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豆グルメと救世主 ~魔猫は祈り詠唱する~



 案内された宮殿があった場所は、オアシスから少し離れた砂漠の都市。

 外観イメージはタージマハール。

 とはいっても砂漠に広がる霊廟れいびょうではなく、普通に砂漠の民の王族が暮らす宮殿らしいが。


 大理石の床を進んだ先。

 本来なら女王陛下の食卓! といった感じの広い室内に通されたのは私。

 大魔帝ケトス!


 最強ニャンコな猫魔獣である。

 砂漠の熱気を吸った絨毯はポカポカで、ネコちゃん的にはありなのだが。

 普通の人間にはちょっと熱いのかな?


 グルメを用意してくれる給仕さん達は、わりと薄着であった。

 豪奢でロイヤルな食卓に並べられるのは、私への供物。

 いわゆる神への貢ぎ物である。


 この国での名産はじゃがいもと、豆。

 出される食事も肉や魚は少なく、豆料理が中心となっていた。

 並べられるグルメもヘルシーで、ヒナタくんも一緒だったらきっと「健康食ね……!」といいながらも、大量にお代わりしていただろう。


 とはいっても、別に肉食が禁止となっているわけではないらしい。

 単純に、家畜の技術があまり進んでいない様子。

 砂漠でも育てられる豆が、肉の代わりとなっているようである。


 今私が食しているのは、まんまるなボール状の揚げ物。

 鑑定結果の名はファラフェル。

 正直。豆料理は不勉強であまり詳しくないのだが――ひよこ豆をすり潰して作られた、私たちの感覚で言うとコロッケに近い食べ物のようだ。


 まずは一口で丸かじり。


 むっちゅむっちゅ♪


 衣のサクサクな食感の後に!

 肉に似た豆の濃厚なうまみが、ジュルジュル♪

 ヘルシーなお豆とほどよい脂が舌に伝わる!


 お豆が味の軸となっているので、脂っこくもない!


 真剣な顔でじぃぃぃぃっとお皿を眺め。

 ナイフとフォークで切り分け、ちょいちょい。

 トマトベースのソースにくぐらせ、もう一口♪


 高級店のコロッケを味わったことのある者なら、この濃厚な味の何割かを理解してくれると思う。

 舌の上で、トマトソースと絡み合ったホクホクな中身が――踊る!

 踊る! 踊るのじゃぁぁぁぁぁぁぁ!


 カカカ!

 赤き瞳とにゃんこのお口が、グルメの輝きで光だす!

 くくく、くはははは!


『くは~はははははっは! 豆なのに肉がごとき濃厚さ! ソースとも相性抜群な衣の揚げ加減! 実にいい! 我は満足である!』


 満足な吐息を漏らし、肉汁たっぷりなトマト入りサンドウィッチをがじがじ。

 ここでの肉料理はこうして、パンにはさんで食べるのが主流らしい。

 生地で包むことにより浄化するとか、そういう宗教的な意味でもあるのかな?


 数は少ないがこれも美味!


 ともあれどんどんと並べられていくグルメに私は大変満足。

 ニコニコと食事を楽しむ私を眺め……、ほっ。

 女王カトリーヌ陛下は胸をなでおろしているご様子。


 黄金の装飾をしゃらんと鳴らし、砂漠の女王は微笑んでみせる。


「どうやら、満足してくださっているようじゃな」

『まあねえ♪』


 ちぺちぺと肉球についた肉汁を舐めとり。

 私はすぅっと瞳を開く。

 窓の外に広がる一面の乾燥した砂世界に目をやりながら、私は本題を口にした。


『で? 危険な存在かもしれない私を宮殿の奥にまで招いたのは、どういう意図があるんだい? まさか本当に無礼を詫びるためだけってわけじゃないんだろう』


 ここ、実は滅茶苦茶シリアスな声を出していたりする。

 穏やかだが冷徹な声。

 魔王軍幹部ボイスというやつだ。


「大魔帝殿は人を探していると言っておられたな。わらわと民も国として全力で協力させて貰う。費用も当然こちら持ちでな」

『それは協力的だね。でも回りくどい事はいいよ、私に何を望んでいるのかな』


 ヒナタくんの場所は探知できている。

 あの強さと賢さだ、安全なのも間違いない。

 こちらとしても過度に急ぐ必要はない。


 それでも相手に交渉カードがそれしかないのなら、こちらは黙っておくのも優しさかな。


「実はこのムーカイアの土地は敵対者に狙われていてな。こちらもそれなりに応戦はしておる。なれど……ここは砂漠の地。恒常的に暮らしている分には問題ないが、戦争が続くとなると……のう。そう長くない間に滅びる運命じゃろうて。妾がそれを変えたい。妾が出せるものなら、何を犠牲にしてでも――」


 決意ある君主の顔だった。

 凛々しいエルフっぽい美貌が、私の猫の瞳に反射する。


『それで君はどうして欲しいんだい? その敵対者に勝てる武器が欲しいのか。それとも勝てるように兵士を教育して欲しいのか、あるいはいっそ私の力でそいつらを根絶やしにしてほしいのか』


 ネコ手の甲をしぺしぺしながら私は続ける。


『手段はいろいろとあるだろうね。言ってごらんよ、言うだけは只だ。グルメの提供を私は好意的に解釈している。今なら少しは聞いてあげるかもしれない』


 魔族としての誘う声音で囁いたからだろう。

 女王カトリーヌはやはりしばし緊張した様子で、生唾を飲み込み白い肌に汗を浮かべている。

 しかし砂漠の民の長、女王として気丈さを前に出しているようだ。


「妾個人が出せるものならすべて差し出そう。富も地位も身も心さえも――全てを偉大なる異神、大魔帝殿にお渡しする。だから、どうか民を助けてくれないだろうか」

『ふむ、民を助けてほしいか――ちょっと漠然としているね』


 言いながらも私のヒゲは周囲の気配を察知していた。

 この砂漠に、妙な気配がある。

 なにやら異様な敵意と殺気が漂っているのだ。


 おそらくだがこの国は今、背水の陣。

 敵対者に囲まれているのだろう。


 ……ん?

 なんかネコちゃんセンサーが引っかかるな。

 こう、やらかし警報がでているというか……。


 まあ、それはいいとして。

 私はあのオアシスでの一件を思い出し、言葉を口にする。


『なるほど、では君がオアシスで身を清めていたのは――儀式のための準備だったって事か』


 問いかけに、女王は首飾りを輝かせながら頷く。


「察しの通りじゃ。救世主召喚の儀――妾たちに残された最後の頼み綱であった、魔術儀式だったというわけだ。そこに貴殿がやってきた、それも畏怖すらせずに外なる神を名乗ってのう。もはや道は残されておらぬ……妾の命など外なる神にとっては軽いモノであろうが、それでも妾には我が身しか残されておらんのじゃ。全てを投げ出してでも……そなたに縋るしか道はない」


 覚悟を決めた女王にあるのは、微笑。

 美しくも儚い笑みを浮かべている。

 ……。

 えーと、オーケーオーケー、話を少し整理しよう。


『ちょぉぉぉぉぉっと待ってね。私、ネコ頭だからメイン頭脳が過熱されすぎると、アレがアレでアレだから』

「う、うむ……構わぬがどうしたのじゃ? ものすっごい、しまったぁぁぁぁぁぁみたいな顔をしておるが、大丈夫であるか?」


 後ろを向いた私は、んー……。

 しっぽの先だけでトントントンと絨毯を叩く。


『う、うん……それを含めて、ちょっと時間をおくれ』


 つまりだ。

 あの水浴びは身を清める儀式準備、魔術儀式の一環だった可能性が高い。

 王族を代価に国を守るための神を召喚する。

 そういう儀式もあるにはある。


 以前、というかかなり前に――。

 清い身体の王族であるヤキトリ姫が、生贄としては上位の存在となる――と、語った時があったと思う。

 この女王カトリーヌもまた同じ条件ではある。


 それを理解した上で、女王は自分を犠牲にし儀式を行おうとしていた……と。


 あれ?

 もしかして、これ。いつものパターンじゃない?


 ……。


 王族の女性が、身を清めて行う自己犠牲の儀式。

 あれは、たぶんだが話を聞く限り――。

 国の危機的状況をなんとかしてくれる存在を召喚する、救世主メシア降臨の儀だ。


 それを私が故意ではないとはいえ、覗きで邪魔して。

 しかもあの大量の供物……山盛りの果物をついうっかり、食べてしまったわけで。

 儀式は完全に失敗している。


 この国にとっての敵対者がなんなのかは知らないが……。


 あぁ……。

 んー……。

 救世主の召喚に失敗したとなれば、この国、終わっちゃうね。


 肉球の表面に、しっとりとした汗が浮かぶ。


 じ、実はこれ、さあ?

 そのまま放置して旅立っちゃうと、だよ?

 あとで魔王様に。


 ケトス……話があるんだが?

 と、お説教されるパターンな気がする!


 しかーし! 既にこのパターンを経験しまくっていた私には、世界最高のニャンコ頭脳がある!

 悪だくみをする顔で――。

 にへぇ!


 これを打開する方法は簡単。

 顔をシリアスモードに切り替えた私は、もったいぶった動作で振り返る。


『なるほど、そういうことか。私を呼んだのは君ということだね。安心したまえ――おめでとう、砂漠の女王よ。君の願いは既にかなっている』

「どういうことであるか――」


 戸惑う彼女に、私は悠然と語る。

 後光をペカー!

 聖人ケトスとしての能力を発動させたのだ。


『君が召喚しようとしていた相手――それが私だ。私こそが数多の世界を救い導き、幸福をもたらした猫異神、救世主メシアケトスだよ』


 そう!


 彼女が呼ぼうとしていたメシアに代わり!

 私が救っちゃえば問題ないじゃん!

 である!


 いやあ、実際に私、聖職者としての実力も随一!

 なんだかんだ世界を救いまくってるから聖人としての格も高い!

 なんなら最近自分でも忘れがちだけど、本物の勇者だしね!


 救世主宣言を聞いたカトリーヌさんは、静かに息をのみ。

 頬を掻きながら、苦い言葉を漏らす。


「お、おう……救世主とな?」

『ん? なんだいその反応は……救世主さまが目の前にご降臨なされてるんですけど?』


 ふふーんとモフ胸を見せつける私に。

 目線をそらした女王は、金糸のような髪を後ろに流しつつ……。


「あぁ……そのぅ……気遣っていただけるのは嬉しいのじゃが。さすがにその邪悪な魔力で救世主というのは、その……のう? いや、ありがたいにはありがたいのじゃぞ? でも無理が……」


 給仕たちも、ははは……っと苦笑いである。

 な!?

 まったく、信じられてない!?


 ペンペンペンとテーブルを叩き――。

 私は、くわ!


『って! 全然信じられてないし! よーし、じゃあ救世主っぽいことしてみせるから、なんか言ってごらんよ! サービスでやってあげるから!』

「いや、本当にそういうのは大丈夫であるから。できたらその……、迫りくる敵に呪いをかけてくれるとか、そういう方向性でお願いしたいのであるが?」


 か、完全に邪神扱いである。

 いや、邪神だけどさ!

 ムカムカムカ! なんか救世主的なことはできないっぽい判定続行されてる!?


 ここはもう意地になる場面だろう。

 ふっふっふっと後光をペカペカしつつも私は、救世主の邪悪顔で。

 ゴゴゴゴゴゴゴ!


『そ、そっちがその気ならこっちにも考えがある! ああ、いいよいいよっ。なら救世主様、我らをお救い下さってありがとうございますぅ! って、考えを改めるまで救世主してやるんだからね!』


 言って私はイタクァの風を纏って、もこもこもこ!

 肉球を輝かせ――食事だけはちゃんと収納し。

 猛ダッシュ!


「大魔帝殿! いずこへ!?」


 救世主プレイをするために駆けだしたのだった!


 ◇


『やっぱり手っ取り早く救世主っぽいことをするなら、治療とか病気を治したりするのがいいと思うんだけど……』


 どこかに都合のいい怪我人でもいないかなぁ、と。

 私は周囲をチラチラ。

 ちなみにここはまだ宮殿内。


 だいたい、ああいう民や部下が大事です~って感じの、テンプレ女王様の場合。

 宮殿にゆっくりできる場所。

 兵士たちの保養所とか医療施設があると思うのだが。


 そこで素晴らしき救世主キャットの私が華麗に顕現!

 怪我人を完全回復させてドヤァァァァァ!

 ああ、あなたがやはり救世主様でしたのね、素敵! モフらせて!


 こうなるはずなのだ!


『くははははははは! 怪我人はいねえかぁぁぁぁぁぁ!』


 ぷかぷかと雪山の風を纏って浮遊、大理石の廊下を進んでいる私。

 とっても愛らしいね?


 この宮殿のマップを暗黒神話魔術で表示してみると――。


 宮殿の外と直接繋がる広い部屋が確認できる。

 怪我人と……あんまり心地よい話ではないが、助けられなかった死人を運び出すのにうってつけの場所。

 たぶん、ここだ。


 部屋の外には兵士が二人。

 オアシスで女王の護衛をしていた女傑たちが、ちゃんと護衛をしているようだ。

 そのまま構わず私は宙を浮いたまま、くははははははは!


 部屋に突入!

 いざ! 怪我人治療じゃぁぁぁぁぁ!


『さあ、ここが怪我人のいる場所だね! この私、救世主ケトスが来たからには! ……』


 言葉が途切れたのは、うん……。

 空気がものすっごい重かったからである。

 予感は的中――敵対者に襲われた者たちの部屋だったようだ。


 ここを見る限り……そのうち本当に、滅びの未来を迎える国なのだろう。


 イタクァの風を解除し、私は着地。

 慌てて追ってきた女傑たちが私に言う。


「ケトス殿。大変申し訳ないが、ここは彼らの家族だけが入れる場所……どうかお引き取りを。戦えなくなり、家でもその対応ができぬほどに負傷した我らが偉大なる兵士たちの、最後の場所……なのです。主に導かれ、安寧の地への旅たちを待つ静かなる空間ですので」


 治療むなしく、死にゆく者たちの待機場所。

 といったところか。

 それぞれに欠損が目立つ。


 たしかに、これでは家庭にはおいておけないだろう。

 あまりにもむごい。


『そうか、すまなかったね――彼らの、静かなる安寧を妨げるつもりはなかった。それは詫びよう。けれど――』


 告げた私の影が揺らぐ。

 黒猫だった姿が闇の霧に包まれ、紳士的な美丈夫へとその身を変貌させたのだ。

 女傑といえど相手は女性、思わず私の美貌に目を奪われたようだが――。


 今は本当にシリアスをしないといけないようだった。


 聖者ケトスの書を顕現させた私は、周囲を見渡す。

 そこには――今にも死を迎えようとしている負傷兵の山。

 うめき声すら漏らせずに、薄い毛布に包まれ倒れこんでいたのである。


 護衛女傑が言う。


「あなたはいったい……」

『あの時に名乗っただろう? 外なる神、大魔帝ケトスだよ。私は三位一体さんみいったい。これも私のもう一つの姿。今から彼らの治療をする。さすがに見過ごすわけにもいかないだろうからね』


 神父モードで瞳を赤く尖らせる私は、闇を背負ったまま告げていた。

 くははははと哄笑を上げることはない。

 どうやら冗談みたいな始まりだったが、本当に救世主ごっこをしないといけないようである。


 護衛の女傑が信じきれないといった顔で、不安げに問う。


「治療? そのようなこと、本当に可能なのですか……?」

『だからこそ私は魔猫の王。外なる神ということさ――』


 闇と光を纏い。

 黒衣の神父たる大魔帝に力が集中していく。

 既に焦げパン色のあの子のおかげで、夢世界での回復魔術の理論は解明している。


 赤い魔力の渦が発生する中。


『それじゃあ、奇跡を開始する。どうか見ていてくれ給え――』


 私は詠唱する。

 祈り。

 念じた――。



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[一言] ささやき・・・いのり・・・えいしょう・・・ねんじろ!                                   おおっと
[一言] ん〜とつまり、設定上ケトス様じゃなくて ヒナたんを召喚するつもりだったんだろうね(ヒナたんの夢だしね) でそこにケトス様がヒナたんを追って来たものだから、儀式がより強い力を持つ者に反応したっ…
[一言] 奇跡ではない、その治療は必然であるケトス様の治療は世界一イイイイイイ(ジョ〇ョ風)
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