弟子たちの溜め息ステーキ ~理不尽なるは、我を通す力~
修行は続くよ、どこまでも!
天才教師たる私、大魔帝ケトスによる皇子改造計画は続いている!
そして今現在はとりあえず落ち着いて、修道院の食堂で休憩中。
なんということでしょう~♪
ヘタレだったダビデ君もご覧の通りの大成長♪
魔猫レッスンの基礎を完了していたのである!
である! である! である!
一冊目の魔導書を倒す……マスターするのに掛かった時間はたった一日!
二冊目の魔導書をマスターしたのも翌日。
つまりたった一日!
まあ一日でクリアできなかったら、時間逆行!
クリアできるまでやり直させていたので、当たり前なんだけどね♪
四冊の修行を終えたのは、四日後。
で――!
合計四冊の魔導書を"同時に倒す"修行を終えたのは五日後の事だった。
さすがに四冊同時に戦うのは苦労したらしい。
修道院の食堂は、まあ学食を想像してもらえばいいだろうか。
体感時間の合計、十五年分の修行を終えたダビデ君は精悍になった顔立ちで私を見て。
じぃぃいぃぃっぃぃい。
ものすっごい、何かを言いたそうにしていた。
『いやあ、まさか五日でここまで成長するとはね~♪』
師匠のやさしさとして、大魔帝印のグルメを召喚!
分厚いフィレステーキの鉄板焼きを、じゅっじゅっじゅ♪
肉汁の泡がパチパチする熱々の逸品を、すぅっ♪
目の前においてあげる。
『魔術の基礎訓練、及び、必修科目である四大属性の魔導書退治、おめでとう。我が弟子よ、これは私からのお祝いステーキだ、これで今日から本格的な修行を開始できるね!』
にっこり笑って、パチパチパチと拍手する私。
とっても優秀師匠だね?
しかしダビデ君は十五年の貫禄をにじませたイケメン顔を歪ませ、ぎょぎょぎょ!
「って!? あれで修行が完了したのではないのですか!?」
『当たり前だろう!? あれは基礎中の基礎。あくまでも私の修行に耐えられるようになる基礎訓練。剣の握り方をようやく覚えたって段階さ』
告げて私は自分の分のフィレステーキを注文♪
ジュワジュワ~ッと煙まで美味しいお肉にナイフを通して、スススス♪
麗しの猫口に、極上のやわらかステーキが溶ける!
肉汁とソースの酸味が合わさって、うまし!
「あれで基礎中の基礎!?」
『ああ、たぶん今の君では力不足。単独で魔龍の群れを壊滅させる程度の力しかないだろうからね』
むっちゅむっちゅとお肉を味わいながら。
肉汁ソースをちぎったパンで掬い、頬いっぱいに幸せダブル!
くはははははは! ついつい哄笑が漏れてしまう。
食事を優雅に楽しむ私に、我が弟子は唖然としつつも。
くっちゃくっちゃと私が垂らした肉汁を、ふきふき♪
よーし! 弟子としての自覚がでてきたようだ!
「し、師匠。ま、魔龍の群れを倒せるなら十分なのでは……?」
『じゃあ魔龍の群れより圧倒的に強いヒナタくんが君と敵対、王宮に帰還した君を涙ながらに殺すしかない! ってなったらどうするつもりだい?』
「いえ、あの方と闘うことなどないでしょうし……」
言って、ダビデ君はちらりと黒髪美少女なヒナタくんのうなじに目をやり。
ボボボボボっと顔を赤くする。
ビシっとコミカルにお風呂上がりで髪を結んでいる少女を指差し、皇子が吠える。
「ヒナタさん!? なんでそんな無防備な恰好をしているのですか!?」
「無防備な恰好って、あのねえ……ちゃんと浴衣を装備してるでしょ?」
ああ、ダビデ君にとって浴衣は無防備な恰好に見えるのか。
まあ多少は着崩しているけど。
そこまで破廉恥な恰好ではない。
けれどこっちの世界の人にとっては、別なのかな。
自分の部屋から出てきた武骨戦士君もぎょっとヒナタ君の恰好に驚き!
モフ耳を膨らませ、頬を赤く……って。
『あれ? 君、どうして人間ベースの獣人に戻っているんだい? たしか昨日まで二足歩行タイプで全身ネコ状態だったよね。なんで人の顔とボディに、猫耳と猫しっぽをはやした感じの獣人になってるのさ』
「おはようであります、皆さま。これはですね、乙女様――いえ、ヒナタさんがモフモフネコ形態だと修行をしにくい……というか。ぼこぼこにできないじゃない! と……おっしゃって」
告げて尻尾を胴体にぎゅっと撒きつけて、苦笑する武骨戦士君。
ああ、確かに。
本格的な修行をするなら必要な処置か。
ネコちゃんを相手に容赦のない攻撃をするのは躊躇いが出る。
けれどこういうタイプの獣人なら、まあなんとか攻撃もできるだろう。
それにしても……。
乙女ゲームにでてくる、寡黙な美壮年獣人みたいになっている糸目君に目をやって。
私はぼそり。
『ねえヒナタ君、勇者の力で種族特性を弄ったんだろうけど。なんでこう、渋くてキリリっとした糸目おじさんなんだい? まあ確かに、元の顔はこんな感じだったけど。多少趣味が入ってない?』
「気のせいよ、気のせい。でもそうね。あたし、やっぱり全人類はイケおじになるべきだと、そう思うのよね」
うんうんと腕を組んで少女は、ぷは~!
お風呂上がりのコーヒー牛乳を飲み干していた。
そんな私達のやり取りを見て、我が弟子ダビデ君が言う。
「や、やりたい放題ですね……お二人とも……」
『ま、こういう言い方もなんだけど。力がある者ならこういう身勝手もできてしまうってことさ』
世の中の不条理を説くように、私の口は軽快に語る。
『何も剣や魔術の実力だけじゃない、国としての権力もそうさ。君の兄上、現皇帝サウルだっけ? きっと、権力者のお兄さんは君を見つけたら権力という力を振りかざし、こうした身勝手をするだろう。君を反逆者として斬首するかもしれない、偽物として一生監獄に閉じ込めるかもしれない。けれど、君に力がなければ――その不条理に逆らうことはできない。それが力というモノさ』
ここ、実はかなり真面目な話である。
『その時に君は、どう解決するつもりなのか。考えたことはあるかい?』
「話し合い……は、無理でしょうね。師匠がおっしゃるように、もし兄上がわたしを謀殺したのでしたら――何を言っても聞き入れてはくれないと。そう思います」
繰り返すときの中。
魔導書を倒すまでの修行の中。
私は何度もダビデ君の問答に付き合った。
その最中、もちろん今回の事件についての話もでた。
私はその際、はっきりと語ったのである。
十五年前、おそらく君を殺したのは当時はまだ第一皇子だったサウル皇帝陛下だと。
彼はショックを受けていたようだが。
……。
まあ、そんなことよりも彼の思考を支配していたのは、あの訓練。
ええ!? 魔導書を倒すまでこの空間を抜けられない!?
ふざけないでください!
強くなるしか抜け出す道がないだなんて、監禁よりひどいじゃないですか!
そんな。
温かい感謝の言葉を受けたりもしたが――うん。
その反骨心をバネに彼は基礎訓練を終えた。
『身勝手な相手に我を通すのなら、正当性を主張するのなら……最低限の力を身に付ける必要がある。言葉や正義、正論だけで悪党が黙ってくれるのなら――警察は要らないという事さ』
「警察……?」
『ああ、こっちなら憲兵さんとかになるのかな。まあ悪人を取り締まる人たちの事だよ』
話し合いをするにも、まずは話し合う必要がある実力を示すことも大切だと。
彼は悟ってくれたのだろう。
うんうん、私のおかげだね?
そんな師匠の感慨をジト目で睨みつつ、精悍な顔立ちになった皇子は言う。
「しかしです、師匠。もしかして、また自分に都合のいい解釈をしていませんか? それと修行の追加は、また別問題では?」
『おや、君も言うようになったねえ』
「当たり前です――あなたにとっては、たった五日かもしれませんが。わたしにとっては十五年なんですよ? 今までの人生の半分以上を、あなたとの修行のみに費やしていたのです。さすがにあなたの人となりも理解できてきましたので」
こうしてはっきりと主張できるようになったのも、まあ成長かな。
横で聞いていたヒナタ君が、うわぁ……って顔をし。
「なに、その十五年って……まだ五日よね?」
「師匠の時魔術と、魔法生物のおかげで――わたしは十五年、みっちり修行をする羽目になっていたんですよ」
告げてダビデ君は自分のものにすることができた魔導書を、四冊顕現させる。
火土風水。
四大属性の奥義を記した魔導書である。
昨日まで彼を襲っていた魔導書であるが――。
魔術式を読み取り、修行の内容を察したのだろう。
ドン引きした顔で私を見てヒナタ君。
「ケトスっち……あんた、ワンコとニワトリ並にエグイわね……あたしの修行の時はもうちょっとマイルドだったじゃない……」
教師の顔で――。
私はまじめな言葉を皆に授ける。
『君は追い詰めるよりも褒めた方が伸びるタイプだからね。逆にダビデ君は本気で追い詰められないと成長しないタイプ。そこの見極め、適材適所ってやつさ』
「いや、適材適所じゃ意味が違うでしょ――まあいいわ!」
健康を気遣った野菜中心のポテトサラダを平らげて。
唇をきゅっと拭い!
ビシっと私のモフ毛を指さしヒナタ君が言う。
「さあ! あたしが育てた弟子一号とケトスっちが育てた皇子様で、今から勝負よ!」
『却下だね。今戦わせたらウチの弟子が負けるのは目に見えている。なにしろ人間相手の白兵戦を教えていない。魔術師の彼はあっさりと負けるだろうさ』
苦笑する私にダビデ君もうんうんと頷く。
ただ単に、戦いたくないだけだろうが。
もうちょっと、わたしは負けません! と、つっぱって欲しかった所である。
まあ、自分の力を過信していないのは強みか。
成長途中の魔術師って、どうも自分の力を過信してしまう傾向にあるからね。
彼の謙虚さは短所でもあるが、長所でもあるということだ。
「ええ! せっかくみっちり特訓したのに!?」
『だからこそ、まだこっちは勝てないのさ。今の君は三獣神の修行を終え、魔王陛下の娘で勇者の娘で現役勇者! しかも、この世界で君は夢見る乙女として信仰されている。前に比べて、君という存在そのものの格が上がっているんだ。ちゃんと自覚しているかい?』
師匠の顔で、私はヌーンと兄弟子たる少女を見る。
「格って言われても……ねえ。たしかに前よりは随分と強くなった自覚はあるけど。ケトスっち達と比べたら月とすっぽん、手も足も出ないって自分でも理解してるし?」
これだからなあ。
わりと天才タイプの無自覚少女で困る。
ことん、とナイフとフォークを置き――。
……。
やっぱり置けなかったので、むっちょむっちょと切り分けた柔らかステーキを味わいながら。
静かに私は語る。
『あのねえ……比べられる土俵に指先を乗せることができている。その時点で、他の存在とは既に領域が違うのさ。アリが恐竜を見て自分と比べようだなんて思わないだろう?』
「そ、そりゃまあ――そうだけど……」
シリアスな口調を維持し。
すりおろしたワサビにちょっと赤身を通して、お肉をごっくん♪
私の猫口は厳かに語る。
『けれど君は無意識に私達と自分を比べるようになっている。それだけ大きく成長しているということだ。武骨君は、そんな君が真面目に育てた存在になるわけだよね? 私の修行ほどとはいかないが、かなり特別な成長を遂げる筈。何が言いたいかというとだ――私が育てた弟子が、負けちゃったら嫌だもん』
カカカっと赤い瞳を見開き言い切ってやったのである!
「は!? あんたっ! 単純に負けず嫌いなだけじゃない!」
『当然さ! 弟子の対決だって負けたくない! 勝てるようになるまで逃げる、あるいは戦いを避ける! それがネコの正しい教えだろう!』
負けたくないと思うのは悪い事ではないのだ!
『まあそれでも対決自体は悪い発想じゃないね。それじゃあ……そうだね。弟子同士の対決は明日ってことで! 明日の対決で勝った方の弟子を育てた師匠の勝ちだからね!』
「ま、明日でもいいわ! でも、いいのかしらね~。こっちもだいぶ修行の成果がでてるのよ? 油断していると足をすくわれるかもね」
乗り気なヒナタ君も、ニヤリと微笑する。
彼女も彼女で、こういう勝負が結構好きなんだよね。
弟子たちはそれぞれ、げんなりとしているが。
私達は気にしない!
「あの、ケトス師匠。師匠たちは黒山羊を探しているのですよね……? そろそろわたしに構っていないで、ご自分の目的を果たしに行かれても……」
『問題ないさ。私の経験則だけどね、あの腐れ女神は絶対に君に纏わる事件と関わっている。兄上様のサウルとやらの背後か、その関係者とどこかで接点を持っている筈さ』
怪訝な顔を浮かべ、皇子が言う。
「その根拠は?」
『ネコの勘だよ。ただし、比類なき魔力を持った魔猫の勘という付属効果の付いたね。それは天啓に等しい。ま、ほぼ確実に当たる占いみたいなものだと思ってもらえばいいよ』
自信満々に言い切ってやったのだ!
まあ万が一、憶測が外れていても問題ない。
もし私から逃げようとヒナタ君の夢の中から飛び出しても、そこには魔王軍の精鋭が待ち構えている。
結界も厳重。
あのブラックマリアが私達の追跡という緊急事態を解決するには、この世界で動くしかないのだ。
てなわけで!
ここでのんびり、修行三昧!
超高速の修行をしていても問題なし!
成長と消費魔力に比例し、かなりしっかり食べるようになったダビデくん。
その食事の完了を確認した後――私は、ふふんと師匠顔!
『ほら行くよダビデくん、今日は対人戦、主に白兵戦に特化した訓練の開始だ!』
「本当にまだやるのですか!?」
明らかにもう十分ですみたいな顔をしているが。
チッチッチッ!
『修行をつけるのなら一人前になるまで責任を持つ! それが拾い主の責任ってものだからね! 今日も張り切って、成長するまで何十回、何百回とやり直し! 明日になればあら不思議♪ 集団戦にも対応できて白兵戦にも強い、立派な大規模戦闘対応型の魔術師の完成ってわけさ!』
「いや! 言っている言葉の意味が全然分からないのですが!?」
慌てて四大属性の複合結界を張る成長したダビデ君。
しかーし!
所詮は体感年数、十五年程度の修行で手に入れた技術。
大魔帝たる私にとっては、朝食のパンに乗せる薄切りハムよりなんとやら!
ちょいちょいのちょいで、結界を破り!
肉球で服の裾を掴んで、ニヒィ♪
「ぎゃぁあああああぁぁ! 四冊同時攻撃を防ぎ切った、わ、わたしの結界が!」
『んじゃ! ヒナタ君! 明日を楽しみにしてるからね~!』
告げて私はパチン!
闇の霧を纏い、訓練場に再入場したのだった!
◇
ちなみに――。
今回の修行内容は私直々の武術の指導!
ありとあらゆる武芸を教え込み、対人戦の戦術もみっちり教育!
魔術師としての戦い方を、この機会に叩き込んでやり!
明日の対決で勝利を掴むのである!
修行はとっても楽しく、我が弟子も最初からやり直すたびにヒキつった笑みを浮かべるようになっていた!
時は流れ一日が経過。
体感時間は一年ほどだろうか。
さらなる成長をしたダビデ君が、繰り返す修行空間から脱出したのは深夜遅くの事。
まあ、それでも一日は一日!
朝がくれば、もう弟子同士の対決となるのである!
こういう、さあいざ対決!
となった時ってなんか横やりとか、邪魔が入ったりするけど――。
今回はたぶんきっと、そういうパターンじゃないから、大丈夫だよね!




