戦闘:邪神の落胤 ~魔猫神父 対 タコ貴婦人~後編
氷上での戦闘は続いている。
半狂乱になっている敵、タコ貴婦人クティーラさんを前にして。
くくく、くはははははは!
大魔帝ケトスたる私は、余裕の神父スマイル。
『いつまでたってもダメージはゼロ。そろそろ諦めたらどうだい?』
「黙れ、黙れ、黙るのじゃぁぁぁぁ! キサマだけは、キサマらだけはけして許さぬ! 臓物を捻りだし、父様復活の贄と捧げてくれるわっ!」
秘匿されし落胤姫のタコ足から召喚される槍や剣。
それら全ての攻撃を、ひょい! ひょい! ひょい!
『贄ねえ……君達、この世界には生贄を目的として侵入してきたのか』
「その通りじゃ、畏れよ我等を! 狂気せよ異教徒どもよ! わたくし達の父君こそが、この世全てを治めるに相応しき神! あの男の夢たるこの世界ならば、不可能さえも可能となる! 我等の神も、名前を禁じられている異邦の神々さえも、ここならば実在する! そう! こここそが夢の国、ドリームランド! 我等が希望ウルタール!」
挑発状態になってるからなあ。
めちゃくちゃ情報を漏らしてくれるでやんの。
しかし、これで謎も一つ解けた。
魔王陛下が私にくださった世界、ドリームランド。
夢と現実の狭間の世界。
今はもう私の世界となっている支配地域だが……あれって、魔王様の夢の世界だったんだね。
こことはまた異なる夢の世界なのだろうが、その性質は似ている。
ダンジョン領域日本を思い出して欲しい。
あそこは夢と現実の狭間の世界ということで、好き勝手にソシャゲ魔術を追加していた。
本来ならあそこまでムチャクチャなことをしたら、破綻、どこかで理論が崩壊するのだが……実現できてしまった。
それと似ている。
つまり。
ここならば本当に、もはや再生や復活もできなくなってしまった存在の再誕も可能。
この姫様は、その父上だか父様とやらをこの世界の性質を利用して、再臨させようとしているのだ。
極端な話だ。
本来なら転生不可能となっている存在の転生さえ、魔王様の夢という性質を利用して実現できてしまうだろう。
完全に滅びたラスボスの再生って、なかなかに怖いかもね。
しかし、魔王様の夢となると……。
ここって、かなり危険な場所なのかもしれない。
マジであの辺の……。
おそらく私ですら勝てないだろう神性。
アザトースとかニャルラトホテプとかを顕現することさえ、できてしまうのかもしれない。
しかし、だんだんと謎が解けてくるとだ。
この世界への理解も深まってくる。
ふむ……。
この海産物軍団は恐怖や狂気をニンゲンに発生させて、それを贄……ようするに魔力に変換。
溜まった力で、彼らの言う所の父様。
――――復活の力へと変換しているとみるべきか。
「殺す! 殺す! コロォォォォォォオス! ギヒャヒャヒャヒャ!」
『あー、ごめんごめん。自動戦闘モードにしていたから忘れてたけど、まだやっていたのか』
……。
ともあれだ。
魔力吸収系の敵なのでこちらも慎重になっていたが。
うん。
飽きた。
私は掌底をクティーラの傘へと打ち込み。
華麗にバックステップ!
ここが不可能を何でも可能にできてしまう、可能性の世界であるのなら。
『さて、姫君。終わりにしようか』
こういう時は問答無用に破壊してしまうのが一番だろう。
手段はある。
まあ、ちょっと派手なので遠慮したい所ではあるのだが。
悩む私の耳に、声が届く。
「す、すげぇぇぇぇぞ! あの神父さま! 何者だ!」
相手の攻撃は全ていなしているので、私は無傷。
しかし多勢に無勢。
人間達からしてみると、たった一人でバケモノたちと戦う勇者に見えるのだろう。
「あの神父様は……っ、”あの”女神アスタルテを信仰している変わり者では、なかったのか?」
「お一人で我々のために……」
「なんとか援護ができればいいのだが……っ」
いや、援護は困る。
絶対に巻き込まれる。慌てて私が目線を送ると、聡い少女ラヴィッシュくんがバッと手を翳し。
「みんな! あの神父様は女神アスタルテの力で戦っている筈よ。つまり、女神様へみんなで祈りを捧げれば!」
「なるほど! 神父様の手助けができる、ということであるか!」
おー! 上手い事騙してくれた!
これで信仰度アップ作戦も同時に進行できる!
目線で感謝を告げると、彼女はやはり阿吽の呼吸で眉を下げる。
……。
それほど長い付き合いではないのに、なぜか相性がいいというか。
まあ、とりあえず敵に集中しよう。
一応最終警告を与えるか。女の子だしね。
影の中に溶けて、移動!
相手の触手を打ち払い。
空の亀裂から顔をだした私は逆さになったまま、怒髪冠を衝く勢いのご落胤に言う。
『いったい、なんでそこまで怒っているんだい? 理由によっては、そっちの事情に付き合ったり。話し合いぐらいはしてもいいんだけど』
「なにをしたかだと!? どこまでも、どこどこどこまでも!」
あ、逆効果だったみたいだ。
下半身のタコ部分から吐き出された毒墨が、夜状態にしている私の周囲を包み込む。
相手の狙いは明白。
このまま風を流し、人間部隊に攻撃しようとしているのだ。
騎士団を人質に取ろうとしているのだろう。
これで遠慮はいらないか。
影と闇に溶けた私は人間達を守るように中間に顕現。
指をパチンと鳴らし。
ざざざ、ざぁああああああああああっぁぁぁぁぁぁ!
毒を影で吸い取り、すべて無効化。
タンと、海面がむき出しになった氷塊の上に着地。
『さて、そろそろ静かになって貰おうか――始原解放、アダムスヴェイン』
告げた私の周囲の海面だけに、静謐が訪れる。
海が黙ったのだ。
やがて鎮まった海から魔術紋様が浮かび上がり、天に向かい赤い魔力を放ち始める。
女神アスタルテへの祈りが集っている、この空間。
戦場を利用し、私は一冊の書を顕現させる。
その書のタイトルは――。
《昏き雲より出でし地母神》。
女神アスタルテ。
その性質を理解し――逸話魔術として昇華させた私が、たった今作り出した魔道具。
生まれたばかりの魔導書である。
『万物の聖母にして、千の魂を孕みし森の黒山羊。汝、その名は――――=――――、女神アスタルテの名にてウルタールを支えたモノよ。我はケトス、大魔帝ケトス! 汝に導かれし、異世界の魔猫なり!』
静寂に満ちていた海面が、昏く染まっていく。
まるで新月のような昏き海。
この光景を見守る人間達は、まるで生きた樹林――森のようだった。
サカナヘッド軍団の中で動揺が広がる。
落胤の姫クティーラは、私の操る魔導書を凝視し――憤怒。
もはや口調も声も変えた、おどろおどろしい声で叫ぶ。
「あやつ!? まただ! また、けして口にしてはいけない……っ、封印されし偉大なる異神の名を! ええーい! 妨害せよ! 外なる地の最高神の力、解き放たれたら一瞬で全滅じゃ!」
叫んだのは敵だけではない。
あふれ出す闇の魔力と風圧を受けながら、ボサボサの髪を揺らす少女――。
ラヴィッシュ君も叫ぶ。
「ちょっと神父! 相手は魔力を吸収するんでしょう? 大丈夫なの!?」
『まあモノは試しさ。吸収できない程の外なる神の力で、一発ドカーンとしたら、どうなるのか。見てみたいじゃないか』
一発ドカーン。
その言葉にギョギョギョ!
次元の狭間にいたワンコが大慌てで周囲の結界を強化する。
おー! やっぱりワンコがいると話が早くていいね!
ウキウキで新しい魔術を唱える私。
とってもカッコウイイね?
バサバサバサと前髪も、服の裾も、聖職者のストラもイイ感じに靡いている。
紅い魔力を纏い、ギラギラギラ!
邪悪な好奇心に目を輝かせる私に、少女が吠える。
「あ、あの! あなた本当に、なにをするつもりなのよ?」
『呼ぼうとしているのさ!』
「だーかーら!? 何を呼ぶのかって聞いているの! なんか、すっごい事になってるわよ!?」
くわっと少女が叫ぶも、私はそのまま魔力を流し続ける。
私の顕現した魔導書が、既に私の制御下になくても自動書記を開始する。
複雑な召喚円が、海を裂く中。
私は話を続けた。
『女神アスタルテ、その性質を読み解く果てにあったのは――とある邪神。その名をシュブ=ニグラス。暗黒神話の頂点に立つとされる魔皇アザトース、彼の者が生み出したとされる娘、または孫といわれている豊穣の闇女神さ!』
無論、本物ではないだろう。
しかしこの世界は魔王様の夢。
その管理者として置かれていたと考えれば――彼女の行動も理解できなくはない。
この戦場で育った信仰があるうちに、その力を召喚する!
宣言に狂気するのはサカナヘッド達。
彼らは暗黒神話の知識があるのだろう。
その豊穣の女神――外なる神の名に驚愕し、悲鳴に近い慟哭を裂き散らす。
「た、たわけぇええええええええっぇぇぇ! そんなものを召喚したら、したら! この世界とて、存在を維持できなくなるであろう……っ!」
『大丈夫さ。彼女はこの世界のバランスを考えていた。安定もね。呼んだとしても君達をふっ飛ばしてくれるだけで、世界は平気な筈だよ』
答える私に、ラヴィッシュ君の方が言う。
「ほ、本当に平気なの!? 伝承を見る限り……危険じゃない!? 女神アスタルテが仮の名で、本当に……今呼ぼうとしているソレが、あの残念女神様だったら。その……あなたみたいに、うっかりでなんかやらかさない?」
言われて私は考える。
……。
あぁ……そのパターンは想定していなかったかも。
「か、考えてなかったのね、神父……」
『んー……結果的には、そうなるかもね』
敵も味方も、もちろんホワイトハウルも。
皆が唖然とする中。
「結果的じゃなくて、最初からそうでしょうが!」
『ま、まあなんとかなるだろう。てなわけで! 深き者の流れを汲むモノ達よ、せいぜい耐えてみるがいいさ!』
私はキリリ!
女神召喚の力をそのまま、攻撃魔術として解き放った。
◇
水平線の彼方まで凍っていた海は、全て黒く染まっていた。
解き放たれた力から現れたのは、山羊の角を持った黒き女神の微笑。
豊満な身体に、口元を黒いヴェールで隠す美女が現われたのだが――。
既に彼女は帰還していた。
いやあ、すごかった。
暴れたねえ、あの残念女神。
久々の娑婆よ――って、眷族の黒山羊を引き連れて、おほほほほほって駆け回ったねえ。
証拠として残しておくとまずいので、記録クリスタルからもカット!
ホワイトハウルが結界を強化してなかったら、こっちも被害を受けていただろうからねえ。
ともあれ!
敵はほぼ全滅!
魔力吸収能力がある落胤の姫クティーラだけが健在。
とはいっても、既に息も絶え絶えで吸収する力さえも失いつつあるようである。
氷塊の上で佇んでいた私は、ふふふふ、ふははははははは!
影の猫を躍らせて、勝利のポーズ!
姿を魔猫へと戻し、くるりんぱ!
『どうだい! 新たな魔術の誕生だ! 我ながらこの才能が恐ろしいのである!』
氷の海の上で華麗に踊るニャンコ。
とってもかわいいね?
そんな私の背後に、バサバサバサと舞い降りたのは――ロックウェル卿。
おそらく、先ほどの大魔術に反応して慌てて駆けてきたのだろう。
そのジト目が、興奮気味な私に突き刺さっている。
ニワトリさんのクチバシが、クワワワっと動く。
『なにやら凄い事になっておるが……なーにをやらかしおったのだ、ケトスよ』
『新魔術の実験さ。ああ、そうそう、これであの女神は再臨した。後で教会で祈れば、会話ができると思うよ。それで――ロックウェル卿、怪我人は大丈夫かい?』
問いかけに、卿は人間形態へと変化!
貴族風の威厳ある姿で、空に座ってみせる。
『ふん、当然であろう。余を誰だと心得ておる。我こそが霊峰に住まう神鶏――たとえ性質の異なる魔術だとしても、回復となればこの通りであるぞ』
こちらは和やかに話しているのに、なぜか瀕死状態のクティーラさんはロックウェル卿を見て。
ドドドドド!
搔き乱した髪を更に逆立て、六つの目で凝視。
「キサマは……よもや、魔帝ロックか!?」
『ふむ、たしかに余は魔帝ロックの名で呼ばれていたが、何だ貴様は。無礼であるぞ』
人間形態なのでモノすっごい偉そうだね、ロックウェル卿。
話を進めようと思ったのだが――こちらが二人で話していたからだろう。
次元がグオォォオオォォンと歪み、ぎしり。
強大な気配がやってくる。
空間の歪みを見て、私達はじぃぃぃぃ。
ジト目を作る。
『これは、あー……嫉妬したのか』
『であるな。余とそなたが共に話しているのが気に入らないのであろう』
白銀色の前足が空間を裂き、神雷と共にやってきたのはモフモフわんこ。
ホワイトハウルである。
人間の目があるからか、すぐに軍人モードへと変化。
『誤解をするな――少々気になる事があったのでな、顕現したまでの話よ。別に嫉妬をしているわけではない、ケトスよ、卿よ――わかるな?』
むろん、私達はジト目のままである。
ともあれ。
ホワイトハウルはそのまま、ワォォォォォンと唸り――姿を変える。
成人式でレンタルするようなモコモコな毛皮を纏う、ゴージャスな軍人として再顕現。
鋭い眼光ながらも、凛々しい姿はまあ女子にはモテるそうだが。
私の方がかっこいいよね? まあ、今は黒猫モードなので、もっとモテるが。
そんな事を考えている私に、ワンコ口調で彼は言う。
『まあいい。のう、先ほどから見ておったのだが――こやつ、クティーラといったか。百年前の人間との大戦時に漁夫の利を狙おうとし、魔王城に襲い掛かってきた海底の王国。ほれ、ロックウェル卿よ。お前が容赦なく石化させたままとなっている、なんといったか……そう! 海底国家ルルイエの眷属ではあるまいか?』
言われてロックウェル卿は顎に手を当て。
『はて、そんな海底領域など……あったかどうか』
私も考えて……。
あ……。
あぁあああああああああああぁっぁぁぁ! 思い出した!
『あったあった! そういえばあったね、そんなせこい第三勢力!』
『何の話をしておるのだ、ケトスにホワイトハウルよ。余にはさっぱり理解できぬぞ』
物忘れの激しい彼に、私は優しく説明する。
『ほら! あっただろう、大戦時に私達の魔王城とも勇者が健在だった頃の人間達とも敵対した、バカな連中がいたじゃないか。君が石化させた、あの海底国家だよ』
『ふむ……』
ニワトリさんは、人間形態のまま愁い帯びた顔をする。
たぶん、まだ思い出していないな、これ。
構わず私は賢人の顔で、ネコ髯をうにょーん!
『なるほどねえ……やっと繋がってきたってわけか。分かったよ、クトゥルーウィルスと名付けたこいつらの正体』
言って私はクティーラを睨み、人間形態へと変化。
静かな口調はこちらの方が似合うからね。
『君達、楽園の住人だね? それも、水の大神クトゥルー神の流れを原初とする水棲の存在か』
『どういうことであるか? 余には分からぬ、許す。疾く説明せよ!』
ムゥっと睨むロックウェル卿に、私は眉を下げ。
丁寧に解説する。
『サカナヘッド達。こいつらは楽園が崩壊した後――散り散りになった神々の一部族なのさ。女神リールラケーも人間世界に潜んでいただろう? それと同じように、クトゥルーを原初とする流れを汲んだ古き神は、とある世界の海底に逃げ込んでいた。そう、とある世界とは魔王陛下が御座す世界。私達の世界さ』
話をおとなしく聞くロックウェル卿に向かい。
私は解説を続ける。
『おそらく海底に潜んで、楽園を滅ぼした魔王様への復讐の機会を、ずっと狙っていたんだろうね。それがあの大戦時の奇襲。第三勢力だったってことさ。まあ結局は君が全てを石化させて終わらせた一瞬の戦い。あんまり戦線に影響はなかったけどね……その生き残りがこのクトゥルーウィルス達。その目的は、この世界の性質を利用した不可能さえも可能にする力。石化されたままになっている海底国家ルルイエの復活……だったわけだね』
衝撃の事実を口にした私に、ロックウェル卿がムゥ……と唇を尖らせ。
考え込み。
『ケトスの言葉ならば、信じたいのであるが……はて、そんなことあったかどうか……』
……。
ガチで忘れてるな、これ。
『しょうがないなあ……あれはたしか、ファリアル君と出逢った時の記録クリスタルかな……よっと、ほら、ここだね』
私はクリスタルから音声を再生する。
映像、オン――!
◇◇◇
まだまともだったと勘違いしていた、映像のファリアル君が言う。
《では――大戦時に突如、両軍を急襲したあの海底国家を一夜にして沈めたのも……あの、御方!》
《いや、あれはこっちのニワトリ。ロックウェル卿だよ》
映像の中で私が言う。
ロックウェル卿が首をわざとらしく傾げ。
ハトのように左右に上体を動かす。
《コケコカ? はて、なんのことだったかのう。魔王様を愚弄し、人間との大戦のスキをつき海から攻め込んでこようとした、そんな愚かしくも脆弱なる人魚と海底人の国など覚えとらんぞ?》
映像――オフ!
◇◇◇
過去の自分を見て思い出したのだろう。
ロックウェル卿がポンと手を打ち、コケコケコケと頷く。
貴族風の美貌から、感嘆にも似た声が飛び出していた。
『おお! あったあった! あの海底王国か! たしかに、漁夫の利など気に入らんからと、ぜーんぶ石化させたな!』
『やっと思い出したんだね、いやあ――犯人はロックウェル卿。それも戦争時のことだし。って事はだ。じゃあ私、まったく悪くないじゃないか』
ていうか。
魔王軍と人間、両者に戦いを仕掛けてこようとしていたのだから。
自業自得である。
だって、それって魔王様案件だからね。
魔王城も狙っていたわけだし。
慈悲は無し。
思い出した私達はハハハハハとにこやかなのだが。
なぜかクティーラさんは、プルプルプルと肩を揺らしたままである。
はて、なんだろう。
「そこの魔猫よ……っ、きさま、なーにを他人事みたいに言っておるのじゃ」
『いや、他人事だし』
「たわけぇえええええええええぇっぇぇぇぇ! そなた! 忘れたのか!?」
え? なにいきなり……。
『いや、忘れたも何も。私、関係なくない?』
「極悪な石化能力でルルイエが沈み……百年の時を待ち、あと少しで石化も解ける。父様も、皆も、眠りから覚めるとなった、その時に! 散歩だとか称して、くはははははは! 人間の娘と我がルルイエの海底国家を探索し、秘宝も、魔術書も、魔力も、全て盗んでいきおったじゃろう!」
はて、言われて私は考える。
さっきの記録クリスタルをもう一度確認して……。
あ、たしかに……マーガレット君と冒険したって言ってるな、私。
あの時は詳しく語らなかったけど。
あぁ……めぼしい宝も、魔術道具も、全部……盗んできたかも。
いや、盗むと言っても遺跡から宝を回収したようなもんだし、私悪くないよね?
で、でも……。
魔王様の夢であるこの世界に、こいつらが入ってくるきっかけになったのは……。
私が、復活に必要なモノを全部、窃盗したせいなんじゃ……。
汗をタラタラと流す私に、落胤の姫は言う。
「秘蔵の胤……隠れながら暮らす姫として、わたくしだけが魔鶏の石化から逃れたあの日々! 屈辱の逃走劇。こっそりと人間世界に隠れていたわたくしがどれほど、どれほどお父様の復活を待ち望んでいたか……あと、ちょっと。あとちょっとと、百年待っていたのに!」
ギリっと六つの目で私を睨み。
「きさまぁぁぁぁあ! 人間の小娘と一緒に、顕現し大暴れ! 再誕に必要な儀式道具を目の前で全部持っていかれた、あの日の恨み、わたくしは。わたくしは、忘れたりはしないのじゃぁあああああっぁぁぁ!」
相手は怒っているのだが。
私は全然気にしない。
『んー、事情は分かったし同情もしてもいいけどさあ。私、そこまで悪くないよね?』
『余も悪くないぞ』
『というか、我ら魔王軍に喧嘩を売っておいて、なーにを被害者ぶっておるのだ、こやつ。図々しいのう』
三獣神の意見は一致。
三人は三人とも、ポン!
獣状態に戻り、ククク、ククク、コケケケケケケ。
邪悪あにまるスマイル。
『クワーックワクワクワ! 逆恨みじゃのう!』
『グハハハッ! 語るに落ちるとはまさにこの事!』
『ぶにゃははははははは! ねえねえ! 憎い相手にまた作戦を邪魔されるって、どんな気持ちなんだい! ねえねえ! 聞かせておくれよ!』
集いしもふもふによる哄笑。
仲良し三獣神の力が――天を暗黒の魔力で覆っていく。
その中で動いたのは、ルルイエを石化させているロックウェル卿で。
カッシャカッシャカッシャ。
氷上を、ニワトリさんの爪音が走る。
『さて――余の責任でもあるようなので、ケジメをつけるとするか。魔力を吸収するのならば、簡単な事である』
ロックウェル卿が、翼を広げ。
ぎしり!
邪悪な笑みを浮かべ、コケケケッケエェェェェ!
『さて、クティーラとやら。なに、寂しくないように、キサマも仲間と共に海底で長き眠りにつくと良かろう。永遠にな』
「いやよ……いや! わたくしは、父様を! クトゥルー様を蘇らせるんだからっ!」
叫びにちょっと哀れを感じつつも、慈悲などない。
仕方がないのだ。
なぜならその理由は一つ。
『娘よ、そなたらは過ちを犯した。魔王陛下に仇を為す行為、それは余の許容を超えておる。余の敬愛するあの方への愚弄である。けして許さぬ。余はロックウェル卿、あの方と共に全てを見通してきた神鶏。魔王陛下を狙い、なおかつ今、この瞬間もあの方の中にまで入り込んでいる。それは――大罪である』
ぎぎぎ、ぎぃぃぃぃぃぃぃいぃぃ!
邪悪な波動が、世界を包む。
本気となったロックウェル卿が、コミカルを捨て。
ぎしり……!
『深き眠りへと誘おう――さらばだ、落胤よ。過ぎた野心を抱いたまま、海の底へと沈むがいい』
「石化の魔眼……! 吸収でき……な……」
紅い光が――海を裂いた。
次の瞬間――。
ゴトン。
落胤の姫は、そのまま見事な彫刻へとなり果て。
海の奥へと沈んでいった。
おそらく、石化した女の瞳が最後に見たのは三匹の神獣。
その瞳――。
ギラギラギラと、邪悪な色で煌々と照っていた赤色だろう。
戦いは終わった。
人間達は声を失っていたが、こればかりはしょうがない。
三つの獣は、闇を纏って海を睨む。
魔王様に仇為す者。
それは不要なる者。
陛下に仇為す害獣が、この世界に入り込んでいる。
あの方の夢を穢している。
おそらく、まだ他にもいる筈か……。
……。
その侵食を、私達はけして許さない。




