エピローグ
『にゃっはーぁぁああぁぁぁ! イチゴパフェだにゃぁあ!』
旅だちの前日。
私はメイド長女メンティスが用意してくれた山盛りのイチゴパフェをペロペロ、ばくばく。お腹いっぱいに頬張った。
今までの礼をということもあるのだろうが。
ふと私は旅の支度をしているメイド次女、マーガレットをちらり。
彼女が冒険者として旅に出るというので、少しの間行動を共にすることになったのだ。この苺パフェはそのお礼も含まれている、というわけである。
『せっかく街が平和になったのに、旅に出ちゃっていいのかい?』
「平和だからこそ、安心して旅に出られるんじゃないっすか」
まだ亜空間収納を扱えないマーガレットは冒険者リュックに色々な荷物を詰め込んで、にひぃっと微笑んで見せる。
なるほど、たしかにそれもそうか。
「それに、あたしがいたら邪魔っすからねえ」
『姉さんも妹さんも、そう思ってはいないだろうと思うけど』
「ケトスさまぁ……、正直ぶっちゃけちゃいますけどね、あのラブラブ空間と同じ場所にいたいと思います?」
次女はゲンナリとした表情で項垂れる。
まあ、確かに。
姉は屋敷の当主と。妹は皇帝陛下と。
理由をつけてはイチャイチャらぶらぶ。
『ま、それもそうだね』
「でしょう? まあ、姉さんにはすっげぇ世話になりましたし、妹もあのポワポワで心配してましたけどガッツリと玉の輿ですし。嬉しいには嬉しいんすけど」
『複雑だよね』
言って。
一匹と一人。二人して、同じ空間にいるラブラブ四人をジト目でチラリ。
『でも、お姉さんも妹君も。君を心配していたよ』
「なんのことっすか?」
『実はね、昨夜別々に私に相談に来たんだよ。妹が、姉が、本当に冒険者としてやっていけるか心配だってね』
ちょっと照れたように彼女は頬を掻く。
「え、そうだったんすか」
『にゃふふふふ、大事にされているね』
そう。
実は、私は彼女らからそれぞれ相談を受けていたのである。
そりゃあ好きに旅をするのは次女の自由だろうが。
冒険者に危険はつきもの。命を落とす可能性も低くはない。
しかし。
私はそういう意味での心配は何一つしていなかった。
なぜならば――。
この娘。次女マーガレットは竜種の肉との相性が良かったのか。がっつりドラゴン料理食べてるから、既に、並の人間じゃ絶対に勝てない強さになってるんだよね。
こんなチートを力の制御ができないまま野に放っていいのか、ちょっと心配でもあるのだ。
ホワイトハウルにも、責任をもって最初ぐらい様子を見ろって言われちゃったし。
姉と妹に、せめて初仕事を終わらせるまで様子を見て欲しいと言われちゃったし。
まあ、ともあれ。
『失敗したら出戻ってもいいんだし、気楽に行こうじゃないか。君も私のグルメ散歩に付き合っておくれよ』
「それはありがたいっすねえ。ケトス様が途中まで一緒にいてくれるなら。冒険者ギルドに登録するまでの間、どんな強敵が相手してきても問題なさそうですし」
イチゴパフェの底をいつものように肉球で掬いながら、にゃふり。
『にゃほほほほ、もっと褒め称えても構わぬぞ』
ふんぞり返る私の前に新しいイチゴパフェを置きながら、次女マーガレットが思い出したかのように言った。
「そういえば金貨二十七億枚って結局どうなったんすか。なんか皇帝陛下を釣るために借金させまくったみたいな話を耳にしたんすけど」
奥の方で、暴君ピサロの背がちょっとだけ跳ねる。
『あー、あれかい。どっちかといったら二十八億枚だけど、あれなら投資に回したよ』
「投資?」
『実はこの帝国にカラアゲ開発機構と、イチゴパフェ生産ライン工場を建設しようと思ってね。皇帝をおどし……頼んで要求したのさ』
ホワイトハウルも異界の唐揚げの味を知っていたからか、この案には大いに賛成してくれた。
私と彼。
二匹の魔獣で、今回の魔竜退治の報酬としてカラアゲ開発を要求したのである。
その資金として――まあ、二十八億ぐらいチャラにしてやってもいいかな、と。
そうなったわけである。
なんかあいつ、私よりも妙に唐揚げに詳しかったが。まあ、あいつも力ある獣の一柱、異界食について私の知らない知識があるのかもしれない。
ともあれ。
マーガレットは眉を下げて不思議そうに問う。
「そのカラアゲっていうのがなんなのか、あたしは知らないっすけど。二十八億の価値があるんっすか?」
『あるね、人類の宝と言っていいほどの価値があるのさ』
にんにくをまぶしたカラアゲさん。
醤油がじゅわーっと染みたカラアゲさん。
衣はぱりっと中はじゅわじゅわ。
にゃふふふふふ、いかんいかん、涎が。
たぶん、近いうちにカラアゲは本当に開発されるだろう。
製造方法や味付けなどの過程は異界の書物を取り寄せたし。
まあまた異界召喚をやったもんだから、サバスとジャハルくんに怒られたけど。
それに、なにより。
私はラブラブな皇帝カップルに目をやった。
今は寛いでいるが……内心、結構焦ってるだろうなあ。
おそらく。
ラブラブの密会が終わったら、彼は急ぎ走り回ることだろう。
もしカラアゲが開発されなかったら。帝国と教会は私に対し、金貨二十八億枚を一括で返金する。
そういう契約をしたからである。
きっと。
死に物狂いで開発するだろうなあ。
この国が存続するためには、唐揚げの開発は急務。
人間同士の無駄な争いなどひとまず置いて、必死に取り掛かってくれるだろうとは思う。
だって、私魔族だし。
もし開発できなかったり、する気がないでサボッていたら容赦なく取り立てる気満々だし。
それは暴君ピサロも重々承知しているようで。いまごろお付きの賢者が教会の独自ネットワークをレンタルし、腕利きの調理人をかき集めている最中だろう。
まあカラアゲが食べたいというのは本音だが、それだけが目的じゃない。
これは世界平和のためなのだ。
信じて欲しいが。
けっして私利私欲のためだけではないのである。
じゅるりと、唐揚げさんの味を思い出しながら私は思う。
帝国と教会。
両方ともに巨万の負債という爆弾を抱えている状態なのだ。
これで彼らは協力せざるを得なくなる。
ようするに。ギクシャクしている国と教会の間に、接点を作ってやったのだ。
人間同士なのだ。同じ大きな目標を持てば少しはうまくいくようになると、私は信じている。
ま、これでまた関係がこじれるなら私は知らん。
カラアゲができなくても私は知らん。
その時は、まあこの国の終わりかもしれないが。
私は容赦なく、帝国と教会から財産を回収するだけだ。回収した資金で、別の国にこの話を持ち掛ければいいだけだしね。
悪党とはいうなかれ。
確かに今回は人間に協力はしたし、互いにいい関係を築いたが。
それとこれとはまったく、別の話である。
それに。
カラアゲみたいに美味しい料理が完成したら、きっと、無駄な争いも減るのではないかと猫的思考な私はそう考えている。
だから、心の底から思うのだ。
早く、じゅーし~唐揚げさんを私の前に差し出すのだ!
と。
『さて、パフェも食べ終わったし。そろそろ行こうか』
「はいっと。じゃあ姉さん、ドーラ。行ってくるからね!」
当主とメンティス。
皇帝とドーラ。
彼らは私達を微笑みながら見送った。
まあ、皇帝の貌がほんのりヒクついているが、それは仕方がない。
とっとと唐揚げを完成させてくれ!
ともあれ。
これで、この心優しいパフェ屋敷の住人も、幸せに生きていけるだろう。
迷宮で通りすがっただけの縁だったが。
私にも、魔王様の真似事ができたの、かな。
ちょっとだけ。
嬉しいかもしれない。
いやいや。
まさか、大魔帝たるこの私が人間ごときを救っただけで喜ぶはずがないか。
まあ。
感謝されまくって悪い気はしないけれど、ニャ!
旅を続けるレンガの石道。
馬車や人が行きかう人間たちの町。
ここには平和な日常が戻っていた。
民兵だった人たちが、私に手を振りお辞儀をする。
マーガレットも会釈で返し、私はニャハっと周囲を見た。
この辺りなんか唐揚げ屋の屋台にちょうどいいのではないか、そう思ったのだ。
いつか。
魔王様がお目覚めになったら、私はここの唐揚げを自慢しながらごちそうするのだ。
あなたが眠っている間に、ちょっと人間を救って唐揚げを作らせたのだ、と。
きっと。
喜んでくれますよね、魔王様。
二十八億金貨の唐揚げを想像し。
ネコしっぽが、ぶわんぶわんと膨らみ揺れる。
心なしか、ヒゲも猫耳もピンピンと跳ねていた。
足取りもちょっと軽い。
「なんかケトスさま、超よろこんでますね」
『そうかい? 自分では分からないけれど』
「猫がスキップしてる姿なんてあたし、初めてみましたっすよ」
そうか。
私は喜んでいるのか。
人間の事を、少しだけ嫌いではなくなっていたが。
別に好きなわけじゃない。
けれど。
こういう心を思い出させてくれる人間は――。
まあ……少しだけなら――。
第五章、
騎士♀とニャンコと苺パフェ ~滅ぼせ悪党教会~編~ ―終わり―




