夢の中のオアシス ~外なる神の顕現~
モフモフ黒猫な私、大魔帝ケトスは夢の中。
ドリームランドの扉を開門!
女子高生勇者ヒナタくんの精神世界へとダイヴしていた。
暗く狭いトンネルを通っていく場面を想像してもらえばいいだろうか。
出口には明るい日差しが見える。
あの光以外、周囲を見渡しても闇が広がっているだけ――ヒナタくんの姿は見えない。
とりあえず合流したいんだけどねえ。
ちょんちょんと床を叩き。
安全を確認した私はネコ足で、とってとってとって♪
トンネルを抜けると、そこには砂漠が広がっていた。
うーみゅ。
女子高生の夢世界としては、ちょっと殺風景な場所なのだが――。
はて。
私は猫耳とネコ髯をアンテナとしてモフモフモフモフ。
周囲を探る。
ヒナタ君の気配をより深く探るべく、私は影の世界ドリームランドの力を発動させる。
場所は……結構離れてるな。
ドリームランドは夢の中。
彼女の夢の影響を大きく受ける不安定な場所。
精神世界は移ろいやすい事もあって、離れた場所に繋がってしまったのか。
孤立してしまっても慌てない私は、ふっふっふとモフ毛を膨らませる。
そのまま空間転移の魔術式をくみ上げているのだが……。
なんつーか、一人だとドヤる相手がいなくて面白くないなあ。
ともあれ私は魔術を発動!
カカカっと赤い瞳を輝かせ、華麗に宙返り!
ででーん!
『開け、迷宮の扉よ!』
領域をダンジョンとして認識することによる転移の魔術。
なのだが――不発である。
やっぱり前のドリームランド・ウルタールと同じか。
魔術法則も物理法則も異なっているのだろう。
ならば!
再びカカカっと赤い瞳を輝かせ、くるりんぱ!
試しに私は、前の事件で手に入れた夢世界の魔導書を顕現させる。
魔力で発生する雪山の風が、私の柔毛をもこもこと撫でていた。
これは――いけそうかな。
『黄衣の王たるモノの眷属よ。我の願いに耳を傾け給え――いざ! イタクァの風よ!』
宣言によって発生した風が、私の体を持ち上げ高速移動!
おお、いけるいける!
雪山の風を操る力で、そのまま私は砂漠の大地をプカプカと浮かんで進む。
砂漠を飛んで進む黒猫って、絶対に可愛いよね!
軽い山となっていた砂漠を超えると、そこに広がっていたのは緑豊かなオアシスだった。
泉のせせらぎが聞こえてくる。
この辺に何者かの魔力反応があるのだが――。
ヤシの木みたいな砂漠地帯の木々を超えた先。
そこにはやはり何かがいた。
私は風の暗黒神話魔術を解除して、猫魔獣の忍び足――。
土の香りと水の香りがネコの鼻を揺らす中。
私はオアシスの草の影。
見えるのは、砂漠の中で反射する白い肌の宝石か――。
って!?
まずい、これ誰かが水浴びしてるじゃん!?
ヒナタ君はかなり特殊な存在。
魔王陛下と本物の勇者の娘だから、夢の中で世界を独立させている魔王様と同じ性質があっても不思議じゃない。
ちゃんと意思のあるドリームランドの住人か!
ぶにゃにゃにゃっと毛を逆立て!
全身を跳ねさせた私は、大あわてで引き返す。
さすがに大魔帝が覗きで逮捕とか笑えないよ!?
超高速で移動手段のイタクァの風を発動しようとした。
その時だった。
オアシスで水浴びをしていた人だろう――水の雫を肌にまとった白い淑女が、ふふふふっと私を抱き上げる。
「ほう、なんじゃ――ネコではないかえ。なぜ斯様なところに猫がおる」
『ぶぶにゃ!』
さすがにコンプライアンス的なアレがアレなので、緊急脱出!
オアシスの細かい砂を踏みしめ着地して――。
いざ、さらば!
と、いきたい所だったのだが。
ジャキジャキジャジャジャ!
砂漠の太陽とオアシスの水の香りの中――可愛いネコちゃんに向けられるのは、衛兵たちの槍の切っ先。
あー……これ、たぶん。
ヒナタ君が持つ精神夢世界、ドリームランドにあるどっかの国の、お偉いさんの貴婦人さんの水浴びシーンだ。
水浴びをしていた貴婦人はまだ裸なので、そっちは向けないし……。
紳士な私は目線をうまく逸らす!
くるりと方向を変え、私に槍を向ける方々に目をやる。
アマゾネスっぽい女傑たちが私に向かい、ぐぬぬぬっとしている。
貴婦人の水浴びなので女傑を護衛につけた。
といったところか。
目が合うと女傑たちは眉間に険しいシワを刻み。
「怪しい奴っ、なにものか!」
「カトリーヌ様の玉のお肌を覗くとは、下賤なネコめ」
あらぬ疑いをかけられるのは、さすがにムッとしてしまう。
そもそもだ。
ネコちゃんに槍を向ける時点でどうなのって感じだし。
しかしここは紳士な対応をするべきか。
こちらが大人になる場面である。
『水浴びをしていると知らずに近づいたことは詫びよう。けれど、槍を向けるのは正直いただけないね』
告げて風を纏った私は空中に鎮座。
ふわふわと浮かびながら肉球を鳴らす。
亜空間から取り出した貴婦人用の防具、鳳凰のドレスを強制装備させたのだ。
「なっ……これはいったい」
「キサマっ、カトリーヌ様になにをした!」
ざわめきが広がる。
これで直視することができる。
私はようやく、この女傑たちの主人だろう貴婦人に目をやった。
『そのドレスは無礼へのお詫びさ。もし鑑定スキルや技術がこちらの世界にもあるのなら――後で試してみるといい。返却は不要。代々の家宝とするといいよ』
貴婦人は自らに装着された鮮やかなドレスに触れ。
わずかに険しい顔を作る。
モノの違い。価値が分かる女性なのだろう。
「猫よ、貴殿は本当に何者じゃ――ただの猫ではあるまい? 妾はカトリーヌ。砂漠の民を束ねるものと言えばわかるであろう? 許す。名を名乗る権利を与える、疾く名乗るが良い」
他者への強制装備という芸当もそれなりのインパクトもあるだろうが。
その動揺に揺らぐ空気の中。
前の事件で魔術式を解明している存在、ヨグ=ソトースの力を借りた闇の霧を発生させる。
あの腐れ女神から渡された脳内データは残っているし、こうして実用的な使い方も可能!
外なる神の力を借りた夢世界の魔術は既にマスター済み。
こっちは強くてニューゲーム状態なんだよね~♪
暗黒神話に名を刻む異界の魔王や、魔王腹心の力を借りた魔術を使用できる状態にあると思ってもらって問題ない。
はっきりといって、チートなのだが。
私、ネコだからね。全部許されるよね?
この霧の召喚も。大規模な魔術なのだが効果は単純。
闇のモヤモヤを発生させるだけ。
いつもの演出である。
水浴びの後に食べるつもりだったのか、果実の山が積まれている場所にまで闇の霧が侵食する。
玉座の顕現は省略しつつも、私は暗澹とした空間の中で。
ニヒィ!
邪悪な魔猫スマイルを浮かべてやる。
角度を計算し――。
恭しく礼をしてみせる私、とっても美しいね。
『やあ初めまして、私はケトス。大魔帝ケトス。偉大なる異神。外なる神の一柱、そういえばもしかしたら通じるかな?』
告げた私に、周囲の空気が固まる。
やはりここもドリームランド・ウルタールと同じか。
魔術法則と物理法則の違う世界であり、外なる神を畏怖しているのだろう。
「ひっ……ッ」
「そ、外なる神……だと」
おうおう!
びびってる!
これもこの世界に侵食している山羊どもの影響かもしれないが。
ともあれ。
鳳凰のドレスを装備した貴婦人に目をやる。
たしかカトリーヌ様とか名乗っていたか。
ステータスは……まあ普通の人族である。
職業は女王、砂漠の民の王といった感じなのかな。
見た目は長い金髪に砂漠地帯なのに焼けていない白い肌。
二十代後半ぐらいの女性。
すらりとした印象で、少しエルフっぽい空気のある美人さんである。
その細く白い喉がごくりと息を飲み込んでいる。
私の偉大さを感じ取っているのだろう。
「どうやら本物の異神のようじゃな――器が違うとみえる」
『理解してくれたようでありがたいよ。さて、悪いのだが君の部下を止めてくれないかな? 私も無益な殺生はしたくない。ここは穏便に話をしたいのだがどうだろうか』
ここでこの世界のお偉いさんに、周囲のことも聞きたいんだよね。
早くヒナタ君とも合流したいし。
「ふむ、強大なる存在にしては紳士的であるな」
『これでもジェントルマンだからね。女性には基本的にやさしいのさ。だから槍を向けられても殺さなかっただろう?』
本来ならきまぐれに殺していた可能性もある。
そういう脅しでもある。
実際、これが女傑とかじゃなくてさあ?
もっと偉そうな、黒幕な大臣でーすみたいなおっさんが相手だったら。
うん。どうなってたか自分でもわからない!
冷や汗を肌に浮かべたまま、カトリーヌ様とやらは気丈にも笑みを作る。
「そのようであるな。真摯で紳士な大魔帝殿。どうかお詫びに宮殿へ招待したい。いかがか?」
『これでも人を探していてね。急いでいるからあまり遠回りは――』
「ご馳走をもって持て成すが、いかがかえ?」
こいつ。
なぜ私の弱点がグルメだと知っているんだ。
まさか未来視系の能力者か、それとも読心術を扱えるのか。
警戒にモフ毛を膨らませる私に、カトリーヌ様は言う。
「そう警戒されても逆に困るのじゃが……おぬし、お腹が空いておるから、妾の果実を盗んでいるのであろう?」
『ん? 盗んで?』
言われてふと私は手持ちを確認する。
たしかに、重量が増えている。
警戒する私の口には、この貴婦人用だったと思われる果実が、むっちゅむっちゅ♪
甘いブドウの汁が口から垂れて。
モフ毛の上に浮かんでいる。
……。
なぜか私の収納ボックスにも、大量の食糧が新規で回収されていて――。
ああ、これ。
闇の霧を放った時に、果実の山をついうっかり盗んだのか。
いやあ、目の端に入っちゃったからねえ♪
私はあくまでも落ち着いた紳士な声で、瞳をゆったりと閉じる。
『仕方ないね。招待されてあげようじゃないか。ちなみに私に好き嫌いはない。肉でも魚でも果実でも、なんでも問題ない。覚えておいてくれたまえ』
「ふ、ふむ……めちゃくちゃセクシーな低音での紹介、感謝する。なかなかどうして、面白い神であるな――」
というわけで。
私は宮殿にお呼ばれされることとなった。
ヒナタ君との合流のための情報収集……。
そう、これは必要なことなのだ!
と、私はうっきうきで宮殿グルメに思いを巡らせるのであった!




