落胤の姫、再び ~敵狩り道中ネコもふ毛~ その1
ヒナタ君と女王陛下、そして女傑護衛のキーツさんに見送られ。
私達――素敵ニャンコな大魔帝ケトスと武骨戦士君は旅の空。
太陽を反射する熱砂を進んでいた。
敵の生息地に奇襲を仕掛ける気まんまんなのである。
ネコ獣人化がどんどん進んでいる……。
いや、もうネコ化している武骨戦士君が、ぶにゃっと国を振り返り。
大きな猫手で頬をぽりぽり。
長いお鬚が揺れているが、私は気にしない。
「ケトス様、我らが国の空に浮かんでるアレ、なんなのですか?」
『ん? ああ、ヒナタくんだけでも大丈夫だろうけど、広範囲を守るなら人手が欲しいからね。私の眷属を召喚してあるんだよ』
二足歩行ニャンコ状態になっている武骨戦士君。
彼の語尾からニャンが消えてしまったのは、うん、たぶんもう完全にネコ魔獣化しちゃったんだろうなあ。
わざわざニャンをつける必要がないという事である。
……。
糸目をさらに細めて、武骨戦士君が言う。
「ケトス様って救世主様……なのですよね?」
『そうだよ?』
「あれはどうみても、禍々しい死霊の類というか……黒い人魚……? ですか? とても善良な存在には見えないのですが」
まあたしかに。
私の眷属、黒マナティーことブレイヴソウルはちょっと邪悪なカワイイ子。
大魔帝の部下として制御されていなかったら、とんでもないレベルの邪悪なるモノなわけだが。
私もはるか遠くにあるムーカイアの街をじっと見て。
うん。
ヤベエ邪神に、国が占領されているように見えるかも。
私の影から黒マナティークイーンが顔を出し。
もきゅもきゅもきゅ♪
頭をなでなでなで♪
『うんうん! そうだね! 闇属性だったり邪悪だったりしても、その力で人を救えるのなら問題ないと私は思うけどなあ』
「それで、その個体は――いったい……なにやら、他の個体以上に、その……強力な魔力を放っていますが」
ちゃんと個体差を見分ける能力があるとは、すばらしい!
もしかしたら鑑定系の能力に素質がある可能性があるね。
そこを伸ばして、魔王軍にお持ち帰りしてもいいのだが――。
ともあれ私は彼の疑問に、ふふーんと答える。
『この子は女王種。クイーンなのさ! 黒マナティークイーンって私は呼んでいるけど。今、あそこで街を守っているマナティーたちの統率者、リーダーみたいな感じだねえ♪』
「女王種でありますか……ふむ、なにやら、外の世界は種族分類の概念も複雑なのですね」
ちなみに、なぜ私一人ではなく武骨戦士君を連れているのか。
その理由は分かりやすい。
道案内である。
既にニャンコ化した彼は、これでも優秀な人材。
ムーカイア王宮での出世頭、次期戦士隊長候補に選ばれるほどの有能な若者だったらしいのだが。
それが仇となってしまった。
彼はその日、偵察を兼ねて敵を追跡していたらしいのだ。
敵の生息地を見つけかけたその時――。
敵のチェックにひっかかり、尾行失敗。
命からがら逃げることができたらしいが、代償は大きかった。
猛毒を受け足は爛れ――。
両足を失うほどの傷を負ってしまい、治療もむなしく生存の見込みなしと判断された。
そして、あの最後の場所で安置され。
あとは死を待つだけとなっていたのである。
その怪我をした場所というのが、ムーカイアから十日ほど離れた場所。
熱砂の奥地。
いま私たちが向かっている領域なのだ。
通称、死の砂漠。
彼にとってはトラウマとなっている場所だが、一番詳しいのが彼だったし。
本人も私に恩を返したいってことで、ついてきてもらっているのだ。
トテトテトテと四足歩行ニャンコな私が、砂漠をざっざ♪
二足歩行のネコ足で、とってとってとってと武骨戦士君が砂漠を進む。
五分ぐらい進んだところで、一旦立ち止まり周囲を観察。
本当は使う必要なんてないけど、かわいいので双眼鏡を取り出して。
じぃぃぃぃぃぃぃっと遠くを見渡す私もお茶目なわけだが。
肉球と指の隙間に入る砂を、ペペペとしながら武骨戦士君が言った。
「ところで、なぜ連れているのはワタシだけなのですか? 討伐なのでありますよね? 精鋭部隊を連れてきた方が良かったのではないかと、具申いたしますが」
角度と気圧。
気温と湿度。
様々なことを計算しながら、私は彼の質問に答える。
『いやあ、私ってさあ! 手加減はあまり得意じゃなくてね。数が多いと巻き込んじゃう可能性が高いし、君一人なら結界で覆って、そのままドカーンで終わるだろう? うっかり巻き込んじゃっても、君一人ならそのまま蘇生すればいいし……人数が増えれば増えるほど、逆に不利になっちゃうんだよねえ!』
うっかり巻き込む。
その言葉を聞いた糸目武骨君が、ネコ牙を覗かせるほど口を開き、ブニャニャニャ!
ぶわぶわっとしっぽの先を膨らませる。
「ま、巻き込むのですか!?」
『にゃはははは! まあたぶん大丈夫だよ、君はもうネコ化している。私のモフられしモノの加護範囲に入っているからね、能力も大幅に上がってるし私の攻撃にも巻き込まれない筈さ!』
くるりと私は双眼鏡で遠くをチェック。
巨人サイズの塩の柱が立っている、特殊な領域に目をやった。
航海士が遠くを眺めるときに使う、鷹の目のスキルを武骨戦士君に付与!
砂漠の砂でグレーになったネコ手で、私は目的地を指さした。
『で、君が言う敵のアジト。死の砂漠っていうのは、あの辺の事かい』
「はい、って、アレ!? まだ距離があったはずなのでありますが……いつのまに!」
うにょっと起き上がった私はチッチッチっ!
ピンと立てたネコ指を器用に振ってみせる。
『次元を跳躍しながら歩いていたからね、一分で一日分の歩行距離になっていたんだよ』
「ケトス様は、なんでもありなんでありますニャ~……」
五分ほど歩けば五日分。
すぐにあそこにもたどり着くのだが――。
私は亜空間から、タコさんの頭と触手が特徴的な新装備を取り出し。
にへぇ!
『んじゃあ、サクっとあそこの生息地を潰しちゃうね』
「ここからでありますか!?」
仰天する武骨戦士君のモフ毛が砂漠の風に靡く中。
海魔皇クトゥルフ=コラジンくんから貰った、水属性のタコさん魔杖を装備!
大気を操り――。
ぶぶぶ、ぶにゃ、ぶにゃはははははははは!
せっかくなので!
倒していい相手に魔導実験なのじゃぁぁぁぁぁ!
『君はこの地域の出身だろう? 砂漠で大雨が降るとどうなるか知っているよね?』
「いえ、この地域ではないのですが。でも知っているでありますよ。砂漠地帯は水分に慣れていない、急な大雨が降った場合などは、大洪水が起こり多くの死者が……って、まさか!」
そう、そのまさか!
私は天候を操作し、五日ぐらい離れた場所にある死の砂漠の周囲にドドドドン!
まずは周囲を結界で覆って~!
モコモコモコっと毛を膨らませ。
私は詠唱する!
『水を司りし偉大なるモノよ! 汝の名はクトゥルー! 深きモノの王たる力をもって、今、我が欲する世界に大海の恵みを与え給え!』
杖に巻き付くタコさんの足が、傘のように広がっていく!
そして!
ザザザ、ザァアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!
結界で逃げ場を失ったエリア。
死の柱が立つ砂漠地帯に、大雨が降り注ぐ。
見た目はちょっとファンシー。
空に発生した雨雲の上に、ねちょりと乗ったタコさんの群れが――。
蝙蝠の翼をバッサバッサとさせて、ばしゃぁぁぁぁ!
無限に湧き続けるバケツを、ひっくり返しまくってるだけなんですけどね。
私の猫の耳がピョコンと揺れる。
遠く離れたエリアにいる敵の悲鳴を聞き取っているのだ。
チェックのために頭上に浮かべたキルカウントが、めきめきと上昇していく。
一緒にパーティを組んでいる状態になっているので。
パラララッパッパッペ~♪
武骨戦士君のレベルもみるみると上昇している。
「これ……いいんですか?」
『奇襲なんだから、察知されない距離を保ちつつ襲った方が効果的だろう?』
実に効率的なやり方だと思うのだが。
「いつもこんな事をなさっているのでありますか?」
『いつもじゃないさ。今回は夢世界での魔導実験も兼ねているからね。普段ならそのまま乗り込んでドカーンだけど、今回は離れてドカーン! ね? 違うだろう?』
うんうんと腕を組んで頷く私のモフ毛。
とっても賢者のごとき輝きを放っているね?
大半の戦力が溺死したのを確認した私は、パチンと肉球を鳴らす。
巨大な雨雲によって生みだされた砂漠を覆う影が、揺らぐ。
もぞもぞもぞ、もぞもぞもぞ!
うにゃははははは!
と、黒い哄笑を上げて雨雲の闇からスフィンクスの群れが降下!
ファラオっぽい頭装備に魔力を溜めて、鷲の翼をバサリ!
雨の次は――白兵戦!
第二次ネコちゃん奇襲攻撃!
生き残った強力な連中も、そのまま退治!
悲鳴が砂漠に響き渡っているが、気にしない。
鳴り響くレベルアップ音を聞きながら、やはりジト目で武骨戦士君が猫口をうにゃり。
「……今度は何をなさっているのでありますか?」
『夢世界で召喚しやすいスフィンクスキャットたちを使って、残敵掃討とお宝を回収しているのさ。たぶん、他の生息地の情報もあるだろうからね。殲滅の梯子をしようかなって――お、反応があった』
遠くで眺めている私達の前に、水の渦が顕現する。
傘をくるくると回し参上したのは、以前の事件で私の眷属となっているクティーラさん。
落胤の姫と呼ばれる邪神の姫。
見た目は人間っぽいのだが、下半身がタコだったり。
瞳と口がタコそのものだったり、けっこう正気度を奪ってくる見た目なのだが……。
まあそれなりに位の高い邪神淑女である。
クティーラさんはにっこりと、邪悪な笑みを浮かべ。
スカートを触手できゅっと持ち上げる。
「海魔皇が愛娘が一柱。落胤のクティーラ、ここに――父上の命により参上いたしました。ケトス様もあいもかわらずお元気そうで――ふふふふ。これが他の生息地の地図でありますわ。どうか、お納めくださいまし――」
口元を扇で隠しながら微笑するクティーラさんに私は問う。
『ねえねえ、ここの敵ってどんな奴らだったか、君はみたかい? 直接見たのなら聞いておきたいんだけど』
「ふふふふ、そうですわねぇ……こちらの男の方を食べていいのなら、お答えいたしますわ」
と、武骨戦士君を見て微笑しているが。
まあこれは本気ではなくてからかっているのだ。
『そうやってちょっと自分より弱いものを虐める癖、出逢った頃もそうだったよねえ……君。あんまりいい趣味じゃないよ?』
「まあ嫌ですわぁ。ですから、こうしてお父様ともども――あなたの部下となってからは……うふふふふふ。おとなしくしているではありませんか」
グヒヒヒヒっと微笑するクティーラさんは、縦に割れた胴体の口でも、うふふふふふ。
やっぱり基本的に邪悪な存在なんだろうねえ……。
『私はけっこう寛容だけど。ホワイトハウルとかにそういう冗談をいったら危ないから、気を付けなよ? まあいいや。それでまじめな話だ、把握している部分だけでいい――敵の種類や情報を教えておくれ』
「承知いたしました――」
告げて彼女は傘をくるりと回し、ざぁぁぁぁ。
水鏡による映像を生み出してみせる。
「ご覧になっていただければわかりますが――人間種と魔物の混成部隊ですわね。とはいっても、もはや普通の人間ではなく、人を辞めた存在。どうやらあの聖母の力の一つ、シュブ=ニグラスの力で強化された虫との合成獣、種族で分類するのならアリ人間のようですわ」
『よりによってアリか……厄介だね』
うーむと猫口に手を当て考える私に、武骨戦士君がぶにゃん?
「アリだとなにかまずいのでありますか?」
「あらら、あらららら! あなた! そんなことも知らないのです? ふふふふ、これだから元人間は困りますわね」
踊るように砂漠でタコ足を蠢かし、落胤の姫が言う。
「アリとは軍隊。アリとは怪力。アリとは言葉を必要としない、集団生物。個であり複数。複数であり個。社会として生活をしている、いわば小さな人間と同じ。個である人間はただのおいしい血肉袋なのに、複数となった場合は驚異的な存在となりましょう? 勇者といいましたか――人間を統率するものが率いれば力を数十倍、数百倍に伸ばせることは既に証明されております。そしてアリもまた同じ」
解説を引き継ぎ、教師の声で私の口が動く。
『まあアリの場合は、勇者じゃないけど。女王種……ようするに女王アリによって統率されたアリの軍隊って、めちゃくちゃ強くなることがあるんだよ。数の力に軍隊としての力が加わるからね。たとえばだけど、数億のアリンコが全員で全体支援魔術を使ったら、とんでもない量になるだろう?』
ん? ん? どうだい? 理解できたかニャ?
と、私の猫眼力を受け、武骨戦士君がネコ髯を蠢かす。
「それはまあ、たしかに……でありますな」
『だからさあ――軍隊を作れる種族で、人型で、女王種が存在する敵って危険でけっこうヤバいんだよねえ』
私とクティーラさんがアリの怖さについて同意している横。
何かを思い出したのか。
モフ耳をぶわっと膨らませ、武骨戦士君が困惑した様子で告げる。
「あのぅ……さっきの黒マナティークイーン……でしたっけ? ケトス様、女王種って言ってませんでした?」
『うん、女王種だよ?』
はて。
なにかを、いいたいようなのだが。
「女王種って危険でヤバいのでは?」
『ん? だって私の眷属だし。可愛いから問題ないだろう?』
可愛ければ多少の危険も許されると、私という存在が証明している。
うん!
だから問題なし!
クティーラさんは話の流れが分からないようだが。
たぶん、黒マナティークイーンを見たら、めちゃくちゃ動揺するだろうから。
黙っておいた方がよさそうだね。
話題を変えるように、私は言う。
『んじゃ、悪いけど次の場所を殲滅しに行くから。君もついてきておくれ』
「大いなる闇。大魔帝ケトス様――お願いがありますの。もし敵側にどうしようもなく救いようのない、おいしそうな人間のオスがいたら。我慢できそうにありませんわ――いただいてもよろしくて?」
食べる気満々なようであるが。
……。
ま、悪人ならいいか!
『んじゃ! 君への報酬はそれってことで、次いってみよう!』
魔導実験がしたい!
砂漠の大洪水作戦が成功した私は、次なる実験場を求めニヒィ!
うきうきで宣言してやったのだ!
ふんふんと興奮気味に次の座標をセットする私を見て。
ぶにゃっと毛を逆立て、武骨戦士君が唸る。
「ええ!? 戻らずこのまま他の拠点も落とすのですか?」
「あらあら! いいじゃありませんか。ふふふふふ、この落胤の姫クティーラ――悪食グルメのためならばどこまでも、ついてまいりますわ!」
ま、グルメっていっても性格の悪い男を丸のみにするっていう。
けっこう特殊な性癖……。
じゃなかった、食事なわけだが。
協力してくれるっていうし、本当に悪人なら問題ないしね。
というわけで!
仲間が一人増えて私たちは駆ける!
邪神二名とネコ一匹――次の生息地に向かい、進撃を開始した!




