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愛は世界を巣食う ~魔猫 対 聖母~



 特殊戦闘フィールドの闇の中。

 モフモフな魔猫大隊が、ごくりと喉を鳴らしていた。

 闇の泉に波紋を浮かべる白山羊の前に、毛玉の群れが並んでいる。


 私、大魔帝ケトスほどではないが!

 我が配下のモフモフ達も!

 なかなか美しい毛並みではないだろうか!


 ででーん!

 そんな魔猫護衛が複雑な結界を構築し、シリアスな猫吐息を漏らす重い空気の中。

 主である私、大魔帝ケトスがモフ毛をねらねらと艶めかせ。


 キシャァァァァァァ!

 牙を剥いて、うにゃにゃにゃ!

 吠える相手は魔王様の母君――。


『だいたい! 私はデブじゃないし! ちょっと冬毛で膨らんでるだけだし!』

「はーん! オデブなネコちゃんはそうやって、すーぐ言い訳するんですから。聖母の前でウソをつくだなんて、あの子はどんな教育をしていたのかしら!?」


 そう、聖母の異装に神々しく身を包む白山羊さん相手に!

 言い争いを続けていたのだ!

 知的なやり取りが続く。


『そういう君は、なんだいその顔は?』

「は? 顔って何よ」

『一応女性だし、魔王様の母上だから黙っていたけど。君、けっこう食べ過ぎてるだろう? 顔、パンパンになってるよ! 冬になったからって、ついつい食べ過ぎたね!』


 図星だったのだろう。

 あきらかに動揺した白山羊は、ぷぅぅぅぅっと頬を膨らませ。


「焼き芋が悪いのよ! なんなの最近の地球人って! 品種改良だか何だか知らないけど、もうあんなの蜜じゃない! 中に宝石が入ってるようなもんじゃない!」

『くはははははは! やはり認めたな! 愚かなり、聖母!』


 ハッと山羊さんの耳が跳ねる。


「しまった、誘導尋問!?」

『我は見たり、それが汝の正体!』


 ビシっと肉球で指差された聖母山羊は、ぐぬぬっと後退り。


『君は、もう! オデブなのである!』

「あんたにだけは言われたくないわよ!」


 勝った!

 完全勝利である!


 互いに精神を削った激しいバトルの勝者となった私。

 とっても凛々しいね?

 と、言いたい所なのだが――なぜか全員、ジト目である。


 私と聖母は周囲の空気を察し。

 ヒソヒソヒソ。


『ね、ねえ……なんか私達、呆れられていないかい?』

「そ、そのようね。ここは協力して、仕切り直しを提案するけど。どう?」


 私は頷き。

 玉座に戻って、闇の霧を発生。

 めっちゃ凛々しい顔を作り、猫の眉間を蠢かす。


『久しいな、聖母よ――此度の顕現、何を企んでおる』

「久しぶりですね……闇の魔猫。大魔帝ケトス。わたくしの降臨の理由、それを語る必要がはたしてあるのでしょうか?」


 ゆったりと瞳を閉じ。

 聖母は光を纏って、妖しく笑む。


 ……。

 なぜだろうか。仕切り直したのに、周囲の空気は戻らない。


 私と聖母は目線で会話し。

 頷く。

 もういいや、と。


『で! 本当に何をしに来たんだい! 絶対に、今回の件に関わってるってのは分かってるけど』

「あらやだ、言うわけないじゃない! そんな小さなオツムじゃ、そんな事も分からないの?」


 気さくに微笑む山羊さんが、ヤキイモをガジガジしながらそう言った。


『いや、小さなオツムって、君も小さいだろう……ヤギだし』


 冷静にツッコむ私に、女神は狼狽すらせずに湿った鼻先をフフーン!


「この姿、結構いいでしょう!? 気に入っちゃったのよ! あの子の夢世界、ウルタールの不可能を可能にする力も、この姿なら継続して利用できるし。やっぱり暗黒神話の力って第一世界の人々の信仰を得ているせいか、力も強大。なかなか便利なのよ?」

『万能の力を便利で片付けられると……色々と反応に困るんだけど』


 この山羊聖母。

 ギャグみたいな口調だが、その実力は本物。

 私は平然と話をしているが、他の者達は違った。


 聖母があきらかに空気を変えたのだ。


「さてと、お喋りはこれくらいでいいでしょう? あたしはね、世界を救いに来たのよ?」

『世界をねえ……』

「もう分かっているでしょうけど、あたしが救いたいのはその子の魂の故郷。”プリースト戦記ウォー”……人々の信仰が捧げられた、美しき神の世界よ」


 MMORPGを維持するサーバー。

 そこに巣食っていたのが、この白山羊さんだったという事だ。


『世界って言っても、それはゲームだ。言いたいことは分かる、そこには様々な人々の魂や信仰が捧げられているわけだからね。神を信仰あいするのと、ゲームを愛する心に差などない。同じ感情だ。けれど……理解はしているのかい?』

「なにを?」


 指摘する教師の顔と声で。

 私の猫の口は緩やかに語る。


『君の干渉のせいで、いま現実世界ではプレイヤー達による暴動が起こっている。世界を破壊、つまりサービス終了を食い止めるためにね。そのせいで、おそらく怪我人もでているだろうし、日常生活に支障がでているものもいる筈。暴力によって自らの意志を押し付けようとする――それはテロと言えるんじゃないか。私はそう思うよ』


 まあ私もこの世界を勝手にソシャゲ化しているわけで。

 人の事は言えない気もするが、本当の現実世界では二週間だけの幻。

 この中で二年を経過すれば終わるのだから、いいのである。


 必殺! ネコの事は棚に上げる攻撃!


 白山羊さんは私の攻撃にも臆せず。

 ただ静かに、聖母のヴェールを揺らす。


「あたしはね、ネコちゃん。ウルタールから脱出して入り込める世界を探していた。そして見つけたのが、信仰豊かなこのゲーム。プリースト戦記だった。この中であたしは自由に生きたわ。色々な人々の心も魂も感じたの」


 精神感応系の力が発動している。

 私は肉球を鳴らし、精神攻撃を中和する。

 私には無効だが、聞いている者を信仰に落とす強力な催眠波がでていたのだ。


「あたしは聞いたわ。彼らの叫びを、嘆きを。生きる日々の中で生じる辛い感情。嫌な記憶。MMOという世界はそういった穢れを癒してくれる地であり、現実世界に疲れた人の第二の世界。とても。安らかな心になれる場所。それって、楽園ともいえるんじゃないかしら?」

『楽園か。君――まだあの日々を追い続けているのかい』


 問いかけに返答はない。

 ただ聖母は本当に美しい、けれど悲しい微笑を浮かべ。

 言った。


「ゲームだって、終わってしまうのは悲しいわ……」


 それが合図となったのだろう。

 聖母の足元から万華鏡にも似た光が走る。

 複雑な式を描く、十重の魔法陣が広がったのだ。


 光を受けた山羊さん。

 その口が、本当に穏やかな声を上げていた。


「だからね。いつか終わるなんていう恐怖から解放してあげるために、考えたの! ならいっそ、こちらを現実にしちゃえばいいのじゃないかしら。そうすれば皆、苦しみから癒され、終わりに怯える事のない楽園が胎動うまれるんじゃないかしらって!」


 その瞳は純粋無垢な狂気に染まっている。


 マスターテリオンもジャハル君も緊張の息を漏らし……ごくり。

 濃い汗を滴らせる。

 炎の大精霊であるジャハル君の肌に浮かぶ球の汗が、蒸発していた。


 終末の獣、マスターテリオンが無数の瞳を尖らせ。

 警戒気味に唸る。


『魔猫ヨ! こやつ、あの聖母、マリアなのか!?』

『さあねえ。ただ魔王陛下の母君で、なおかつ神話再現アダムスヴェインでありとあらゆる聖母の力を利用できることは判明している。強敵だ、気を付けておくれ』


 強敵と告げる私に山羊さんが、口をモグググっとする。


「あら。敵でいいのかしら?」

『そりゃあそうだろう。そうやって、こっそりとマスターテリオンの意識を奪おうとしているんだから、どう見ても友好的ではないだろう?』


 言われてハッとしたのか、マスターテリオンが自らの影を眺める。

 そこにあったのはヤギの分霊体。

 白ヤギの契約スタンプを押そうと迫る、白山羊の魔の手が迫っていたのだ。


 ボゴウゥゥゥウウウウウウゥゥ!

 ジャハル君が魔炎龍の結界で分霊を散らす。


「無事か、終末の獣よ!」

『すまぬ、大魔帝の腹心ヨ』


 マスターテリオンの召喚権を奪おうとしていたのは明白。

 厄介な分霊を先に退治したい所なのだが――。

 その実体は見えない。


 おそらく、聖母だけを前に出し。

 分霊たちはメェメェ鳴きながら、サーバー内に逃げ込んでいるのだろう。


「それじゃあ、始めましょうか。戦ってから決めるっていうのも、うん、悪くないんじゃないかしら!」

『これだから、無駄に強い存在は困るね』


 言って、私は影を伸ばしマスターテリオンを完全に救出。

 しかし、聖母は後光を放ち。

 あくまでも悠然と、神の威厳を纏いながら告げていた。


「今のあたしは、このゲームに込められた人々の想いすらも力とできる。長く続いたゲームの中に刻まれた彼らの感情、信仰、そして愛。それがどれほどの力になるか、あなただったら理解できるでしょう?」


 んーむ。

 山羊だけど、洒落にならんほどに強いなこれ。


 互いの魔術式が、ぶつかり合う。


 聖母が干渉力を強め、世界のルールを書き換え始めるが――強制解除。

 私は玉座で顎肘をついたまま、尻尾の先で玉座を叩く。

 相手の精神干渉空間に、逆に干渉――ルールを書き直していく。


 実は裏で、ものすっごい魔術戦を繰り広げているのだが。


 ……。

 ひたすら地味である。


「ねえねえ! いいじゃない、あんた、部下はいっぱいいるんでしょう? 終末の獣ぐらい、こちらの手駒にさせなさいよ!」

『駄目だね、彼は私とグルメを共に味わった事がある。宴を共にした者を私は守る。それがルールでありマナーだと、私はそう感じているのさ』


 攻防は続く。

 ひたすら地味である。


 聖母はさすが魔王様の母なだけあって、規格外のバケモノ魔力。

 魔術式の定数そのものに干渉を加え始めたようだ。

 私は書き換えられていく魔術式を元に戻し、ロック!


 干渉できないようにガードを固めていく。

 侵食するウィルスと、抵抗する対策ソフト状態なのだが。

 やはり地味!


 超、地味!

 マスターテリオンとジャハル君は応酬となっている魔術式の波に、緊張を浮かべたまま。

 ハラハラと影の戦いを見守っている。


 魔猫大隊も私の華麗なる魔術式と、それについてきている相手にごくり。

 猫喉を鳴らしている。

 瞳も、まさに達人同士の戦いを見守る戦士のモノだ。


 しかし。

 その時だった。


 空気の読めない系男、野ケ崎(のけざき)神父が素っ頓狂な声を漏らす。


「なあ、こいつら。なんで黙ったまま、ドヤ顔をしてるんだ?」

「チュチュ! 黙るデチよ! この光、マジでやばいヤツでち!」


 おお、素晴らしいぞでち助!

 もう、異能力者同士の戦いなどと言っている場合じゃない。

 そんな空気を察したのか、野ケ崎神父が言う。


「さあ、そんなことより! オレと貴様の勝負はついていない! 悪の手先、終末を齎す鬼社長ハクロウよ! 我等が聖戦の再開だ!」


 空気、察してなかった……。

 あ、でち助がおもいっきし回し蹴りのポーズをとって。

 どげぶすごぉぉおおおおおおおおおぉっぉ!


「なにをする! でち助! 痛いではないか!」

「痛いのはオマエの頭でち!」


 魔猫大隊が、こんな時になにしてやがると、ギララララ!

 ものすっごい殺意のこもった視線で、バカ神父を睨む。

 さすがに、私配下の精鋭猫部隊に睨まれて委縮したのだろう、バカ神父は硬直した。


 ちゃんと空気の読める男。

 ハクロウくんが魔術カードを発動させる。


「お客様、こちらへ――結界を強化します」

「お、おう! 何だか知らないが、今は空気を読まないとマズい気がしたから従ってやる! 感謝すると良かろう、フハハハハハハ! だ、だから! モフモフども、オレを睨むなって! あとでネコおやつあげるから!」


 こいつ……。

 この空気の中でこの不遜。

 わりと大物なのかもしれない。


 しかし、悪い意味での緊張の空気は消えた。

 マスターテリオンが冷静になるべく息を吐き。

 告げる。


『異なる世界の大精霊ヨ。ワレと併せよ』

「良かろう――異界に終末を齎す獣神よ」


 詠唱が重なり合う。


 マスターテリオンが鉄の魔杖を振りかざし。

 ■■■■■■■■。

 多頭の口から牙を蠢かせ、独自の言語で多重詠唱。


 ハクロウくんの魔術カードによる絶対不可侵の結界を強化。


 その上に、更にジャハル君が赤と蒼、二つの炎による結界を上乗せ。

 ゴゴゴゴォォォォ!

 私の攻撃ですら一撃は防ぐだろう強度の、複合結界を完成させる。


 魔猫大隊が毛を逆立て戦闘モードになったその時。

 聖母は言った。


「その時を待っていたわ」

『ンぬ!?』


 マスターテリオンが訝しげに無数の瞳を蠢かす中。

 聖母はふっと慈悲の光を放つ。


「創世規模の力さえ操る魔猫による干渉、そしてあたしが生み出した揺らぎ。更にあなたたちの大魔帝の一撃すら弾く結界。利用しない手は、ないものね?」


 ふふふっと妖しく笑んだ聖母。

 その後光。

 白山羊の背景に――菩提樹を彷彿とさせる生命の樹が、生える。


「さあ! プリースト戦記ちゃん! あなたも現実の世界となりなさい!」


 その時、私の猫目が読み取った魔術式は――。

 世界創世と同じ規模の、無限に重なり合う術式。

 魔術名は――《我が子たるロゴスの福音》。


 効果は――。

 私はぎょっと紅い眼を見開いて、玉座から転げ落ちる。


『楽園再現魔術!? にゃにゃ! そんな事をしたら、ダンジョン領域日本に情報が上乗せされて――』

「そうよ! あんたの作ったダンジョン領域、逆に利用させて貰うわ!」


 世界に愛が広がった。

 それは聖母の力。


「さあ人類たち! 今日から日本はもっと楽しくなるわよ!」


 ダンジョン領域日本。

 ソシャゲ化した世界に、MMORPGプリースト戦記の世界が乗算されていく。

 さすがに止めなければマズい!


「ケトス様!」

『分かっているよ――!』


 本気モードに切り替え、モフ毛をぶわぶわ!

 私は時間逆行を開始する。

 ――が!


 一瞬の躊躇が生まれた。

 今、聖母は空間を上書きしているのだ、そこに干渉してしまった場合。

 最悪、その存在が消滅してしまう可能性がある。


 その一瞬が、いけなかったのだろう。

 聖母は曼荼羅を彷彿とさせる魔法陣を広げ、私の干渉をキャンセル。

 ゲーム世界融合の力を本格的に始動させる。


「本来ならあたしの負けだったでしょうけど――ごめんなさいね、ネコちゃん。けれど、これも必要な事なのよ」

『自分を盾にしたね、君』


 返答はない。

 けれど、その顔は詫びるように眉が下げられている。

 ……山羊だけど。


 しかし甘く見られたモノだ。

 こんな状況でも、私ならば逆転は可能。

 すぅっと猫目石の杖を握る私に、ヤギ聖母がぼそり。


「言っておくけど、ゲーム内のグルメ。食べられるわよ?」

『……』


 長くサービスの続いたMMOのグルメ。

 か。

 ――……。


 じゅるりと。

 ネコの舌が邪悪に蠢き。

 私の口から、シリアスな叫びが飛び出ていた。


『にゃ、にゃんてことだ! もう間に合わないいい!』


 そう!

 もはや間に合わない!

 周囲が、創世の光で満たされた!


 ◇


 と、いうわけで。

 わたしにもとめられなかった。

 MMO世界が誕生してしまったのである。


 実に、残念なことだが!

 どうせダンジョン領域日本の解除で、そっちも解除されるだろうからね。

 意外に気楽ではある。


 私は全く悪くないのだが――。

 はてさて、これからどうなる事やら。


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― 新着の感想 ―
[一言] あ〜あやっちまったな!! こりゃ魔王様に怒られるぞ…… 間違いなくケェトスゥお前ってやつは〜♪って感じでお腹ゴシゴシの刑だな ワンコは白山羊の仕業だから割と真面目に怒りそう でも仕方ないよ…
[一言] 何と言うか‥‥サーバールームの電源落としてえ フロアごとでブレーカースイッチ別れてるよね?(目反らし
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