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我、復讐セリ ~大魔帝の美しい毛並み~


 肉の煙までおいしそうなステーキ店内。

 使い魔用の高い椅子の上で、鉄板テーブルをじぃぃぃぃぃいいいっと眺める私。

 目の前に広がるのは肉のパラダイス。


 じゅわじゅわと弾ける肉汁。

 とろーり溶けた濃厚バター。二種類のソースが絡み合う鉄板の上。

 ほんのり赤みが残る分厚いフィレステーキに魔力で浮かせたナイフを通し、肉球で掴んだフォークで刺して。

 一口。


 あー、肉のおいしい脂が口の中でとけたよ、いま!


『ぶにゃにゃにゃにゃ♪ くははははは、うまい!』

「マジ最高っすね、ここのステーキ!」


 私の歓喜の唸りに、マーガレットも同調しパクり。


『いやあ、まったくだねえ! 旅立つ前にこの店に寄れて本当に良かったよ』

「まったくっすねえ! あ、お野菜切り分けましょうか?」


『気が利くねえ、猫の一口で頼むよ』

「了解っす」


 彼女のナイフで切り分けられていくお野菜も、鉄板の上で焼き上げて。

 表面に交差状の焼き目がついたカット野菜を肉汁ソースに浸して。

 これもまた一口。


 もぐもぐ、むしゃむしゃ。

 猫口の端からちょっぴりソースが零れてしまったが。


 これもなかなか美味いではないか。

 お肉もカット野菜もペロッと平らげて。


「はい、ケトスさま。パン貰ってきましたよお」


 さすがにメイドをしていただけあって、タイミングも完璧である。


 ちぎったパンをこれまたバター肉汁にくぐらせ、パクり。

 猫の頬毛が喜びにぶわっと膨らんでしまう。

 さて、


「次、どれ注文しましょうか?」

『そうだねえ』


 メニューを真剣に覗き込み、悩む私とマーガレット。

 そんな二人の横で声を上げたのは。


「あのぅ……お二方、そろそろわたくしのお話を聞いていただきたいのですが……」


 怜悧な印象を与える一人のスレンダーな女性。

 草臥れた司書といった感じの、眼鏡をかけた、どこか未亡人を彷彿とさせるおっとりとした女性である。


「さすがに、あのですね……このまま放置されてしまうのは、少々、居づらいものを感じてしまうのですが……」


 私を詐欺師よばわりし追い出した冒険者ギルドの長。いわゆるギルドマスターとよばれる冒険者の管理人である。

 まあ彼女に罪はないのだが。


『あー君、まだいたんだ。大丈夫だよ、もう別に気にしてないし。用もないからさ』

「ケトス様が女性相手にこの態度って……追い出された時に土埃で自慢の毛が汚れちゃったこと、まだ根に持ってるんっすね。逆鱗ってやつっすか」


 メニューを捲りながら言うマーガレット。

 さすがにここ最近、行動を共にしているせいで気付かれたか。


 だって私は魔王様の愛猫なのだ。

 魔王様が撫でてピカピカにしてくれる猫毛が汚れてしまうなど、許されていい筈がない。

 せめて追い出すにしてもだ。

 腕に抱っこして、はーい、駄目でしょ~とか言って追い出すか。


 ――まあ、なんと素晴らしい毛並みなのでしょう。さぞや素敵なご主人をお持ちでいらっしゃるのですね。

 ぐらいご機嫌を取ってから追い出して欲しかったのである。

 心が狭いというなかれ。

 だって私はネコ様なのだから。


『まさか、私は心が広いんだ。そんなことまったく、これっぽっちも、ぜんぜん、肉球の爪にひっかかる糸くずほども、気にしていないよ』


 はははは、と穏やかに微笑み。

 マタタビジュースを紳士っぽく一口。

 ズズズズ。

 まさに落ち着き払った立派な御猫様である。


 そんな私をジト目で見つめ、元メイドは言う。


「で、本音はどうなんすか?」

『脆弱なる人間の分際で、この我の毛を汚すとはどう虐め倒してくれようか! にゃふふふ、覚えておけよ人類ども! あのギルドの連中に、全ての確率判定スキルが失敗になる永続デバフの呪いでもかけてやってもいいのだからな! ぐははははははは!』


 と。

 憎悪の魔力をちょっとだけ漏らし。


 牙を剥き出しにシャアアアアアと唸りを上げ、追加のステーキを爪でジャキジャキ切り分ける。

 おっとりギルドマスターは、口元に手を当ててあわわわと慌てるが。


 そんな彼女に、アハハと笑いながらマーガレットが言う。


「まあこんなこと言ってますけれど。この人、ちゃんと謝ったり誠意を見せればたぶん許してくれますから大丈夫っすよ」


 あ、ネタばらしされた。

 そう。

 このギルドマスター、なんだかんだで私達に謝罪をしていないのである。まあ、慌ててるとそういうこともあるよね。


「あ……、す、すみません! あまりにも動転していたので、この度は正式な紹介状をお持ちのあなたがたを……詐欺師呼ばわりをして、本当に申し訳ありませんでした」


 彼女は深々と頭を下げるが。

 私はまだ知らんぷり。

 尻尾がびたーんびたーんと使い魔用の椅子を叩く。


 そんな様子を観察していたマーガレットがギルマスに向かって、小声で助言を与える。


「ギルマスさん、そこじゃなくて、たぶん、追い出して毛を汚した方の謝罪」

「す、すみません。黒猫様の美しいお身体を、当方の者が失礼にも汚してしまい、大変申し訳ありませんでした。この通りです、どうかお許しを」


 よし。

 ちゃんと謝罪したな。

 許す気になったら多少、大人げなくも思えてきた。私って、ちょっぴり心が狭いのだろうか。


『こっちも悪かったよ。まあよく考えたら、あの紹介状を全部同時に出されたら、信じられないのも仕方ないよね』


 私なんかは、自分がそれなりに偉い立場にあるせいかそんなに気にしていないが。

 一応、みんな偉い人物らしいし。

 おっとりギルドマスターが、ほっと胸をなでおろす。


「えーと、それで今回は当方の冒険者ギルドに何の御用だったのでしょうか? 用事を告げられる前にウチの者が追い出してしまったと耳にしましたが」


 私は、しばし考え。


『んー、まあ今回はいいよ。ここの街の名物料理は一通り味わったし、この後旅立つつもりだし。次の街のギルドで用事を済ませるよ。騒がせて悪かったね』


 どうせ長く滞在するなら新しい名物料理を探しながらの方がいいだろう。

 マーガレットも同意見のようである。

 二人の心は一緒なのに、おっとりマスターはなぜか頬に手を当てて、困った表情を見せる。


「と、仰られましても。それでは少々こちらも不味い事になってしまうので、はい。できたら一度、ギルドに寄っていただきたいのですが」


『何か問題でもあるのかい?』

「それは……まあ。さすがに名だたる方々の紹介状を信じず、追い返したままとなっては……ウチのギルドの信用が地に落ちてしまうかと」


 なるほど。

 たしかに暴君なんて呼ばれてるピサロ帝辺りは結構厳しそうだしなあ。

 まあ暴君などと言われてしまうのは、悪に堕ちかけていた聖職者への牽制のために今まで必要があって強く出ていた。という可能性もあるが。


 ともあれ。

 ふと賢い復讐者の私は考えた。

 ニョキニョキと爪を出したりひっこめたりして、ニヤリ。


『分かったよ。じゃあここの支払いをそっちが持ってくれるってことで、さっきの件は無かったことにしてもいいんだけど。どうかな? 自慢の毛を汚されてちょっとムッとしたのは本当だったし、それでこっちの気も晴れるとは思うんだよ』


 さて、どうでるか。


「その程度のことで許していただけるのなら。ここの支払いは全て、わたくしが負担しましょう」


 にっこりと笑うギルドマスター。

 その程度。

 彼女はそう言ったが。

 既に約束は契約となって魔導契約書に自動登録されている。


 ニッコリと笑う私とマーガレット。

 メイドとして優秀な彼女は私の意図を読んだのだろう。

 にひぃっと微笑んで。


「すんませーん! こっちのテーブルにステーキ全メニュー、フルコースでお願いしまーす!」


「え!? まだお召し上がりになるんですか」

「アハハハ、わるいっすねえ。あたしもこの人も、めっちゃ食べるんで。この機会を逃すはずがないっていうか。ま、最初にこの人を手荒く追い出しちゃった自業自得って事で、すんません。ゴチになりまーす」


 一皿。

 二皿。

 三皿。

 ステーキ皿が積みあがっていく。


 初めのうちはギルドマスターも作り笑顔をキープし、にこにこ微笑んでいたが。

 十皿、二十皿、三十皿ともなると変わっていく。

 途中から顔を真っ青にして、頭を抱え込んでしまった。


 ま、これで復讐は完了かな。


 少しかわいそうだが、紹介状の中をちゃんと確認しなかったギルドが悪いのだから、仕方がない。もし重要な伝言が記されていたら、国際問題にもなりかねない状況だったのである。勉強代と思ってほしいものだ。

 実際。

 私は五百年生きてきたが。こういう下らない行き違いで戦争にまで発展することって、意外に多く目にしているのだから。


 別に、私の心が狭いわけじゃないんだからな!


 ◇


 食事を終えて冒険者ギルドの応接室。

 暴君ピサロからの招待状を開いたギルドマスターの表情がどんどんと曇っていく。


『そういや中は確認していないけど、あの皇帝君、どんな内容の紹介状を書いていたんだい?』


「どんな些細な……失態も許さぬ……。もしこの者の機嫌を本気で損ねたら、我が帝国は終わる。最後に、彼の者の名を記しておこう。伝説の大魔獣、実在する大いなる魔。正真正銘、嘘偽りなくこの御方は、大魔帝ケト……ス、殿である」


 あー、せっかくいつものように正体バラしのドヤ顔芸をしようと思っていたのに。

 ま、紹介状なら仕方がないか。

 しかし何もしないのもつまらないか。


『ほら、ステーキを奢るだけでチャラになってよかっただろう?』


 おっとりマスターが震えながら紹介状を読んでいる間に、大魔帝セット一式を亜空間から取り出してドヤ顔をしてやった。

 目を逸らしたその一瞬に。

 大魔帝の証たる冠と紅蓮のマント。

 猫目石の魔杖をふわふわ魔力で浮かせて、玉座に座っていたのである。


 ギルドマスターともなるとさすがに私の魔力が分かるのか、その瞳が微かに開いて身を震わせる。

 薄い口紅を動かして、彼女は呆然と呟いた。


「本物の……殺戮の魔猫」

『その通り。初めまして脆弱なる人間よ。そしてお肉を奢ってくれてありがとう、ギルドの長よ。私はケトス。魔王様より愛されし美しい毛並みの魔猫。大魔帝ケトスさ』


 ドヤる私の横で。

 まだ汚された毛の事、根に持ってるんすねとマーガレットがちょっと呆れている。


 ギルドマスターは何を想ったのか。

 まるで闇の底から光を窺う不死者の貌で、呟いた。


「魔術の祖たる魔王より直接魔術を授かった猫魔獣。全ての魔導を扱いし、大魔術師……! 近年、目撃情報が多数上がっていたとはいえ……まさか、本当に……降臨していただなんて!」


『いやあ、大魔術師だなんて。たしかに本当の事だけど、さすがに魔王様には劣るさ。あ、それと次に魔王様のことを魔王っていったら消し炭になるから気を付けておくれ』


 ドヤぁと私は猫貌でニッコリ。

 いつもならこのままギャグ空間になるのだが。

 彼女は真剣な顔で、私の赤い瞳を覗いている。


「一つ、お聞きしたいのです。魔術を極めし大魔帝ケトスさまに……お尋ねしたいのです。よろしいでしょうか」


 なんだというのだろうか。

 空気が明らかに変わっている。

 好意的なのか、敵対的なのかも判断できない。


 うーむ。

 我は大魔帝なのじゃと言えば、大抵怯えるのだが。

 この反応は予想していなかった。


 もしや、昔に私に関係者でも滅ぼされたのだろうか。仇討ち、とかいって襲ってこられても厄介なのだが。

 単純に。大魔帝であり大魔術師である私に、魔術について聞きたいのかもしれないが。

 はてさて。

 念のためマーガレットにこっそりと結界を張り。


 私は言った。


『なんだい。君には肉を奢って貰ったからね。答えられる範囲なら答えるよ』

「大魔帝ケトス様。あなた様なら……人を、失ってしまった命を、生き返らせることは、可能……なのでしょうか?」


 彼女は、薄い口紅を震わせ。

 静かに言った。

 ギルドマスターのその言葉に、私はそういうことかと息を漏らした。

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