戦渦のウルタール ~潜む者達~その1
ネコで満たされた街、ウルタール。
そのあちらこちらで、魔猫による魔力の波動がこみ上げている。
街の変化に目をやるのは、モフモフな巨大猫魔獣が一柱。
そう――この私、大魔帝ケトス!
太もものモフ毛まで美しい、低級魔獣でありながらも最高位の魔猫である!
ででーん!
夢世界ということで、魔術法則も物理法則も異なるのは前述済み。
その対策として、私が取った行動は――!
なんと!
いつも通り、私の影世界に落とす事である。
単純とは言うなかれ。
うん、フィールドの上書きって重要だよね?
てなわけで!
ラヴィッシュ君と目が合った気がするが、こちらの準備は順調!
この国全体を私の影世界に落としたのである。
周囲には王宮から派遣された王直属の騎士団が並んでいる。
民を守るためと、王が精鋭部隊を寄こしてきたのだ。
その数は……正直数えきれない。
それほど王も本気なのだろう。
夜そのものとなった私が、紅い二つの月となった瞳でギラーン!
ウルタールの夜灯りを眺めている状態になっているのだが。
このままだと戦いにくいし、なによりグルメが回収できない。
影による領域支配はそのままにして、チェンジ!
夜を包むほどに巨大化していた私は、いつものサイズに戻っていき。
玉座に着地♪
このウルタールを影とネコの世界へと固定したのだった!
ネコでこの世界を乗っ取ったともいうが、気にしない。
元の月が煌々と私を照らす中。
ふふーん!
執事ネコ達にワインを注がせて、ごくごくごく♪
『くくく、くはははははははは! 我はケトス! 大魔帝ケトス! 死せる宮殿の主よ! どこからでも掛かってくると良いのである!』
玉座の上で膝を組む私も凛々しいわけだが。
ちゃんと戦陣を指揮するモノとしての使命も忘れていない。
ネコによるサカナヘッド殲滅作戦は完了!
第一陣の殲滅を確認済み。
その中でちょっと気になる報告もある……。
ラヴィッシュ君も襲われたらしいのだ。
まあ、無事に保護できていると報告が上がっているのだが。
……。
んー。なんか心配になってきたし。
召喚リストに載ってる黄衣の王とかを召喚して、護衛に回した方がいいのかなぁ。
この黄衣の王とリスト表示されているのは、おそらくクトゥルー神と敵対する存在。
ハスター神である。
今回の敵がクトゥルー神の原初、アダムスヴェインを操るということで――相手を共通の敵。敵対者認定しているのだろう。
リストに割り込んできているのだ。
この私の召喚魔術のリストに割り込んでくる時点で、かなりヤバイ存在なのだが。
戦力になるのは確実。
尻尾の先をビタンビタン♪
揺らす私のボワボワ尻尾は、不安やイライラの証。
なんかラヴィッシュ君の事を、必要以上に心配してしまうのだ。
『……』
ま、呼んじゃおっか。
冷静な私は、冷静なままに山のような異端魔導書を顕現させ。
なぜか逆立っているネコ毛をモコモコモコモコ!
世界を混沌に落としかけながら――。
詠唱を開始!
回転する魔法陣の渦の中、私は猫口を冷静に蠢かす。
『其はクトゥルーと敵対するモノ。汝、風の大神の名において――……いいや、本物呼んじゃっていいよね。うん、なんか心配だし』
伸ばした肉球で印を刻み。
玉座の周囲に無数のアーティファクトを顕現させ――瞳を開いて、カカカカカ!
邪神降臨の呪を口ずさむ。
『いあ! いあ! はすたぁ! はすたぁ!』
風の大神の本体、夢世界の外に在る正真正銘の神性を呼ぼうとしたのだが。
珍しく仰天。
慌てて飛んできたのは、血相を変えているロックウェル卿だった。
『コケコカアァァァッァァア! なななななな! なにをやっておる、ケトス!』
『なにって、召喚だけど?』
召喚の儀式を維持しつつも、私は冷静にネコの鼻息をフンフン!
『――――の直接召喚ではないか! おぬし! これまた、なんつーものを呼ぼうとしておるのだ!』
冷静な私は超冷静に、冷静にふっと肩を竦める。
『魔王様の夢を守るための戦争だし。百年前の大戦の残り香だし、それになんかモゾモゾもやもやするし。召喚するならだよ? 強大なら強大なほどよくないかな?』
『たわけ! 幻影や逸話を再現した影法師ともいえるコピーではなく、本物など呼んだら世界が終わるであろうが!? その前に、自らの尻尾をよく見てみるがいい!』
はて、促された先にあるのは、モップのようなボッファボファ。
荒ぶる私のニャンコテール。
しなやかに動く大蛇のようなその尾も、とってもかわいいね?
パソコンモニターを掃除できそうなモップ尻尾を指摘するロックウェル卿が、じぃぃぃ。
冷静な私を睨んでいる。
あれ? こういうの前にもやった記憶があるけど……。
ああ、そうか。
私が熱暴走した時って、いつもロックウェル卿が真面目モードになって止めに来るんだよね。
世界を破壊しないための先回りらしいが。
しかし今回は違うよね。
うん。違う。
今の私はメチャクチャ冷静だし。
赤い瞳をギンギラギンに輝かせる私は、牙をギラギラとさせながら言う。
『ニャハハハハ! 大袈裟だねえ、ロックウェル卿は。もう、これから戦いが始まるんだから、冷静にならないと駄目じゃニャいか!』
『これは……久々に熱暴走しておるな、おぬし……』
冷静にツッコむ私に、卿がジト目で更にこちらを――。
じぃぃぃぃ。
お説教をする賢人の顔で、卿が言う。
『ケトスよ。まずはその召喚祭具を下ろすがいい』
ガチ説教モードの声である。懐かしい。
『召喚祭具? ああ、ルルイエから回収してきた異神召喚の魔道具の事か。ちょっと待っておくれ。先に召喚を済ませちゃうから』
『たーわーけーっ! 召喚を止めよと余は言っておるのだ!』
召喚リストには、はよ召喚しろととてつもないエネルギーが発生しているわけだが。
はて。
たしかに、相手から召喚を望むような異神って、よく考えたら危険かもしれない。
これって、もしかして。
私。やらかしかけてる?
『えーと、ロックウェル卿。私、自分では全然気づいてないんだけど……もしかして、暴走してる?』
『思いっきりな……余が止めてなかったら。おそらくやらかしておったぞ』
んー……っとモフ毛をぶわぶわさせたままの私。
とってもホットキャットだね?
深呼吸をすると、この世界に侵入しようとしていたクトゥルー神の眷属が吹き飛ばされる。
魔力暴走の大嵐を起こしながら、私は静かに告げる。
『ごめん、気付いていなかったよ。魔王様の夢を守らないといけないし、なんか落ち着かなくて……モフ毛がモヤモヤってしてるし。冷静さを失っていたかもね。ありがとう』
『どうやら……冷静さを取り戻したようだな』
ロックウェル卿が翼をばさり、それだけで大嵐が停止する。
召喚祭具を回収する私は、道具に反射する自分の顔を見る。
……。
そこには邪悪なネコですって顔をした、悪ネコが映っている。
『うわ、なんだいこの邪悪な顔は』
『だから言ったであろう、暴走していたと……まったく、余がおらんとお前はいつもこうなのであるから。まだまだ余がおらんと、ダメであろうな!』
私達って、どっちも暴走する時があるからねえ。
互いに監視しているぐらいが、丁度いいのかもしれない。
『まだまだ余がおらんと、ダメであろうな!』
『言い直さなくても分かってるよ、頼りにしてるって』
玉座に座り直し告げる私に、ニワトリさんは満足げに頷いている。
『それでロックウェル卿。私の暴走の原因って分かるかい? ちょっと自分じゃ分からないうちに暴走しているから、いつまたスイッチが入るか分からないんだけど』
『ふむ……まあ仕方あるまい』
応じたロックウェル卿が世界蛇の宝杖を装備し。
ジャキーン!
『今、ホワイトハウルに頼み次元をこじ開ける。あの娘もここに呼んで、傍で見守ると良かろう。もはや戦いは始まっている。内輪もめを危惧しておったが、擬態能力で人間と揉める事も減るであろうて』
『おお! その手があったね!』
ということは、庇護対象の少女。
ラヴィッシュ君が襲われたって報告を受けて、暴走しちゃったのかな、私。
また暴走したら困るということで、私は卿の翼をチョイチョイと叩く。
『ねえねえ、なんで私さあ。あの子を守ってやらないと! って、熱くなっちゃってるんだろ。君なら先も見えているんだろうから、知っているんだろう?』
問いかけに、ロックウェル卿は翼で肩を竦めてみせ。
さあのう、と意味ありげに笑った。
◇
部隊指揮する作戦室に召喚されたのは、強大な黄衣の王ではなく。
別行動をしていた少女ラヴィッシュくん。
夢世界でさえ自由に渡り歩けるホワイトハウルがタクシー状態になって、運んできてくれたのである。
彼女はお風呂に入っていたのだろう。
慌てて着替えをしたが髪を乾かす時間がなかったのか、ボサボサの髪ではなくなっている。
少女は熱の魔術で髪を乾かしながら苦笑した。
「で? あたしが呼ばれたって訳?」
『にゃはははは! ごめんねえ、街の中にまでも敵が侵入してきてたし、君の事がなんか気になっちゃってさあ』
やっと熱暴走が終わった私は、玉座から降りてチェシャ猫スマイル。
ゴロゴロゴロと喉が鳴ってしまっている。
ロックウェル卿が後ろからニヤニヤ笑っているのが、若干気になるが。
ともあれ少女は長い付き合いの戦友を見る顔で、ぷっくらとした唇を動かす。
「ま、いいけれどね。心配してくれているって事でしょう、それは嬉しいわよ?」
あれ?
ちょっと雰囲気が変わってるような気が……なんだろう。
それに、とても懐かしい香りがする。
私の心の奥が、どくんと音を鳴らしていた。
それは遠い過去からの鼓動だった。
私のネコの口は、とても真摯で落ち着いた声を漏らし始める。
『すまない、ラヴィッシュ君。変な事を聞くけれど……君、前にどこかで逢った事があるかな』
ロックウェル卿がほほぅ!
と、パンを狙う公園のハトの如き動きでカッシャカッシャと周囲を回る中。
少女ははぐらかすように言った。
「さあ、どうかしらね。まあ、そういう話は後でね。あたしもちょっと話があるし。それで、今ってどういう状況なの? せっかく呼ばれたんなら、邪魔しない程度に手伝うけれど」
言って少女は、王の派遣した騎士団をちらり。
彼らは私の荒ぶる魔力に圧されていたのか、若干おどおどとしながら少女に目をやり。
パァァァァァァッと瞳を輝かせる。
「君! オハラ先生の弟子のラヴィッシュ君だね!」
「そうだけど、なによその顔……」
「た、助かった。ようやくまともに会話ができそうな人間が来てくれた」
半泣き状態の彼ら騎士団は、まるで女神の降臨とばかりに歓喜している。
「このニワトリも、このネコもものすっごく怖くて。我等は、我等は……っ」
うっうっと泣いちゃってるよ。
こりゃ、正気度がなくなってるな。
正気度がなくなっている状態だと、洗脳されたり敵の眷属にされたりしやすいのだが。
ラヴィッシュ君がジト目で私達を見る。
「ねえ、あなたたち。いったい何をやらかしたのよ?」
『余ではない、ケトスがちょっと、その……まあ今はそれを語る時ではないだろう。しかし、こやつらの正気度はさきほども回復させたはず、なのであるが……また、なくなっておるのか。はて。まあいい。ともあれ、ケトスも冷静になったし、戦争を始めるとするか』
『何をするつもりなのさ、ロックウェル卿』
キョトンとする私と少女の前。
ロックウェル卿は両翼を広げ、紅い魔力を灯らせ始める。
夜と影フィールドになっているウルタールに、ニワトリさんの紋様が浮かび上がる。
『今から余が全てを石化させる』
『は? え? なんで!』
暴走もしていない筈のロックウェル卿は、ニヒリとクチバシをつり上げ。
『ニンゲンを守りながら戦うというのも疲れるであろう? ならばこそ! 余はいっそ、全てのニンゲンを一時的に石化結界の中に閉じ込めておこうと思うのだ!』
『おう、いいねえ! 指定範囲をニンゲンにすれば、守りも完璧! 何しろ君の結界だ! そしてなにより、石化されずに動いてる人間は限りなく黒に近い。敵さんの擬態能力者が化けてるってわけだもんね』
意気投合する私達に、慌ててラヴィッシュ君が言う。
「ちょ! 石化って、大丈夫なの?」
『うん、後でちゃんと治せるし、ロックウェル卿の石化は並では解けない最上位の状態異常の一種。死に至る攻撃、いわゆる死亡状態でさえも上書きできないから、むしろ絶対安全なんだよね』
もちろん、ちゃんと石化結界として発動しないと駄目なわけだが。
反対するかと思いきや――。
まるで猫のように、魔術への好奇心に満ちた顔でラヴィッシュ君は頷く。
「分かったわ、あたしはどうしたらいいかしら?」
『えーと、じゃあ私の玉座の上で待機を。ここならロックウェル卿の石化能力の対象外になるからね』
言って私は肉球を鳴らし。
短距離空間転移。
玉座の上に少女を置いて、と。
『よーし、ロックウェル卿! やっちゃっておくれ!』
『クワワワッワ! 等しく余の前に平伏せよ! 余はロックウェル。神鶏ロックウェル卿! 汝、その魂すらも凍らせ、虚ろなる瞳のまま――肉の器を固まらせよ!』
キュィィィィィィィン!
赤い瞳が、ぐわんぐわんと影世界に広がっていく。
私の玉座――。
大魔帝セット一式に含まれる神器、魔猫神のクッションの影響で守られているラヴィッシュ君だけは、石化を回避。
それ以外のウルタールの全てのニンゲンが、一瞬にして石の彫刻と化していく。
……。
筈だった。
「あら? 街の人は石化してるけど、王宮から派遣された騎士団の皆さん、八割ぐらいそのままじゃないの。失敗したの?」
遠見の魔術を発動し、レンズを調整するように瞳を細めた少女。
ラヴィッシュ君が玉座から降りようとする。
が――ロックウェル卿が翼でそれを制止する。
神父の声音で蠢く騎士団を睨み、私は告げる。
『いや、成功さ。ロックウェル卿の石化能力を免れるなんて並以上の使い手でも無理さ』
「じゃあ、これって……」
『ああ、おそらく。騎士団の正気度はここで失っていたわけではない、ここに派遣される前からゼロとかマイナスだったのさ。王宮のニンゲンはほぼ全て、入れ替わっている。或いは……初めからクトゥルー神の眷属だったと考えるべきだね』
そう。
つまり言いたいことは――分かるね?
私がハスターを呼ぼうとしたせいで、正気度がなくなったわけではないという事だ!
『騎士団のほとんどは、サカナヘッドかその亜種だよ。残念ながらね』
ネコ髯をぶわっと膨らませ告げる私に、少女は息を呑んだ。
「そんな、それじゃあ宮殿にいたオハラ先生は……っ」
『大丈夫、強い人なんだろう? たぶん、生きているさ』
悲痛な顔をする少女の思考は読まなくても分かる。
生きていたとしても二つのパターンがある。
異変に気付き逃走したか。
もう一つは、元からクトゥルー神の眷属だった、か。
さーて、あの師匠さんはどっちなのか。
影からネコ眷族を大量召喚。
石化した人間を回収する部隊を各地に放ちながら、私はシリアスに猫口を蠢かす。
『この状況は潜んでいた連中が、クトゥルー神の再臨と侵攻を察して――動き出した、ってところかな。王様とも連絡を取りたいが……』
「とにかく、目の前のコレをどうにかするしかないってことね」
動揺を鎮める少女を眺めるように、ぐひ!
騎士団長だった男の肌が溶けていく。
筋肉繊維を剥き出しにしたソレは、肉の切れ目から音を漏らす。
いあ! いあ! くとぅるふ、ふたぐん!
いあ! いあ! くとぅるふ、ふたぐん!
いあ! いあ! くとぅるふ、ふたぐん!
詠唱が、次々と騎士団から広がっていく。
先ほども述べたが、王直属の精鋭の数は数えきれないほど。
山が動くように、騎士団だったモノが蠢き鳴く。
そもそもだ。
王”直属”の騎士団の筈なのに、これだけ大量の人数というのは明らかにおかしい。
となると――……。
『ケトスよ、おぬしも気が付いたか』
『なーるほどねえ、そういうことか――誰がこの襲撃の黒幕なのか、ちょっと分かった気がするよ』
私は影を伸ばし。
ふふーん!
足の肉球の先から、魔力を煌々と放ち始める。
『さて、敵と判明したのなら遠慮はしないよ。それじゃあ、始めようか魚介類』
『クワワワワワ! 愚かなり、余のタコ焼きにしてくれる! そっちの魚顔はヒレを斬って、酒につけてくれるわ! 良き良き! この戦争ならば――海産物、取り放題であるぞ! のう、ケトスよ!』
いや……正直こいつらを食べる気にはなれないのだが。
ロックウェル卿……セミとかも平気でバリバリするしなあ……。
ともあれ。
陛下の夢世界ドリームランド・ウルタール。
あの方の百年王国。
不可能を可能とする世界で、ネコと魚介類の戦争が――始まった。




