繋がり加速する世界 ―無邪気なる乙女―
捕まえたMMOゴーストから情報を得て!
MMO化した世界を駆けるは――大魔帝ケトス!
次元を渡って大暴れ、魔王様の愛猫は今日も行く!
ビシ!
さて現在私たちは、手に入れた情報で皮を回収中。
各地の異能力者組織に殴り込みをかけ、事情を説明。
その場で偽物を指摘して拘束、即座に蘇生というルーティンを繰り返していた。
今もまた、山寺にあった異能力者組織を制圧。
数人紛れていたMMOゴーストの捕縛と、被害者の蘇生を完了。
僧侶たちが動揺しまくってる中、私の連れで皮剥ぎ担当の野ケ崎君が、ふふーん♪
「ふははははははは! 感謝するのだな!」
『はいはい、そういうのはいいから、次に行くよ――気が向いたら、メルティ・リターナーズか政府の裏窓口から連絡をしておくれ。それじゃあね、人間諸君』
次に移動!
手に入る情報はやはりMMOゴースト化には黒幕がいるという事。
犯人たちの話を聞く限り、パターンはこうだった。
ずっと放置されていた間に自我が生まれ、藻掻き、かつての主人を恨んでいるときにソレは現れる。
現実世界で顕現する方法と、人間へのログインの手段を伝授するというのだ。
情報はすべて断片的。
意図して情報を秘匿、けれどどこかに誘導するように情報はつながっていて――。
だったら、全部の情報を集めようと超高速進撃!
南から北へ、西から東へ。
異能力者組織を強行調査していた、というわけである。
被害者たちの救済を行なっている本拠地ではジャハル君が本領を発揮。
私の留守を任せられる人材は伊達ではない。
「ケトス様。次の集団の座標を転送するんで、さっきの山寺はこちらに任せてもらっていいっすよ。ちゃんとアフターケアはしておきますんで」
『了解。いつも悪いね』
「ま、あんたが動きやすくするのもオレの仕事っすからね。でも、無茶はしないでくださいっすよ。なんかこの入れ替わりの量は異常じゃないっすか? 長年計画していた何者かがいるっていうか、動いてる気配があるっていうか……なんなんすかね?」
ジャハル君の警告もごもっとも。
この事件、少し異常なのだ。
規模が大きすぎる割に、いままでの実害が少なすぎる。
それもなーんか、きな臭いんだよねえ。
『ああ、心配ありがとう。まあ今日中にダンジョン領域日本に潜伏しているゴーストは狩りつくすつもりだから……明日あたり、蘇った人間たちを集合させて話を聞いてみようじゃないか。断片的な情報もつなぎ合わせれば何かわかるかもしれないし。なにより蘇生された人の話はちゃんと聞けていないからね、なにかしら進展はあるだろう』
というわけで。
『それじゃあ野ケ崎君、カマイタチ君、次に行くよ!』
「ふははははは! 任されよ! 人助けというのは気持ちが良いモノなのだな!」
私と彼はテンションマックス。
新しい魔術体系。
ドリームランド・クトゥルフ・ウルタールの暗黒神話魔術の実験ができて大満足!
こちらは順調なのだが。
ついて回っているカマイタチ君は、げんなりとやつれている。
「ちょっ……、ちょっとまってください。た、たしかに急いで助けたいんですけど! ですけど! これでもう二十件目ですよ!? それに、なんかおかしいですよ! 時間が経つのも遅いですし、どうなってるんですか!?」
「モフモフ師匠は時魔術の能力者でな! 時間を狂わせて一日を延長しているのだ! オレは繰り返す時間の中で死の特訓を繰り返したからな! まだまだ続くぞ!」
顔を引きつらせるカマイタチ君に、私は言う。
『ほらほら! 早く助けたいんだろう! 大丈夫、ちゃんと今日中に助けるよ! そんなわけで、次いってみよう!』
ま、家族を助けたいからついてきているんだし。
そこは頑張ってもらうしかないよね!
「いやぁぁぁぁぁぁぁ! もう、なんなのこの人たち!」
「人じゃないらしいぞ!」
「そういうことじゃないわよ! だいたい、あなたは人間なのでしょう! これに付き合えるって、異常よ!」
ま、ふつうの人間ならこうなるわな。
しかし、人命救助を急ぐのは大事!
私はもっともっと、新しい技術を使いこなしたいし!
『くはははははははは! 異能力者狩りじゃぁあっぁぁぁぁぁぁあ!』
そのまま爆速で私たちは組織狩りと、魔術実験……。
じゃなかった。
MMOゴースト退治を繰り返し――翌日を迎えることとなった。
◇
翌日の早朝。
軽い朝ご飯を済ませた私たちは、関係者を集めて童話魔術の特殊空間に集合。
規模の小さい会議を行っていた。
昨日の大暴れを報告し、自信満々に私はドヤ顔をし。
ぶにゃはははは!
『てなわけで、入れ替わり事件の被害者の救出はほぼ終わったんだけど……って、君たち、大事な会議なのに話を聞いているかい?』
メルティ・リターナーズのグレイスくんも。
公務員の黒鵜くんも、どんより。
目の下にものすっごいクマを作った状態で、頷き。
グレイスさんの方が、気力を振り絞った様子でいう。
「ていうか、ケトスさん……なんであなたは平気なんですか――」
「こちらは大量に発生した要救助者と、保護を求めてきた異能力者の調査に書類作成。一気に二年分以上の案件を持ち込まれて、大騒動になっているのですが……」
黒鵜くんも続いて、鼻梁に濃い疲れを刻んでいた。
じいぃぃぃぃっとこっちを見ているが。
仲良く人を睨む二人に向かい、ようやく家族の情報を発見できたカマイタチ君が言う。
「すみません、お手数をおかけして……」
「いえ、仕事なのでかまいませんが――あなたは大丈夫なのですか? そのぅ、ケトスさんと行動を共にしていたんですよね? 精神的にも肉体的にも……いろいろと」
グレイスさんに言われて、カマイタチくんは悟りを開いたような顔で。
全身を白くさせながら、ぼそり。
「はは……はは……。知ってますか? 一日って七十二時間あるんですよ」
「ええ、時魔術ですね。便利ですよね、自分もよく使いますよ?」
グレイスさんに真顔で返されたカマイタチくんは、ヒクっと頬を引きつらせる。
悟ったのだろう。
一見すると真人間に見える彼女もまた、こっち側の人間なのだと。
ていうかグレイスくん、あのロックウェル卿の弟子だし。
基礎レベルは高いし、魔銃の使い手だし、回復魔術もできるし、時も操れるし。
たぶん、人間の中だとかなりアレがアレでアレな感じなのだが――。
一見すると、仕事ができるスーツ美女に見えるからなあ……。
ともあれ。
黒鵜君が資料を眺めながら、助け舟を出すようにコホン。
まじめな顔をし――私に目線を移す。
「それで、本日はいったい……ご相談があるとのことでしたが」
『ああ、そうだった。ほぼすべての組織は占拠したって言っただろう? けれど、どうしても入室できない異能力者組織が一つあってね。公の組織、公務員側からそこに入る許可が欲しいんだよ』
周囲の空気がざわつく。
椅子から立ち上がるものが大勢でる中。
グレイスさんが動揺に目を見開き。
「そ、そんな!? ケトス様でも入れない……っ、そんな危険な場所があるのですか?」
「どんな場所にでも図々しく入り込んでいく、あのケトスさんが!?」
こっちは黒鵜君である。
二人ともテーブルに身を乗り出し、めちゃくちゃ動揺しているのだが。
私は猫しっぽをくるりとし、苦笑しながら言う。
『どんな場所って、君たちねえ……まるで私が不法侵入の常習犯みたいじゃないか』
「そ、そういう意味ではないのですが……それで、その場所というのは」
二人の真剣な表情とは裏腹。
私はうーみゅと眉を顰め告げる。
『その、なんつーか……女子高なんだよね』
場所とデータを投影する私は、しっぽをバッタバタ。
さすがに許可なく入るのは、ねえ?
エージェントと公務員は、ものすごい怪訝な顔をして。
「え? ケトス様ならふつうに入り込めますよね?」
「何をいまさら、そんなことを気になさっているんですか?」
めちゃくちゃ言いきりやがった。
こいつら。
あとで修行でもつけたろうか。
◇
正式な許可を得てやってきたのは宗教系の女子高校。
頭文字に、聖なんちゃらとかつくタイプのアレである。
全寮制の規律正しい校風らしく、その教育は小中高と続いているらしい。
うわぁ、お嬢様学校!?
と、言った印象の厳かな場所なのだが。
足を踏み入れた瞬間、明らかな違和感が走る。
神父モードで歩く私と、付き添いの野ケ崎君も気配に気づいたようで。
ポンと聖書を顕現させる。
「モフモフ師匠よ――」
『ああ、わかっている。間違いなくいるね』
ミッション系学校ということで、国から派遣された神父。
とかいう、ちょっと強引な理由で入ってきたのだが――。
不審に思われなかったのは、黒鵜君のカード異能力による効果だったりする。
ま、異能力者が潜伏している場所なのだ。
能力者の連中には、既に潜入捜査だとバレているということだろう。
異能特有の波動が学校内を充満していた。
どうしたもんかと悩んでいると――変化があった。
気配が一つ、近づいてきたのだ。
厳重な扉が守る校門の奥。
静かなるマリア像が見守る中で、白い花が咲き乱れる。
異能力だろう。
歩み寄ってきたのは、色素の薄い肌をした清楚な黒髪少女だった。
学年を示す校章から判断すると――。
おそらく十五、六歳ぐらいか。
浮かんだイメージは、黒髪のハーフエルフなのだが……。
まあ種族は普通の人間だろう。
敵かどうかは分からない。
組織となっている以上――異能力者は教師だと思っていたのだが。
私は神父モードで穏やかに微笑し、問いかける。
『こんにちは。国から派遣されてきた臨時教師なんだけれど――先生はいないのかい? 出迎えに来るっていう話だったんだけど』
「先生なら来ないわよ。だって今は動かしていないもの」
動かしていない。
その表現は既に敵のソレだったが。
こちらが行動するより前に、少女は駆け出し――。
バフっと、抱き着いていた。
私にではない。
野ケ崎君の胸元に顏を預け、涙さえ浮かべて言ったのだ。
「ようやく会えたね……っ、お兄ちゃん」
「お、お兄ちゃんだと!? 何を言っているのだ」
髪の毛を逆立て、あわわわわと動揺する野ケ崎君の顔をにっこりと見上げ。
少女は愛する王子を見つけたように、夢見心地な息を漏らす。
「そうよね。突然じゃわからないわよね。ごめんなさい、わたしの名前は天童美香もう、わかったでしょう?」
当然わかるわよね?
そんな顔をして少女は、野ケ崎君の言葉を待つ――が。
この朴念仁は頭上にハテナを浮かべ、腕を組み。
「いや、まったく分からん!」
「ふふふ、やっぱりお兄ちゃんだ!」
会話が成り立っていないので、私が話に割り込むことにした。
とはいっても、周囲に会話を悟られない念話だが。
『あぁ……っと、野ケ崎くん。君のお父さんの姓は天童だろう?』
「よく知っているな? その通りだが、なぜ知っているのだ?」
あ、勝手に過去を見たって事、ちゃんと言ってなかったっけ。
『まあ色々とね。たぶん、この子。なんつーか……君のお父さんが再婚した後にできた子。君の妹だよ』
「なるほど……そういうことか」
野ケ崎君はしばし考え。
「腹違いの妹というやつか。しかし、どういうことだ待っていたとは。オレたちはここに――」
言葉を遮り、少女は無垢な笑みを浮かべ。
ぎゅっと兄に抱き着き、うっとりと涙を浮かべる。
「うん、知ってるよ! お兄ちゃんは皮剥ぎ事件を追ってここに来たんでしょう? 全部、神様の言う通り! やっぱり、ずっとこうやっていればお兄ちゃんに会えるって、本当だった!」
あまりにも無邪気なので。
一瞬、分からなかった。
あまりにも平然としていたので。
理解に時間がかかった。
静かなる聖母像が微笑む中。
清々しい爽やかな陽ざしの下。
野ケ崎君も同様だったらしく、強面を尖らせ。
掠れた吐息に言葉を乗せる。
「どういうことだ――皮剥ぎ事件をなぜ、おまえが知っている」
「どういうって……んーと。まあいっか。お兄ちゃんになら教えてあげる!」
ん~、と年相応の無邪気さで乙女は考え。
ニヒヒヒっと兄を慕う妹の顔で、少女は宣言する。
「だって、世界をMMO化させようとしていたのも、わたし! 捨てられちゃった可哀そうなキャラクター達に命と自我を与えたのも、ぜーんぶ、わたし! ぜんぶ、ぜーんぶ、お兄ちゃんに会うためにわたしがやったんですもの!」
狼狽する兄にさらにきつく抱きついて。
「お兄ちゃん、ずっと会いたかった! わたしの王子様! 迅雷の野ケ崎様!」
こうして。
今回の黒幕は、まるで罪を知らぬ乙女の顔で囁いたのだ。
少女の異能力なのだろうか。
白い羽が、雪のように舞っている。
邂逅を喜ぶ少女の頭上に、無数の翼をはやした天使の姿があった。
そこはまるで巨匠たちが生み出した宗教画の世界。
中性的な美が、そこに顕現している。
問題なのはその数――。
小中高、それぞれ生徒教職員、すべてを含んだ数と等しいのだろう。
天使の群れが、こちらを高みから見下していた。
散り散りだった事件が、収束していく。




