落胤の姫、再び ~敵狩り道中ネコもふ毛~ その3
女王アリ狩りをするべく進撃するは――邪神が二名と、ネコ獣人が一匹。
場所は流砂の奥の地下ダンジョン。
大魔帝ケトスたる私は仲間と共に、くははははははは!
迷路となっている構造も既に把握済み!
わんさか湧いてくる敵対策に、ずじゃじゃじゃじゃじゃ!
私はぷにっと踏んで刻んだ、ネコ足スタンプの魔法陣を発動!
召喚の波動で地下迷宮が満たされる。
カカカ!
紅き瞳をギラつかせる、私の影が迷宮全体に広がった!
『さあ現れよ! 暗黒神話に刻まれし神性を引き継ぐ、我が猫達!』
夢世界の性質を利用した、新たなネコ眷属魔術を作成!
不可能を現実とする世界、ドリームランドの性質を利用した裏技なのだが――。
はたして、成功するかどうかは……謎。
まあ、実験ということで!
ポンと私は走りながらも、影をタッチ♪
《召喚:月のケモノの大騒動》――が発動する。
月に見立てた影。
影たる私の赤い瞳から、のっしのっしのっし!
長い槍を持った灰色のケモノたちが、うにゅうにゅっと顕現。
ふふーんとモフ胸を張って、ドヤァァァァ!
影の赤き瞳の部分から、無限湧きする灰色の猫たちを見て。
じぃぃぃぃぃ。
糸目ニャンコな武骨戦士君が、やはりジト目で私に言う。
「あのぅ……ケトス様、なんなのでありますか? この、その……エグイ形をした長い槍を持った、ネコ達は……」
『彼らはムーンキャット。神話生物の性質をまねて作ってみた、夢世界の猫達さ。さっき人間アリ達を大量にやっつけただろう? その魂を加工して、ようするにネコに転生させて作ったんだけど――』
言って私は新たな眷属。
ムーンキャットをチェック!
『ん-みゅ……性格にちょっと難ありで、結構残忍そうだね……。元が虐殺者の人間アリだから、その性質まで受け継いじゃったのかな。まあここの人間アリは殲滅するつもりなので、この子たちがハッスルしても問題ないけど』
ともあれ、私の命令に従うのは確実。
モフモフな巨大猫たちが槍をぐるんぐるん回し、ギシシシシ!
――おお! 新たにゃる主人! 大魔帝ケトス様!
――我らはムーンキャット! あにゃたさまの敵を捕らえ、いたぶり、拷問いたしましょうぞ!
――汚れ仕事にゃら、ぜひとも我らにお任せを♪
ギヒヒヒヒヒ!
と、三日月の形の目と口を輝かせる彼らに、私は王たる猫の顔で言う。
『うん、戦いは綺麗ごとばかりではない。そういった抑止力も必要となる、どうやら私は頼もしい味方を手に入れたようだ。これからよろしく頼むよ』
主従契約を完了させる、麗しい光景なのだが。
やはり武骨戦士君が、肉球でモフ頬をポリポリしながらボソリ。
「これ、敵を全滅させて死体を加工。洗脳して、味方にしているわけでありますよね? なかなかに外道なのでは……」
……。
あぁ、言われてみれば――。
どっからどうみても、悪役の手法だね。これ。
私に慣れている者なら、いつもの大魔帝ケトス案件か。
と、思考停止をしてくれるのだが。
んーむ……。
そんな事はどうでもいいとばかりに、落胤の姫。
クティーラさんが、頬を真っ赤に染め上げパラソルをくるくるくる♪
「よろしいじゃありませんか! それよりもケトス様!? はやくまいりましょう! わたくし、女王を食べたくて食べたくて、恥ずかしながら……ふふっ、ウズウズしておりますの」
『そだね。んじゃあムーンキャット達! 敵が流砂の外に逃げないように、見張りと討伐をよろしく~! 私達は女王狩りにいってくるからね~♪』
これで安心!
ここから逃げ出す人間アリ問題も解決!
残党がムーカイアの砂漠街になだれ込むという、想定しうる被害は防げる。
ムーンキャット達がモフ毛を膨らませ。
ブニャハハハハハ!
かつての仲間たちを槍で突き刺し、蹂躙する中。
私達は進む!
◇
流砂の奥の神殿。
大量の人骨で作られた玉座の上に、それはいた。
骨のドレスで身を飾った超特大な人間アリ――。
地下だからだろう。
周囲は闇に包まれている。
ワシャワシャワシャと羽虫の音が響いていた。
場所はレトロゲームの最終ダンジョン、松明とかがボッボッボっと炎の道を作っていそうな。
いかにも強敵がいま~すといった感じの空間である。
軍団となって控える騎士――女王を守る騎士アリたちが、一斉に瞳を輝かせる中。
私は、ふふんと微笑し。
ドヤァァァァァァァァ!
『くははははははは! ついに追い詰めたりクイーンよ、さあまだ私が襲われたわけじゃないけど、こっちから攻撃しに来てあげたのだ! 感謝し、平伏し、全面降伏をするがいいのである!』
いいのである! いいのである!
あるあるある!
反響する私の決めセリフもとっても格好いいね?
ビシっとネコ手で指さしてやったのだ!
巨大な女王アリの見た目だが、これもなかなかにグロイ。
粘膜ギトギトな、頭のでっかいエイリアンを想像してもらい、そこにでっかい透明な翅をつけ足して。
それをバスのサイズに拡大したモノ。
と思ってもらえばいいだろうか。
卵を産む際の分泌液なのか、ねちゃりとした体液を纏わせながら――。
ぎしり。
ソレが咢を開く。
くぐもった声が、漏れた。
「何者ジャ。ココは我らが神域。黒衣の聖母によって加護と権利を与えられた、侵されざる閨。軽々に立ち入ってイイ場所ではあらぬ」
強さはそれなり。
八重の魔法陣も発動できるといったところか。
普通ならば強敵なので、クティーラさんがシリアスな顔を作る。
「どうやら、ただの雑魚というわけではありませんのね」
『君たちは私の後ろへ――』
落胤の姫は前回の私達との戦いで敗北を知った。
力量を見極める、思慮深さを身に付けているのだろう。
おそらく、クティーラさんが正面から戦ったらこの女王には勝てる。
けれど、傍に従えている騎士アリ人間たち、全員が参戦すれば――おそらく押し負けるだろう。
前にも言ったがアリは個にして全。
全にして個。
こういう軍隊系の敵は甘く見てはいけないのだ。
この部屋にある調度品はすべて人間から作り出したモノだろう。
悪趣味なオブジェが並んでいる。
あまり形容したくはないが、拷問好きな異星人が地球を侵略したら――。
そんな、もしもの状況を彷彿とさせる空間なのだ。
中には――。
まだ幼いと思われるミイラから生み出されたアイテムまで、無慈悲に転がっていた。
その服に刻まれた紋章には見覚えがある。
ムーカイアの民だ。
国が襲われたときに殺され、その遺骸を戦利品として持ち帰らせたのだろう。
……。
ちょっと。
いや、だいぶイラっとしたが――ここは耐えよう。
私が前に出て会話を開始。
慇懃無礼を承知で、私はすぅっと騎士の礼をしてみせる。
『これは失礼した女王陛下。私はケトス。大魔帝ケトス――君に加護を与えたらしいその聖母を追うモノさ。悪いけれど、彼女がいまどこにいるか知らないかい?』
「キサマ、少々生意気じゃな。妾は流砂の女帝ぞ? 頭が高い――ひれ伏せ!」
伸ばす筋肉繊維の腕から、魔力が放たれる。
きぃぃぃん。
強制的に頭を下げさせる魔術だろう。
頭に生えた、人の腕に似た触角からも音波による詠唱音が蠢く。
が――。
私もクティーラさんも当然、レジスト。
武骨戦士君だけが影響を受けるが、道中でレベルが上がった影響だろう――膝をつくことはなかった。
がたりと骨の台座に手をつき。
上体を、ぐぐぐぐ。
女帝アリが立ち上がりかける。
「んぬ!? なんじゃキサマラ! なぜ妾に跪かぬ!」
まあ、強敵と言っても……。
普通基準の話だからねえ……。
『砂の中の蛙、大海を知らずといったところかな。さて、君には選択肢が多数ある。素直に聖母についての情報を渡すか、それともこちらのタコ姫様、クティーラさんに食べられて情報を提供するか。どっちがいい?』
「痴れ者が!」
ビシビビィィィィィィ!
伸ばした指から、羽虫の群れが空を裂くような音が響く。
おそらく、次元に亀裂を生じさせ対象を裂く魔術だろう。
が――。
次元に走った亀裂は、私の直前で止まり。
ズズズズズっと無へと消える。
何も言わず。
動かず。
ただ立っているだけですべてを無効化する。
そんなドヤシーンを演出しつつ、私の猫の口が蠢く。
『で? どうする? アリで外道で、無辜なる人を大量虐殺しているだろう君でも……一応は女性だ。あまり傷つけたくはないからね』
「自惚れるでナイ! 者ども! かかれい! 侵入者を、殺せ!」
戦闘開始の合図に従うアリ騎士はいない。
皆が皆、いびつな形の鋭い槍を掴んだまま。
ニヤニヤニヤニヤ。
砂漠女帝アリが、控える部下を複眼で睨む。
「戯けども! なにごとじゃ! 妾の命を聞けぬというのか!?」
ザワザワザワ。
音が鳴る。
それは虫の内側から顕現する、忍び寄る闇の肉球音。
べちゃん。
べちゃん。
無数の音が響く。
狼狽える砂漠女帝アリが翅を広げ、完全に立ち上がろうとする。
けれど女王アリは巨大。
腹に万単位の卵を抱えているのだろう。
部下の助けがないと満足に動けないのだ。
『動けないようだね――歩くことさえ部下に任せていた弊害か。そういう種族ならば仕方ないかもしれないが――ちゃんと運動しておいた方が良かっただろうに』
「妾を愚弄するかっ。ネコ風情が! ええーい! 誰か! おらぬか! この小生意気なデブネコを排除せよ! 将軍の地位を授けるぞ!」
けれど部下は動かない。
その理由を察したのか、クティーラさんがニヒィっと胴体に作った口で。
ねちゃり。
「我が君、大魔帝ケトス様――食べてもよろしくて?」
『最終確認が済んだらね』
言って私はシュン!
動けぬ砂漠女帝の前に転移。
そのエイリアンっぽい顔に顔を近づけ。
無表情のまま――デブと言われたことをぐっと我慢しつつ。
静かに告げる。
『これがラストだ。聖母の事を話してくれないかな? これ以上歯向かうのなら、私は私の義務を果たさなくてはいけなくなる』
砂漠女帝の肌に浮かぶ産毛が、私の声につられて揺れていた。
しかし。
この距離ならいけると思ったのか、肉塊の手を蠢かし、女帝アリが最後の抵抗をみせる。
「舐めるでないと言うたであろう!!」
ざぁあああああぁぁ!
それは至近距離からの塵の魔術。
対象を分子レベルで分解し、存在を消去する即死魔術だったようだが。
いや、舐めるなとは言われてないよね?
まあ。
私に効くわけないから、別にいいけど。
ラスボスステージを彷彿とさせる闇の空間。
静かなる場所――。
魔猫の王たる私の、穏やかで紳士的な声が響く。
『残念だよ、君はここでゲームオーバーだ』
「なにを……!」
砂漠女帝アリは、まだ気づいていないのだろう。
部下たちが既に、変貌していることを。
構わず私は、あくまでも紳士的な声音を維持する。
『おいでムーンキャット。君たちの女王を守ってあげたかったけど、どうやら無理なようだ。ごめんね、かつての主が食われる現場を見せてしまうことになる』
告げた次の瞬間。
ずぶじゃぁぁぁぁぁ!
一斉に騎士アリたちの腹が裂け、中から灰色のムーンキャット達が顕現。
ブニャハハハハハハハハ!
声が響く。
それは邪悪で残酷な属性を持つ、ムーンキャット。
彼らもまた――。
人間アリという殻を脱ぎ棄て、暗黒神話属性の猫として転生したのだ。
モフっとした胴体で、とてとてとて♪
砂漠女帝ではなく、私に跪き。
恭しく礼をしてみせる。
数えることもできないほどの魔猫軍団となり、一斉に敬礼してくれたのだ。
――おお、我らが闇の君。
――いと慈悲深き、大いなる闇の君主。
――我ら元アリ部隊、あなたさまの忠実なるしもべとなりましょう。
砂漠の地下に、ギラギラギラ。
ネコの赤い瞳が、夜空の星のように広がっていく。
『流砂の女帝よ――君の部下たちは全員、私の眷属として再利用してあげるから安心しておくれ。あまり見せたくない闇の仕事が、むしろ彼らは好みらしい。私はあまり残酷なことはしたくないからね。利害は一致しているのさ』
苦笑してみせ、私はネコ手をスゥっと下ろす。
アリからネコへと転生した彼らの数匹が、女王を押さえ。
ずずずずぅぅぅ。
ずずずず、ずずずぅぅぅ。
断頭台へと送るように巨体を引き摺る。
皮膚の下の筋肉繊維が、摩擦で焦げるにおいが広がる中。
ブビブブブブブ!
翅音と共に、悲鳴が劈く。
「待て、待つのじゃ! そうじゃ! 大魔帝よ! あの聖母ではなく、そなたにつくと誓う! だから、だから! 待つのじゃ!」
べちゃんべちゃん。
ゆったりと歩く落胤の姫が、がばぁぁぁぁっと牙を唸らせた口を開いた。
正体は毒の体液な蛸淑女が、ふふふふふっと妖しく笑む。
「それでは、いただいても?」
『ああ、食べた方が確実に情報を摘出できるからね。少々大きいが、悪いね――頼むよ』
ひぎぎぎぎぎっ!
砂漠女帝の翅の音が、さらに強く鳴り響く。
死を悟ったのだろう。
「妾は、妾は……っ。死にとうない! 消えたくない! どうか慈悲を! 慈悲を!」
くぐもった叫びが、流砂の神殿に響き渡る。
悲痛な叫びだった。
けれど――。
闇の中。
赤い瞳に照らされたネコの口が。
蠢く――。
『だって君、ムーカイアで――子供を殺しただろう?』
その言葉が合図となったのだろう。
落胤の姫が、タコの触手を広げ。
ぐじゃぁあああああああぁぁぁぁぁぁ!
ぎゅっちゅぎゅっちゅ。
巨大な肉塊が、淑女のスカートドレスの中へと飲み込まれ。
ぐじゅり――ッ。
その魔力も声も、途絶えて消えた。




