我がモフ耳を揺らす緊急コール ~日本からの救援要請~
魔王様ドリームランド事件から一ヶ月。
我らが魔王城、ラストダンジョンにもサカナヘッド達が配置され始めた。
そんな穏やかな日の出来事。
私、もふもふ最強素敵ニャンコな大魔帝ケトスは、いつものようにグルメを堪能。
側近である炎帝ジャハル君と、食堂で打ち合わせ。
知的な会議をしつつ。
軽く漆黒牛のフルコース三周目を嗜んでいたのだが。
女帝モードのジャハル君が、じぃぃぃぃぃぃ。
垂れた焔の前髪を、指で掬って後ろに流し。
燃えるドレスを揺らし、モゾモゾとこっちを眺め。
「ケ、ケトス様! オ、オレも一度、陛下の夢の中に――っ」
と、なにやら決意を込めた様子で叫んだ。
その時だった。
緊急用にゃんスマホが、ニャニャニャニャ! 不意に鳴り出したのだ。
『すまない、ジャハル君。ちょっと待ってね』
「え、ええ、どうぞ……」
何か真剣に――勝負を挑む顔だったジャハル君には悪いのだが。
緊急用にゃんスマホは本当に緊急用。
ダンジョン領域日本で何かがあったのだろう。
まだあそこはソシャゲ化空間のまま、二年経つまでは解けないからね。
もはや管理はニンゲン達の手に譲渡しつつも、まだ私の管轄。
呼吸を整え、私はにゃんスマホを起動する。
『もしもし? いったい、なにが――って』
言葉を受けた私のモフ毛が、ぶわっと膨らむ。
『ニャニャニャァァァァ!? 未知の異能力者が暴れ出してるって?』
そう。
それは、まだダンジョン領域という特殊空間とはいえ。
現実世界で起きた事件だったのである。
◇
移動した場所は政府御用達の料亭の近く。
転移被害者救済組織、メルティ・リターナーズを通じ、既に私は政府関係者ともコネがあるのだが。
その繋がりで、ここに顕現。
理由は簡単。
料亭のお弁当をまず前金代わりに受け取るつもりなのだ。
もっとも、まだ現地のクライアントの姿は見えない。
……。
これ、メルティ・リターナーズか、学校関係者の近くに顕現した方が良かったかな。
政府関係者って言っても。
私達が把握している転移帰還者はもちろん。
異能力集団にも、まともに対抗できていなかった連中だろうし。
ビル風が寒いね?
ネコちゃんの健康に悪いね?
でも、なんか仄かにあったかいね?
慌てて緊急転移した私の横。
焔のドレスに身を包んだジャハル君が言う。
「ここが三毛猫陛下の世界、日本なんすね」
あー……。
熱源はジャハル君か。
炎の大精霊だからねえ。
『って、あれ? なんでジャハル君もついてきているんだい? そりゃあ、冷静で私を止められる君がいると百人力だし嬉しいけど。精霊の国、大丈夫なのかい?』
「ラーハルがしばらく国を任せなさい! って、張り切ってるもんっすから、ちょっと任せてもいいかなぁ……って、そんなことはどうでもいいんすよ! いったい、何が起こってるんすか!?」
と、妙に上擦った声で言う我が側近。
そういえばジャハル君の妹のラーハル君が、このあいだの私の冒険を聞き。
月のように青い髪を逆立て、姉さん、これガチでヤバいんじゃないの! っと、緊急転移。
大慌てで国に帰還したのはつい先日の話。
なにか、精霊の国で事件でもあったのかな?
やたらとジャハル君が落ちつかない様子で、私をチラチラ見るようになったんだよね。
お家騒動とか、かな?
まあ、その辺の事情は今度詳しく聞くとして。
『んー、異世界転移現象と、その犠牲者達の件は知っているだろう?』
「ええ、転生者や転移者と呼ばれる運命に翻弄され……召喚された人間達っすよね。すでにあの謎のネコ、ニャンコ・ザ・ホテップを封印したことにより、その被害者は減っていると聞いていますが」
さすがジャハル君。
直接事件に介入していなくても、私の報告書をきちんと把握しているようだ。
有能な部下に頷き――私は話を続ける。
『このダンジョン領域日本には、異世界から帰還した能力者がいるんだけど――それとは別。現地で能力に目覚めた人間も、中にはいるんだよ。その連中の一部とは友好関係を築いて、既に和解しているんだが、全部を把握しているわけじゃない』
ネコの口を動かす私に、ジャハル君が指を鳴らし。
ゴゥ!
現代風のニンゲンモードに変化し告げる。
「なーるほど、読めてきたっすよ」
男前な美人さんになったジャハル君が、ニヤリと魔族幹部スマイル。
ヒールの先から浮かべた熱で、コンクリを溶かしながら言う。
「多種多様な存在であるニンゲンっすからね。中にはそれなりの力をもって暗躍。野心を働かせているヤツもいるって、ところっすかねえ」
『まあ、実際はどうか分からないけれどね。ともあれ、私達の把握していない異能力者が暴れているのは確からしい。既に収集済みの情報だけが、世界の全てではないって事さ』
告げる私は、溶けたコンクリを元に戻して。
ネコの髯をぶわぶわ!
感知を開始!
かつての勇者、転移帰還者や、メルティ・リターナーズのメンバーが応戦しているようだが。
敵は……、やはり人間か。
ぶすーっと猫の眉間にしわを刻んで、私は考え込む。
「どうしたんすか、ケトス様? 早く鎮圧に行かないと」
『いやあ、これって考えようによっては地球人同士のイザコザなわけだろ? 異世界の住人である私達が干渉していい問題なのかどうか、ちょっと考えちゃってね』
言われてジャハル君も丸めた長い指を顎に当て。
王の顔でぼそり。
「そうっすねえ。民間人たちが襲われているっていうのなら、オレは助けるべきだとは思いますが――ただの権力争いや、縄張り争いとなると――どっちに手を貸すかで揉めるかもしれませんが」
『暴徒と化しているのかどうかも、相手が弱すぎてちょっと分からないんだよねえ』
そう。
いつものパターンで、暴れている人間が弱すぎて規模が分からないんだよね。
もう省略するが、庭のアリンコ理論である。
とりあえず異能力者が暴れていそうな場所に移ってみるかと、思った矢先。
ザザザザ。
足音がした。
背広を着た、どこにでもいそうなサラリーマン集団である。
もっとも……。
その腕には、なにやら複雑そうな器具が取り付けられているが。
おそらくだが……転移者である私や。
キリン教の巫女の阿賀差スミレくん。
そしてカード異能を扱う金木白狼くんなども把握していない、未知なる異能力者だろう。
暴れているという一団に違いない。
何故そう思うのか。
答えは単純だ。
このタイミングででてきたのだ、どう考えてもトラブルだし。
事件に絶対関係しているだろう。
私、そういうのを引き寄せる能力があるっぽいからなあ……。
ビル風が吹く中。
華麗なる魔猫な私はビシっと二足歩行になり、肉球を向ける。
『君達が連絡のあった暴れている異能力者だね! さあ、いますぐに、我に何故暴れているか! その事情を話すのである!』
格好よい宣言なのに。
背広リーマンたちは無反応。
あれ? 言葉が通じてないのかな。
私、無視されるのって嫌いなんですけど。
ブスーっ、不機嫌になる私を眺めて慌てて動いたのは我が側近。
ジャハル君は女帝たる声で、鼻梁を尖らせる。
「お前達、この御方は偉大なる魔猫の君。無礼があらば即座に処す。妾の問いに、答えよ――下郎。おまえたちは何者であるか?」
問いかけに、背広男たちはがくりと首を横に倒し。
まるでゾンビのように、ギギギギギ。
その口が、歪な声を漏らす。
「主よ、我等を導き給え」
「この世、終わらんと欲すれば」
「汝の怒りは業火となって、我等を討つだろう」
これは!
聖職者による多重詠唱!?
ていうか、目がやばい!
具体的に近い例を言うと。
くすり……は、まずいから。
えーと、判断や意識を低下させる類の呪いや、道具によって精神を汚染されている。
『ジャハル君ストップ! たぶん、こいつら洗脳されている! どこかに操っている奴がいる筈だ!』
私が唸るや否や。
男たちの腕に取りつけられた器具から、高速で魔法陣が描かれていく。
回転する魔力の波動は、私も知らない未知の理論。
『神への賛歌による祈りと、機械による高密度な魔術式の融合か。何があるか分からないね』
「骨まで燃やし尽くしますか!?」
そういやジャハル君……。
私の側近となっておとなしくなってるけど、元は会議を荒らすほどに好戦的な性格だったよね。
今回は私が抑える役となって、こほん。
『いや、戸籍の消去とかが面倒な話になる。それにこいつらはおそらく雑魚。どういう性質の魔術なのか、それを確かめたい』
ぐちゃり。ねちゃり。
男たちは虚ろな眼で詠唱を続け、ギギギギっと腕を伸ばす。
腕に取り付けられた機械から召喚円が刻まれた。
キュイィィィィイィィン!
おそらく、魔術式を腕に取り付けた機械に計算させているのだろう。
男たちの足元に、五重の魔法陣が浮かび上がる。
ということは、魔王様の魔術法則を扱っているという事だ。
詠唱が終わったのだろう。
煙が発生する。
これで神話生物でも呼ぶのか?
そう思ったのだが。
現れたのは、神の遣い。
いわゆる天使と呼ばれる存在だった。
光の道から、それは仰々しい仕草でやってくる。
その数は、二十体ほど。
召喚された天使を見て、私は驚愕の眼差しを浮かべる。
ついつい口から小馬鹿にするような声が漏れてしまった。
『にゃにゃにゃ! あんな仰々しい詠唱で呼んだのが、ててて、て、天使だって!?』
「ほう! 噂のランカー、大魔帝ケトスといえど――さすがに天使には敵わないか」
言って、ズジャっと次元転移しやってきたのは――シャープなシルエットの長身の男。
一人の神父姿の青年だった。
強面の、いかにもヤクザのボディガードでーすみたいな風貌なのだが、はてさて。
「これは重畳。まさかここで一番厄介な存在を仕留めることができるとはな。フフフ、フハハハハハハ!」
うわぁ……っと、私は猫耳を後ろに下げる。
尻尾もついつい、下げてしまう。
もちろん、相手が恐ろしい程に強い!
というわけではない。
考えても見て欲しい。
いくらダンジョン領域日本、ソシャゲ化した空間だからって、白昼堂々フハハハハハって。
しかも、神父のコスプレって。
ねえ?
目の前のヤバい男を。
じぃぃぃぃっぃぃ。
物凄い残念なものを見る顔で、私は言う。
『あのさあ、まさか。こんな雑魚天使を出しただけで君、そんなに喜んじゃってるの?』
「ふん、ほざいたか異教徒よ。汝等の存在は既に観測している、転移帰還者だったか――井の中の蛙大海を知らずとはまさにこの事」
と、瞳を閉じて。
ふっふっふ……、神父青年は、とっても悦に浸っていらっしゃるご様子。
なにやら自己満足しているようだが。
「さて、やれ信者たちよ。天使の威光をもって、我等が主の偉大さを異教徒どもに知らしめるのだ!」
信者と呼ばれたジャンキーたちが、腕の器具をガチャン!
魔法陣が浮かぶ。
それが召喚した眷属への命令となっているのだろう。
天使たちが一斉に、私に向かい跳びかかってきた。
哀れ! 私は袋叩き。
集団でポコポコされて、ぶにゃにゃにゃ!
「そこの女。良いのか? 仲間が襲われているのだぞ? なにをそう、うわぁ……って目で、こちらを見ているのだ」
「いや、よくもまあ……その程度の脆弱なる力で、我等が猫の君に向かっているモノだと……こう、憐憫をな? ほんに哀れな連中よ」
頬をポリポリするジャハル君に、強面神父はぐぐっと鼻梁を黒く染める。
「哀れはキサマだ、魔猫に仕える女よ。悪魔の遣いたる猫と共に歩むとは、血迷うたようだな。これだから主の偉大さを知らぬ連中は嫌なのだ――愚かに過ぎる」
売り言葉に買い言葉。
ジャハル君が女帝モードの声で言う。
「ほう? 妾だけでなく、ケトス様までをも愚弄するか。だが、構わぬぞ――。せいぜい吠えるが良かろう。その不遜なる態度も、小生意気で矮小なるその体躯も……ふふ、灰燼と帰す前の最後のたわごとだと思えば、可愛いモノよなあ」
「ならば、キサマも死ね! 異教徒!」
挑発に乗った強面神父が地を駆ける。
まあ、人間としては早い。
暗殺者とかそういう職業のモノに近い速度だ。
でも今のジャハル君……。
私達三獣神や魔性、魔王様みたいな例外を除けば最強クラスの魔帝だからなあ。
それこそ、ナメクジが全速力で走る姿に見えるのだろう。
その掌底を軽くいなして、炎の吐息で爆風を起こし。
ぼわぁああああああああっぁぁあ!
神父さんを、向こうのビルの壁へと強く叩きつける。
炎帝ジャハル君は、炎の大精霊なのに氷の微笑を漏らし。
蔑むような声で言う。
「安心せよ。たとえムシケラだとしても――殺しはせんぞ? 殺人罪……といったか。こちらの世界は何やら面倒な法があるそうなのでな」
「ば……ばかな、神に祝福されし……この、オレが……ッ」
うわぁぁぁ、痛そう。
なんか、足が曲がっちゃいけない方向に曲がってるし……。
しかし、神父さんはそれでも起き上がり。
回復系統の力を自らの脚にかけながら、血を滴らせた強面で。
ギリリと奥歯を鳴らす。
「きさま! 異教徒の分際で!」
『異教徒、異教徒ってうるさいねえ。はいはい。もう茶番は良いよね?』
ダンジョン領域日本に慣れていないジャハル君が、うっかり相手を殺しちゃっても面倒くさい。
揉み消すのも記憶を消すのも、どちらにしても二十分くらいはかかっちゃうだろうし。
ここは私の出番と、声を上げ。
ふふーん!
『とりえあえず、敵って事で……一応告げておくよ。降伏し給え。君達の負けさ』
言って私は天使たちの解析を終了し。
タッチマナティー!
全ての天使の翼を黒く染め上げ、その胴体をいつもの黒マナティーへと変貌させてやる。
ばさぁぁぁぁっぁあ!
翼の生えたカワイイ新種の黒マナティー! 完成である!
黒き翼の人魚たちを周囲に纏わせ。
私は既に大魔帝セット一式を召喚、玉座に座って顎肘をついてニヤァァァ!
今の私はさながらラスボス!
暗黒天使を侍らせる、美しいボス猫状態である!
「な!? 使役する眷族を強奪しただと!?」
『さて、君達の呼んだ天使はこちらの部下となった。まだやるかい? 異教徒さん』
ニャフフフフ!
決まった!
いやあ! 玉座に乗ったまま、こちらは動かずドヤァァッァア!
相手の戦力を奪って洗脳し、傍らに侍らせる!
こういうシーンを一度やってみたかったんだよねえ!




