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世界皮剥ぎ紀行 ~通り道で売ってるホットスナックはうまい~



 都会の雨道をとてとてとて♪

 可愛い黒ネコ、大魔帝ケトスは今日も行く!

 ビシ――!


 そんなわけで!

 会議は終わり、私は異能力者の女性と行動を共にしていた。


 PVP戦場に転移してきたあの二人のうちの、一人である。

 異能力者同士のコネがある。

 ということで、この機会に別の異能力者組織と接触する予定となっていた。


 これはカワハギ入れ替わり事件解決のためでもある。

 理由は簡単。

 入れ替わり事件は主に、異能力者達を中心に起こっているっぽいのだ。


 ま、犯人がダークサイドの付喪神つくもがみ

 かつてのプレイヤーたちを乗っ取るつもりなら、異能力者である方が有益。

 能力も高くなるのだろう。


 そういった力ある者たちの能力を、皮ごと狙っている可能性は十分に考えられるのだ。


 しかし私は、もう一歩踏み込んだ考えを持っていた。

 それは彼らが人間に異能力を与え、能力を育てさせているのではないか。

 そんな疑惑である。


 異能力者だから奪うではなく、異能力者をファームして刈り取るという順番である。

 まずMMOから具現化した意識が、かつての主人に異能を授け。

 異能を育てさせ、ある程度のレベルまで達したら奇襲。


 見事、皮を剥げば乗っ取り成功!

 まるで農業ゲームといった感じだが、もし自分たちを捨てた人間に恨みを持っているのなら――ゲーム感覚で相手にログインするというのは、理にかなった行動ともいえる。

 この方が効率よく力ある肉体をゲットできるしね。


 けれど――正直、まだ推論の段階を超えていない。

 可能性の一つとしては、会議の時に告げてあるのだが……。

 なので!

 他の組織にもいるだろう皮剥ぎ案件を、ウニャっと追っているというわけである。


 接触するメンバーは三人。

 私と道案内の彼女と、野ケ崎(のけざき)君。


 時刻は昼過ぎ。

 天気が雨のせいか、私のモフ毛が湿気を吸い始めていた。

 まあ、雨の中で艶めいて輝く猫毛も美しいわけだが。


 うーむ……。

 雨の道ってどうもね?

 肉球で踏む地面が、ちょっぴりと冷たい。


 それに――私はちょっとした物足りなさを感じつつ、路地裏を進んでいた。

 物足りなさの正体はわかっている。

 いつも横にある、優しい熱源がないからである。


 そう――。

 ジャハル君は今回、待機組。

 顕現させたままになっている会議場で、異世界代表のまとめ役として残っているのだ。


 MMOゴーストと名付けた、敵――。

 反逆する忘れられたアバター達。

 彼らによるカワハギなりすまし事件は、それなりに広い範囲で起こっているらしい。


 乗り掛かった舟だし、聖母マリアも関係しているのでちゃんと解決する!

 と相談したら、ジャハル君も快諾。

 全力で協力してくれることとなったのだ。


 ジャハル君は私の補佐を務められる人材だけあって、超優秀。

 王としての指揮官能力も高い。

 彼女の女帝としての能力、カリスマ性は極めて強力だからね。


 今回の事件解決への指揮を、あの会議場から執り始めているのだ。


 個人的には、私が暴走しないように、こちらについてきてほしかったのだが――。

 ジャハル君は言った。

 あんたが大事だと思う人を、守るってのも悪くないんじゃないっすか?


 と。

 ようするに、私とも関係の深い顔なじみ――。

 グレイスさんや黒鵜くろうくんの護衛を優先したのである。


 事件にかかわった以上、敵が襲撃する可能性はある。


 たいていの敵は私の放っている護衛影猫でなんとかなるが、それ以上の敵が来たら……。

 たとえばだが、聖母山羊マリアが敵に回ったら、ジャハル君ぐらいしかまともに戦えないだろう。

 そんな可能性を考慮しての判断なのである。


 そのおかげで、こうして安心して敵を探索できているのだ。

 感謝しないといけないね。

 今度、なにかお礼をしようと思うのだが、んー……どういうのがいいんだろうね?


 ジャハル君って一国の王だし、本気になってほしいと思えば大抵は手に入るだろうし。

 するとだ……。

 やはり、グルメ……かな!


 ふふーんと名案に喉をゴロゴロ鳴らす私。

 そのピンと立ったモフ耳を声が揺らす。


「何を考えているのかは知らぬが、モフモフ師匠。たぶん……その顔、ズレたことを考えているとオレは思うぞ?」


 と、魔力で浮かべた傘の下で頬を掻いたのは――。

 皮剥ぎ担当としてついてきている神父姿の強面長身。

 野ケ崎(のけざき)君である。


『いやあ、ジャハル君にはいつもお世話になってるからさあ。なにかプレゼントでもしようかなって思ってるんだけど、やっぱり贈るなら喜ばれるものがいいだろう? だからいろいろと考えちゃってねえ』

「なるほど、それでグルメとか思いついたわけだな……モフモフ師匠は」


 強面にふふんと微笑を作り、悪役スマイルで神父は言う。

 げっ、読まれてる。


「しかしだ。あの女帝もモフモフ師匠と共にいたかっただろうに、まさか自ら留守を守ると提案するとはな。確かにゲームでも本拠地を守ることは必須。ギルドバトルでは敵陣に攻め込んでいる隙に奇襲を受け、壊滅。そんな話も多い。ふむふむ、女帝はよほど忠実な部下なのだろうな!」

『なんだい、その謎の上から目線は……』


 ジト目でつぶやく私は路地裏をトッテトッテトッテ♪

 向かっているのは、場末のナイトクラブ。

 提供された情報にある、別の異能力者達の溜まり場でもある。


 と、表向きはそうなのだが――。


 実際は、MMOゴースト達の溜まり場にもなっていると思われる領域である。

 木を隠すのならなんとやら。

 アレらが異能力者に化けているのなら、異能力集団というのは実にいい隠れ蓑のはず。


 棲み処なのか。

 狩り場なのか。

 なんにしても、たどり着いたら何か事件は起こるだろう。


 誤解だったらそれはそれで問題なし。


 異能力者達に、事件への注意喚起。

 そしてついでに、メルティ・リターナーズや国家で保護活動を開始していると、教えてやればいいだけの話なのだ。

 損のない行動なのである。


 先行するのは道案内の短髪の女性。


 例の転移してきた女性の方だ。

 少し目つきの悪い、イタチを彷彿とさせる異能力者。

 プレイヤー名カマイタチくんが上擦った声で言う。


「あ、あなたたちはずいぶんと余裕があるのですね……っ」

『そりゃあ敵地かもしれないって言っても、もうネタはわかってるからね。敵はMMOゴースト。かつてプレイヤーが操作していたPCキャラ達。結局はゲーム能力を使う異能力者と同じだからね、油断するつもりはないけど――過度に緊張すると逆に悪い結果を生むこともある。平常心も大切なのさ』


 魔猫の王としての声と顔で言ってやったのだ!

 野ケ崎君がぼそりと言う。


「いや、師匠。芋のてんぷらをかじりながら言っても、説得力に欠けるのだが?」

『これも平常心の一つだよ。この辺って、売店でてんぷら屋もあるんだね』


 私達はいつも通りなのだが。

 カマイタチ女史はカチュンカチュンと、ヒールで雨の道を恐々と進む。

 緊張をほぐしてやりたいのだが、私と野ケ崎君は目線を合わせて肩をすくめてしまう。


 野ケ崎君が薄い唇を動かす。


「あまり急ぐな、敵がいたら――悟られるぞ」

「そう言われても、相手は……あいつらは、ワタシの仲間の皮を被って、今も悪事を働いているのかもしれないのだぞ!?」


 振り返り叫ぶ声が、雨の中に消えていく。

 叫んだ直後に冷静になったのだろう。

 気まずそうに、自らの二の腕をぎゅっとするカマイタチくん。


「すまない。あなたたちが悪いわけではないのに、少し、気が立ってしまって」

『仕方ないさ。君たちはずっと入れ替わり事件を追っていたんだろう? ようやく解決の糸口が見えてきたんだ、焦燥の理由はもっともだ』


 精神状態が安定していないようだ。

 詳しくは聞いていないが、行方不明になっている家族が被害者。

 入れ替わっているらしいので……。


 まあ、焦るのは仕方ないんだよね。


 それでも不安定な彼女を連れてきた理由は二つ。

 皮の中の人、その本当の名が分からないと蘇生ができないから。

 そして一応、ここの組織のリーダーと面識があるからである。


『ま、今行く組織にMMOゴーストがいるとは限らないからね。気楽にいこうじゃないか』

「それはわかるのですが、ケトスさん……食べ物を口にしていないと喋れないんですか?」


 言われて私は、アンコをしぺしぺ。

 紙袋に大量に詰められたタイ焼きが減っていたことに気づく。

 お土産にするつもりだったのだが。


「気にするな、異能力者の女よ。我が師はいつでもこうなのだ」

「そ、そう……あなたも大変なのね」


 あれ?

 なんか野ケ崎君が同情されてる!?


 私の方がお荷物というか、取扱注意な変人扱いされてる!?

 ぶにゃっと毛を逆立てる私に、野ケ崎君がふふーん♪

 勝ち誇った顔で私を見ている。


「ふはははははは! モフモフ師匠よ、これで分かっただろう! オレは普通、師匠は変人。これでオレの事を変人扱いしていたその過ち。理解できたであろうな?」

『はぁぁぁぁ!? 変人代表みたいな君には言われたくないんですけど! だいたい! 私、師匠だよ? もっと敬い給えよ、うーやーまーえー!』


 弟子と師でやりあう中。

 野ケ崎君の影からピョコっと顔を出すでち助に、カマイタチ君が言う。


「あなたが一番大変そうね……」

「分かってくれるでちか? あの二人、けっこう似た者同士なんでちよ……」


 ともあれ私たちは、ナイトクラブに足を踏み入れた。


 ◇


 ギンギラギンな人工ライトが目に毒な空間。

 ちょっと古めのナイトクラブ。

 まだ昼過ぎなのに――お酒とたばこの香りが、ツンと私の猫鼻を衝いている。


 本来なら教育に悪い場所なのだが――。

 こちらのメンバーは全員成人なので、まあ問題はない。


「信じられないかもしれませんが、全部事実なんです――」


 事情を説明するカマイタチくんに耳を傾け。

 バカにしたような顔で眉を顰めるのは、長い髪を結上げた女性。

 高級クラブのホステスさん……っぽい大人のお姉さんを想像してもらえばいいだろうか。


 通り名は女将だそうである。女将と言われても、いまいちピンとこないのだが。

 はてさて。


 ここの組織の顔役らしい彼女は、しばらく考え込んで。

 けだるい吐息を漏らす。

 その顔が語っていた。


 何を馬鹿なことをいっているのかしら。

 と――。

 そりゃまあ、信じられないよね。


 女将が静かに口を開く。


「ちょっと待って頂戴ね……」


 通されたボックス席。

 女将は貫禄ある姿で、ふぅ……っとたばこの煙を散らし。

 私達の顔を眺め。


 私の猫の顔を、じっと見て……こっそりと煙草の火で字を刻んでいた。

 異能の発動を感じる。

 おそらく、嘘を見抜く異能力だろう。


 原理としては単純。

 タバコの火により、魔術式を書いているのかな。

 ウソを見抜いた女将が言う。


「って、はぁ……マジなの――信じらんない」


 あからさまなため息である。

 後ろに控える大男に酒を用意させ、女将は髪を掻き上げる。


「あんたたしか前にも行方不明者について訪ねてきた、カマイタチちゃんだよね? 話は分かったけどさ、協力とかそういうのの前に確認させてもらってもいいかい?」

「ああ、かまわない」


 ちなみに。

 そちらの組織の能力者の中に入れ替わっているヤツがいないか?

 確認させてほしい。

 それがこちらの要求である。


 華やかなドレスをしゃなりとさせているので、滅茶苦茶ジャレたくなるのだが。

 我慢できる私、とってもダンディーだね?

 そんな凛々しい私の葛藤を知らずに、女将は言った。


「あんたら、薬でもやってる?」

「な……っ。失礼ではないか?」


 カマイタチくんが怒るのも当然だが、相手の反応もまあ分からなくもない。

 女将は煙草をプカプカしつつも、露骨に眉を下げ。


「そうは言われてもさあ。そりゃあアタシらも異能力者だよ? かなり昔は能力に目覚めた連中とで、いろいろとドンパチをやってたさ。けれど、それは伝説の総長ヒナタの登場で終結した。戦いは終わったんだよ。そんな夢物語を引きずってるやつは……もういないのさ」


 伝説の総長ヒナタって……。

 これ、ヒナタくんのお母さんってか、元勇者で我が宿敵の転生者か。

 そういや三毛猫魔王様たちは昔、異能力バトルに巻き込まれた的なこと言ってたもんね。


 なーんか、結局。

 私の関係者に話が収束しているような気もするが……。

 気のせいじゃないんだろうなあ……。


 カマイタチ君の代わりに私が前に出て。

 お酒のおつまみにでているカシューナッツをネコ手で掬い。

 スゥっとシリアスに瞳を細める。


『女将だっけ? 君、嘘を見抜く異能力を持っているようだね。なら、もう嘘じゃないっていうのは気づいているんだろう。どうして信用してくれないんだい』

「あら、すごいわね。わかるんだ、アタシの能力」


 興味を引いたようだ。

 女将はふふっと煙草の火で文字を刻み微笑する。


『一応言っておくけど、洗脳系の能力も私には効かない。今の一回は見逃すけど、次にやったら逆に洗脳し返すから注意しておくれ』


 二回も見抜かれるのは想定していなかったようだ。

 顔色がシリアスなものに変わっている。


「あなた、本当に――凄いのね。悪かったわ。洗脳して聞き出そうとしたことは詫びる。協力も……考えてもいいわ。けれど……信用しきれないってのも本音なのよ。アタシの能力だと、ヤク中が本気で妄想していた場合、それも嘘じゃないって判定されちまうからねぇ」


 と、詫びるように女将。


『心を読むではなく嘘を見抜く能力の弱点か。本気で本人が思っていたら、真実と判定してしまう。その辺の嘘を見抜く系の能力の弱点って、どこの世界でも共通しているのかもね』


 しかし。

 こちらはどーみても、健全な三人。

 心外だとばかりに、しっぽをぐでーんぐでーん……私はブスっと眉間に猫じわを刻む。


『それよりさあ、私がヤク中に見えるって事かい?』

「そりゃあ見えないけど……ネコにしか見えないわよ」


 うにゅっとヒゲをくねらせ私は言う。


『ネコになにか問題が?』

「いえ、普通に……ネコ相手に語られて信用しろって言われても、難しいでしょう……?」


 し、しまったぁぁぁぁぁぁ!

 盲点だった。

 喋る動物も信用できない、って感じか!?


 最近、ネコがしゃべることに疑問を持っている人も皆無だったし。

 すっかり忘れていた。

 ネコって、ふつうは喋らないんだよね……っ。


 かといって。

 カマイタチ君は交渉向きなタイプじゃないっぽいし。


 野ケ崎君に交渉なんて高等技術は無理。

 生まれたての子供に連立方程式を教えるレベルの無謀さだし。

 仕方ない。


『なら、話しやすい姿に変えるとするよ。ちょっと待っていておくれ』


 告げた私は闇の霧を発生させ。

 ザザザ、ザァアアアアアアアアァァァァ!

 神父モードに変身。


 カツンと着地し――。

 前髪の隙間から、赤い瞳をギラギラギラ。

 黒衣とストラを揺らし、恭しく礼をしてみせる。


『私はケトス、大魔帝ケトス。異世界の住人さ。これならどうかな、お嬢さん』


 告げて、ふふっと微笑してやる。

 カマイタチくんも女将も、ななななななっとなを連呼し。

 ガタンと腰を抜かしてしまう。


 私、こう見えても人間モードでも絶世の美壮年だからね。

 魅了の魔術を使わなくても、この通り。

 女将が、耳まで真っ赤に染めて、上擦った声を上げる。


「お、お嬢さんなんてよしておくれよ。こう見えてもアタシは四十過ぎててね、だから、みんなからは女将って呼ばれてて。その、なんだい! か、顔が近いよ!」


 なるほど。

 異能力者は若く見えるらしい。だから、実年齢の方で女将扱いされていたのか。

 相手が言って欲しい言葉を探り、私は妖しく微笑する。


『なんだやっぱりお嬢さんだね。私の十分の一も生きていない、まだまだ子供じゃないか』

「十分の一って、あんた何歳なのさ」

『まあ五百歳以上なのは確かさ、それでどうかな。協力をしてほしいのだが、ダメかい?』


 神父としての低音ボイスがナイトクラブに反響する。

 説得も面倒だし。

 声を通じ、全員に加減をしまくった魅了をかけたのだ。


 私から目線を外すように、火照った顔を膨らませ。

 女将は赤い吐息に言葉を乗せる。


「分かった。あんたらを信じるよ。嘘じゃないってのは、わかってるしね」


 当然、魅了の判定は成功。

 ここにいる全員が、少なくとも私の話を聞く程度には魅了されているのだ。

 そんな中――。


 従わない影が数名。

 私の魅了を無効化しているのだろう。

 女将の後ろ――護衛と思われていた数名が、蠢き、ぐぎぎぎ。


「こんな得体のしれない男を信じるんですか!?」


 苦言を呈しながらも、じっと私を睨み始めていた。


「おまえたち……? どうしたんだい?」

『ビンゴだったようだね。離れていておくれ、お嬢さん。私たちが探していたのは、そいつらだよ』


 むろん、この私の魅了を防ぐことは困難。

 たとえ異能力者だとしても、人間ではかなり難しいはず。

 つまり――。


「モフモフ師匠よ――既に紛れている。そういうことでいいのだな?」

『そのようだ。私が動きを止める、君は皮を剥いでくれ。いいね』

「任されるとしよう」


 問いかけに、相棒のような顔でニヒィ。

 野ケ崎君が口角を吊り上げた。


 うーみゅ……。

 動きを止めて、皮を剥ぐって……。

 これ、悪役のセリフみたいだよね……。


 ともあれ、私たちは戦闘モードに移行した。



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