新たなる冒険の狼煙 ~プリースト戦記~
相手の天使を黒マナティー化して、眷族化!
玉座でドヤるは大魔帝ケトス!
そう、最強ネコ魔獣な私の事である!
ビル風がモフ毛を揺らす、高級料亭前。
こちらの面子は私と、側近である炎帝で炎の大精霊のジャハル君。
対する相手は、背広姿の洗脳信者とそれを従える長身強面の神父。
宗派は……まあ特定はしない方がいいかな。
ともあれ私は黒マナティーと化した天使を使役しながら。
ふふーん!
足の肉球をピョコピョコさせて、モフ耳もぴょこんとさせ。
ドヤァァァッァア♪
『さて、もう君の不利はさすがに理解できただろう? 降伏するかい?』
「ほざくな異教徒めが!」
強面神父はいまだにダラっと額から血を流しつつも、手を翳し。
聖書を顕現させる。
続いて、洗脳信者たちが腕に巻かれた器具を起動させる。
ビルの隙間の風を受けて、服の裾をバタタタタ!
詠唱がこだまする。
「主は我等に仰った!」
「汝に災いあれと!」
信者たちに続き、強面神父が詠唱を開始。
更に、バササササササ!
聖書が魔力に惹かれ、自動的に開いていく。
「故に我は主に願う! 罰を! 制裁を! 愚民どもに鉄槌を!」
強面の男は狂ったように哄笑を上げる。
足元からは、魔法陣が浮かび上がっているのだが。
……。
足元……アスファルトの上にいるのは、強面のネズミ。
例のリーダーっぽい強面男と連動しているのか、チュチュチュチュチュ!
神父はフハハハハハと嗤っている。
ともあれ相手の神への祈りは攻撃魔術という形で発動。
私達の頭上に雷が落ちてくる。
まあ、無傷なんですけどね。
ジャハル君も私も雷の直撃を受けながら、頬をぽりぽり。
困った顔で我が側近がボソリ。
「どーします? マジでこれが限界みたいっすけど……」
『ふむ……能力の底を見たかったのだが、この程度が限度なようだね』
たぶん本当に相手からするとラスボス状態。
メチャクチャびびってるんだろうなあ。
おそらく、五重の魔法陣が扱えていたのなら、そこらの一般人相手には無双してたんだろうし。
「な!? 神の雷が効かないだと……っ」
狼狽えた様子で後ずさる強面神父。
その足元にいるネズミを見て、私は猫の本能を堪えて言う。
『そこの君、ジャンキー状態になっている彼らを洗脳しているのはキミだね?』
「チュチュチュ?」
ネズミは、はて? 何のことでチュか?
みたいな顔をして、細い尻尾を蠢かし――目線を逸らす。
その鼻には薄らと汗が浮かんでいる。
唯一洗脳はされていなかったのか。
強面神父がくわっと叫びをあげる。
「キサマ! オレのマスコットキャラを脅すつもりか、このゲスめが!」
『いや、いきなり次元転移して急襲してくる君達の方がよっぽどゲスだと思うけど……』
冷静なツッコミに、足元のネズミが不意に二足歩行になり。
冬毛でモコモコになった状態で、ビシ!
「野ケ崎くん! こいつはヤバいでち! 早く撤退するでち!」
「しかし! ここで悪の親玉、大魔帝ケトスを滅する事こそが神の御意思なのでは?」
うわぁ……ネズミと会話してるよ。
ま、まあネコの私が言うのもなんだけど。
これ、このネズミ……変身ヒロインがよく連れている感じのアレか。
それにしても。
ごくり。
私、ネズミを丸呑みする趣味はないのだが。
種族的本能が、じゅるり♪
いかんいかん!
ともあれ撤退されたら面倒になる。
『ほぅ、まさか――逃げられるとでも思っているのかい?』
私は玉座の上から肉球を鳴らし、パチン!
周囲を暗黒空間に落とす。
ざざざ、ざぁあああああああああああっぁぁぁぁあ!
闇の焔が揺らめく祭壇。
暗黒神殿ともいえる空間に、強制転移させたのだ。
むろん、ただの演出である。
ジャハル君が私の演出に付き合ってだろう。
その身を炎の大精霊モードに戻し。
すぅっと瞳を冷徹に細める。
「無礼であろう。塵芥以下の人間よ――その命を大事と思うのなら、態度で示すが良かろう。頭を垂れよ、魔猫の君の御前である」
おお!
魔王軍の側近っぽいぞ!
いや! 本当にそうなんだけどさ!
『というわけで、ほら、さっさと情報を提供しておくれ! で? 君達はいったい、どこの誰で。何が目的なのさ?』
「どこの誰かだと? 白々しい! オレ達の世界をメチャクチャにしておいて、よくも吠えたなこの邪悪なる悪魔猫めがっ!」
牙を剥き出しに唸る野ケ崎くんとやらに、私は辟易を示しつつ。
尻尾の先をテンテンテン。
小刻みに揺らしてしまうのである。
『あのさあ、こっちはこっちの方が圧倒的に優位なのに話し合いを優先してるんだよ? 君、仲間がいるのかどうか知らないけど。もし、どこかの組織に所属しているなら……空気が読めない朴念仁って言われない?』
「な!?」
青年神父はあからさまに動揺した様子を見せ。
唾を飛ばす勢いで吠える。
「失礼なっ、オレはすこし正直なだけで!」
『へえ。なるほど、なるほど――やっぱり組織に所属していて、しかも空気が読めないって言われているみたいだね』
そんな感じするもんなあと、眉を下げる私。
とっても誘導上手だね?
「野ケ崎君! 罠でち! こいつ、情報を引き出そうとしているでちよ!」
「黙れ、でち助! ここまで言われて引き下がれるものか!」
でち助って、わりと安直なネーミングである。
まあコードネームという可能性もあるが……。
神父は聖書をぐぐっと握り潰す勢いで、圧迫し。
ブチブチに浮かべた血管と額を怒らせ。
「オレ達はここで死ぬのやもしれん。だがしかし! 置き土産を残してやろう、この悪魔めが! キサマに最大級の罵倒を浴びせてやるっ!」
『へぇ、罵倒ねえ。いいよ、許そうじゃないか。言ってごらんよ、小童くん』
ここで相手に罵倒させる理由は簡単。
相手がどれほどの罵詈雑言を吐こうが、こちらは涼しげな顔のまま。
それで?
そう言うだけで勝利が確定しているのだ。
ある意味で――相手の勝利条件は、私を激昂させる事なのだろうが。
私は心の広いネコ。
大抵の悪口も聞き流せるからね。
なぜかジャハル君が、なにやってるんすか……と、ジト目を作る中。
勝負が始まった。
野ケ崎神父はふふーんと、勝利を確信した笑みを浮かべ。
吠えた!
「キサマの母親でーべそ!」
……。
え?
いや、出べそって……え?
低俗とか言う以前の問題で、困惑し呆然とする私。
とっても可愛いね?
「フフフフ、フハハハハハ! あまりの罵声に声を失ったか! どうだ、これぞ我が叡智。神が与えたもうた祝福よ!」
あ、ガチで今ので勝ったつもりになってる。
すげえ偉そうだし。
こいつ。
たぶんまたダメな感じの人だ。
勝ち誇る相手を無視して、じぃぃぃぃぃ。
私はネズミさんの方を見る。
ネズミさんは明らかに頬をヒクつかせていた。
あぁ……これ、このネズミもこいつに苦労させられてるんだろうなあ……。
相手にするのもバカらしくなってきたので、私はネズミの方に言う。
『えーと、でち助くんだっけ? 君、私の言葉は通じているかい?』
「聞こえているでちよ。どうやらあなたはまともに会話が通じる存在のようでちね……聞いていた話とだいぶ、違うのでちが……」
聞いていた話?
やはり何か裏がありそうである。
私とジャハル君は目線を交わし、頷く。
「そこの獣よ、妾は小動物を殺すことは好かぬ。此度の奇襲、一度ならば許してやらなくもない……だが、タダというわけにもいかぬ。こちらも軍なのでな、哀れだから逃がしてやりましょうともいかんのじゃ――規則や規律に縛られておるからのぅ」
あくまでも規則だから仕方がない。
そんな建前をチラつかせた上で、私は問う。
『見ての通り、私はそれなりに強くてね。こちらのジャハル君もだ。君達をこのまま灰燼へと帰してあげる事も容易いのだが――それではあまりに芸もない。彼女も言ったが、攻撃されたという事実は残っている。それで、どうだろう。交換条件にそちらの事情を聞かせて貰えないだろうか』
「こちらの負けは確実。寛大な考えに感謝するでち」
ネズミは洗脳していた人間達を解放し。
非礼を詫びるように頭を下げる。
「この者達は無関係でち、解放しても?」
『ああ、その判断を私は評価するよ。交渉成立だね』
安堵の息を漏らすネズミが、ふぅっとモフモフな毛を膨らませる。
――が。
隣のダメ男、野ケ崎神父は納得いかないのか。
「何故だ、でち助!」
おい、こら。
せっかく助け船を出してやったのに。
このダメ男以外の皆が、空気を読めよという顔をしているのだが。
「いや、なぜって……デチたちの負けは確実でちよ? そしておそらく、このランクの存在となると心を読む、読心術の類も使用可能な筈。自害したとしても骸を操られるだけでしょうち……無駄なんでち。ならば、たとえこちらから情報を与えてしまう事になったとしても、話し合いができるのなら――悪くない選択だと思うのでちが?」
情報抜き出しの部分はなかなか的確である。
シビアな考え方ができるネズミなのだろう。
なのにだ。
くわっと血走らせた眼を輝かせ、青年神父は吠え続ける。
「いいや、そうは思わぬな! 神の敵は我等が敵! 玉砕覚悟で魂を燃やし、その魂魄まで焼き尽くすが道理! 神の敵に鉄槌を! 我等が勝利を母たる神に伝えるのだ!」
まるで軍属の狂戦士のような顔をし。
男は続ける。
「オレは聞いた! 神の言葉を! ああ、そうだ! オレは選ばれたのだ! フフフ、フハハハハハハ! あの世界を救うのはオレなのだ! 英雄なのだぁぁぁぁぁああ!」
ナチュラルハイ、こっわ!
付き合いきれないのか……仲間の筈のネズミさんは、それはそれは嫌そうな顔をし。
鼻をヒクヒクさせて言う。
「話を持ち掛けたデチが言うのもなんでちが……ちょっと狂信的すぎはしまちぇんか?」
「神がオレを望むのだから、仕方あるまい! なーはっはっはっは!」
ネズミさんに諭される大人って……。
なんか、本当に苦労してそうだなこのネズミ……。
◇
場所を料亭に移し。
私達はそれぞれに軽い名前の紹介などをして、お座敷でニンマリ。
『女将さーん! こっちに秋魚のフルコース、十人前追加ねえ! 支払いは政府関係者、大魔帝係りのツケで!』
「フハハハハ! 女将よ、オレも追加だ! ネコになんぞ負けてたまるか!」
本来なら静かな食事を楽しむ場所に、ネコと神父が大声漏らして舌鼓。
目の前では――うん。
私の側近と、なんかのマスコットキャラっぽいネズミさんが呆れ顔である。
ネズミさんがヒマワリの種を齧りながら言う。
「噂に違わぬ大食漢なんでちねえ……」
『まあ食事を続けないといけない理由もあるんだけどね。それで、そろそろ君達がなんなのか教えて貰ってもいいかな?』
言われて野ケ崎と名乗った神父は、ダンと空になったビールジョッキで机を叩き。
「聞いて驚け、そこのネコよ! オレは神に選ばれた救世主! 職業はフリーター、なれど! その真のクラスはグランドプリースト!」
『いや、グランドプリーストって……ゲームの世界じゃないんだから……』
程よく塩の効いたソラ豆をムチムチ♪
肉球で押し出し味わいながら言う私に、ネズミさんが肩を落とす。
ちなみに、会話がしにくいという事でネズミさんはお膳に乗っているのだが……。
じゅるり♪
おっと、いかんいかん。お膳の上というのが実にいかん。
ともあれ、ネズミさんは鼻先を動かし言う。
「それがそうでもないんでちよ」
言って、亜空間から取り出したのは――四角いケース。
だいぶ草臥れた感じの……ゲームソフトに見えるのだが。
『これって、たぶん……MMORPGのパッケージだよね? って、まさか』
「ウチの愚物とは違って、賢いでちねえ」
あからさまに告げて、ネズミはジト目で野ケ崎神父を睨み。
「こっちの野ケ崎くんは正真正銘、この日本のニンゲンでち。けれど、デチは違いまち。このゲーム、終わろうとしている世界、ブリースト戦記の登場人物。マスコットキャラのでち助でち」
あー、うん。
読めてきた。
「信じて貰えるかどうかはわかりまちぇんが、デチはこの世界の生物ではないんでち」
うわぁ……絶対正解じゃん。
どーなんだろ、これ……。
私はこっそり、とある異世界で習得した、答えを知る究極の剣スキルを発動!
……。
予想、当たってたね……。
超速理解だね?
内心のドン引きを隠しつつ、私は推理を披露する。
『なるほど、理解したよ。つまり君はサービス終了を間近に控えた電子の妖精、まあ付喪神みたいなものなのかな。サービス終了と共にゲームは死ぬ、それは君達にとっては世界の終わりを意味する。それを阻止するために、滅びを齎す悪魔……つまり、世界を終了させようとしているこちらの人間、創造主を滅ぼすために、君たちはやってきた』
空気が変わる。
そのまま私は推理を続ける。
『そしておそらく、君達の目的はそれだけじゃない。あわよくば世界の維持のためにゲームサーバーを乗っ取るため――攻め込んできた。そんなところかい? サーバーさえ乗っ取ってしまえば、世界を自由に書き換えられるわけだしね。それこそ都合のいい世界の構築さえ可能。そしてだ、この残念ダメ男はMMO廃人。かなり極めてハマっていたゲームプレイヤーってところかな』
コリコリとした軟骨の感触が絶妙な、つくね団子。
甘ダレの串焼きを、むしゃり♪
むっちゅむっちゅしながら告げてやる。
ネズミさんは全身の毛を逆立て、ぎょっとした様子を見せて口をあんぐりと開く!
「な! なんでそんなに的確に分かるんでちか!? ふつう、誰も信じない話でちから、デチもどう話すか悩んでいたんでちが!?」
いやあ、ほんと。
こんなことが理解できてしまう自分が、微妙に嫌になる……。
うん、色々事件あったし。
実際、私は世界をソシャゲ化しちゃってるわけだし……。
MMOの付喪神が地球侵略に来るぐらい、よくある話だよね。
ネズミとネコが会話する世界より、よっぽど現実味があるだろうし。
そんな残念な部分を全部隠して、ずずずず♪
私はシリアスに微笑する。
つくねダンゴのタレでベチョベチョになった口を、静かにお茶で啜ってやったのだ。
『全ての可能性を考慮し、不正解を外していく。それを繰り返すだけ――後はどれほどありえないと思っても、最後に残ったモノが真実なのさ。だから理解できた。簡単な推理だよ』
まあ、スキルを使って答え合わせをしたんですけどね。
あからさまに顔色を変え。
でち助ネズミが言う。
「まさか地球に住む猫がここまで賢いとは……ここは現実世界。でち達を作り出された創造主のいる世界だとは知っていまちたが、まさかこれほどとは……素直に感服でちね」
感心するネズミさんを見て。
ふと私は微妙な答えを導き出していた。
案外に冷静で、賢そうなこのネズミくん。
賢人ともいえる子がなんで、こんな残念な神父コスプレ男をパートナーとし。
こちらの世界に顕現したのか不思議だったのだが。
これ、MMO世界から顕現したって誰にも信じて貰えなかったな……。
んで、信じてくれたのがこの狂人だった、と。
今暴れている連中も、おそらく類友なんだろうなあ……。
私との交流でゲームを知ってはいるが、あまり詳しくはないジャハル君が見守る中。
シリアスを維持しつつ私は言う。
『それで、この「プリースト戦記?」ってどんなゲームなんだい? そりゃあ、サービス終了するぐらいだから、昔のタイトルだとは思うんだけど』
「聖職者系の職業に特化した、ごく普通のゲームでちよ? ただちょっと、ゲーム成功を祈って、開発者達がわれらが主神……つまり神様への祈祷儀式を行ったらしく、こうしてデチみたいな存在が生まれたんでちよ」
どーしよ。
聖職者に特化したMMOって時点で、ツッコミしかないのに。
ゲーム成功を祈って、神に祈祷って……。
あー、この世界には魔術式があるからなあ。
偶然、本当に何か召喚しちゃって、ゲームに呪いでも掛けちゃったのかな。
そして、サービス終了となると召喚されたゲームを守る神が暴れ出し。
転移現象を発動。
同じくサービス終了を拒むプレイヤーを手駒とし、外の世界でもMMORPG内の能力を維持したまま転送。
こんなことになっている……と。
どこのどいつが開発者かは知らないが、サーバーだけでも維持させればとりあえず事件は解決かな。
世界の終わり……。
つまり、永続的なサーバーダウンが食い止められれば、あちらの世界からの侵攻は止まるんだろうし。
私はゲームパッケージをひっくり返して、その発売元を見る。
……。
私もよく知る異能力者――金木白狼くんの会社じゃん、これ……。
むろん。
私は大慌てで彼に連絡を入れた。




