異能力者 VS ファンタジーネコ ~魔猫の賭け~前編
戦いが終わったはずの戦場にあったのは、一つの歪な気配。
人の皮を被っていた怪物。
ケモノはギヒリと邪悪に笑んでいる。
魔王軍最高幹部たる私。
大魔帝ケトスの腹心で側近、炎帝ジャハル君は既に襲撃者も含め――魔術を発動。
脱出不可能な炎龍結界を張っている。
その姿は、ランプの美女精霊を彷彿とさせる戦闘モードだった。
炎の壁が、得体の知らないナニカと私を包み。
それ以外の者たちを完全にガードしているのだ。
夕焼け色を背景に、女帝は逆立てた炎の髪を揺らす。
「ケトスさま――民草の守りは妾がお引き受け致します。ご武運を」
優雅な微笑は、人間の安全は任せて下さいの合図だろう。
こういうところが本当に頼りになる。
アイコンタクトと同時に猫眉を下げて、返事をし――。
私は荒野に蠢く敵を見た。
この私の闇槍に囲まれているのに、全然余裕の構えだ。
手を広げ、武器を落とし――無抵抗アピール。
殺せるものなら殺してみろ、そういいたげな顔である。
「おいおい。みんなどうしたんだ、その顔は? 俺がどうかしたか? なーんで、おめえら、バケモノをみるみたいなかおで、仲間の俺を見てやがる?」
特徴のない男であるが、明らかにおかしい。
形容するなら人の皮に入り込んだ、死霊群。
その状態は――少し、かつての聖父クリストフを彷彿とさせる。
肉体に、無数の魂が入り込んでいるのだ。
見た目のイメージは、肉を張り付けたファントム。
無個性な幽霊に人の皮がこびりついているバケモノ。
だろうか。
オトコの皮を蠢かしながら、牙が蠢く。
「そこの異世界の炎の姉ちゃんも、魔猫も。まさか、いたいけな日本人を殺すつもりなのか? 俺は人間だぞ、一般人だぞ? なあ、みんな! こいつら、俺を殺すつもりみたいなんですけどぉぉ!」
『どうやら、人のフリを継続するなんて面倒なやりとりをするつもりかい』
ネコの口が冷たい声を漏らす中。
オトコは自分の口の皮をゴツゴツとした指で引っ張り。
ふてぶてしい笑顔を無理やり作り、ねちゃりと言う。
「いーや、そんな面倒なことをするつもりはねえさ。だって、おまえさん。たとえ人間だったとしても、俺を殺すつもりだろう? 痛いだろうなぁ、嫌だろうなぁ。死ぬのって、消えるのって、こえぇえのかなぁ!?」
『敵ってことで良さそうだね』
「おまえさんが俺を見逃してくれるつもりがねえのなら、そうなるだろうな」
素直でよろしい。
敵だとわかっている相手に容赦をするつもりはない。
つもりはないが……問題は相手の皮。
これは、人の皮なのか。似たナニカなのか。
ともあれ、私は時間を稼ぐように言う。
『さて、自己紹介を求めたいのだけれど――どうだろう?』
「礼儀知らずな糞猫。まずはてめぇから名乗ったらどうだ? ああん?」
人間の皮を被ったナニカは、ぎひりと口角を吊り上げる。
なかなかどうして生意気であるが。
それもそうだと、私は恭しく礼をしてみせる。
『ふむ。まあいいだろう。これは失礼したね――』
ざざ、ざぁあああああああぁぁぁ!
大魔帝セット一式を顕現させ、猫目石の魔杖をくるりんぱ♪
玉座の肘起きに手をかけて、ふふーん!
『私はケトス、大魔帝ケトス。魔王軍最高幹部にして魔猫の王。異世界では救世主とも邪神ともいわれている、しがない低級猫魔獣さ。死にゆく前に覚えておくといい』
ふ……っ。
決まった!
ここで相手が、ははぁ……っとひれ伏すはずなのだが。
……。
あー、こりゃあ、私を知らない系の勢力か。
特大なため息を漏らし、私はブスっと猫口を丸く動かす。
『ねえ、君ぃ。なんかないわけ? 私、魔王軍だよ! 魔王軍! 大魔帝ケトスだよ!』
こちらは完璧な名乗りを上げたのに、相手は私の肉球に目線を移したまま。
覆面の下から出ている人の皮を、ただ――蠢かすのみ。
スマホをカシャカシャと揺らし。
「魔王軍? ああ、土着神とかじゃなくてゲームの中の存在ってか!? ひゃぁぁぁいるんだねえ、そういうヤツらも! えーと、さてさてぇ。大魔帝ケトス……っと、ありゃ該当データなし。よほどの過疎ゲーか? なあ、おまえ。どこのゲームの存在だ?」
『ゲーム?』
漏らした私の美しい吐息に、男は眉間の皮を蠢かし。
ぼそぼそぼそ。
「ん? ゲームの中の奴じゃない? なら、別の勢力ってか。ったく、どうなってやがるんだこの日本って場所は。異能力者に異世界人に勇者。で、今度は魔王軍? 俺だけが特別じゃねえってことか」
ぶつぶつぶつ。
独りつぶやく男の姿は人の形を保っているのだが、明らかに異質。
本当に、人の皮を被ったナニカ。
そう形容したくなる存在なのだ。
んーむ。
とりあえず、魅了でも試してみるか。
ビシっと指差し、私はふんぞりドヤで胸のモフ毛をアピール!
『そんなことよりも! こちらは名乗ったんだ、さあ君も名乗り給え!』
「名前? なんで? ケモノごときに語る必要があるか?」
うわぁ……。
これ、会話が通じないタイプの敵なのかな。
私は目線を移し、ジャハル君に守られる者たち。
リーダーだったモノの仲間に問いかける。
『そこの異能力者達。聞こえているね? 君たちに確認だ、このリーダーさんは元から人間じゃなくて――理由があって人の真似をしていた、なーんてことはないよね?』
返事はない。
情報の秘匿?
もしや、この異質な存在と本当の意味で仲間なのか?
ならば敵となるのだが、どーみても、こっちの彼らは人間なんだよね。
訝しげに猫眉を、うにゅっとさせる私も可愛いわけだが。
答えたのは彼らではなく強面の人間。
野ケ崎くんだった。
「いや、モフモフ師匠よ。こいつらは闇のオーラでビビって震えてるので、答えられんのではないか?」
あ……。
あぁああああああああああぁっぁ!
言われてみればそうだった!
『あー、ごめんごめん! にゃははははは! 私の魔力にビビって動けないんだっけ。勝手に心を読むからいいよ』
うにゅーっと肉球をかざし。記憶領域に接続。
彼らの記憶を読み取る。
異能力に目覚める瞬間や、仲間と共に敵対組織と闘う姿が見えている。
ごく普通の異能バトルに巻き込まれたもの。
といった感じの人生である。
三毛猫魔王様たちが動いていた時代の連中か。
異能力を彼らに授けたのはおそらく、この人の皮を被ったオトコ。
その本体。
私が今、目の前にしているコイツだろう。
能力に目覚めた彼らは力を得て。
次第に……まあ、常識を失ってしまったのだろう。
しかし――それだけではない。
それを指揮していたリーダーは途中で、明らかに変質している。
皆の心の支えとなっていたリーダーだった男――。
その皮をまとった黒いナニカと、入れ替わっている。
力を授けた際に、細工をしていたのか。
ということはやはり、この皮は本物の……。
……。
『なるほどね、少なくとも彼らの記憶の中、最初のころのリーダーとやらは普通の人間だった。どこかで入れ替わったってことかな』
「い、入れ替わったって、どういうことよ!」
狙撃手だった女性が、震える腹から声を絞り出したのだろう。
おそらくだが……。
彼らには残酷な事実を伝えなくてはならない。
『君たちが人を殺し始めたのは、リーダーがきっかけだね?』
「え……、そ、そんなことは……」
私は彼らの記憶をたどって、告げる。
『最初の殺人は正当防衛。皆を支えていたリーダーが敵対組織に囚われ、殺されそうになっていたから……やるしかなかった。救出するために――敵を殺した。そうだろう?』
「そうだけど……それは、人を殺した内に、入らないわ! ひ、人じゃなくて、わたしたちを殺そうとした敵を、せ、正当防衛で、殺しちゃっただけですもの!」
そう。
反撃した末の事故だった筈。それは私も正しいと思う。
『そこまでは私も同じ意見だ。死んでしまったものには悪いけれどね、能力を使い攻撃したのだから、それは自分にも返ってくる。反撃されて殺されることも想定しているはず。けれどだ、そのあとの事件では――どうだろうか。正当防衛だったかい?』
返事はない。
もうわかっているのだろう。
それが段々と正当防衛ではなくなり、いつしか人を狩る遊びとなっていた。
『いつだって。リーダーが指揮し、指示していたんじゃないか? 殺される前にやるしかない。そうやって、人を殺すことの感覚が狂うように誘導されていた』
「おいおい。ヒデェな。まるで俺だけが悪いみたいな言い方じゃないか」
キシシシシと、皮を被るオトコが牙を光らせる。
「みんなで殺したんだ。ああ、楽しかったなあ。世界を守るため、仲間を守るため。そういったら、みんな、ひひ、大喜びで殺し始めて。頭を狙って、ドカーン! くぅぅぅぅ堪らねえって顔で、笑うんだぜ? ああ、たのしかったよなあ、みんな!」
故意に誘導していた、か。
ま、こんな口調の奴ならそれもあり得るか。
一応、異能力者の戦いの中で仕方なくやっていた、という線も考慮していたのだが。
ほかの連中はともかく、こいつは違う。
誘導されていたとしても、罪は罪だが――。
まあその辺りは私がどうこう言う権利もないだろう。
私とて、人は殺しているのだから。
『非常に残念だが……こいつは偽物だ。もう君たちのリーダーは死んでいる』
「そんな!」
『信じるか信じないかは、まあどっちでもいいけどね。さて、もう一つ確認だ。そこの狙撃手の君、このリーダーくんと昔付き合っていたんだよね。初めてデートに行った場所を覚えているかい?』
問われている意味が分からないのだろう。
けれど、問われた瞬間――記憶領域にその時の記憶は浮かび上がってくる。
脳が信号をつなげるのだ。
『ああ、答えなくていい。さて、そっちのリーダーだったヒトに質問だ』
「おうおう、なんだよ。ネコ野郎」
『彼女と最初にデートをした場所は、どこかな?』
問われたオトコは即答する。
「八景島だろ。なあ美樹、俺が忘れる筈がないだろう?」
一瞬。
空気が止まる。
狙撃手の女性は、膝から崩れ落ち――。
「うそっ、そんな――いやぁあああああああああああああぁっぁあ!」
記憶が間違っている。
恋人同士がしていたはずの約束なのに、違っている。
もはや隠す気はないのか、オトコは世間話をするように言う。
「あれ? んだ? おいおい、おかしいぜ? 間違ってはいない筈だろ? なんでバレていやがる?」
『彼女たちが外の世界で最初にデートをしたのはたしかに八景島だっただろう。けれど、本当の意味でのデートは彼らがプレイしていたMMORPGの世界。ゲームの中の教会だよ』
告げる私に――。
酷くつまらないものを見る顔で、オトコは言葉を吐き捨てた。
「ああ、そういうことか。ニンゲンって本当にくだらねえな」
「大魔帝ケトス。我がモフモフの師よ! なにがなんだか、全然わからんのだが?」
野ケ崎君である。
響いたのは、重くなりそうな空気を破る声。
『つまり――。君を殺そうとしていた襲撃者。彼らもまた、ゲームを異能力として使っていた存在だったのだろう。その中に一人、悪意ある異物が混じっていた。ただそれだけの話だよ』
そのままスゥっと瞳を細め。
人の皮を被った敵を睨む。
ひどく黒い声で、私の咢は問いかけていた。
『君の皮の中身は、どうしている?』
「決まってるだろうよっ。お前たちニンゲンと同じさ。邪魔者を残しておく意味はない。不要なら捨てる、デリート。削除、ゴミ箱行き! それだけのことだ! わかったか、バーカ!」
告げたその瞬間。
ズジャジャジャジャジャジャジャ!
私の闇槍が、オトコを襲う。
「おっと! あぶねえな! お気に入りの皮が破けちまうじゃねえか!」
オトコはそのまま闇槍の包囲を突き破り、空を飛翔。
グヴィヴィヴィヴィと人間では出せない声を漏らし。
空一面に銃撃系要素のあるMMOの武器を顕現。
もはや人の真似をやめた存在となり、黄昏の空を舞う。
「死にやがれ! ファンタジー野郎ども! てめえらは、一生勇者とでも戦ってなっ!」
『異能力者風情が言うじゃないか』
放たれた銃撃はさながら宇宙戦艦の砲撃。
しかし――!
私が肉球を鳴らすだけで、すべてが飴玉に変換される。
カカカカカカカ!
降り注ぐのは、飴玉の雨。
当然、ちゃんと包み紙でコーティングされているので衛生面も完全!
異能力による世界干渉を、私の魔術式が余裕で上回った結果。
相手の力を好き勝手に書き換えたのだ。
さすがに声も顔色も変えて、オトコは瞳を尖らせる。
「なに……っ、飴玉だと!」
『君と私では器が違いすぎる。その皮を置いて帰り給え。今だけは見逃してやってもいいよ』
ここで妥協案を私は提示する。
実力でいえば楽勝だ。
そのまま存在を否定し、滅べと命令すれば耐えきれず相手は消滅する。
その程度の敵である。
しかし、私は一つの考えを抱いていた。
そのヒントは原型が残っている皮。
かつて私は、剝製から絶滅した生物を蘇らせたことがある。
犠牲となったリーダーとやらが異能力者だったのなら、その魂もある程度は強大なはず。
可能性としては分の悪い賭けではないのだ。
問題は……ねえ?
私、力の加減って苦手なんだよね。
「舐めるなよ、この異世界ネコっ! 俺を本気にさせたこと、後悔させてやる!」
『ま、そうなるよね! 結界干渉、同時にブニャ! 闇の戒めよ――!』
更に私は肉球を鳴らし、PVP結界を強化。
相手が逃げられないようにして。
蜘蛛の巣に似た闇の網を放出。
ブシュゥゥッゥウ!
が――!
加減をしているせいで、払われてしまう。
人の皮を被ったオトコが唸る。
「ああん!? 殺意が全然ねえな! なんのつもりだっ!」
『野ケ崎君! 私では皮ごと殺してしまう! なんとか彼の皮を原型をとどめる形で剝いでくれ!』
ジャハル君の能力とも相性が悪い。
相手を存在ごと燃やしてしまうだろう。
だから。
「何だか知らんが、皮を剝げばいいのだな。もふもふ師匠!」
ここはわが弟子に頼るしかない!
……。
それにしても、皮を剥ぐ命令って――事情があるとはいえ、けっこうグロイ気もするが。
まあ、しょうがないのである!




