええ――そうですわね。外なる神がその後ろ盾となっていたのなら、合点がいきました。突如として鬼神となられたダビデ様になにがあったのか……ずっと、分からなかったのですが。はい、ええ。そうですわね。我が派閥は喜んでダビデ殿下の軍門に下りましょう」


 これで大部分の権力者を味方にはできたのかな。

 ダビデ君が立ち上がり、歌姫にニッコリと静かなる皇子スマイル。


「よろしくお願いいたします、シェイバ。君とも再会できて、わたしは嬉しく思っていますよ」

「あたくしもですわ、殿下」


 告げて歌姫はもっちりとした腕を伸ばす。

 握手を求めているのだろう。


「シェイバ。あの日の約束を、覚えていますか――」

「ええ、覚えております。遠征から無事に帰ってきたその時には、自分のためだけに歌を歌ってくれないか――でしたわね。もう十五年経ってしまいましたが、覚えております。ええ、本当にずっと、ずっと覚えておりましたわ――殿下」


 歌い手の唇はわずかに震えていた。

 張りのある肌には、ほんのわずかな水分。

 再会によって刺激された一筋の雫が零れている。


「あら、すみません。あたくしったら……忘れて下さいまし」

「シェイバ――わたしこそすみません。長い間、友である貴女に心配をおかけしていたのですね」


 友である――。

 そう迷いなく告げるダビデ皇子に、歌姫シェイバは複雑そうな笑みで応じていた。


「本当に、もう少し悪いと思って頂戴ね。ダビデ」

「はい、今度こそは貴女との約束を果たしますよ」


 男はおそらく知らない。

 女はおそらく知っている。

 ふくよかなる淑女の中にある感情は――いや、あえて私が語るまでもないか。


 二人の間にも様々な物語があるのだろう。

 ……。

 てか、ダビデ君……ヨナタン君もそうだが――。


 懇意にしてくれる女性の知り合い、多すぎじゃない?

 ここの皇族の血は、女性を引き寄せやすい性質でもあるのだろうか。

 まあダビデ君は元婚約者である黒騎士ミシェルさんにしか、目が行っていないようだが。


 自分が女性の心を奪っているって気づかない。

 ダビデ君は鈍感だよねえ……。

 無自覚に魅了し、けれど魅了した本人は気づかない――こういう厄介な男が世の女性を多く泣かせているのだろう。


 ヨナタンくんは……ああ、うん。

 惚れられることにも敏感で、自信満々。

 相手の気持ちを察したら即座に行動。


 一夜限りとかで、そういう関係になるっぽいな。

 英雄色を好むというかなんというか、王族にありがちなタイプである。

 もし王様になったら、跡継ぎの多さで大変なことになるだろうな。


「んだよ、黒猫の旦那。俺の顔をうわぁ……って顔で見て」

『ま、色々とね。ともあれこれで――八割ぐらいの臣下たちはこちら側についたってことでいいのかな』


 三より多い数を勘定するのが面倒な私は、白髪の老人に声をかける。

 様々に存在する大臣を束ねる――まあ国の経済や軍備など、重要な役割の管理を任せられている貴族である。

 白髪の老人はゴツゴツとした面差しで頷き。


「もはや皇帝陛下には逃げ道もありますまい。このまま皆で宣託の間に攻め込み、大変心苦しい所ではありますが――陛下の首を、落とすしかありませんでしょう」


 ヨナタン君が反応するより先に、私の赤い瞳が輝いていた。


『それはまだ早計さ。とりあえず皆で皇帝陛下に会いに行き、提案しようじゃないか。神の言葉ではなく、我らの言葉に耳を傾ける気はないか、とね。革命とはいえ、いきなり武力で訴えるのは野蛮な事。そしてなにより、残り二割の人間は、それでもあの狂王を支持しているのだろうから、彼らの心証も悪くなる』


 理知的な顔で告げる私。

 とってもクレバーだね?


 ダビデ君が怜悧な顔のまま、私の意思を皆に伝えるように口を開く。


「師匠、まずは話し合いを優先する。そういうことですね」

『ああ、これほどの重鎮たち、そして貴族派閥の意見を無視し、応えぬ神しか見ないというのなら――皇帝は病気になってしまったという事だ。しばしの間、休息をしてもらうことにする。それでいいのではないかな?』


 殺さず、神の洗脳を解いてみる。

 それがヨナタン皇子とダビデ君の答えでもあった。

 結局、ヨナタン皇子は力をつけても私達と行動を共にしたというわけだ。


 歌姫シェイバさんが貴族の顔で凛と告げる。


「あの、皆さまが決意なされているところに水を差すようで悪いのですが……あたくし、どうしても分からないことがございますの。一つよろしいでしょうか?」


 女性に甘いヨナタン皇子が、ワイルドに問う。


「へえ、あんたこのメンバーの中で堂々としてるなんて、すげえな。それで、なんなんだ。分からねえことっていうのは」


 歌うためのぷっくらとした唇を動かし。

 歌姫は私に目線を移す。


「どうして外なる神。あなた様がダビデ皇子殿下に味方をなさっているのですか? たしかに、殿下はその……とても優しいお方です。誰にでも分け隔てなく接してくださった、慈悲深いお方。あたくしも、力になってあげたいと思いました――けれど、外なる神とは本当に遥か上位にいる存在」


 言葉を区切り、神話をなぞるように歌姫シェイバは謡い続ける。


「人間など、あなたがたアウターゴッドにとってはただの蟲。羽虫の如き存在だと伝承されておりますわ。そんな偉大なる異神がなぜ、人間世界に干渉をなさっているのでしょうか」


 他の家臣たちの目も集まってくる。

 ここは真実を語るしかないか。


 この世界、ヒナタ君のドリームランドに干渉している理由はもちろん、あの黒山羊を追いかけているから。

 けれど――ダビデ君に味方をした理由となると。

 ……。

 瞳を閉じていた私は、ゆったりと瞳を開ける。


『理由は様々にある。けれど、もっとも大きな理由はこれかな』


 神が民にお告げを下すように。

 私は言った。


『私は昔、とある偉大なお方に拾われ救われ――世界の温かさを知った。あの時に差し伸べられた腕の温もり、温かさ……あの日の感謝を他の誰かにも分けてあげるため。時に私は、アリのごとき小さな魂に肉球を差し伸べる時があるのだろうと、そう思っている』


 君たちではなく、あの方のため。

 あの日の温もりに感謝をするため。


『もしかしたら私は、あの方に憧れ。あの日のあの方を真似ているのかもしれないね。そして何よりも、やはり誰かに感謝をされるということは、悪い気分じゃないからね。これが答えさ』


 そんな。魔王陛下への思慕が言葉に乗っていたからだろう。

 周囲は静寂で満ちていた。

 皆は私の言葉に惹き込まれているようだったのだ。


 ほんのりと頬を赤くした歌姫シェイバが言う。


「ありがとうございます。理解できましたわ――つまり、あなた様はかつて誰かに助けられた、その恩に報いるため、あたくし達のような小さきものにも手を差し伸べて下さっている。そういうことなのでしょう」


 どうやら、信用はされたようである。

 他の者たちも頷いていた。

 まあ、いきなり外なる神だとか言われても反応に困っていただろうしね。


 安堵の空気が広がる中。

 ヨナタン皇子が言う。


「それで、他の理由ってのはなんだったんだよ」

『そりゃあ、もちろん暇つぶしだよ?』


 別にブラックマリアを追うだけなら、こんな回りくどい事をしないでドカン!

 この城ごと、皇帝を襲えばいいだけだったし。


 まぎれもない本音だと悟ったのだろう。

 皆はジト目で私を眺めていた。


 ◇


 あくまでも話し合いによる革命。

 暴走する皇帝に正気に戻ってもらう。

 ひとまずの目的を定めた私達は、ズラズラズラ。


 皇帝が引きこもっている宣託の間の前まで、列をなして進む。


 こちらはダビデくんにヨナタン皇子。

 大臣をはじめとした国の重責を担う者たち。

 多くの貴族派閥に、そして王宮を守る騎士団。


 錚々(そうそう)たるメンバーの行進を見た王宮の者たちは皆、こう思っただろう。


 ようやく、狂った王による統治が終わるのだ。

 と。

 参列しているのは戦える者たちが中心である。


 理由は二つ。

 皇帝勢力と戦いになる……という可能性もあるが、これがメインではない。

 本題は別にある――。


 黒山羊こと、ブラックマリアの眷属との戦闘状態に陥るだろうと予想しているからだ。


 ボカしてだが、私の目的についても皆には語ってある。

 さすがに夢見る乙女の事や、この世界が女子高生の夢なのだという部分は伏せている――混乱させるだろうしね。

 別件で因縁があり、皇帝サウルを洗脳している黒山羊を追っているのだ――と説明したのだ。


 宣託の間は、地脈から染み出る魔力の流れの終着点。

 天を目指す塔ではなく、地に向かう地下監獄を抜けた先に存在していた。

 ネズミさえも近寄らぬ、瘴気が漂っている。


 黒い聖母、あの黒山羊の悪しき魔力の吹き溜まりとなっているのだろうか。

 重々しい空気が広がる。

 ダビデくんが監獄の中の朽ちた遺骸を見て、あからさまに眉を顰めた。


「あの者達は――」

「陛下が、神への供物と生贄に捧げた者達でございます」


 家臣の一人が、応える。

 他の者たちも無惨な状態を見て、言葉数が減っていく。


「兄上はもう、ここまで落ちてしまわれたのですね――」

「落ちてねえなら。狂ってねえなら、叔父上や御爺様おじいさまを謀殺したりはしねえさ。全部、変わっちまった。母様が生きていて、父上が笑っていたあの頃には戻れねえ。もう、アレは……叔父上が知っている優しい家族じゃねえんだよ」


 息子であるヨナタンの唇が、魔力の明かりの中で動いていた。

 母様が生きていて。

 か――。


『こんな時になんだけど、君の母上は――』

「ああ、俺を産んで三年ぐらいかな。あっさりと病で死んじまいやがったよ。そん時の俺は三歳だからな。ほとんど覚えちゃいねえが、あの温もりは今でも覚えているさ」


 温かい顔をし、けれどふと、その顔を引き締め。

 皇子は言葉を続ける。


「思えば、父上が狂い始めたのは――神の声が聞こえるなんて、戯言を言い出したのはあの頃だったのかもな。きっと、母様を失って絶望していたアイツの……弱った心の隙間を狙ったのかもしれねえな。もしそうなら――何が神だ、ただのペテン師じゃねえか」


 身内の不幸を狙って、訪問しにくる布教者。

 まあ本当によくある手である。

 なにがとは、あえて言わないが。


 やるせない空気が広がる。


 先頭を歩くダビデ君の腕の中。

 足が汚れないように、抱っこ移動をする私はシリアスな顔で問う。


『結局、この皇帝サウルはなにがしたかったんだろうね。皇帝になって、そのまま神の奴隷となって――神の言葉に従う人形となってしまった。それほどに皇帝の地位が欲しかったのだろうか。私には、理解できないね』


 大魔帝の地位にある私は知っている。

 上に立つ者の苦労も、重責も。

 私は魔王陛下のために百年、魔王軍を支えたが――すべてが良い事ばかりというわけではなかった。


 リーダーとは孤高なもの。

 どうしても嫌な部分を見てしまう瞬間もある。

 どちらが正しいのか、答えを決められない部下同士の争いなどもあった。


 ……。

 まあ、両方うるさいにゃっとお説教してネコキックをした気もするが。

 ともあれ。


 私の授けた猫髯の魔弓を手にするヨナタン皇子が、寂しそうに言葉を吐く。


「父上は――神によって狂わされたのか。元から狂っていたのか、俺には分からねえ。けれど……さすがにこのままってわけにはいかねえよな」


 ぎゅっと拳を握る皇帝の息子に、叔父たるダビデ君が告げる。


「ええ、まずは神託を下す神について、兄上に問いましょう。本当に、あなたが信じる神は、善神なのですか――と。今一度、自分の意思で、言葉で、この国の未来を見てはもらえませんかと。わたしは兄上に問いかけたいのです」


 神による精神汚染状態が解けたとして。

 はたして、皇帝が正気に戻るかどうかは――。

 そして戻ったとしても、犯した罪が許されるかどうかは、また別の話。


 まあ、試してみるしかないだろう。

 私達は地下監獄を歩み、そして――宣託の間につく、その前に。

 ギリっと闇を睨んでいた。


 ふふんと挑発気味に、私は言う。


『どうやら、敵さんは隠れるつもりなんてないようだね』

「戦えない者は騎士団の後ろへ!」


 ダビデ君がすかさず朗々たる声を上げる。


 王宮の地下。

 宣託の間へと向かう、暗い道。

 既にそこは魔の棲み処、邪悪なる魔物の群れで覆われていたのだ。


 戦いが――始まる。



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