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捨てられ皇子の冒険 ~拾ったからには責任をもって~後編



 降りかかる火の粉は払えばヨシ!

 山道で襲ってきた不届き者を前に、優美で優雅な魔猫がふふ~ん♪

 空中で静止したまま、挑発を維持するのは私――。


 大魔帝ケトスはモフ毛を山道で輝かせ、赤き瞳をペカーっとさせたのだった!


 カカカっと邪神の眼が開眼する!


『くははははは! 我を見たな!?』

「いや! きさまが見ろと言ったのだろう! な、なんだ目線が外せん……っ、これは、ターゲット固定、挑発系統の魔術か!?」


 騎士の甲冑でくぐもった声を漏らす黒騎士さんに、にやり!


『やーい! 空中に攻撃できないんだろー! ぷぷー! おしりペンペン! ここまでおいで~! ぶにゃはははははは!』

「ええーい! 者ども魔術でヤツを……!」


 言いかけて黒騎士はハッと思いとどまったのだろう。

 慌てて命令を停止するように、やはり甲冑でくぐもった声を荒らげる。


「あぁあぁあああああああぁぁ! 待て! 命令解除っ、こんな森でおまえたちの魔術を使ったら――蒸し焼きになるぞ!」

『あぁ……なんつーか、もう遅いみたいだよ?』


 空でふわふわ。

 攻撃が届かない場所にいる私のしっぽは、そよそよ。

 そんな素敵ニャンコを狙うのは、火炎魔術の雨あられ。


 挑発状態で制御を失っている人間たち。

 騎士団による詠唱がこだまする。


「我ら願い奉るは、火を司る大神」

――――――(クトゥグア)よ!」

「我らが前の敵を狂える炎で包み給え!」


 魔王様の夢の中でも使われていた、火炎系の攻撃魔術である。

 むろん、火炎耐性も問題ない私にとってはポカポカな暖房なのだが。


「ぎゃぁあああああああぁぁぁ! 森が! 神聖なる大森林が!」

『いやあ、大変だねえ。これ、君たちの責任問題になるんじゃない?』


 他人事みたいに言って、私は空から地面に着地!

 ここぞとばかりに挑発を解除し、知らんぷり。


『んじゃ、みんな。私たちは旅を急ごうか。ってほら、早く行くよダビデ君』

「いや? え? えぇえぇぇぇ!? 待ってください、みなさん! 山火事を止めなくていいのですか!」


 言われて私達は顔を見合わせて。

 ドライな顔をしたヒナタ君が言う。


「今回はあたしたちのせいじゃないし――それにあの騎士さんたち、時間はかかりそうだけど氷の魔術も使えるっぽいからなんとかなりそうだし? なによりよ。消火活動が終わったら、まーたあなたを追ってくるわよ?」


 火の燃え移りを警戒しているのだろう。

 モフモフ武骨戦士君がしっぽをくるりと体に巻いて言う。


「この辺りの動物も精霊も既にお二方が逃がしているみたいでありますし。まあ被害も最小限になると思いますので」

『おお! さすが糸目君! 私達が転移魔術を発動してたの、見てたんだね』


 武骨戦士君が糸目をさらに細め。

 大きく丸い猫口を、ゴニョゴニョゴニョ。


「あのぅ……そろそろ名前を憶えていただいてもよいのでは?」

『うっ……何度か聞いたんだけど、私、三文字より長い男性名って頭から抜け落ちちゃうんだよね。たしか、ものすっごく長かったよね? 君の名前』


 記録クリスタルを探るも……。

 ああ。

 長すぎて最初から諦めてたっぽいな、どこにも書き残してない!


 消火活動をしている黒騎士たちを見て。

 何を思ったのか、ダビデ君は清廉潔白な顔をキリリと引き締め。


「たとえ忘れ去られても、死んだことになっていても――ここはわたしの愛する母国。みなさんになんと言われようと、消火をいたします! わたしは燃える森をこのままにして去ることなどできません!」

『えー……私、ちょっと先の未来を見る力もあるんだけど。この騎士さんたちだけで問題なく消火してくれるよ? 犠牲者もないし、焼けた樹々の跡も問題なく活用される。他の動物たちも集まる草原になるみたいだし……』


 ロックウェル卿の修行により未来視を扱えるヒナタくんも、うんうん。

 同じく頷いているのだが。

 正義感が強いのだろう、ダビデ君は伸ばした腕に手を添えて。


 きぃぃぃぃぃぃん!

 魔術を発動させる。

 その魔術構成は……て、おい! まさか!


『ぶぶにゃ!? 駄目だよ! そんなことをしたら、未来が変わっちゃうって!』

――――(イタクァ)の風よ! 炎を吹き消してください!」


 そう。

 私の言葉により未来が変動した、この皇子君。

 よりによって、火を消そうと風の魔術を放ってしまったのである。


 ゴゴゴッゴゴゴゴオォォォォォォォ!


 風に煽られた火が、空を衝く勢いで燃え盛る。

 ボボボボボゥ。

 ただでさえ全身甲冑で熱に弱いのに、黒騎士たちを炎の鞭が嬲っていた。


 たまらずといった感じか――。

 リーダーっぽい黒騎士が、ダビデ君を青い瞳で睨む。


「貴様! 殿下の名を騙るばかりか、消火で手が埋まっている我らを焼き殺そうというのか! 森への被害を拡大させるなど、やはり偽物で間違いないではないか!」

「ちがいます……っ、わたしは――わたしは……」


 うなだれるダビデ君は、意気消沈。

 あー……未来視が変わって。

 森が全焼する未来が見えちゃったよ。


 水か氷の魔術、あるいは燃える樹を先に全部塵と化す焦土の魔術などを使えばいいのだろうが。


 ダビデくんのステータスをチェック!

 ……。

 そういう系統、覚えてないでやんの。あ、しかも、皇子なのに職業は魔術師なんだね。


 すぅっと瞳を細め、私はシリアスな魔族ボイスを上げる。


『しょーがない、ねえ』


 空気が――変わる。

 ぞっとするほどの瘴気が私から放たれているからだろう。

 黒騎士たちが、消火の腕を止めて……ぎぎぎぎっ。


 騎士の一人が叫ぶように唸る。


「なんだ――この悍ましい魔力は……っ」

「魔術師隊よ、預かっているマジックアイテムでチェックを……っ、こいつ、明らかにおかしい存在だ!」


 リーダー黒騎士の声に従い、森の奥から光が放たれる。

 銀細工のフクロウを取り出し、私に向かい投下したのだろう。

 その魔術効果が発動する。


 アイテム名は、鑑定の翼。


 わかりやすい名前なのだが、まあその通り、鑑定の効果のある魔道具らしい。

 しかしだ。

 うん……そういうの、レジストしちゃうんだよね……。


 鑑定の魔力をキャンセルし。

 私はニヤリ。


『私を見ようなどとは、生意気じゃないか』

「賢者様の作られた鑑定具を、レジストだと!」


 黒騎士は狼狽しながらも、ぎっとこちらを威圧するように睨み。

 じっと観察してくる。

 アイテムに頼らないで力量を探っているようだ。


 これが魔術なら、ダイス判定が走っているだろう。

 どうやら私の深淵の一端を読み取ったようで、まともに声を震わせているようだ。

 黒騎士は狼狽の浅い息に、言葉を乗せていた。


「まさか――黒猫、きさま、神の一柱か!?」

『おや、直感で見破るとはすごいね。ダビデ君は信じてくれなかったけど君は信じてくれるのか』


 せっかくなので気取ったしぐさで、挨拶。

 慇懃に礼をしてやり、燃える炎を背景にチェシャ猫スマイル。

 炎の中から闇の猫眷属を出現させ――にひぃ。


 王たるモノの顔で、穏やかに告げる。


『ああ、そうさ――我こそが偉大なる御方に仕える魔猫の君、大魔帝ケトスさ。まあ生きてこの場から帰ることができたのなら、覚えておくといい』


 神と聞いたからだろう。

 ようやく。圧倒的な魔力差を察したようだ。

 騎士達は畏怖の感情をまき散らし――カタカタカタとその身を震わせ始めた。


 ぐははははは!

 怯えよ、怯えよ!

 って、そんなことをしている場合じゃなかった。


 ドヤるためだけに出した闇の猫達を戻して――っと。


『さて諸君。事情が変わった。このままだと被害が広がってしまうようだからね。ここは私がなんとかしよう。ああ、邪魔はしないでおくれよ。狙って消し去るつもりはないけど、消火に巻き込んでしまっても構わない……その程度しか君たちには興味がなくてね』


 告げて私は肉球をパチンと鳴らす。

 森に隠れていた他の騎士たちも強制的に一箇所にまとめ。

 我が優秀な弟子をちらり――。


『ヒナタ君、全員に結界を頼むよ』

「了解。あたしにも見えたわ。被害が出るっていうなら話は別ね」


 よっ――と。

 炎で黒髪を赤く反射させるヒナタくんが、魔導書を顕現。

 暗黒神話魔術で敵味方、共に攻撃を遮断する結界を展開した。


 魔皇アザトースの力を借りた魔術らしいが。

 あきらかに今までの魔術とは術構成が違う。


 効果は性質を無視しての完全防御、か。

 日に使える回数に制限はあるようだが、強力な防御魔術である。


『あいかわらず、君は魔術の覚えが早いね。それ、まだ私も覚えていない君が作り出した新魔術だろう?』

「ふふーん! どうよ! あとで自慢してやろうと思ってたんだけど、まあいいわ! よーし、やっちゃってケトスっち!?」


 これで巻き込む心配はない!


 えーと。

 周囲にいる存在を殺さない程度で山火事を止める魔術だから……。

 バサササササっと私の目の前に暗黒神話の魔導書が開かれる。


「あ……でも、やりすぎはダメよ?」

『分かっているさ。一瞬で消すような白い粉のイメージでっと』


 ま、こんなもんかな。

 私は威厳を保ったまま、身の毛も凍るような魔族声で――。

 術を解き放つ。


 カカカカッ!

 赤き瞳が開き、山をとある夏スイーツに見立てた魔術を発動!


『秘儀:かき氷の舞!』


 ぶひょぉぉおおおおおおぉぉぉっぉお!

 荒ぶる私のモフ毛から、多重の魔法陣が展開。

 周囲の炎を喰らうべく、かき氷状の雪の嵐が吹きすさぶ。


 ……って。どうしたんだろ、術が止まらない。


 そのまま猛吹雪から魔龍の幻影が浮かび上がり。

 くおぉぉぉぉおぉぉぉ!

 吹雪の魔力が龍の形となって荒れ狂い始めたのだ。


『あ、あれ? なんか思ってたよりも規模がデカいかも! ヒナタくん! ヘルプ!』


 救援要請を出した瞬間。

 げげっと大きな目を見開き。

 ヒナタ君が真面目勇者モードになって、告げる!


「え、やば……!?」


 緊急顕現させた聖剣を突き立て。

 キリ――ッ。

 魔力を纏った髪を放射状に広げ、叫んでいたのだ。


「あんたたち――! 死にたくないのなら、結界の中で伏せなさい! 早く!」


 言うや否や。

 周囲の空気が揺らぎ――。

 刹那!


 ぶごぶごあぁぁああああああああああぁぁ!


 まるで地震のような振動が起きていたのは、時間にして五秒くらいか。

 辺り一面は銀世界。

 猛吹雪の雪山状態になっていた。


 魔術が終わったことを確認し、私は頬をぽりぽり。

 うーん……。

 肉球に汗を浮かべたカワイイ黒猫が、白い雪を踏みしめ――ぼそり。


『雪、だねえ……』


 山火事は消火できたが、すっかり富士山のてっぺんのような真っ白になっていて。

 ヒナタくんが腕を組んで、ゴゴゴゴゴゴゴ!

 すっごい、私を睨んでるね?


「ケートスっちいいいいいい!? あんたねえ! うっかりで山一つを凍らせるつもりだったの!」

『わ、わざとじゃないし!』

「分かってるけど、これ、どうするのよ!? ダビデ君、気絶しちゃってるじゃない!」


 どーすると言われても。

 ……。

 まあ雪山を楽しんでもらうしかないというか。


 私は被害状況をチェック!


 ヒナタ君のおかげであろう。

 荒れ狂う氷龍の猛吹雪を、結界で覆ってくれたから被害は最小限。

 むしろ、寒いぐらいしか害はない状態となっている筈!


 ただまあ、ダビデ君は気絶しちゃってるし。

 もふもふな武骨戦士君は、くしゅんとネコ鼻を揺らしくしゃみ。

 恨みがましい顔で私を見ている。


 んで、敵さんは――。


 騎士連中はさすがにダビデ君よりレベルが高いのか、気絶はしないで寒さで震えていた。

 ヒナタ君の結界の中で虫の篭状態である。

 リーダーっぽい黒騎士が、狼狽した様子で乾いた声を漏らす。


「待て! 衝撃ですぐ気絶するとは……間違いない。その男、いやその御方はまさか本当に。あのダビデ殿下なのか?」

『だから本人もそう言ってただろう? 港でもそういったのに、君たち全然人の話を聞かないしさあ』


 ぷんぷんと目を尖らせ、ぶんすかする私。

 威嚇する姿もとっても可愛いね?

 しかし、すぐ気絶するから本人と判断されるって、気が弱いのかな……?


 黒騎士が身を乗り出し、結界を叩き。

 一応は心配そうに皇子君を見つめているようだ。

 まあ、兜をかぶってるから空気でそう思うって、だけだけど。


「本当に、生きておられたとは――なぜ十五年も経っているのに、殿下は変わらずあのままのお姿で……っ」

『ま、こっちにも色々と事情があってね。訳を話すと……いや。言えないか。君たち、たぶんその偽物を殺すようにお偉いさんに言われて待ち伏せしていたんだろう?』

「それは、その通りであるが――」


 図星のようである。


『なら情報は渡せないし、ダビデ君も渡せないね』

「殿下をどうするおつもりか!」


 叫ぶ黒騎士の頭から、兜が外れる。

 無機質な兜の下からでてきたのは、美しい金の髪をした碧眼の女性騎士。

 って、女の人だったのか。


『どうするかはこっちの判断だけど。君たちに渡すのは論外だね』

「な、なんだと! 殿下も我らのもとに戻りたいと思っているに違いない! 誘拐するつもりか!?」


 物騒なことを言っている女性騎士に、私はジト目で応対する。


『あのねえ、君、偉いって言ってもせいぜいが騎士団長どまりだろう? おそらくだが、君たちに彼を返すとダビデ君は死の未来を迎えることになる。君に偽ダビデくん殺害を命令したお偉いさんに殺されるだろうからね』

「そんなことは――」

『ないって本当に言えるかい?』


 冷たく言い切ってやったのには訳がある。

 本当に、見えているのだ。

 近いうちに死ぬ人間の匂いを感じる、ネコの特殊能力、未来視に似た力がプンプン漂っているのである。


 しかし、ネコが言っても説得力がないか。

 ……。

 仕方ないと私は吹雪の名残が目立つ銀世界で、ざざざ、ざざあああああああぁぁぁぁ!


 黒衣の神父教師モードに転身。

 くっきりとした唇を、ふっと蠢かし。


『彼はこちらでそのまま預かるとするよ。せっかく拾った命だ、簡単に死なせてしまったら――きっと私は後悔する。悲しく感じるだろうからね。だから、ちょっと死なない程度には鍛えてみようかと、そう思っている。職業適性としては魔術師らしいからね、この皇子様は。私の修行できっと強くなるよ』


 告げてパチっと指を鳴らし。

 気絶した皇子を聖なる布で包み隠す。


「きさま、ただモノではないな……何者だ」

『私はケトス。大魔帝ケトス。そう名乗らなかったかい? ああ、違うか。名前ではなく何者かっていう意味か。そうだね、神とは名乗ったがどんな神とは名乗らなかった。悪かったね。ならば覚えておくといい。君たちの言葉を借りるのならば、やはりこうなるだろうね』


 さきほども少し触れていたが。

 まあこれで相手も信じるだろう。


『この世界とは異なる場所で祀られる神。外なる神(アウターゴッド)さ』


 外なる神。

 その言葉に最大級の畏怖が生まれる。

 初手で最善の手段を選んだカトリーヌさんとは違って、この人たち、私に手を上げようとしたしねえ。


 ともあれ!


 超格好よく宣言したので、これで満足!

 私はそのまま闇の霧を発生させ。

 黒騎士たちを包んで、あの港町へと返還する。


「待て、待ってくれ! 殿下! ダビデ殿下!」

『諦めなよ。無謀な遠征をさせて皇子を見殺しにしたのは君たちだろう? 今更そんな顔をしても、遅い。彼は――本当ならもう、生きてはいない筈だったのだから。この国は彼を捨てたんだよ。事情はどうあれ、ね』


 そう。

 おそらく、この国の人間はダビデ君を殺すためにムーカイアに送った。

 私はそう判断していた。


 根拠は一つ。

 皇子が船で渡ってきて、アリに殺されあそこで眠っていた筈なのに。

 他の護衛の遺骸が一つもないのは明らかにおかしい。


 私の蘇生の儀式で蘇らせることができなかったのは、ごく少数。

 皇子の護衛でもあるのだ。

 船に乗ってきたのが二、三人ってことはないだろう。


 つまり、この国の関係者が一人もいなかったのは不自然なのである。


 そこからたどり着いた真相は、一つ!

 部下たちは初めから、皇子を殺すために動いていた。

 私のニャンコ名推理がそう告げていたのだ!


 殿下、殿下と必死に女騎士が叫ぶ中。

 彼女には悪いが、本当にこのまま彼を返すわけにもいかないので。

 問答無用で、ここでおさらば!


 皇子だって知ったはずなのに、ダビデ君に漂う死の予感は、いまだにプンプンだからね。

 私はそのまま敵さん達を強制転送!

 神父姿のまま、冷たくシニカルな微笑で見送ってやる。


『それじゃあまたね、勇敢な黒騎士様。君とは敵対するつもりもないが――本当に皇子が大切なら、君の手で探してごらん。今度の再会はせいぜい失敗しないようにしたまえ』


 パチン――。

 空間がゆがむ。


 私の言葉を因として発生した次元跳躍は成功。

 相手の声も届かなくなった。

 闇の霧に包まれた一団。


 その気配が消えたのだ。


 ◇


 敵はいなくなった。

 ま、ダビデくんについて知ってる人がでたので、また少し変化もあるだろう。

 さて、それよりも問題は――この雪山だねえ。


『被害は出てないとはいえ、やっちゃったねえ……』


 言い訳を探す私に、はぁ……と大きなため息を交えつつ。

 ヒナタ君が結界を解除する。


「ダビデくんを渡さないで強化するって方針には賛成だけど。問題はこれよ、この一面の雪山! ちょっとケトスっち……どうしちゃったの? あんたなんか変よ? 前より手加減が下手になってない?」


 指摘はごもっとも。

 本当にちょっと力があふれ出すぎているのだ。


『うーん、おかしいんだよねえ。あの蘇生の儀式もそうだけど、なーんか私、また飛躍的にパワーアップしちゃってるみたいで。どうなってるんだろ』


 いったい何の影響なのかは分からないが。

 このパワーアップは少し異常だ。

 もしかしたら、魔王様の聖名を魔術として開放したことが原因……。

 なのかな。


 それとも、もっと他のなにかか……。


 悩む私にヒナタ君が呆れ顔のまま、勇者の加護を発動。

 すぅっと手を翳す。


「とりあえず、動植物を強化しておくわ。これで山に生きる命たちが死ぬってことはないし、ケトスっちの魔力から生まれた雪のエネルギーを吸って、前よりも元気になるはずよ」


 告げて、周囲に虹色の輝きを放つヒナタ君。

 おお、なんか勇者っぽいぞ!

 周囲の生物を寒さに耐えるレベルにまで上昇させ、聖剣を収納したのだろう。


 しかしだ――私は周囲をジト目で見る。

 ……。

 なんか、勇者の加護の力、効きすぎてないかな?


『ねえ、ただのウサギが二足歩行になってオーラを纏ってさ。キリリって顔をしながら歩きだしてるんだけど? どういうことかな?』

「き、気のせいよ――」

『ねえ、鑑定するとブレイヴラビットとかいう、なんか勇者っぽいクラスになってるんだけど? これ、うっかり強化し過ぎてるんじゃないかな?』


 ヒナタ君。

 人のこと言えないでやんの。

 まあ似た者師弟ということなのだろうが。


 話題を変えるようにヒナタ君が言う。


「それも気のせいよ。あたしのうっかりは別に問題ないとして。ケトスっち、また強くなったってのは――マジなの?」

『たぶん、間違いない。特に神としての力や、救世主としての力が一気に跳ね上がってる感じがするね』


 告げながら黒猫モードに戻り。

 肉球をキュッキュッとしながら自分をチェック。

 やはりレベル自体も上昇している。


 自己分析する私に、ヒナタくんは遠い目をして綺麗な雪山に目をやった。


「こりゃ、大変ねえ。またワンコとニワトリがあんたに追いつくために猛特訓しはじめるわよ、きっと」

『ん? あの二人、そんなことしてたのかい?』


 二柱には黙っていろと言われていたのか。

 大粒の汗を浮かべ――。

 ヒナタ君は聞こえなかった振りをしている。


 ヒナタ君もたいがい、うっかりやだよね……。

 まあ私も聞かなかったことにして。

 ダビデ君をチェック。


 まだ起きそうにないな。

 どーしたもんかと悩んでいると。

 鎮火が終わったことを悟ったのか、武骨戦士君がおずおずと周囲を見渡し。


「ダビデさんの方針はよろしいのですが――全身甲冑装備の騎士達にとって、凍える雪山は不得手の地。この寒さでは追ってこれないでしょうが……。いまのうちにその修道院に向かってしまいませんか? ダビデさんの事を本人と確信した後は――あの剣幕です。のんびりとしていたらそのうち雪山越えの装備をして、追ってくるような気がしますし」


 私達に異論はなく。

 気絶してしまったダビデくんを戦士君がモフっと抱えたまま。

 雪山を進んだ!


 ◇


 さーて。

 魔術師としての弟子ならどんな訓練をしても問題なし!

 拾ったからには責任をもって成長させてあげないとね!


 ぶにゃ、ぶにゃははははは!


 追放された皇子が超レベルアップして帰還ってなかなかよくない!?

 ああ!

 面白くなってきた!


 よーし、落ち着ける場所についたら拠点を作って!

 修行の開始じゃ!

 本人の承諾は得てないけど、たぶん問題ないよね?


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― 新着の感想 ―
[良い点] うわーダビデ君大変そうだ( ´艸`) [一言] まぁ私もケトス様とは同意見ですね。(^_^) なんか色々作為的なものを感じますもんね。 (´・_・`)
[一言] ダビデ君、想像したまえ考えうる最悪の修行を……そんなものはケトス様の修行に比べれば天国だ!!
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