再会の修道院 ~あの日の約束をキミに~
神聖な大森林とやらが雪山になった影響で、外は結構寒い。
この修道院にもその寒気が漂っていて。
まあ、ようするにだ――。
大魔帝ケトスたる私は毛布の中でモゴモゴ。
カタツムリならぬ、毛布つむりになってベッドから出られないでいた。
今日は確か、何か重要なイベントがあったような気がしたのだが……。
どだだだだだだ!
修道院の廊下を駆ける音がする。
キキキキィィッィ!
この足音は女子高生勇者のヒナタくんだな。
毛布の中からネコ手だけを伸ばし、くわぁぁぁぁっと猫口を開く。
『むにゃむにゃ……あと五十年……』
「何寝ぼけてるのよ! ケトスっち! 大変大変、大変なの!」
ドンドンドンとノックの音が響く。
ああ、そういや「我が眠り、何人も妨げる事を禁ズ!」って結界を張ってあるんだっけ。
ズリズリズリとベッドごと移動して、カチャン。
既に戦闘用の女子高生姿になっているヒナタくんがいて。
その手には七色に輝く聖剣が握られている。
これは――戦いの合図!
ではない、たぶん私が起きなかったら結界をこじ開けるつもりだったのだろう。
眠い瞳を肉球でこすり、私はふぁぁぁっぁ……。
寝ぐせがついて、ワイルドトサカになったネコ頭を直しながら言う。
『どうしたんだい……、そんなに慌てて』
「どうしたもこうしたもないわよ! いいから早く来て!」
ぶにゃ!
伸びてきた腕が毛布ごと私を掴み、ダダダダダダ!
廊下を駆ける!
麗しい黒猫たる私の耳としっぽが、超高速で駆けるヒナタ君の腕の中で揺れる。
ブスーっとネコ顔をひん曲げて、私は事情を把握するべく意識を集中させる。
……。
幻惑で廃墟化させている偽の修道院に気配がある。
これは――。
眠気をあくびで払って、私は静かに瞳を開ける。
くははははははははは!
私、完全に起床である!
『なるほど、お客さんか――って、普通の相手じゃこの幻惑を突破できるとは思えないし、別に慌てる必要はないんじゃないかい?』
「あたしもそう思ってたんだけど、廃墟の修道院で叫んでる人を見れば……わかるでしょう?」
修道院にいるのは黒騎士の集団。
あの時、ダビデ君を追っていた連中なのだが――。
金髪碧眼の女性騎士、婚約者だとか言っていた例の人もいる。
山越えの軽装備に変えてきたからだろう。
印象が前と少し違う。
スラっとしたシルエットで、姫騎士という言葉が似合いそうな――女性騎士。
なかなかの美人さんである。
焦燥が見え隠れしているので、ちょっと顔色は悪いが――。
それにしても若く見えるな。
ともあれ私は、私を毛布ごと運ぶヒナタ君を眺める。
『なるほど、理解したよ――』
シリアスな顔で、状況を眺め。
魔導モニターを設置!
ニマニマニマ~っと、邪悪な笑みを浮かべる♪
『婚約者との再会イベントってわけだね!?』
「その通りよ! いやあ! 実は死んだと思っていた皇子との再会だなんて、これを眠ったまま見過ごすのは大変なことでしょう!? だから慌てて起こしに来たのよ? 感謝しなさいよね~!」
私とヒナタ君はワイドショーをみるおばちゃんの顔で。
ぐひひひひひひ!
他人の恋愛事情にはお節介な老婆心が出てしまう師弟コンビを、残りの二人がジト目で睨み。
「あのぅ……ケトス師匠に、ヒナタさん? なんでそんなに面白がっているのですか?」
「ふむ、今日はワタシたちの訓練試合だというのに、横やりが入ってしまいましたな」
二人は共に戦闘服に着替えていたようだが。
これじゃあ対戦は延期かな。
まあ、なーんかヒナタくんがこっちの足を掬う気だったみたいだし、延期はこっちにとっても悪くないのだが。
さて問題は――。
『で。彼らはここに何をしに来たんだろうね』
「そりゃあダビデくんを探しに来たんでしょうけど、何か変ね……なんでここがバレたのかしら」
ふむ、言われて私は天才頭脳を働かせる。
……。
寝起きだし……頭が働かないし、面倒なので黒騎士たちに遠距離から精神干渉!
近い部分の記憶を読み取ってやる。
『あー、なるほどね。王宮に住まう巫女たちが、皇子がここに潜伏しているって”神託”を受けたらしいね』
ヒナタ君にも通信猫回路をつないで――と。
巫女たちに命じられた黒騎士さんの映像を見せてやる。
「ケトスっちの結界を貫通して? この場所を探るほどの神のお告げを託せるって……それって、もしかしてさあ」
『ああ、ビンゴだね。背後にいるのは黒山羊聖母で間違いない』
こっちから探す手間が省けたのは助かる。
敵は王宮にありか。
私は師匠の顔で、我が愛弟子の顔を見る。
十五年の修行と、追加の修行でその顔立ちは歴戦の英雄よりも凛々しく育っていた。
まだまだ未熟だが、それでも出逢ったあの日よりも成長した弟子だ。
私の猫の口が、見習い魔術師たる弟子に問う。
『さて、ダビデ君。おそらく彼女は君を探しに来たのだろう。そして君が本物の君であると確信している筈、連れ戻しに来たのだろうね。どうする?』
皇子はすぅっと息を吸った。
私に目配せをし、糸目壮年獣人となった武骨君に目をやる。
「あなたとの訓練試合を楽しみにしておりました。けれど、すみません、こちらの事情で少し無理になりそうです。けれど、わたしはあなたと闘ってみたい、今はそう思っています。身勝手な願いで恐縮なのですが、また後日ということで、よろしいでしょうか?」
告げて、恭しく礼をしてみせる皇子君。
その貫禄は覇者ともいえるほどの威厳があった。
王族としての職業レベルも上がっているのだ。
糸目君はまるで剣豪のような顔で、ふっと告げる。
「了解したであります。ワタシも昨日は何度もめぐる朝と昼の中、無限の訓練を終え――あなたと闘えることを楽しみにしておりました。今回の事件が終わったら必ず、良い試合をいたしましょう」
共に握手をして……。
って!?
『ヒナタくん? どういうことだい、何度もめぐる朝と昼っていうのは?』
「いやあ――ケトスっちに勝ちたくて、あんたの魔王陛下に相談したら時属性の魔導アイテムを貸してくれるっていうから。あははははは、悪かったわねえ。ついでに魔王陛下からの修行の書もレンタルして、みっちり一年修行させてたっていうか?」
ま、魔王様が私の敵となっていた!?
ガガーン!
よよよっと崩れていく私に、ヒナタ君がニヒヒヒっと笑う。
「たまにはケトスも敗北を知る必要があるかもしれないね、だってさ。惜しかったわあ、たぶん、このまま試合をしてたら、あたし達の勝ちだったのに」
「戦いというモノはやってみないとわかりませんよ」
やはり歴戦の英雄みたいに返すダビデくん。
くそう、他の三人は和気あいあいとしてやがるでやんの。
こっちの修行と同じ量の修行をしていたのなら、本当にこっちが負けていた可能性が高い。
魔王様が修行に手を貸していたのなら、条件が全然変わってくるからね。
たぶん、ヒナタくんのことを姪っ子感覚で可愛がっているんだろうなあ。
ともあれ!
こんなことをしている場合じゃないか。
『それじゃあ彼女の呼びかけに応じるってことで――私は可愛い飼い猫のフリをしてダビデくんと共に王宮に向かう。護衛も兼ねてね。ヒナタ君と武骨君、君たちはここで待機を。私の視界をジャックできるモニターを置いておくから、そこから観察していておくれ。何かがあったらすぐに呼ぶから、頼んだよ』
二人は力強く頷いてくれた!
しかし、危なかったなあ。
もしなにか勝負に賭け事をしていたら――そして、そのままアクシデントが起こらず試合となっていたら。
魔王様の手を借りたヒナタ君にしてやられて、敗北してたところだったね?
◇
蜘蛛の巣が目立つ、煤けた暗い道。
よほど皇子がいるとは思えぬ場所。
修道院の奥からコツリコツリ。
足音が聞こえる。
と、いってもダビデ君の足音なんですけどね。
衣装は私が用意した法皇のローブ。
砂漠の女王カトリーヌさんに与えた鳳凰のドレスと似た性能の、防御効果の高いマジックアイテムである。
廃墟の闇の中から、光が生まれる。
まあ、これも私が演出の照明をペカペカさせてるんですけどね。
「何者だ! 我らはナザレブルーノの第二歩兵黒騎士団である! 聞きたいことがある、姿を見せよ!」
凛とした声が寂れた修道院に広がる。
まあこの廃墟は幻影――実際は、どでーんとウチの猫たちが占拠。
アレがダビデくんの元婚約者にゃのか!
と、観察しているのだが――あっちからじゃ見えないからね。
光に気づいたのだろう、金髪碧眼の女性黒騎士がこちらに目を向け。
ハッとした顔をしてみせる。
その唇が、ゆったりと言葉を漏らす。
「殿下――……」
「久しぶりだね。君たちはわたしに用があるのだろう?」
再会の空気に慣れていないのだろうか。
ダビデ君は、少し困った顔をして見せた。
目を伏せて……女性騎士が応じる。
「本当にあの、ダビデ殿下……なのですね?」
「ああ、そうさ。わたしはダビデ。十五年前、ムーカイアに向かった第二皇子。君はミシェルだね――」
元婚約者というだけあって、なーんか独特な空気が流れているが。
黒騎士はミシェルさんね、ミシェルさん。
どっかに書いておかないと忘れちゃいそうだな……っと。
「ご無礼をお許しください、本人かどうか確認をさせていただきたいのです」
「構わないよ。なんだろうか」
「わたくしと初めて出会った日の事を覚えておいででしょうか?」
問われたダビデ君もまた、懐かしさを追うように視線を伏せ。
思い出を噛み締めるように。
告げる。
「ああ、わたしが覚えたての魔術に失敗して、果樹園を火の魔術で焼いてしまった日の事だね。わたしを連れ出した君が怒られ、わたしは怒られなかった。皇子だからね……君ばかりが怒られ、それでも情けないわたしは怖くて悪いのは自分だと言い出せなかった。そうだろう?」
「ええ、ヘタレのダビデ皇子……そう、やっぱり……ダビデ様、なのですね」
さりげなくディスってるが。
ともあれ、記憶と一致したのだろう。
「わたしは帰ってきたよミシェル。十五年も経ってしまった、すぐに帰ると君に告げた――あの日の約束を果たせなくてすまなかったね」
「殿下……」
しかしこの再会も、喜んでいいモノかどうかは分からない。
おそらく今のダビデくんは皇子を騙る偽物扱い。
そしてこのミシェルさんはきっと王宮の人間、つまり正規軍だろう。
この国の皇帝は今、ダビデ君を謀殺した兄皇子なのだから。
黒騎士の部下と思われる騎士たちが、言葉を促すようにミシェルさんに目をやった。
顔を引き締め。
黒騎士ミシェルが凛とした声を上げる。
「殿下、大変申し訳ありませんが――あなたには国家反逆罪。及び、敵前逃亡の軍規違反の疑いが掛けられております。その……我々といたしましては、殿下には共についてきてもらわないと……少々困ることになるのです」
ぎゅっと握る拳から言葉が伝わってくる。
おそらく風を利用した彼女の魔術だろう。
そよかぜが、私とダビデ君の耳を通り過ぎる。
――我らは家族を人質にされております……。
と、簡易的なメッセージだが、たしかにそう伝わった。
なるほど、まあよくある外道な手である。
ダビデ君も貫禄に満ちた顔をして、瞳で頷いてみせる。
「分かりました。ミシェル、いえ――王宮騎士よ、貴女の要請に応じましょう」
「感謝いたします――……で、そちらの外なる神はなぜ、そのようにニヤニヤしながらこちらを見ているのですか?」
おう、私の事か!
『いやあ、シリアスを壊しちゃ悪いかなって思って、こっちは空気を読んでたんだよ?』
「それは、その助かる? のですが――あなた様はなぜ、ぶかぶかの長靴をおはきになられているのでしょうか?」
せっかくなので雰囲気作り!
皇子じゃないけど皇子を助ける猫と言ったら、長靴をはいた猫!
ということで、オシャレをしたんだけどなあ。
長靴をカッパカッパと踏みしめて、私はウニュっと眉を顰める。
『え? 似合ってなかったかな?』
「とても似合っていますよ、ケトス様」
ダビデ君はそう言ってくれてるし、問題ないね!
「それでその、この方は本当にその……外なる神、なのですか」
『信じる信じないはご自由に。どちらにせよ私が我が弟子の味方であることに変わりはない。君たちが心までダビデ君を裏切らない限りは、私は君たちも守護しよう』
告げて影を伸ばし、彼女たちの影の中に影猫を送り込み。
ずぶしゅ!
影渡りを使った私の眷属たちが、人質となっている彼女たちの家族を解放してみせる。
人質なんて私には無駄。
いざとなったら、この人質ごと周囲すべての命を吹き飛ばし!
後で人質だけを蘇生するっていう手もある。
痛みもないほどに一瞬で死に、一瞬で蘇るので、本人としては死んでいないようなものなのだが――。
さすがにちょっと、ねえ?
なので普通に、送った影猫の猫パンチでボカスカ!
人質を軟禁している連中をボコボコにして洗脳。
相手は人質を取っているつもりになっているが、既に解放されている!
と、そんな状態になっているので、とりあえずは問題ないかな。
まあ、ここにいる彼女たちは気づいていないだろうが。
さすが我が弟子。
ダビデ君は私の放っていた魔術式から、状況を察した様子で、私に感謝の念を送ってみせていた。
「それでは参りましょう。わたしは逃げも隠れも致しません。身の潔白をすべて、兄上の前で証言いたしましょう。案内してくれますね? ミシェル」
告げて第二皇子は、女騎士に向かい手を伸ばした。
かつて彼らは恋仲だったのか。
それは分からない。
けれど、互いに悪くない感情を抱いていたのだとは、私にも理解できた。
腕を取った女騎士は、疲れた微笑を浮かべて。
寂しそうな声で応じる。
「もう我らはあの日に戻ることはできませぬ。けれど――はい、あなたと再会できたこと。このミシェル、喜ばずにはいられません……」
「帰ってこられず、本当にすまなかった」
女騎士は無言のまま、静かに首を横に振った。
……。
さて、ここまでは小休止。
ヘタレ皇子の修行編みたいなもの!
これからは、王宮に戻り成長した皇子の成り上がりが始まるのである!
たぶん!
まあ、相手は部下の家族を人質にとるような外道。
まだまだダビデ君は未熟だし、修行も再開したい!
王宮のいざこざが面倒になったら、全部ふっとばしちゃえばいいよね?




