情報交換は紅茶と共に ~にゃんこ、気付かぬふり~
ひと悶着あったモノの、私は予定通り?
この街の偉い人と接触を図ることができた。
図書館に入る許可と、グルメの提供。ついでにちょっと金銭を稼ぐ手段を教えて貰おうかな~っと思っているわけで。
現在地は、先ほどの街の隠し空間にあった王城。
大魔帝ケトスたるこの私――魔王軍最高幹部で素敵キャットな私の鑑定眼すらも、誤魔化していたのだろう。
街の中央に、それなりに立派な御城が顕現していたのである。
魔術法則も物理法則も微妙に異なるせいと、判断できる。
言い方は悪いが――人間程度の不可視結界で私の目が誤魔化されてしまったのは、実は結構問題なんだよね。
早くこちらの世界の魔術をもっと把握して、こういう事態は避けたい所であるが。
そんなわけで!
通された宮殿で、私は自分自身で顕現させた影の玉座に座ったまま。
にひぃぃ!
いわゆるニャンコスマイルである。
燃える紅葉色をした赤絨毯の上で、悠然とドヤる私。
とってもプリティキャットだね?
おそらく現在、魔王様もこちらの様子を観察なさっている筈。
その視覚と聴覚が作動している猫目石の魔杖を、ぷかぷかと浮かべたまま。
肉球を傾け、うにゃうにゃ語っていた私は話を締める。
壁掛け国旗と、徽章を身に付ける兵士たちの列が目立つ中。
事情を説明していたのだ。
『とまあ、そんな感じで現在に至るって訳なんだけどさあ。この世界って何がいったいどうなっているんだい? いやあ、そもそもさあ。この国の名前どころか、世界の名前すら知らないんだけど』
ぶにゃはははは!
こっちは玉座の上で足を投げ出し、肉球をみせる形でどでーん!
陽気に語ってやる。
モコモコな毛が御城のライトに照らされて、イイ感じに輝いている筈だ。
こちらの話に相手は困惑気味。
主な交渉相手は二人。
ここは火属性を大切にしている国なのだろう、やはり燃える色をした玉座に鎮座する王族である。
初老というにはまだ早い、壮年の王様と王妃様。
雰囲気は……。
トランプのキングとクイーンを美化した感じ、といったところか。
なーんかこの世界、現実味がないんだよね。
おそらく物理法則が違う影響だろう。夢の中にいる状態に似ているのだ。
ちなみに、私の玉座の前にはクッキーを中心とした焼き菓子と、ティーセットが並んでいる。
無論、私の要求である。
鋭い目つきの王様の方が、貫禄を出すために生やしているだろうヒゲを摩り――考え込み。
ギシリ。
玉座を鳴らし、謝罪の姿勢を取ったのだが、はてさて。
朗読でもさせたらお金が取れそうな、渋い美声で語り出す。
「偉大なる異神、外から来られた魔猫神、大魔帝ケトス様。お話は分かりました――こちらの民が失礼を働いたようで、申し訳ない。我は謝罪の仕方をあまり心得てはおらぬ、なれど家臣たちからは態度を示すものだと聞いている。この通りだ、どうか許しては頂けないだろうか?」
普段は頭を下げていないのだろう。
王冠が落ちかけているのがちょっと面白いが、まあ礼儀は合格である。
いきなりここで高圧的に取り囲まれたら反撃する予定だったので、いやあ、お互いに良かった良かった!
私の口からは、交渉用の声。
落ち着いた神父の声が漏れていた。
『こちらも対応が完璧だったわけではない、互いに水に流そうじゃないか』
「左様でありますか。そう言っていただけると助かりますな。ふぅ……」
本当に緊張していたのだろう。
深く腰掛けた王は天井のシャンデリアを眺め、安堵の息を漏らしていた。
その頬にも濃い玉の汗が浮かんでいる。
『聞きたいことが山ほどあるのだが、その前に……アウターゴッドというのは何のことなんだい? 衛兵の誰かも、私をその名で呼んでいたが』
「アウターゴッド。異なる次元から顕現した神の総称でありますな。どれもがこの大陸に住まう神よりも強大で……手が付けられない、上位の存在。そんな彼らを我等は敬意と畏怖を込め、アウターゴッド。外なる神と呼んでいるのです」
なるほど。
私も確かにこの世界……いや、宇宙の外から顕現した神。
アウターゴッド、偉大なる異神に該当するという事か。
正直な所、そのカテゴリーに分類されるのは違うような気もするのだが。
話がややこしくなりそうなので、とりあえずは受け入れよう。
紅茶にボチャンボチャンと角砂糖を入れて味を調え。
ズズズズズ♪
『ふむ、理解したよ。ありがとう。質問ばかりで申し訳ないのだが、様々な事を確認させて貰いたい。先程も告げたが、なにしろ謎の女神に寝ている所を突如として召喚されてね――こちらは、事情をまったく把握していないのさ。頼れるものもいないから、困っているんだよ』
「こちらは構いませんが……」
言葉を濁し、王様は側近と思われる部下に目線を送る。
王の視線にいたのは、赤色のローブに身を包んだ女性魔術師。
知的なメガネを輝かせる赤髪淑女である。
王様が紹介するように話を続けた。
「王たる我も魔術に対して造詣が深いわけではない。この者の名はオハラ。我が国随一の魔女、火の大神に仕える魔術師でな。話し合いに参加させたいのであるが――どうであろうか」
『こちらは構わないよ。よろしく頼むよ、淑女オハラ』
焔のように燃える色のドレスは、ちょっとジャハル君を彷彿とさせる。
まあ、嫌いじゃない。
おそらく、ローブも髪の色も赤というのは魔導技術の一種だろう。
色を通じて、火の大神との接触点を疑似的に生み出している、といった所か。
姿を似せるという行為はそれだけで魔導的な意味を持つ、この世界でもそうなのだろう。
私の視線を受けたオハラさんは、赤い色とは対照的に冷めた瞳でこちらを見て。
会釈。
淡々と紅い唇を動かしてみせる。
「偉大なる異神、大魔帝ケトス様。お会いできて光栄で御座います」
『こちらこそね。ああ、そうだ。可能ならば低威力の元素魔術を習いたいんだけど、彼女から魔術情報を聞く……というのは、王様的にはアリかい? 秘匿されているのなら、無理にとは言わないけど』
淑女オハラが王様に赤茶の瞳を向け。
硬質的な声音でぼそり。
「わたくしは問題ありませんが、陛下、いかがなさいますか?」
「オハラよ、そなたはそれでよいか? むろん、断って貰っても良いのだが……他の魔術師はあまり信用しておらん。それに正直な所、こちらは既にこの御方に無礼を働いている、あまり波風を立てたくはないのだ」
オハラさんは黙礼で同意を示してみせる。
さて、話を再開しよう。
『それでは重ねるようで悪いが、質問を続けさせてもらうよ』
ここからが本題なので、私はキリリ!
アップルパイの生地をむちゅむちゅしながら、肉球についた、ほんのり焦げた砂糖汁を舐め舐め。
シリアスに問いかける。
『私をこの世界に召喚した、あの腐れ……いや、光状の女神は何者なんだい? 女神アスタルテの分霊のような表現をしていたが……正直、謎が多すぎてね。一応はそちらの世界の平穏を望んでいたようではあったけど。行動が短絡的過ぎる。異界の邪神である私を突如召喚したり、天を割ったあの魔術をあっさり伝授したり……信用できる相手なのかどうかも、ちょっと分からなくてね――困っているんだよ』
クッキーを贅沢に掴んで喰らい尽くす私も、まあ当然カワイイわけだが。
あれ?
なんか王様が目玉を引ん剝く勢いで、こっちを凝視している。
クッキーが食べたいのか。
或いは私の伸ばす猫手と肉球があまりにも麗しいので、魅了されたか――。
異世界の文化が掴めない私に、王は引き攣った声を漏らす。
「じゃ、邪神ですと!? ケトス様は、邪神であらせられるのですか!?」
『あれ? 言っていなかったかい? 私はケトス。大魔帝ケトス。偉大なる御方、魔王陛下に仕える三獣神が一柱。憎悪の魔性と言ってね、負の感情を糧とする存在――分類するのならば猫の邪神さ』
ビギシ――!
あ、謁見の間の空気が凍り付いた。
衛兵さんの動揺で落とした槍が、カランカランと滑稽な音を立てている。
私は影を伸ばし、親切に拾ってやり兵士さんに槍を返して。
ニヒィ!
邪神スマイルである!
ついでに影猫達を謁見の間で駆け回らせてやる。
むろん、ただの演出である。
王様はずり落ちかけた王冠を直しながら――ぐぎぎぎぎ。
首だけを器用に軋ませ、ごくりと息を呑む。
魔術師オハラさんに目線を投げた。
「オ、オハラよ。どうなのだ? この者、まじで本物の邪神なのであるか?」
「おそらく事実でありましょうね。この方からは悍ましい量のキルカウント……殺戮数が計測できます。予想することしかできませんが、既に何個かの世界は滅ぼしているかと」
槍を持つ衛兵たちの手が、ぷるぷるぷる。
雷に怯える子犬のように震えだしているのだが……。
からかうのは我慢我慢。
この中で冷静なのも、やはりオハラさん。
彼女はクールで知的なメガネと見合った、落ち着いた性格なのだろう。
私を冷静に分析し、薄い口紅を動かしてみせる。
「ただ、悪い神ではないと思われますね。この方が使われたあの空を裂き、乳製品を降り注がせる魔術は……おそらく禁忌の魔術。魔術師の間でも存在はしているが、使う事の出来ないタブーと認識されている系統外魔術。アウターゴッドの力を借り、圧倒的な力を発揮するとされたエーテル魔術でありましょう。本気となればこの国など一瞬で沈んでいた筈、それをされずに、こうして冷静な話し合いの場を設けてくださっているという事は――」
知的な女魔術師の考えを読んだのか。
王は額に浮かんだ汗を拭いながらも、落ち着いた様子で告げる。
「な――なるほど、話せばわかる異神。悪い神ではない……と。そういう事であるか」
『ま、ここで君達が襲ってきたらさすがに二回目だし。こっちもそれなりに酷い対応をしただろうが、そうはならなかった。話し合いと互いに協力するって流れなら、暴れるつもりはないと言っておくよ。あの女神の情報も欲しいし。なによりもだ――紅茶もクッキーも、そしてアップルパイも悪くない。きっと、追加があれば穏やかな心でいられるだろうさ』
天界で食べたあの蜜たっぷりのリンゴ味とは違う、ちょっと酸味のある味も悪くはないのだ。
つまり、お代わりを寄こせという事である。
王が給仕を呼びながらも、先ほどの私の質問に応える。
「女神の件、情報でありますか――。ふむ……その者がもし、本当にあの女神アスタルテならば……アウターゴッドの一柱でありますな。アスタルテという名も、あくまでも人間世界で通じるようにした仮の名。その真なる名は……不明。アウターゴッドの名は、けして口にしてはならないタブー、その名はとある魔術師の手によって封じられたと聞いております。それを読み解くことは厳禁――最大の禁忌とされておりますからな」
名前を禁じる、か。
私が魔王様の名を独占しているように、誰かが奪っているという事だろうか。
まあ実際、私はあの謎空間でアウターゴッドの名を解き放ち。
空間……ぶっ壊しちゃったからね。
禁忌とされている理由も、エーテル魔術の中でも封印されていた項目だという事も今なら理解できる。
禁術とされる魔術群の中で、更に隠されていた魔術……か。
たぶん、あれ。
絶対使っちゃいけない魔術だったんだろうなあ。
にゃははははは! まあいいや! 黙っておこう!
こっそりと決める私に構わず、王様が話を続ける。
「ただ――伝承では、あの女神は大いなる存在。我等が国で崇拝している火の大神よりも上位、世界を作りし創造神の娘。高次元の存在だと伝承では伝わっております。伝わっておりますが……」
なんか歯切れが悪そうである。
『どうかしたのかい?』
「そのぅ……あの女神もかつては大いなる力を持っていたそうなのですが――。現在あまり信仰されていませんので、我等も多くの情報はもっていないのですよ、いやはや力になれず心苦しいのですが……いきなり空を割って、ブちぎれたりはしませんよね?」
敬語なのに、若干喧嘩を売ってきているように思えてしまう。
『しないよ、私を何だと思っているんだい……』
王様、まだビビってるのか。
脅しに使ったのは良いけど、やっぱりやりすぎだったのかな。
あれ。
ジト目で猫鼻梁に邪悪な皺を作る私に、王様は慌てて貫禄ある貌を歪ませる。
「し、失礼いたしました! な、なにしろあの女神が召喚なさった御方なので、その……はい。す、すみませぬな! なーはっははは! いやはや、参りましたなあ!」
あ、笑って誤魔化しやがった。
私と相対した事で、正気度でも減っちゃったかな?
隣の王妃様は、くすすすすっと愉快そうに笑っているし。
『まあ、なんとなくこちらの世界の信仰の原理を理解したよ。この世界でも信仰心を失うと力が弱まるんだね。で。あの女神は信仰をとっくに失いかけている、そんなところかな』
オハラさんが困った顔で眼鏡を輝かせる。
「ええ、あの女神は考えなしと言いましょうか。享楽主義的な部分もあるといいましょうか。けれど、その本質は善。なれど良かれと思ってした行動も大抵は迷惑極まりない事ばかりで……。それに、なんといったらいいか……ドジっ子なのです」
ドジっ子って……。
困惑しつつも妙に納得する私は、思慮深い顔で考える。
……。
あの性格じゃあ、ねえ?
王様が続けて、ヒゲを摩りながら言う。
「悪気はないようなのですが、なにしろ神託も意味の分からないモノばかり。こちらは真面目にお話を伺っているのに、すぐに、プププー! と嗤いだしたり、かと思いきや急に真面目になったり……まるで気まぐれな雲を相手にしているようだと、次第に信仰されなくなりましてな」
昔話を語るような口調で、王様が続ける。
「いつの日からか、邪悪な神として忌避されるようになったと聞いております。昔は各地の教会で崇められていたと聞きますが、既にあまり残されておりません。この国でも、探せばどこかに見つかるか……といった程度の数しか残されておりませんな」
あ、オチがみえてきた。
『じゃあ、その女神に召喚されたって民に馬鹿正直に説明したら……』
「はい、民たちは不安に思ったのでしょうなあ。またあの悪神が何かをやらかしたのか、と」
つまり、あいつのせいじゃん。
全部、あの女神の性格のせいじゃん。
尻尾をゆらゆらと、蛇のように揺らしてしまう。
『ねえ、あの女神の話だと――この世界がピンチみたいなニュアンスだったんだけど。実際のところはどうなんだい? 見たところそこまで荒れた世界には感じない。なんつーか。わりと平和だよね?』
「世界の危機ということはありませんな」
ふむ。
本来ならここで女神サイドの言葉を全てウソと判断するのかもしれない。
が! 私はこれでも天才的なニャンコ!
可能性は複数存在する。
これはあの女神がロックウェル卿のように先を見ているだけで、人間達が気付いていないという可能性もある。
或いはだ。
いつかの先見の魔女マチルダくんのように、未来を覗き、起こりうる災厄を助言によって取り除いた結果――嘘つきだと思われてしまっているパターンも考えられる。
なので。
結論は保留かな。
性格はあれだったし、信用しているわけではないが――そこまで悪い女性には見えなかったんだよね。
『んじゃ、次に気になってるのはあれだね。私がネコだからと警戒された事。そしてだ……なんなんだい! あのネコ、立ち入り禁止っていう看板は! この世界ではネコが魔物扱いなのかい!?』
肉球で空をペチペチ!
空間を軋ませ叩きながら猛抗議する私に、王様が圧され気味に唸る。
「そ、それは――……っ」
『不当な差別は反対だね! だいたい! なんで犬は入れているのに、私は駄目なのさ! 絶対に納得いかないんですけど!? ネコ差別反対! 犬を大切にしているくせにネコを崇めないなんて、何を考えているのさ――この国は!』
王様も王妃様も、言葉に窮し。
話を聞いている兵士たちも、困った顔をしている。
そんな時のための知識ある魔術師、オハラさんなのだろう。
「ということは……そちらの世界でのネコは、魔物ではないのですか?」
相手が冷静秘書な顔で、淡々としているせいか。
こっちの逆立った毛も元に戻っていく。
いかんいかん、ついつい犬が入れているのに入れないって所で、熱くなってしまった。
私としたことが、失態だね。
『ネコ魔獣として分類されているが、基本的に万物に愛されている、万能愛され種族なのさ。このモフモフに魅了されないのは、既に犬魔獣に魅了されている異教徒ぐらいだって評判なんだけど。こっちじゃあ、いきなり敵モンスター扱いだろう? まあ、女神の眷属と勘違いされたせいもあるんだろうが……、さすがにムッとしたんですけど?』
抗議する私に、オハラさんが魔導の杖を掲げ。
「これがこちらの世界のネコです。申し訳ありませんが――やはり人間には畏れられている、強大な魔獣となりますね。実際、この周辺はネコによる被害を受けている状況となっています。もちろん、世界が滅ぶといった規模では、まったくないですけれどね」
魔術映像を眺める私は、ジトォォォっと瞳を尖らせる。
『いや、これ……ネコ? 魔力を吸って肥大してるサーベルタイガーとか、合成獣のキマイラに……神獣のスフィンクスじゃん……どこがネコなのさ。いや、大きな分類ではネコ化モンスターかもしれないけどさ……』
ネコはネコでも、そういうのか。
まあ、猫になるっちゃなるけど。
こいつらって、私のネコ眷族化能力が効くのかなあ。
ちなみにキマイラとは――複数の動物や魔物の遺伝子を含んだ、さまざまな種族の要素を取り込んだ魔物の総称。
今回の件だと、主にライオンさんの顔。
そして、ジャキーンと爪が生える獅子手を持っているようだ。
で!
スフィンクスとは、人間ぽい顔に、ライオンの胴体を持っている神話生物。
ピラミッドの周りに設置されているアレの、生きているバージョンである。
当然、どちらもダンジョン領域日本には存在していないが、私の魔王様世界では存在している。
それなりに強い魔物ではあるが。
オハラさんは異界の知識に興味があるのか、あからさまに目の色を変えて上擦った声を漏らす。
「スフィンクス? そちらの世界ではこの獅子ネコをそう呼ぶのですか?」
魔術師同士のシンパシーを感じた私はネコ毛を、もふもふもふ!
彼女の知的好奇心を満たすべく、告げる。
『ああ、彼らの能力は幻影となぞかけ。後は前脚による鋭い爪攻撃か。対処法はなぞかけに応じ、正解を告げるのがベスト。そうすれば勝手に負けを認めて去っていくからね。そちらの世界ではどうだい?』
「一致していますね。ではこちらの謎のスライム状のネコはご存知でしょうか?」
それは。
どこからどう見ても、現在魔王軍に在籍中の新種族。
ショゴスキャットくんで……。
……。
私は自然な仕草でうにょーんと後ろ足を掲げ、膨らむモモの毛をしっぺしっぺ♪
困った時、混乱しそうなときは毛繕いが一番!
オハラさんが怪訝そうな表情を浮かべ、ぼそり。
「ケトス様? どうかされましたか?」
『ふぇ!? あ、ああこれね、どうだったかなぁ……どこかで見たような気もするけど』
よし、うまく誤魔化せた。
筈である。
こちらの動揺には気付いていないのだろう、オハラさんが魔術師の顔で続ける。
「最近……一月ぐらい前からでしょうか――急に発生しはじめた新たなネコの脅威なのです。ネコ立ち入り禁止の結界も、このスライムネコ魔獣対策として設置したのですよ。なにしろこのスライム猫個体は、他のネコモンスターを統率する能力があるようで……猫魔物の一団となっているのです。ご不快な思いをさせてしまったようで、大変申し訳ありませんでした。図書館のネコ禁止は解除するように連絡を入れておきますので、どうかお許しを」
ジトジトジト。
肉球と鼻の頭に、汗が浮かんでくる。
『一月ぐらい、前……ねえ』
あれ?
これ……魔王様がショゴスキャットという種族を創世。
新たに世界に登録してしまったせいで、だよ。
こっちの世界のショゴスにも影響を与え、一斉にショゴスキャット化。
ネコの習性でずる賢くもなり。
そのまま労働を放棄して逃げ出したんじゃ。
たしか、あの女神は言っていた。
労働力としてのショゴスが消えたせい的な事を……。
私は魔王様がそれなりの量を召喚したせいだと思っていたのだが、もしかして全部……逃げたんじゃない?
ショゴスを従える程の存在となると、人間よりも上位の存在なのは確実。
労働力の脱走をきっかけに、動き出したと考える事もできる。
そして、その存在が動き出した事により、世界の流れに大きな変化が生まれた。
結果が、女神も見た滅びの観測。
で、逃げだしたショゴスキャットの方も、こうして人間に影響を与える形で行動中。
野生化し、既存の猫魔物を従えて活性化。
知的探求者なスフィンクスのために、図書館の書物を漁り――。
多頭故に食欲旺盛なキマイラのため、図書館で泊まり込みの研究を進めている学者たちの食料を狙い。
急襲を続けているっていうオチだったり……するのかも。
あれぇ。
もしそうならこれ、私達の世界のせい?
猫魔物が活性化してるのって、その最初の原因は私がショゴスくんをショゴスエンペラー化させたせい?
そこからバタフライエフェクトが発生して、この世界に影響を与えていたりするんじゃ。
……。
ま、いっか。
……。
いや、でも。
さすがにまずいかな……?
猫目石の魔杖も、なんか汗を流し始めてるし……。
魔王様、いまごろやばい、やらかしたと動揺してるな……これ。
私は気付かぬふりをして、ぐぎぎぎぎっと王様の方を向く。
『こ、困っているみたいだから。この猫魔物案件は、わ、私が解決しようか? た、タダでもいいよ?』
「とんでもない! タダなどと!? こちらは貴方様に多大なご迷惑をかけたのです。そのようなことは……たとえあなたが許されても、我等が火の大神様が、許されないでしょう。もし解決して貰うにしても、それ相応以上の礼と報酬を用意させていただきますので。なあ、我が臣下オハラよ!」
やめて、すみません。
すんごい良心が痛い。
たぶん、ショゴス君に手を加えた私のせいでバランスを崩しちゃってるんです、この世界。
というわけで。
とりあえず、この周辺に湧く猫魔物をどうにかする事になりました。
まずは――ショゴスキャットを探すかな……。




