夢見る乙女 ~ジャガイモの揚げ串はリップが照る~
光の柱事件から三日後。
一面の熱砂に覆われた国。
砂漠の民が住まうムーカイアに今、邪悪なる影が蠢いていた。
もぞもぞ、もぞぞぞぞぞぞ!
砂漠が揺れる。
砂の中に隠れた邪悪なるナニかが、ズズズズズズと、這いずっているのだろう。
熱砂の奥から、くぐもったケモノの声が、聞こえる。
くはははははは!
くはははははは!
そんなわけで!
熱砂の砂漠に潜むは邪悪なる神、大魔帝ケトス!
ポカポカな砂の中を進む黒いモフモフにゃんこな私が、ざざざざざざざざ!
連絡をつけて呼んだヒナタくんと合流するため、砂漠を駆けていたのだった!
ずぼっと飛び出し、ずじゃっと着地!
砂漠のポカポカを肉球に受け!
獣毛に入り込んだ砂を、ぶるぶるぶるっと弾き飛ばし!
足の指の隙間に入った砂もカカカカ!
準備は整い、さあ挨拶!
『大魔帝ケトス! 華麗にお出迎えなのである!』
出迎えられた女子高生勇者のヒナタくんが、じぃぃぃぃぃいっと私を見て。
美人さんな顔でぼそり。
「ケトスっち……なんで砂に潜ってるのよ……」
『猫って元は砂漠出身らしいからね。っと、あぁ、やっぱり肉球の隙間に砂が入り込んじゃうなあ』
なのでイタクァの風を纏って。
宙をぷかぷかと浮かんでみる私――。
とってもフライングキャットだね?
空飛ぶ美しい私を見て、なぜだろうか。
ヒナタくんはわなわなと震えはじめ、ゴゴゴゴゴっと聖炎を背後にまとって。
ビシっと私を指さした。
「あぁぁぁあぁぁぁ! ちょっとケトスっち! あんたなんでこの世界で魔術が使えてるのよ!」
なんか、めちゃくちゃ怒ってるな。
なんだろう。
『なんでって、あれ? もしかしてヒナタくん、まだこの世界で魔術を使えないのかい?』
「当り前じゃない! 魔術式がまったく機能しないし、めちゃくちゃ困ってたんですけど!?」
ああ、そういや夢世界での魔術体系、暗黒神話魔術を教えてなかったか。
って。
『え? じゃあどうやってここまで来たのさ!? 君、私が念波で通信したときも、けっこう離れた場所にいたよね?』
「歩いてきたに決まってるでしょ! めちゃくちゃ大変だったのよ!?」
うわぁ……。
ていうか、かなり離れた距離にいたのに三日で歩いてくるっていうのは、逆にすごいな。
さすが勇者といったところか。
この夢の中は安全ではない。
ヒナタくんが目にしたことのある魔物が、無数に生息しているのだ。
多種多様なモンスターや神話生物。
よくわからん魔神とかも、ウヨウヨといるのだが――。
多分普通に、格闘でワンパンしてきたんだろうなぁ……。
『にゃははははあぁ、ごめんねえ! はい、これがこの世界での魔導書さ。覚えればここの世界での魔術が使えるようになるし、外でも使用できることは確認済みだからね。戦術の幅が広がるよ』
「もう、そういうのは夢世界に入る前に教えてよぉ」
言いつつも、ヒナタくんは受け取った魔導書をじっと見て。
超高速でバサササササ!
目を通し終えたのだろう。
「黄衣の王たる貴公子よ。風を司りし者よ――汝の名はハスター。我はヒナタ、勇者ヒナタ。まどろっこしい契約は抜きよ! さあ、汝の眷属の力をあたしに使わせなさい!」
宣言が魔術の因となり、ヒナタくんの体が宙に浮く。
鑑定すると既に暗黒神話魔術マスタリーの称号が付与されてるし……あの一瞬で、完全に習得済みだな、こりゃ。
ジャージ姿なのでちょっと笑えるのだが。
『あいかわらず天才だねえ、君は。その神って、一応四大属性の最高位存在なのに一瞬で覚えてるし……』
「にひひひひ! そりゃあね! このあたしを誰だと思ってるの!」
美少女勇者、渾身のブイサインである。
ジャージ姿のままなのはどうかと思うので、私は肉球を鳴らす。
ざざざ、ざぁあああぁぁぁぁ!
ヒナタくんの衣装がアラビアンでゴージャスな衣装にチェンジされる。
自分の装備を見て、まんざらでもない顔で彼女は手をパタパタパタ。
「え、なーにこれ! 砂漠のお姫様衣装ってやつ!?」
『君のために用意しといたのさ。ジャージのままっていうのもなんだろう?』
水鏡の魔術を既に使いこなす天才少女は、自分の姿を見て。
ポーズをとって、くるりんぱ♪
瞳をきらきら砂漠の砂より輝かせていた。
「悪くはないわねえ♪」
『天才コーディネーターと呼んでくれてもいいよ?』
「よくわかんないけど……服なら、スタイリストとかじゃないの?」
言われて私は考えて。
耳の裏についた砂漠の砂を払いながら言う。
『さあ? そういうのって、女子高生の君の方が詳しいんじゃないかな。ファッション用語的なアレだろう?』
「なっ……! と、とうぜん知ってるわよ!」
といいつつも、ヒナタくんは考え込み。
……。
話題をそらすようにシリアスな顔を作り出す。
「それより、そっちがあたしと合流しに来てくれるはずだったのに。手が離せないから来て欲しいって、どうしたの? なにかトラブル?」
検索すれば言葉が出るんだろうけど。
ここ、電波届いてないしねえ……。
『ああ、この世界に来た直後にこの国の女王陛下の召喚儀式を邪魔しちゃってね。その埋め合わせにこの国をしばらく守らないといけなくなっちゃったんだよ。で、君とずっと離れてるのも心配だったし、来てもらったってわけさ。悪いね』
「いつものパターンってことね」
私がやらかして、それを解決するために行動する。
いわゆるよくあるお約束なのは彼女も承知しているのだろう。
眉を下げて、ヒナタくんがぷっくらとした唇を動かす。
「まあいいわ、とりあえずこっちもあの山羊たちの行方を掴んでないし――ここでしばらくゆっくりしてもいいかもね。ねえねえ♪ ケトスっちがこの国に滞在してるってことは、グルメもあるんでしょ? あたし走ってきたからお腹すいちゃってさあ。その辺も期待していい感じ?」
さすが我が弟子!
グルメへの探求を忘れぬ、その心が良し!
『イイ感じさ! ジャガイモと豆料理がメインだね! なかなかにおいしいよ?』
「んじゃ! さっそくグルメ巡りよ!」
少女はニヒヒヒヒっと私みたいな笑みを作り。
ぐっとガッツポーズを作ってみせた。
◇
ところ変わってムーカイアの入り口。
私達はあの後、砂漠の海をぷかぷか浮かんで一時間ほど飛行。
無事に町へと帰還していた。
このまま市場へと直行する予定だったのだが――。
砂漠特有の石造りの街の奥から、ダッダッダッダ!
誰かが走ってやってくる。
両足を欠損していた大柄の青年戦士、私が治療をした兵士の一人である。
名前は……、名前は――。
ぶ、無精ひげの戦士君である!
戦士君は治ったばかりの足で走ってきたが……。
うん、違和感なく走れている。
治療は完璧ってことかな。
戦士君が武骨な顔立ちを引き締め、ビシっと敬礼する。
「救世主様! お戻りになられたのですねニャン」
「救世主ってのは、まあ分からないこともないけど……にゃん?」
ヒナタ君が怪訝そうな顔をしている。
そしてなぜか私をじっと見ているが。
私は目線をそらして、何事もなかったように言う。
『どうしたんだい? 周囲に敵の気配はないってことだったけど……緊急事態かな?』
「いえ! 女王陛下が昼食をご一緒しながら今後の相談をしたいと――。どうでありますか!」
ビシっと敬礼しているその手から、だんだんと肉球が浮かんできて。
回復した足が、徐々にネコの足となっていく。
頭からも獣耳が生えてきたせいだろう。
猫耳と猫しっぽをはやした人間、つまり獣人に見えちゃってるので――うん。
私は幻術でそれを上書き。
よーし、普通の人間に見える!
ヒナタくんが事情を察したのだろう。
したり顔をして。
「ははーん、救世主様ぁ? まーた、なにかをおやらかしになられました?」
『や、やらかしてなんかないよ?』
完璧に誤魔化した私は猫の手をしぺしぺしぺ。
手の甲を濡らして、顔をふきふき♪
完璧に誤魔化しているはずの私に、ネコ手ネコ足となっている戦士君が言う。
「救世主様は悪くないのでありますよ。これは治療の副作用でありますので」
「つまり、やっぱりケトスっちがなんかやらかしたのね……?」
素直に吐きなさい。
そんな保護者顔をしているので、はぁ……と私は観念し。
吐息に乗せた言葉で、ネコ髯を揺らす。
『たいしたことじゃないんだよ? ちょっと魔術の講義に意識を飛ばしながら、大規模な奇跡を使ったんだけどさあ。その時に、猫を称えよ! ハレルニャっていう治療魔術を使ったわけなんだ。うん。でさ? その前に結構瀕死だった負傷者の傷を治して、その時に精神汚染を防ぐために洗脳の魔術を使って、精神をガードさせてたんだけど……』
先を読んだヒナタくんが、たまご肌な額に指を当て。
うーむと唸り。
「なるほどねえ。つまり、洗脳効果とネコを称えよとかいう謎の回復奇跡が、両方かかってる人は……ネコ、つまりケトスっちを称えすぎている影響で、だんだんとネコ化している、と……。そういうことかしら?」
『おお! こんな荒唐無稽な話、よく見抜くことができたね! さすが私の弟子!』
首周りのモフモフをキラキラと太陽に反射させる私。
とってもかわいいね?
「さすが私の弟子じゃないわよ! あんた! まーた、人が目を離している隙に、そんなことしちゃって! どーすんのよ! うっかりで人からネコになっちゃうって事件、これで何回目!? さすがにそろそろ学習しないと、まずいでしょう!」
『お、怒らないでおくれよ! 私だって、みんなを治すために魔術を使っただけなんだから! そ、それに、ネコ化状態は能力も大幅に上昇するし! 色々と、そう、いろいろとお得だし!』
ぺんぺんぺんと肉球で地面を叩き、石板を召喚!
いかにネコ化が素晴らしい効果かと説明してあげているのだが!
必死で正当性を主張する私に、助け船が飛んでくる。
「まあまあお待ちください、救世主様のお連れ様。ワタシは救世主様の祈りと奇跡により救われたのです。その救世主様と同じ種族への進化……すなわちネコ化はむしろ誉れ。ネコこそが人類を超えた至高なる種族、ネコこそがこれからの時代を切り開く希望! そう思っていますからニャン!」
武骨な顔立ちの糸目なので、なんかネコが目をつぶってるように見えるし!
戦士君はネコが似合っているのだ!
なので!
もっといってやれ!
「ていうか、あなた……なんか喋り方も中途半端なニャンねえ……。その語尾、なんなのよ? ネコだからってニャンをつければいいとか思ってない?」
「いえ、これはつけたくて語尾にニャンをつけているのではなく。ケトス様の祝福ハレルニャの影響で――」
あ、バラされた。
そう。
なんつーか。あの光の柱に飲み込まれた怪我人って、たまに語尾がニャンになってるんだよね。
説教モードでゴゴゴゴゴっと腕を組んでいるヒナタ君。
そのお叱りを回避するべくだろう、武骨戦士な青年が猫耳を揺らして口を開く。
「と――とにかく一度、宮殿にお戻りください。お連れ様も……えーと」
そういや。
自己紹介をしていないからね。
「ヒナタよ、ヒナタ。美しき女子高生勇者ヒナタ様って呼んでもらえばいいわ」
「承知いたしました、美しき女子高生勇者ヒナタ様。美しき女子高生勇者ヒナタ様のお部屋もご用意させていただきますので、どうかご一緒に。美しき女子高生勇者ヒナタ様」
うわぁ、ぷぷぷー!
ヒナタくん!
冗談でヒナタ様と呼べっていったのに、相手が武骨な戦士タイプだからボケだって通じてないでやんの!
まじめな戦士君にそういう洒落って、こうなっちゃうよね。
訂正しないとずっと言われ続けると察したのか。
はたまた急に恥ずかしくなったのか、ヒナタくんは、かぁぁぁぁっと頬を赤くし。
「ちょぉぉぉぉおっとストップ! ヒナタでいいわ、ヒナタで! せめて様はやめて!」
「なぜですか? 美しき……」
「いいから、本当にあたしが悪かったから……ふつうにヒナタって呼んで」
んん? と頭上にハテナを浮かべているが。
糸目を引き締め、武骨戦士な青年はしっぽを揺らす。
「は、はぁ……よくわかりませんが、分かりました。とにかく、まいりましょう。女王陛下もお待ちですので――ニャン」
武骨戦士君の案内で、我らは進む!
そのまま宮殿へ向かうことになったのだが。
宮殿への道を進んでいくとニャーニャーニャー。
色んなところからネコの声がする! でも気にしない!
市場の煙はグルメの香り!
いたるところから、おいしいが漂っている!
当然、私とヒナタ君の足は方向転換。
ネコ様をあがめよ!
ネコ様を信じれば救われる!
そんな祈祷が聞こえているが、気にしない!
四割がモフモフになっている市場を見て。
ジャガイモの揚げ串を購入したヒナタ君が、むっしゃむっしゃと頬張りながら私に言う。
「で? なんで店員さんが猫魔獣になってるのかしら?」
『ん? なんでだろうね』
まさか、言えないよねえ。
光の柱事件……ハレルニャの影響で、どんどんネコ化が侵食してるなんて。
なので私はしらばっくれて。
『きっと、ネコが多い国だったんだろうね。砂漠だし』
「へぇ……そう。じゃあなに? あの、どうか我らもネコにしてくださいって、道に並んでケトスっちを拝んでいる人たちは。ネコちゃんのファンかしら?」
う、うぐ!
た、たしかに、あれはバレる。
三日前のあの事件から、この国は大きく変化した。
既にこの私が、至高なる種族である猫魔獣へと人間を進化させているということは、有名。
ほぼ死者だった人々を奇跡の御手で治療したのも有名。
一般庶民の方々の間でも伝わっていて。
なーんか。
私を神として崇め奉る宗教が生まれちゃってるんだよね。
開き直り、私はドヤァァァァ!
『まあネコってかわいいからねえ。信仰しちゃうのも仕方ないよねえ! 我をあがめよ! 褒めたたえよ!』
「……ちょっと、ケトスっち……。これ、治せるんでしょうね?」
と、私のモフ耳に口を寄せてヒナタくん。
私も他の人には聞こえない声で言う。
『ああ、本人が人に戻りたいと本気で願った時には、自然と治るってのは確認してある。それに、この状態だと戦闘能力が大幅に向上するのは確かだからね、今はそのままにしているんだよ』
「戦闘能力を気にするって……やっぱり、この国、まだ何かに狙われてるの?」
シリアスな話となってしまうが。
私はこくりと頷いた。
『ああ、この国を襲っている連中の裏には黒い山羊がいる。君の夢の中で、白い山羊と勢力争いをしていたあの黒山羊聖母だよ』
告げる私に、ヒナタくんはごくりと息をのみ。
ものすっごい、げんなりした顔で肩を落とした。
「ねえ……なんであたしの夢の中で、そんな意味不明な争いをしてるのよ……わりとマジで」
『そりゃあ、君。少女の夢の中って栄養抜群だからね、夢に入り込む能力者だったら、利用したくなるんじゃないかな』
ヒナタくんの言葉を借りるわけじゃないが。
わりとマジで彼女の夢は資源の宝庫。
多数の異世界を渡り世界を救い、そして恵まれた血筋と魂を受け継いでいる存在。
その心は強い魔力を持っている。
夢の中で独立した世界。
ドリームランド化しているということが、なによりの証拠だろう。
「うへぇ……勘弁してよお。なんとかして起きてる時に追い出せないかしら」
『それは難しいだろうね。まあ……あの黒山羊が前回の事件で少女の心を利用していたように。ここでもまた、何かを企んでいるのは確実だろう。なーんか白山羊とは敵対してるみたいだけど……、全ての聖母の力を扱える強敵だ。油断はしないでおくれ』
言われたヒナタくんはジャガイモの串をさらに追加し、がじがじがじ。
おいしそうに衣をサクサク嚙み切りながらも、大きくため息。
「あたしの夢を利用されるっていうのは、気に入らないわねえ」
腕を組んで、ぶすーっ!
串焼きの脂で輝く唇をムッとさせる少女に、ネコ化が始まっている武骨戦士君が言う。
「すみません。さきほどから勝手にお聞きしているのですが……。ちょっといいですか?」
「どうしたの? ニャンコ戦士さん」
うわ、ヒナタ君。
もう既にニャンコ呼びである。
ていうか、この人もこの人で、既にネコ耳化しているから内緒話でも聞こえちゃってたのか。
「話からすると、ヒナタさま――」
「ヒナタさんとか、ちゃんでいいわよ」
訂正が入る。
ヒナタ君も話の腰を折るの、けっこう多いよね。
「えーと、ヒナタさん。まるであなたが、この世界の主――夢見る乙女だと言わんばかりの発言をされていますが……」
「夢見る乙女? なーにそれ」
ああ、そういえばヒナタ君も武骨戦士さんも知らないのか。
私が二人の間に割り込み言う。
『後で説明しようと思っていたんだけど。まあいいか。このヒナタくんこそが君たちが信仰している世界の主。夢世界ドリームランド・ムーカイアの創造神。夢見る乙女、その人だよ?』
猫口を動かした私は、市場の中央にある女神像をビシっと指さす。
あれこそが、外なる神で創造神の乙女を祀る像。
そう――ヒナタくんって、この世界の住人にとってはかなり凄い存在なんだよね。
正真正銘の、世界を生み出した神なのだ。
まともに顔色を変えた武骨戦士君が、まるでネコの様に髪をぶわぶわっと逆立て。
ぶにゃにゃにゃにゃ!
「にゃ、にゃんですって!! あなたこそが、乙女様!?」
そりゃ。
自分たちの世界、夢を作り出している本人がここにいるなんて。
ふつうは思わないよね。
あ、武骨戦士君。
めちゃくちゃ驚いたせいだろう。
ますますネコ化が進んで、とうとう反応までネコっぽくなってきたな。




