偉大なる異神ケトス ~深き者達~後編
外の世界から顕現した神、アウターゴッド。
大魔帝ケトスたるこの私も、神様的な存在だとバレてしまっているわけで――。
んーむ、助けたのに視線も空気もわりと重めである。
一応連れであるラヴィッシュくんの機転で、多少は落ち着いているのだが。
私は鑑定の魔眼で負傷している生徒達を――。
じぃぃぃぃ。
死者はいない、ケガもサメ体当たりによる脱臼や肌をヒレで斬られた程度のモノ。
むろん、かなり痛いだろうし傷跡も残るだろうが死に至るケガではない。
ヤバそうなケガを負っていた人には、こっそりと研究中の回復魔術もかけてあるしね。
それよりも問題なのは、その精神状態だろう。
うん、正気度。
ほとんどないね。
サカナヘッドとサメ司祭に続き、全盛期モードの私を見てしまったせいだろう。
ちなみに正気度とは、精神の安定状態と思って貰えばいいか。
このゲージがゼロかマイナスになってしまうと、ステータス異常の狂乱状態に近い行動をしてしまうわけだが。
空気を和やかにするため、私はくるりんぱ♪
神父モードから猫モードへとチェンジ!
『くはははははは! 大魔帝ケトス、華麗に再顕現なのニャ!』
もうネコだってバレてるようなもんだしね。
ちょっとこの可愛い姿を見せれば、全て解決♪
いつも通り簡単に話が進む!
とりあえず床に広がった鮮血と粘液を、肉球を鳴らし一瞬で清掃!
玉座を顕現させ、ニヒィ♪
チェシャ猫スマイルを作った私は、どでんと王様ねこポーズで猫口をウニャニャニャ。
愛嬌たっぷりの顔を作って言ってやったのだ。
『大丈夫、私は君達の味方だよ――、安心安全なネコですよ~! って、聞いちゃいないね。正気度が完全になくなっちゃってるのかな』
それでもこの麗しのモフモフ誘惑に勝てるはずなど、ない!
さて、いつも通り私を撫でようと手を伸ばしてくるだろう。
さあ、撫でよ! 我を撫でよ!
モフるが良かろうなのだ! ビシ――ッ!
と、待っていたのだが。
『あれぇ、おかしいな……。ねえねえラヴィッシュくん、なんで皆固まっているんだい?』
「神父、忘れたの? あたし、言ったわよね? なるべく猫の姿は見せないで欲しいみたいなこと……覚えてなかった?」
と、ボサボサの髪を掻き揺らし天才少女は言う。
ふと賢い私は考えて……。
あ。
あぁああああああぁっぁぁ!
そういや、この世界。
ネコは猫魔物カテゴリー、どっちかというと恐怖の対象になってるんだっけ!
和ませようとしたのだが、完全に逆効果である。
まあ、さっきの戦闘だって人間を守っただけだし。消滅させる意味で食べた相手はサメ司祭だし。
あくまでもあのサメ男も影世界に幽閉しただけだけど。
普通のニンゲンから見たら――大怪獣の争い。
やべえバケモノを、それ以上にやべえバケモノが丸呑みにした。
そんな風にしか見えないか。
助けてあげたのになあ。
その中でやはりただ一人。
平静を保ったまま、ジト目で私を睨んでいたラヴィッシュくんが私に言う。
「まあ、もうネコの姿をそんなはっきりと見せたならそのままでいいわよ。で、真面目な話よ――近くに異様な気配はないわ。大きな気配が向かってきているけど、これはたぶんホワイトハウルさんね」
『ああ、この街の魔物を一掃しているみたいだね』
私の言葉に、ラヴィッシュくんが眉を跳ねさせる。
「一掃って、一人で大丈夫なの?」
『ああ、彼は強いからね。戦力的な意味では問題はない。それに私はまだこの空間で自由に次元移動をできないけど、彼ならば別。ホワイトハウルは次元を得意とする神獣。この夢領域の中ならば、機動力が私よりはるかに上なのさ』
「夢領域っていうのは――」
その言葉にはあえて答えない私、大人だね?
前にも言ったが、ここは夢の中とは言え陛下の夢。
最強と謳われる魔王陛下が夢見る、百年王国。
冗談抜きで一種の異世界であり、ここにいる全員に魂も自我も存在しているのだから。
まあ、極端な例を出すと腸内環境を整える善玉菌だって生命としては生きているわけで。
この世界はこの世界で、独立した世界を保っているというわけだ。
しかしまあ、ここが神以上の神存在である魔王陛下の夢です!
なんて、ここに住まう人々に伝えてもメリットはあまりないだろう。
混乱させるだけだろうし、夢領域の話はワンコにも口止めしとくか。
と、気遣う私の横。
ラヴィッシュくんにおずおずと声をかけてきたのは、怯えている生徒の一人。
「あ、あのサメは……っ?」
「ケトス神父がやっつけてくれたわよ、異教の魔術でね。いやあ、あたしも驚いたわ。あんな魔術初めて見たモノ、世界は広いって事ね」
いつも通りのラヴィッシュくんの声が、周囲に安心を齎したのだろう。
生徒達が次々と私に非礼を詫び始めた。
やっぱり――。
これ、ラヴィッシュくんが感謝を告げさせるためにうまく誘導しているようである。
とりあえず周囲に敵は居なくなったはず。
これで問題ない、と思った矢先。
天井から神光が射し、ペカー!
朗々たる声が響いた。
『おうケトスよ! 食堂に隠されし秘宝を守ることができたのであるな? なかなかやるではないか、グハハハハハ!』
空間に亀裂が走り、異形なる姿となっていた白銀の魔狼が、ぐぎぎぎぎぎ!
全盛期モードで次元を裂き、顕現!
障子を破って顔だけを出すワンコよろしく。
次元の隙間からこちらを覗く、神狼のシーンである。
その姿は神々しいが、まあどこからどうみても異形なる神。
しかも理解の出来ない、偉大なる異神。
再び生徒達が、はぅ……と息を漏らし、正気を失い気絶してしまいましたとさ。
ラヴィッシュくんが苦労人な顔で、はぁ……と肩を落とす。
そして、ぐぬぬぬぬと背中を震わせ。
くわ――っ!
「あぁぁぁぁぁ、もう……! せっかくイイ感じに話が進んだと思ったのに、これじゃあやり直しじゃない! この子たち、また一から正気度の回復が必須になったでしょうが!」
『なーにを言っておるのだ、この小娘は』
髪を膨らませて、がるるるると唸る少女。
きょとんとワンコ顔を傾げるホワイトハウル。
二人の間に入って私は言う。
『あ~……なんつーか、後ろを見てごらんよ』
ワンコが倒れた生徒達を、じぃぃぃ。
不思議そうに目をやった。
『ふむ、どーしたのだこやつら。我、なにかをしてしまったか?』
『君のせいじゃないけど――ま、タイミングが悪かったかもね……』
まあ、全部まとめて休ませておいて――。
後で起こせばいいか。
そんなことよりも、ここは学食!
グルメ発掘の時間じゃぁあああぁっぁぁぁぁ!
◇
気絶していた生徒達の応急処置を済ませ。
私達は学食の食料をガサガサゴソゴソ。
魔導容器の中に顔を突っ込んで、伸ばしたネコ手でグググググ!
ダンボールに顔を突っ込むネコちゃんの図である。
まあ、ダンボールじゃないけど。
『くははははははははは! ジャガイモに人参に、タマネギか。お野菜がたくさんあるではないか!』
『グハハハハハハハハハ! ケトスよ、こちらの冷蔵保管箱には肉があるぞ! 肉が!』
その横。
でっかいシベリアンハスキーがダンボールもどきに顔を突っ込み、わふわふわふ♪
尻尾をブンブン!
伸ばす後ろ脚――その奥に覗く肉球がプニプニと輝いている。
我等三獣神が二柱。
ホワイトハウルと大魔帝ケトスはセットで、ラヴィッシュくんを見て。
モフ毛を膨らませ、同時に口を開く。
『さあ我等に学食グルメを提供するのである!』
ダブルおねだりである。
ラヴィッシュくんはホワイトハウルの結界の強固さに、うわぁ……と圧倒されていたのだが。
言われてこちらを振り向き。
「え? 無理よ」
『なんだ――そなた……料理が下手なのか……つまらんのう』
あからさまに落胆するホワイトハウル。
その垂れ下がるモフモフしっぽを見て少女は言う。
「ま、まあ確かに下手だけど……そういう問題じゃなくて。今、こういう大勢が集まる施設の労働力が消失しているから、物理的に無理なのよ」
『労働力が消失?』
「ええ、労働力になっていた魔導生物が消失しちゃってるから」
あー、これって……。
私と同じくホワイトハウルも同じ結論を得たのだろう。
ワンコが魚肉ソーセージをムキムキしながら言う。
『なるほど、ショゴスのことであるな』
『ニンゲン達もショゴスを労働力として使っていたって訳か。まあショゴスは奉仕種族、誰かの役に立つという本能をもった存在だけど――』
ホワイトハウルが私の言葉を引き継ぐように、唸る。
『魔王陛下がショゴスキャットという、新たな進化を促してしまったからのう。この夢領域にも影響を与え一斉に進化。ネコ化スライムとなることで奉仕する心よりも、奉仕される心が勝るようになったというわけか』
『しかし、あのショゴスくん達がニンゲン如きに使役されていたとは思えないが……なにかカラクリがあるのかな。たとえばだけど、ニンゲンにも強力な個体がいて、ショゴスくんを従えていたとか』
悩む我等にラヴィッシュくんは、腕を組んで。
「ちょっと、そこのアウターゴッド達。あたしには全然話が見えないんですけど。ショゴスって何よ?」
『確証はないが、おそらく君達が労働力として使っているスライムだよ』
言って私は影からショゴスキャットを顕現させる。
スライムネコは私の意図を読んだのか、くるりと宙を回転。
ショゴス状態へと戻って、どろどろスライムの中から亀裂で作った口を蠢かす。
テケリテケリ、テケリリリリリ!
『あのネコ状態に進化する前の姿がこの子なのさ、見た事はないかい?』
「見た事はないけど――書物では知っているわ。たしかに労働エンジンとして使われているって聞いた事がある。なるほどねえ、つまりこの子たちは労働が嫌になってネコ化し、逃走。外の野良ネコ魔物達を従えるようになったってことかしら。ちょっと話がぶっ飛んでるけど……ありえないことじゃないか」
これって……やっぱり。
ショゴスキャットという進化形態、発展した進化ツリーを作ってしまった魔王様のせいなんじゃ……。
いやいやいや、気にしないでおこう。
ともあれ。
街を襲うネコ魔物問題の根本は、ショゴスキャット発生にあるとは思うのだ。
これはいい。
けれど問題は――封印されしクトゥルーを神と崇めるサメ司祭や、サカナヘッドの方。
女神も急に湧いて来たみたいなことを言っていたし。
ショゴスキャット発生に伴うショゴスの減少。
ようするに労働力減少と、何らかの因果関係があるのだろうか。
眉間に猫ジワを寄せて、揺らす尻尾をビタンビタン。
悩む私のモフ背中を、ワンコの肉球がちょんちょんする。
『のう、ケトスよ。我等のグルメはどうするのだ? タダ働きはさすがに嫌であるぞ?』
『そうだねえ。じゃあ街を救ったって事で、王様を脅しに……いや、君を連れて交渉しにいこうか。たぶんもう街は安全なんだろう? 女神アスタルテの教会の場所も聞き出したいし、もし見つからないなら、いっそ建てさせちゃえばいいかなって思ってるしさ』
問いかけに、ワンコは耳をピョコンと立て。
ムフフフゥ!
口の端をつり上げたドヤ顔である。
『町は安全かだと? グハハハハハハハ、笑止! 当然であろう! 敵は全て殲滅し、既にウルタールの国は我が結界の中。外部からの侵入はほぼ不可能と言って良いだろう』
ほぼ不可能といったのは、謙遜ではない。
ロックウェル卿とか、回復しつつある私もよく知るレイヴァンお兄さんなら――結界を素通りする手段も持っているだろうからね。
「王様って……まさかあなたたち、陛下にグルメをわざわざ要求しに行くわけ?」
『そうだけど、問題あるかい?』
「いえ――たしかに街を守ってくれた報酬がグルメで済むなら、陛下も助かるでしょうけど……。ホワイトハウルさんも、連れていくって事よね」
少女はまだ幼さを残す頬をぽりぽり。
歯切れの悪い声で言ったのだが、ワンコがむっと鼻先を輝かせる。
『我も共に行くつもりであるが、何か問題でもあるというのか』
「たぶんだけど、偉大なる異神がもう一柱増えて。しかも御城に顕現したとなったら――ものすごい騒ぎになるんじゃないかしら? あなた達みたいな強大な存在が同時に顕現する事なんて、歴史上、一度も観測されていない。初の出来事になっちゃうから――」
まあ確かに。
もう最近は気にせず、色んな場所を私達は散歩しているけど。
最高神クラスが顕現するなんて、普通はない。
ありえない奇跡なわけだが、私達はカワイイアニマルだし。
……。
まあ、別に問題ないよね。
『大丈夫さ。既に私も顕現しているわけだし』
ニャハハハハと肉球を振って笑う私。
とってもかわいいね?
「だといいんだけど、狼魔物もこの世界では畏れられているから……本当に平気かしらねえ」
そんなわけで!
街の安全を確認した私達は、生徒達を治療施設に移動。
事情説明とグルメ要求を兼ね。
再び中央の御城へと肉球を向けたのだった。
◇
ちなみに。
ラヴィッシュくんの予想は的中。
同時に顕現した私達に、御城の中は大パニック。
めちゃくちゃビビられたとだけは、記載しておこうと思う。
次の目標は、サカナヘッド達の謎を探るか。
私をこの世界に巻き込んだ女神アスタルテと、もう一度対話をするか。
そのどっちかになりそうである。
はてさて、ワンコも合流した今回の冒険――これからどうなる事やら。




