砂漠女王からの依頼 ~夢見る乙女の微笑~
ランチをしながら今後の相談をするとのことだったので。
大魔帝たる私はウキウキで宮殿に帰還!
待っていた女王陛下カトリーヌ様に、ヒナタくんの説明をしながらズズズズズ♪
既に食事を開始していた。
ロイヤルな調度品が目立つ、王族の食卓での出来事である。
『というわけで、夢見る乙女こと女子高生勇者のヒナタ君さ』
紹介を済ませた私はロイヤルな食卓で、お代わりをオーダー!
香辛料がベースの、濃厚トロトロなジャガイモと豆のカレースープに、パンを浸して。
スープを吸って柔らかくなったパンをぺろぺろり♪
「夢見る乙女。あの神話の存在本人を連れてきたじゃと!?」
「へ、陛下!? お気を確かにニャン!」
女王陛下が、ぎょっと仰天して倒れこんでしまっているが。
気にせず私はしっぽをぶわぶわ♪
こんがり焼いたパンとチーズを、サイドテーブルから魔術で取り寄せ。
豆が浮かんだカレーの海に、スススス♪
焼き目でパリっとしていたパンがカレースープの香辛料と、合う!
合う合う合うのじゃぁぁぁぁ!
ヒナタくんも既に座ってカレースープの皿を空にして。
にこにこ笑顔で、ほっぺを膨らませている。
「なかなかね♪ ねえ! ケトスっち~、あたしにもパンとってよ!」
『はい、チーズをスープに入れて熱魔術で溶かしても美味しいよ♪』
我ら素敵ニャンコと女子高生はいつも通りに、グルメ補充。
夢世界でも変わらずやっているのだが。
黄金の装飾を纏ったまま倒れこんだ金髪エルフっぽい女王陛下。
カトリーヌ様はニャンコ化が進んでいる糸目武骨戦士くんに起こされて――。
一言。
「ケトス殿? 本当に、事情を説明して欲しいのであるが? 妾の頭がついていかん……本当に、あの夢見る乙女様なのかえ?」
『君たちが言うところの乙女が――この世界を夢見る主。ドリームランド・ムーカイアを夢世界として維持している存在だというのなら。間違いなくこのヒナタくんが夢見る乙女、その人だよ』
言われたヒナタ君が、コロッケっぽい豆の揚げ物をむしゃむしゃしながら。
ブイサイン。
私に負けぬ食欲でグルメを平らげながら少女は言う。
「なんかそうらしいわねえ~、あはははは、ごめんね~♪ こんな女の子で」
「外なる神の降臨に、夢見る乙女の降臨。いや、これは吉兆なのであろうが……」
金糸を彷彿とさせる長い髪をかき上げ直し。
砂漠の女王がシリアスな顔を作り出す。
「夢見る乙女よ。妾たちはそなたを何と呼べばいいのであろうか――」
まあ、見た目は可愛い美人さんな女の子だからね。
困ってしまうのは分かる。
こちらが口に一杯グルメを詰め込んで、喋れない間に――女王に耳打ちするのは、例の武骨戦士君。
「なるほど、ウツクシキ・ジョ・シコウセイユウシャのヒナタ様と……そうお呼びすればいいのであるな。わかった。うむ、良い響きでありますな。部下たちにも、民たちにもそう伝えておきましょう」
「ぶび……! ちょっと待った! ダメ! 普通にヒナタさんとかでお願いできます?」
糸目ニャンコになりつつある武骨戦士君は、やはり首を横に倒し。
「何か問題がニャン?」
「ニャンじゃないわよ、ニャンじゃ! もう、本当にあれは冗談だったの。滑った話を繰り返されても困るし、早く忘れてっ!」
ヒナタ君がガルルルルっとなっているので。
こほん……。
師匠たる私が話を引き継ぐ。
『さて、ヒナタくんの呼び方はともかくとして。これからどうするつもりだい? たぶん私の起こした光の柱は敵にも察知されている。一週間以内にはなんらかの動きもあるだろうと、私は考えている。救世主として呼ばれたからには協力するけれど、女王としての方針を聞いておきたい所なんだよね』
問われた女王は、しばし考え。
「協力してくれると言ってくれること、大変に感謝しておる。いや、すまぬな……もっと敬語を使うべきなのであろうが……」
『そういうのは構わないよ。君は女王なんだ、上に立つ者としての威厳を保つことも仕事さ』
フォローする私に、ヒナタくんがぷぷぷーっと口元に笑みを浮かべ。
ニヤニヤニヤ。
「あいかわらず女の人には甘いのねえ~、ケトスっち」
『外野が何かを言っているが、気にせず話を続けておくれ』
師弟の空気感に女王は戸惑っているようだが、それでも彼女は金の髪を輝かせながら言った。
「話を続けさせてもらうぞ。敵の正体も謎、ケトス殿の話によれば外なる神の一柱、黒山羊聖母なるモノがなにやら企んでいるとの話であるが……正直、なぜこの国が狙われているのか、まったく見当がつかないのじゃ。その理由を取り除き、恒常的な安全を確保したいという考えもある」
『狙われている理由かぁ……』
ネコ手を組んで、私は難しい顔で考える。
『ねえ、この世界って、砂漠の地域以外にも国や大陸はあるのかい? ヒナタくんも遠くに飛ばされていたけど――私、地理を把握してないんだよね』
「もちろん多く存在しておるぞ。そうじゃのう……一番近い所では――砂漠を抜け、海を渡った先にはここよりも遥かに発展した、資源も豊富な人間たちの国家が存在しておる。なんでも、イケおじなる特定の顔立ちの、特定の年齢層の、特定の性別になると能力が大幅に向上する――なんとも特殊な地域らしいが」
うわぁ……さすがヒナタくんの夢の中。
めちゃくちゃ特殊すぎる空間の地域もあるんだね……。
あ、ヒナタくん。
下を向いて、真っ赤な顔で汗をタラタラ流してるし。
『ふむ、この国には悪いけれど、その愉快な国の方が攻め込む価値がありそうだね。じゃあこの国を攻める意味がなにか他にあるはずか』
意識を集中させ、この国の魔力反応を探る。
猫耳がアンテナのようにぴょこんぴょこん♪
髯が、ぶわぶわっとタコ糸のようにピンピンに張って――チェック!
反応が返って!
……。
こないね……。
『あれ? 魔術的な意味を持ったモノなんて、何もなさそうなんだけどな』
「ねえケトスっち。普通に他の国より豊かじゃないからこそ、優先して狙われたってことはないの? ほら、攻めるなら楽なほうから攻めるってのもよくあるじゃない」
『その場合、この国を攻め落とすメリットは……ああ、あんまり考えたくないけど、人そのものか』
嫌な顔をする私とヒナタくんに、女王が言う。
「どういうことじゃ? 妾にはちと分からぬが」
『ようするに、ここに住まう人間そのものが目的かもしれないってことだよ。魂があるのならば心もある、心は力となるからね。極端な話、君を核として生贄に使用――レイド級の女王モンスターの個体を生み出す事だって可能なのさ。なるほど、たしかにそれなら弱いこの国を攻めるのも分からなくはない』
まあ確定ではないけどね。
民の安全を憂う皇帝の顔で、女王は静かに唇を動かす。
「ふぅむ……命そのものが狙い、か。あまり心穏やかな話ではないのう」
「まあそれは今までの話よ! 今この国にはこのあたしとケトスっちがいるんだから、ほとんどの敵は大丈夫よ! こう見えてもケトスっちって本当に強いんだから! あたし自慢の師匠なのよ」
ぺこぺこと手を振って見せて、乙女は花の笑み。
彼女の持つ勇者のカリスマはこういう有事にも本領を発揮する。
カトリーヌさんの指揮能力にも上昇が確認できていた。
「ふふ、夢見る乙女はケトス殿を好いていらっしゃるのだな」
「そりゃあまあ、好きよ。師匠としてもニャンコとしてもね。そうじゃなかったら、こうやって一緒に行動もあんまりしないでしょ」
言いながらもちょっと残念そうな顔をして、ヒナタくんは私に目線をやっていた。
少し寂しそうな顔をして、けれど微笑んでいる。
どうしたのだろうか。
「好きよ――うん、大好きよ。はぁ、ずるいわよねえ。ネコって。だって、ネコちゃんって時点で大抵の人は好きになるんじゃないかしら?」
それはまるで、目当てのグルメを購入できなかった時のホワイトハウルのような顔だった。
深い諦めと、けれどグルメが欲しがっていた人の手に届いたのなら。
まあ自分の分は仕方がない。
そんな、嫉妬の魔性たるワンコが悟りの境地に至った時のような、深みのある顔なわけで――。
普段と少し空気が違うのだ。
僅かにドキっとしてしまうほどに、大人びた顔をしている。
もしかして……ヒナタくん。
私は深く考えて、一つの答えを導き出していた。
真剣な顔で私はヒナタくんを見る。
『ヒナタ君、もしかして――君も猫魔獣化したいのかい?』
「違うっての」
ジト目を向けてくるヒナタくんに、私は猫眉をうにゅ~っとする。
『じゃあなにさ。気になることがあるんなら、今のうちに話してくれた方がいいんだけど』
「本当になんでもないわよ。なんでもね! 今回の件とは関係ないし。あたしも大人になったかなって、そう思っただけ的な? あははははは。って、もういいでしょ! 本当に今は関係ないし、話を進めるわよ」
うにゅ? っと頭上にハテナを刻む私と武骨戦士君。
対照的にカトリーヌさんは眉を下げて、何やら理解した様子で静かに瞳を閉じていた。
黄金をしゃらんと鳴らし、女王は言う。
「そう……であるな、すまぬな乙女よ。話の腰を折った妾のせいじゃ」
「まあ、いいのよ。別にあたしも、そんなにそこまでってわけじゃなかったし? ちょっと身近に頼れる人がいたから、ちょっと気になってただけみたいなだし?」
顔を赤くし、ぷーっとしている少女に女王が言う。
「どうであろうかのう。まあ乙女本人が納得しているのなら構わぬが……もしじゃ。もし――まだ迷っているのならば相談に乗るぞ? 女王ではなく、一人の大人の女としてな」
「本当!? まあこの二人に、そういう乙女の感情的な部分を相談しても、絶対に通じないし。無駄そうだしねえ。頼りにしちゃおうかしら」
女王の言葉を受けたヒナタ君が、ニヤニヤと私と糸目君を見ていた。
女性陣だけで、なんかわかってます――的な空気をだしているが。
私と糸目武骨戦士君は、にゃーん? と、困惑中。
女王が咳払いをして私達に目をやる。
「ともあれじゃ。今後の事であるが、外の世界から降臨されたケトス殿、乙女殿――どうかこの国の民たちを助けてはくれぬか? 妾にできることならばなんでもすると約束しよう」
『私は救世主として呼ばれたからもちろん問題ないけど。ヒナタくんはどうする?』
この事件を解決しないと、魔王様に儀式を邪魔したやらかしを怒られるし。
言葉を受けたヒナタ君は考え。
なにやら思いついた顔で、ニヤリ。
「そうね――でもその依頼は受けられないわね!」
『おや、珍しいね。その心を聞かせてもらっても?』
「決まってるじゃない!」
ビシっといった直後に、ヒナタくんは太陽スマイル!
「あたしは欲張りですからね! 助けるのなら全員がいいわ! 女王陛下。民だけと言わずに、あなたも含めて助けてあげるわよ! だから、あなたも自分を犠牲にすればいいって考え方をやめなさい! きっと、陛下みたいな美人さんが犠牲になっちゃったら、残された人たちだって困っちゃうわよ」
告げて勇者のウインクである。
勇者としてのレベルはカンスト超え。
ヒナタくんのイケメン勇者スマイルが、女王陛下のハートを直撃したのだろう。
一瞬、女王は白い肌に朱を浮かべ。
惚けた顔を引き締め、女王としての声で言う。
「ふふ、そうか――それもそうであるな。では訂正する。妾も含め、この国を救ってはくれぬか? 報酬は民の負担にはならぬことを限度とし、十分に取らせてもらう。どうであろうか」
当然、ヒナタ君はニヒヒヒと微笑み。
ブイサイン!
「大船に乗ったつもりで任せなさい!」
太陽よりも輝かしいスマイルで、快諾した。
これで協力者は確保できたわけで、女王様もほっとしているだろう。
これにてこちらの結束は完璧!
円滑に協力関係を作れるのも、ヒナタ君の勇者の能力でもあるんだよね。
伊達に本物の勇者ではないということだ。
扇動の能力の本来の使い方でもある。
「しかし、具体的にはどうしたものか――光の柱で敵が察知しているとなると、こちらは常に緊張状態であるしのう……」
『あ、それなんだけどさあ。ヒナタくんが合流したから、守りと攻めで分担できるようになったわけだろう? ならちょっと考えがあるんだよねえ♪
既に私の世話係状態になっている糸目武骨戦士君が言う。
「と、おっしゃいますとニャン?」
『決まっているじゃないか。こっちから敵のアジトっぽい場所に攻め込むんだよ』
言って私は、フォークをぐさり!
香草とラム肉のパイ包みに突き刺し、むっちゃむっちゃ!
邪悪スマイルを浮かべてやったのである。




